在りし日の世界、初まり 後編
「『名前のない異本』スキル習得アイテムとしてミーが変換した」
「なんか聞いたことあるかも。人族は高位のスキルを覚えるのにアイテムがいるとか」
「そう、これをミーが保管し、死者蘇生はミーが魔王になることで悪用されないよう封印する。これで少なくとも三大禁忌の二つは封じ込められた。あとの一つはミーと並ぶほどの天才だった彼を殺すしかないが同じレベルの天才なんだ。そうそう簡単には姿を見つけることさえ出来なくてね」
「魔王ってのも大したことないんだね」
「そうさ、只のいち種族の一人」
「ふーん」
魔王城ではあるたった一人の来客とこの世界を支配する魔王が戦っていた。魔王城に辿り着くまでに四天王やら闇の軍勢やら強敵を難なく千切り捨てた来客は魔王が今まで相対した者の中でも最強と言うに相応しい存在だ。
魔王を殺したものが次の魔王になる。
そして、魔王の特権としてこの世界で唯一の能力、死者の蘇生が与えられる。
これがこの世界の魔王のシステム。
延々と消えることのない魔王と言うオンリーワン&ナンバーワン。
「……ミーは一度たりとも死者の蘇生を使ったことがない。多分、歴代の魔王の中でも初めてかも知れないね。でも、それは正解だと思っている。死者の蘇生なんてふざけた力は絶対に世界のバランスを歪めるからね」
「今思い出した。昔、亜人族最盛期に生まれた二人の天才。名前はタンタリオンとチッ、チー、なんだっけ?」
来客が頭を捻る様子に少し場の空気が和む。
「ふふ、タンタリオンの方がミーさ。何百年も前の話なのに他種族の君にまで知られていたとは光栄だよ。長生きはするものだ」
「そう、で、お疲れ。お前の世界の為に生きた人生もこれで終わり」
魔王城への来訪者は武器を振り上げた。
「鬼族の長。君の周りに何があったかは知っている。これでも魔王だからね。でも、この力は使わない方がいい」
「ありがとう。でも、指図は受けない。もう鬼々(・・)が魔王だから!」
下腹部からの出血で虫の息だった魔王の首を鬼々が大鎌で跳ね上げた。
魔王城への来訪者。
それは現鬼族の長、ホイホイに来襲し最もルークと神崎を苦しめた相手、鬼々だった。
「何も変わってないみたいだけど、本当にこれで鬼々は魔王になったの?」
鬼々は傍らで呆然としていた魔女王に声を掛けた。
「……殺された鬼族をみんな生き返らせるの?」
「当たり前。鬼々が帰った時にはみんな殺されていた。誰がやったか知らないけど絶対に許さない」
「きっとあなたの望む結果にはならないわよ」
「難しい事は知らない。でも、みんなは家族だから絶対に生き返らせる」
二人の会話の最中に鬼々の身体が黒い影のようなものに包まれ始めた。そして、鬼々は即座に理解した。これが魔王になる過程なのだと。
「…………」
鬼々は先ほどまでの会話で今になって引っかかりを覚えた。
しかし、話を聞くべき相手はもう殺してしまった。なので、知っっているかどうかは知らないが、魔女王に問いかける。
「そう言えばどうでもいいけど、その『名前のない異本』ってのはどうやって紛失したの? 魔王が保管してたんじゃなかったの?」
「紛失じゃないわ。奪われたのよ。勝負に負けてね」
「ふーん、やっぱりあいつ大したことない奴だったんだ」
「彼女は貴方より強かったわよ」
その言葉に鬼々の逆鱗に触れた。
「デタラメを―」
が、次のアクションを取るのは魔女王の方が早かった。
「おめでとう。あなたが第九十九代魔王様よ」
魔女王は腰をあげた。
純白の手袋に包まれた指先を綺麗に伸ばして揃える。
「チー君だけが心配だけど、ター君のいない世界に未練はないしね。バイバイ」
純白の手袋は魔女王の首先から零れる血液で真っ赤に染まる。
自害した。
「鬼々が生き返らせてあげてもよかったのに」
鬼々の身体が黒い影に完全に包まれると次にそれは身体の中に染み込んでいく。最後に髪と片角が黒交じりになると周囲の変化らしきものは完全に終わった。
「ふふ、鬼々が魔王だ。お姉ちゃん褒めてくれるかな」
鬼々は大鎌を置くと両手を地面にかざした。
「みんな、帰ってきて」
黒煙が上がる。
鬼々は身体中の体力が奪われていく感覚に陥った。
(初めての死者の蘇生だし仕方ないのかも)
数十秒後、そこには見知った顔を一人現れた。
鬼々と同世代ぐらいの男の子だ。
それは間違いなく殺されたはずの鬼族の一人だった。
「遊鬼‼」
「……鬼々、じゃない鬼々様。俺は一体」
「それはこっちの台詞。鬼々が村に帰ったらみんな殺されてた。何があったの?」
「そうだ。確かに俺はあの変態女に殺されたはず」
「変態女? 誰それ?」
「わかりません。突然現れて、俺たちのお姉ちゃんになってあげようか、なんて意味の分からない事を抜かすので追い返そうとしたら次々に腕試しだとか言われ殺されていきました」
遊鬼はまだ意識が混濁しているらしく頭を抱える。
「そうだ、確か名前は……シオンお姉ちゃんとか名乗ってたような」
「……シオン。それが一族の仇なんだね」
「鬼々様、まさかこの力は魔王の」
鬼々も足がふらつくのか真っ直ぐ立てない。
それでも瞳の意思は一切陰らない。
「遊鬼、大丈夫だよ。もうすぐみんなに会えるからね」
ズズズズッと鬼々の背後にいくつもの影が現れる。
先ほど以上の負荷に鬼々は霞む目を擦り魔王城から世界を見下ろした。
この世界に新たな魔王が誕生した。




