第二十五話 来訪者、彼女の思惑 前編
シグレが慌てた様子でルークに急な来客があると呼びに来た。
ルークは前回の戦闘を受けての動きから、何人か来客を予想したが、シグレの口から出た人物はその中でも一番の大物だった。
ルークはすぐにやりかけの仕事を片付け部屋を出た。
―城内の応接室。
ルークより先に来ていたシグレが怯えるように部屋の隅で立ちすくんでいる。
「まさか、本人が来るとは思いませんでしたよ」
ルークは笑顔で応対するが、ややその笑顔は引きつっている。
何故なら目の前にいるのは数日前に命のやり取りを繰り広げた相手だからだ。
「おいおい、私とお前の仲じゃねーか、敬語はやめてくれ」
応接室のソファに深く腰掛け、目の前に置かれた果物を一切の遠慮なく食べほした女。
その背後には部下らしき者を二人連れている。
一人はポニーテールのように頭の高い位置で髪を一束にした女と、もう一人はもみあげが長く暑苦しそうな男だ。
バレッタ。
それはホイホイの建国に反対する国の中でも一、二位を争う程大きな国ラブジルの第一継承者。
ラブジル王の一人娘。
全身を赤で包み、黒い瞳に濡れた鴉のような髪をなびかせる。
「今日はワンピースではないんだな」
「何だ? ルークはああいった清楚な感じが好きかい? 別に服装にこれといったこだわりはないんだ。ただ、紅い服ならなんでも良くってな。ごめんな、今日は私の生足で勘弁してくれ」
今日のバレッタの服装は光沢のある素材に、袖が長く、詰襟で足の部分に深いスリットの入った真紅の服。神崎のいた世界で言うところのチャイナドレスに似ている。
そして、相変わらずの裸足に、その艶めかしい足には真紅のペディキュア。
とても、国の代表が話し合いにきた格好には見えない。
バレッタの雰囲気に飲まれてはいけないと、ルークも向かいのソファに深く腰掛ける。
「で、昨日の今日で何の用だ? 反対宣言の取り下げなら、王直属の部下から手紙が届いているぞ」
ホイホイ国内の反対派に武器や兵を流す形だったのであまり武力の投入が出来なかったとは言え、たった一日で決着が付き、敗走する形になったのだ。
ラブジルもホイホイの国力を認めざる得なくなった。
ラブジルの王としてもこれからは前国家ホンニ、イリアタの頃の貿易ルートを復活させていければと書面にも記してあった。
「いやぁ、パパはぬるいぜ。私から何度も強く押したんだけど、生で見てないからわかんねーんだろうな」
バレッタは含みのある笑みを浮かべる。
ルークはその様子を訝しむ。
「つまり何が言いたい?」
「あれ? 意外と察しが悪いな」
ルークはその言葉にムッとする。
しかし、それをバレッタが気にする様子はない。あの戦場で最も命を奪ってきた右手をルークの方に握手を乞うように差し出す。
「私達と組もうぜ」
「それは同盟を組みたいと受け取っていいのか?」
「あぁ、その通りだ。今回お前らが勝ち取ったちぃっとばかりの金や武器なんか比べ物にならない規模を用意できるぜ」
ラブジルは王の書面でも記されていた通り、今回の件で遺恨を残さない様、手打ちの為に武器工場三つと金銭面で苦労していたルークたちに有難いほどの賠償金をくれた。
しかし、ラブジルと同盟を組めば、その比ではないだろう。
(しかし、いくらなんでも話が旨すぎる。何かの罠じゃないのか?)
ルークはバレッタの顔を見つめる。
「そんなに考え過ぎんなよ。私は賢いんだ。ただ、勝ち馬に乗りたいだけさ。この間、戦闘した奴とまだ切り札に吸血鬼まで残してるんだろ? 少なくとも、人間じゃ勝負になるかも怪しいぜ」
(そうか、こいつはまだ吸血鬼の正体に気が付いていないのか)
ルークは自分で蒔いた種の芽がでたような感覚を得た。
バレッタには自分のスキルを見せた為、最悪ばれている可能性もあったが、この間の戦闘中にも言っていたが、ルークが吸血鬼と比べあまりも弱かった為看破にまでは至らなかったようだ。
(それなら、適当なところまで手を組んでおくのも有りか? 出来れば神崎や俺のもう一つのスキルについては隠しておきたいが、ラブジルは利用価値が大きい)
ルークの熟考に焦れてきたのか、バレッタは自分の後ろにいたポニーテールの方の部下に顎で合図を送り、一枚の紙を取り出させた。
「そんなに怪しむなよ。ほら、これがその同盟の条件を書面化したものだ。怪しい文言なんて一つもないぜ」
ルークは羊皮紙のような上質な紙を受け取り、目を通す。
端から端まで丁寧に目を通すと、書いた人間の人柄がすぐにわかりそうな大雑把な内容だが、全体的にホイホイの不利になるようなことは書かれていない。
寧ろこちらが有利なほどだ。
しかし、一点可笑しな点がある。
ルークはその事が記された部分を指差す。
「おい、この『両国の繁栄と発展を願うための永遠の契り』ってのはなんだ?」
バレッタはその指先を覗くと「あぁ、なんだ」と分かりきってるだろと言わんばかりに鼻で笑う。
「私とお前が結婚するんだよ。それぐらい分かれよ」
「……は?」
どんな時でも思考を止めない事を信条にしてきたルークも流石にフリーズした。




