第二十三話 今、この世界に生まれた彼
ルークの参謀室。
あの戦いから、数日が経ったがルークは全身ボロボロで一人ではろくに仕事も出来なかった。
なので、ぶつくさと文句を言いながらもリオンが手伝ってくれる。
ルークが目を通し、判を押した書類をリオンは整理し、決められた戸棚や引き出しにしまっていく。
「助かる、リオン」
ルークの言葉に反応してリオンはルークの身体に巻かれた包帯や傷に目を落とす。
「あんた、よく死ななかったわね」
「魔王になるまでは死ねん」
「はいはい、その威勢がいつまでも続けばいいわね」
―コンコン
二人が軽口を叩き合っていると、部屋のドアをノックする音がした。
「どうぞ」
ルークはドアの前にいる人物におおよそ予想はついていた。
ドアノブが回り、部屋の中に入って来たのは神崎だった。
「ルーク、話したいことがあるんだ」
「なんだ?」
神崎としては、あの戦いが終わった直ぐ後にでも話したかった内容だが、ルークの容体が安定しなかったため、仕事に復帰した今日まで待った形となった。
そして、ルークもそれが分かっていたため、そろそろ来るだろうと予測できた。
「僕はこの間の戦いで本当の戦場の姿を見たよ」
「そうか」
「城内で見かけた顔の人もいくらか死んだ」
「だな」
「僕の認識は甘かったんだね」
「まぁな」
「これからもこれは続くの?」
「続く」
簡潔な言葉のやり取り、しかし二人の間で確かに何かを伝えあっている。
「僕の元いた世界で僕はね、争いなんてものとは無縁の生活をしていたんだ。だから、人は簡単には死なないって勘違いをしていた。
そして、戦場で僕に怯えたり、必死の形相な敵兵たちを見て思い出したよ。弱かった時の自分を。みんな、自分が生きるので精一杯で戦場で相手のことまで考えてあげられる余裕なんてないんだよね。
僕はチート級の力を得て、色々と忘れてしまっていた。そして、今も忘れている感情も多くあると思う。強くなり過ぎたことで、恐怖や相手の気持ちに鈍感になっている気がする」
神崎は天井を見上げる。
彼は優しかった。いや、今も優しい。
だが、その優しさを他人に強要することは何よりも酷なことだ。
「今思えば、殺すななんて酷なことを言っていたよね。普通、みんな自分が殺されない事で精一杯なのに」
そう、殺そうとしてくる相手に対して殺さずに場を収めるなんて、自分が圧倒的な力を有していない限り無理な相談だ。
そして、顔をルークの正面に据える。
「君はこんな戦いを続けてどうしたいの?」
ルークの目には一点の曇りもない。
そこには隠すこともない野望があった。
「俺が魔王を倒して、世界を征服するよ。そして、現魔王は興味がないだろうが、俺が魔王になったら本当の意味での世界統一、複数に国を分かれさせたりなんてしない。一つの国、世界をホイホイと言う名の国にし、争いを無くす」
神崎はニコリと微笑んだ。
それは転生してから今日までと表面上は何も変わらない笑みだが、内包する思いと覚悟は、この世界に馴染んだものとなった。
「そう、その目標はとても良いと思うよ。僕も協力する。この世界から争いをなくそう。出来るだけ、血の流れない方法でね」
「あぁ、お前と俺が力を合わせれば可能だ」
神崎とルークはそれから互いに何も言わず、数秒お互いの顔を真っ直ぐ見据え、神崎は踵を返し、部屋を後にした。
神崎が部屋を出た後、ずっと静観を続けていたリオンが口を開いた。
椅子に座っているルークをリオンは見下ろす。
「今のが、あんたの本音?」
「まさか、今のあいつが力を行使する理由と最も望む世界を提供してやったんだよ」
「だよね」
「俺は大層な思想なんて持ち合わせてないよ。只の小悪党だ。だけど、そんな小悪党が世界を手中に収めてみたら面白いだろ?」
「かもね」
自分が特別な何かじゃなくて、それでも特別を手に入れようとする。
それは普通の事だ。
だが、そんな儚い夢はどこかで諦めるか、諦めきれないまま死んでいくかの二択だ。
ルークも例外ではない。
今のところはだが。
戦闘能力はせいぜい中の上、頭は悪くないが精々秀才どまり、スキルの才能には恵まれなかった。
総合すればルークなんてどこにでもいる平凡な人間。
彼は世界を笑うためだけに世界を手に入れようとする。
俺のようなゴミに支配される世界なんて大したことないなと笑う為に。
自分以外を見下す為にだ。
そのためなら、そんなしょうもない事のためなら、彼は何でもできる。
綺麗な言葉も吐くし、犠牲はいとわない、裏切りも騙しもするだろう。
そう、なんでもだ。
欲する心、それだけはルークも異常の領域かもしれない。




