第二十七話 求む、彼等はそれを
ここは、ホイホイ国内で一番大きな病院。
ホイホイ城内の医療では手に負えないほどの重傷を負った兵士などは、ここに運び込まれてくる。
その病院の一室に二人の男女がいた。
女は真っ白なベッドに横になり意識はなく、男はそれを見下ろすように立っていた。
「…………ルイ」
男は声を漏らす。
「どうした? 座らないのか?」
その男に後から部屋に入って来たルークは声を掛ける。
ルークは見舞いの果物をテーブルに置き、来客用の椅子に座る。
「……ルーク様」
どこか虚ろな目をした男が声を発する。
声を掛けられた男はバルコス、寝ている女はルイだった。
二人は、とても親しい間柄だ。
師弟であり、ライバルでもある。
ルイは先日の戦いでかなり危うい状況だった。
今は命に危険がないところまで回復したが、バレッタに砕かれた両手の骨の状態が厳しく、下手をすればもう二度と戦士には戻れないかもしれなかった。
「自分が情けなくて、とても座る気にはなれません」
バルコスは腰のあたりで拳を作りわなわなと震える。
「お前が悪いわけではない。あの場にお前はいなかったんだ」
「それが! それが許せないのです!」
バルコスは病室だと言うことも忘れて大声を張り上げた。
しかし、すぐに我に返って謝罪する。
「すいません。でも俺に力があれば、後方の安全地帯などではなく、ルイと背中を合わせて戦えていたら、せめて盾になることぐらいできたかもしれないのに」
バルコスの姿にどこか懐かしさを覚えるルーク。
それはかつての自分。
力を欲し、やまない、己の無力さを呪った自分。
一つ違う点があるとすれば、バルコスは誰かの為に、そしてルークは自身の為にと言うことだ。
しかし、そこにルークは気が付かない。
ただ、懐かしさだけを覚える。
「今、回復系スキルの持ち主を探している。ルイの両手もきっと大丈夫だ」
これは気休めではなかった。
ルークとて優秀な人材を失うのは痛い。
今回、負傷した優秀な兵士はルイだけではない。
彼らを再利用するためにも、こんなところでリタイヤされては困るのである。
厳密に言えば、この国、ホイホイの医療チームにも回復系スキルの持ち主はいる。
しかし、表皮の傷の回復や風邪の治りが少し早くなるとか、そのレベルなのである。
しかも、スキルLEVELはかなり高くなってもその程度だ。
バレッタの異常性がよくわかると言うものだ。
勿論、そのレベルでも貴重ではある。
しかし、今はそのレベルでは困る。
瀕死の兵士が戦場に戻れるレベルの回復系スキルの持ち主が必要だ。
バルコスはその言葉に僅かばかりの希望を見出し、表情を少し和らげる。
「ルーク様、お気遣いありがとうございます。ルイも喜ぶと思います」
「あぁ、こいつには大分助けられたからな」
「そうでしたね。ルーク様とルイはなんでも共闘したとか、ルーク様のお身体は大丈夫なんですか?」
「ははっ、全く大丈夫じゃない」
ルークも自身を騙し騙ししているが、身体の完全回復まではまだ時間を要す。
しかし、彼に今歩みを止めている時間はなかった。
バルコスは自嘲気味に笑った。
「ルーク様が羨ましいです。頭も良く、戦場でルイに背中を預けて貰えるほどの力もお持ちで」
「仕方なくだ。相手は本当に化け物みたいな奴だったんだ」
ルークはバレッタを思い出し身震いする。
それもルーク、ルイのペアは接戦したとは言え、敗れている。
神崎が来なければ確実に死んでいただろう。
しかし、その状況を見ていないバルコスには、謙遜にしか感じない。
「またまた、ご謙遜を。私も早く強くならなくては」
バルコスは自身の拳を握りしめ、それを見つめた。
「…………」
それが自身の利益の為だったか、バルコスの強さを求める姿勢に共感からの親切心か、ルーク自身にしかわからない。
しかし、ろくでもない事を思いついたのだけは確かだ。
ルークは親切心を顔に張り付け、バルコスの肩に手を置き、微笑みかける。
「なぁ、バルコス。強くなりたいか?」
バルコスはルークの目を覗き込む。
しかし、バルコスがいくら考えたところでルークの真意など読めない。
分かっているのは、自身の無力さと大切な人を守れなかったことに対する絶望感だけだ。
もとよりバルコスに選択肢などなかったのかもしれない。
ゴクリと喉を鳴らす。
バルコスだって、馬鹿ではない。
ルークのこの質問の先にあるものが、普通の方法で成すことでないのは、わかっている。
「……はい」
バルコスはゆっくりと返事をした。
その言葉に覚悟を込めた。
彼の落ちる沼や地獄に底などないだろう。




