彼女の正体③
奇襲をかけ、成功しなくても謎の多い右腕をガードに使わせ、そこ以外の死角からの畳みかけるような攻撃。
「実のところルー君の仲間達って非戦闘員が多いんだよね」
シオンは右腕をへし折ろうと関節技を仕掛けてきたバルゴスを左手の腕力だけで子猫のように引き剥がすとそれをアレーニェの糸の発射された方向へ投げ捨てる。
「なんじゃ⁉」
糸を喰らったバルゴスの身体はそのままアレーニェにぶつかり二人の動きを止める。
「あなたは血の気が多そうだね」
それでも怯まないバレッタはシオンに掴みかかる。
(俺の見た時、あの右腕を使う前に軽く反対の腕で触れたり何かを呟いていた。その動作が発動に絶対必要なのだとしたら、右腕を使わせる暇を与えない為には切れ目なく接近戦を仕掛け続けるしかな)
アレーニェが倒れた姿勢のまま糸を発射しそれを避ける動作の隙にバレッタがシオンの両手とがっぷり掴み合う形になる。
「よし、バレッタの必勝形だ」
【能力名】
握力超過
【LEVEL】
LEVEL8
~次のLEVELまで、同程度以上の戦闘能力を有するものとの戦闘が七十九回必要。
【スキル詳細】
自身の握力を百倍する。
発動時、倍化の威力調節は出来ない。
持続時間なし、自身が意識を保ち握力を込めれるだけの余力がる限り発動可能。
ただし、発動時は発動していない通常時より疲労が蓄積しやすい。
バレッタの渾身の握力でシオンの両手を粉砕しにかかる。
次の瞬間、ゴリゴリと骨身の軋む音がする。
―はずだった。
「バレッタちゃんって言ったかな。凄いね、お姉ちゃんとほぼ同じ力だよ。力持ちなんだね。双思総愛は常時発動してるから加減が難しいんだけどバレッタちゃん相手ならそれもいらないね」
シオンも両手に力を込めた。
二人の力が拮抗するような異音が辺りを包む。
「ぐっ‼」
先に苦痛の言葉を漏らしたのはバレッタだった。
「あれ? ちょっとだけお姉ちゃんの方が強かったかな?」
両手は握り合ったままバレッタが膝をつく。
「少し血の気抜いとくね」
シオンは容赦なくバレッタの両腕を引き抜いた。
一面に鮮血が舞う。
バレッタの顔が苦痛に歪むが笑みも交じっている。
(血のカーテンだ)
噴水のように噴き出した鮮血にシオンに一瞬シオンの周りに避けようのない死角が生まれた。そこへバレッタの血を帯びた現ルーク軍最大の一撃がシオンを襲った。
飛んできた拳と自身の間に辛うじて両手を挟み込んだが、強華の一撃はガードごとシオンを弾き飛ばした。
「大丈夫?」
「あぁ、こちとら回復スキル持ちなんでな」
強華が視線を落としバレッタに声を掛ける。そうしている間にもバレッタの千切れた腕は再生されていく。バレッタの回復スキルは両足が地面に接している限り如何なる傷も回復させる最上級クラスのスキルである。この世界において回復スキルを持つ者は本当に希少だ。人族に限った話ではなく傷の治りが早いとかのレベルではない本当の意味での即時回復を成せるものはこの世界に0・1%もいない。
「ありがとう、バレッタのお陰で大ダメージを与えられた」
「あ? 今の一撃で決まったのか?」
「うん、致命傷じゃないかもしれないけど確実に両手の骨は折ったし、下手すればない臓器だってボロボロのはず」
「けっ、相変わらず冗談みてーな威力だな」
(そして、その傷でも致命傷じゃないかもしれない向こうの女も化け物か。嫌になるぜ、女の中じゃ私も結構強い方だと思ってたんだけどな)
「いたーい」
当然のようにその声は響いた。
シオンは身体の不具合を確かめるように手首や足首をぐるぐると回す。
「嘘、確かに手応えがあった。骨折してまともに動かせないはず」
強華の驚愕にシオンは微笑みかける。
「うん、これ折れてるね」
「なら、なんで動かせるの? ……もしかして回復スキル持ち?」
「いーや、全然。そんな希少なスキル持ってないよ」
シオンの瞳が会話相手の強華ではなくルークを捕らえる。
「愛だよ。愛ある限りお姉ちゃんは心臓が止まるまで一切の活動に支障はきたさない」
シオンは「なんてね」と少しだけ舌を出す。
「双思総愛の愛は一定値を超えると第三、第四の手のように発光する具現化したオーラとなるの。激しく動いてる時か、自分の身体から切り離して放出する時にしか見えにくいと思うけど」
シオンは腕をぐるぐる回し「これこれ」と指差す。それは確かに発光するオーラとしか表現できないものだった。それがシオンの腕や足周りには最初に見た時より太く厚く覆っている。
「これでテーピングすればお姉ちゃんの頭の中のイメージ通り身体は動かせるでしょ。はい、種明かし終了」
「そんな……痛みは」
「え? 愛でどうにかなるじゃん」
ならない。普通はならない。
その強烈な痛みを愛で抑えつけて活動していることの方がよっぽど異能染みていて、冗談染みていて、笑えない話だった。
そこには種も仕掛けもないのだから。




