彼を嵌めるには 後編
「凡百の凡人共は欲しいものがあるとすぐに我慢できずに自ら手を伸ばすものです。しかし、ジェントルな私は違います。欲しいものは向こうから来るように招くのです」
「どういうことでしょう?」
その場にいた誰もが理解できずオオカがその気持ちを代弁する。
「ここです、ここハクアに招くのですよ」
「仮にも敵の中枢、よっぽどのことがない限りその弱っているルーク一味とやらはこないのでは?」
「その通りですね。だから、ルークが飛びつきたくなるようなご褒美を用意しようではありませんか」
ここまで無言で話を聞いていたライオが口を開いた。
「……餌は? 餌はどうなされるのですか?」
チェスマンはジェントルのような満面の笑みで答える。
「うんうん、ライオ君、良い質問ですね。あと、餌ではありません。ご褒美です」
チェスマンはライオの手首につけているアクセサリーを指差した。
「それはなんですか?」
「これですか? これはトリニティを内部に詰めた珠を繋いだアクセです。獣族の者ならば誰もが身に着けていても珍しいものではありませんよ」
「そうです、そうトリニティ。君たち獣族の高い身体能力を精密完全にコントロール仕切る為に必要な素材ですね。まぁ、ライオ君やオオカ君クラスになればなくても力の暴走なんてことにはならないでしょうが、より高い精度の戦闘を求めるのならばあって困る物でもないでしょう」
釈迦に説法というのであろうか、チェスマンは今更トリニティの必要性を最も痛感しているであろう獣族の三人の前で説明、確認した。
「キング、この国の中で最も大きなトリニティの採掘場はどこですか?」
「えっ、東の森にあるバリー鉱山だけど」
「ふむ、ではそこにしましょうか。そこが爆破したと言う誤情報を流してみましょう」
「それでルークって奴は来るのかな?」
「君たちのような上層部は知っているでしょうが、今まで獣族ぐらいしか使い道のなかったトリニティは人族の間で銃器の弾として重宝されているのです。それがここ最近人族の勢いづいてきた理由の大部分であるのはわかりますね?」
「はい、単発を避けるのぐらいなら一般兵でもわけないでしょうが、部隊を組み、矢のように弾丸が飛んで来ればいかに獣族の身体能力が高いと言えど苦戦は必至でしょうね」
「そう、その銃器導入の立役者がルークだったのです。今は国内でなんとか賄っているようですが、連戦をし、消耗していけば人族の連合国家最大の武器銃器は弾切れし脅威半減です。そうなればハクアのトリニティを狙おうと言う声も上がるかもしれませんね」
ドラゴはそこまでの話を総合し、チェスマンに問う。
「つまりルーク一味は人族と分断されていて弾の補充に必要な素材トリニティが欲しくて欲しくてたまらないってこと?」
「恐らくは、ジェントルな私との交戦の際もルークは一度も拳銃を抜きませんでした。下手をすればもう既に弾切れなのかもしれない」
オオカも少しずつ全容を把握し始めたようで自分の口でまとめた。
「つまり方法は何でもいいからルークの目先の目的であるトリニティが大量にある我々の領地に誘い込めばいいのですね」
「その通りですよ。出来ればベストは亜人と人も招いてごちゃごちゃの乱戦に持って行きたいところなんですけどねぇ。皆さんなにか良い案はありますか?」
乱戦と聞きライオは慌てて声をあげた。
「ちょっと、待ってくれよ! いや、待ってください。そんなに一気に全種族集まった大戦争がここで起こったらうちの国はめちゃくちゃになってしまいますよ」
「地の利があるとも言えるでしょう」
「いや、そういうことじゃなくてこの国には非戦闘員だって暮らしているんですよ。そこに大量に敵が押し寄せてきたらどうなるかぐらいわかるでしょう?」
チェスマンはやっとライオの言いたい意味を理解したようで「あぁ」と声を漏らした。
「心配いりませんよ。それでも死なないようにジェントルな私がいるのです。キングが良い例ではありませんか。あなたたち、キングをいつから知っていましたか?」
その問いにオオカとライオは顔を見合わせ。
「俺は一年前に俺たち四老獣の前に現れて四人同時に捻じ伏せるまで知らなかったです」
「私は二年位前から噂だけでは知っていました。緑の鱗を纏う物凄く強い孤児がいると」
チェスマンは二人の答えに頷いた。
「そうですか、でジェントルな私がキングと出会ったのは二年前なんです。この意味お分かりですか?」
「……あなたがドラゴ様を鍛えたのですか?」
「ノンノン、ジェントルな私はそんな野蛮なことは出来ません。ただ家族にした、それだけのです」
「「は?」」
二人の口から当然の言葉が漏れる。
「ふーむ、やはり口で言っても分かりにくいでしょうね。仮契約ですがナイトとビショップが一つずつ空いてます」
誰に許可を取るでもなくチェスマンは納得したように指先を二人に伸ばした。
「見るからにごっしりと攻撃型のようなライオ君はナイトに戦況判断の得意そうなオオカ君はビショップに置きましょうか」
チェスマンの丸っこい指先に光が灯る。
「今日の晩餐はなにがいいですか?」
答える間もなく光はオオカとライオに伸びていき全身を包んだ。初めこそ警戒心を露わにしていた二人は次第に理解し始める。
「……これは」
「これがドラゴ様の強さの秘訣」
「無礼な、勿論基礎の強さがあってこそのこの地位なんだぞ」
「すっ、すみません」
ドラゴは少し拗ねたような声を出す。
チェスマンはにっこりと三人を慈愛の満ちた顔で見つめる。そう、それはまるで家族に向けるような笑顔でだ。
「ジェントルな私はこれをハクア中の皆に分け与えられると言えばもうわかりますね?」
三人は頷き、彼等は本格的なルーク確保計画を練り始めた。




