彼女は立った
「……貴様、名前を聞いておこうか」
「バレッタだ。それ以上でもそれ以下でもなねぇ。そして、この世界を背負う男の妻になる女さ」
「ふっ、女にしておくのが勿体無いくらいの戦士だ」
以前に交戦したアレーニェやリオンは信じられないものを見ている気分だ。前の戦いではセブンズ総掛かりでやっと仕留めた男を今バレッタ一人で手傷を負わせたのだ。失礼ながらいくら戦闘のプロのバレッタでも皆の共通のイメージとして更に一国の中枢を担ってきたプロ中のプロをかき集めたセブンズよりは一枚落ちるものだった。
「信じられん、あやつあそこまで強かったのか?」
「ですです。私ぃみたいな非戦闘タイプはともかくとして他のセブンズよりは少し弱かったと思っていたですです」
バレッタはアレーニェ、ヨハネの失礼な評価もニヤリと笑って受け流し、ルークに向かって声を掛ける。
「ダーリン、悪いがドロクの忘れ形見の例のものっての一つ拝借したぜ」
ルークはハッとなって胸ポケットのそれを確認する。小箱の中には中身の詰められた注射器が三本入っていたが、その内の一つが無くなっていた。
「あいつ、いつの間に」
ルークは勝手な判断をしたバレッタを睨むが結果としてはそれが正解だったのは、現状が示している。
「ダーリン! ここは私に任せて先を行きな! 直ぐに後を追うからよ!」
なんとバレッタはかつて人類で最強と恐れられたオセロムに対し、一人で相手にをすると口にしたのだ。
「戦士バレッタよ、過剰の自信は身を亡ぼすぞ」
「どんな身体もいつかは滅びるものだろ? なら、楽しまなきゃ損だぜ」
ルークは彼女の本気が伝わったのか、それに反対はしなかった。
「リュミキュリテ、自力で脱出できそうか?」
ルークはオセロムのスキルで地面に縫い付けられたリュミキュリテへ確認を取る。
「ごめん、まじ無理。先に行ってて」
リュミキュリテは尋常ではない回復能力を持ち、このパーティーの中でも要と言っていい。となれば、救出するのは当然の行動だ。
しかし、リュミキュリテをオセロムは簡単には開放しないだろう。そうすればまたここで時間を食ってしまいオセロムの思う壺だ。
(今はトリニティの確保が優先か)
「わかった! バレッタと後で合流しろ!」
オセロムはその言葉に苛立ちを隠せない。
口から放つ語彙が大きくなる。
「貴様、俺がこんな小娘一人に負けると思っているのか? そして、当然ながらこのままむざむざと貴様らを先へ進ませるとでも思っているのか?」
「それは直ぐに分かる事だ」
ルークへ言葉を投げかける為にオセロムの注意が一瞬バレッタから外れた。それが命取りだった。
獣のような咆哮をあげ、バレッタの引っ掻くような半分開いた右手がオセロムの背中の肉を削ぎ落とす。
スキルにより握力を強化されたその右手はどんな凶器よりも綺麗に肉を削ぐ。
「ぬぅ」
直ぐにオセロムは体勢を整え、スキルによりバレッタを地面に貼り付けにする。
そうからくりは分からないが、彼のスキルは場を支配する。周りの人間を地面に貼り付けにし、身動きを取れなくする。
これがあるからこそ彼は戦果を挙げ、殲滅能力に長けているとの評価も受けている。むやみやたらに近付くべきではないし、本来中距離以上のレンジ攻撃を持たない者は戦闘にすらならないのだ。
バレッタ、彼女は無鉄砲で直情的で攻撃手段としては握力を強化すると言う近距離戦闘向きのスキルしか持ち合わせていない。本来、オセロムは彼女の敵う相手ではない。
オセロムの攻略法は距離を詰められる前に中距離、遠距離からの攻撃で無力化しろだ。
「きひ、ひひひひ」
「どうしたもう気が触れたか? ならば、お前の命を刈り、他の者たちの拘束を始めようか」
「こりゃ、最高だ」
「何⁉」
がバレッタは恐るべきことに真っ正面、近距離で勝つつもりだ。
「があああああああああ‼」
咆哮と共にボコリと物凄い音がして、土煙が舞い上がった。
「まさか……貴様、まさか‼」
バレッタは立っていた。
地面に貼り付けられたはずの彼女がオセロムの前に立っていた。
「あぁ、貼り付けられた地面を握り潰した」
オセロムの拘束は最早彼女には通用しない。




