第二話 出会い、テンプレ
「中々、雰囲気はあるな」
遺跡の奥は、鍾乳洞になっており、そこには何メートルも底まで透けて見える透明度の高い湖が広がっていた。
ルークは、ローブの女に言われていた壁に描かれた文字盤を見つけ、膝まで水に足をつけながら、その壁に近寄って行った。
冷たい水はルークの心を落ち着かせ、期せずしてスキル習得には最高のコンディションとなっていた。
「……鬼が出るか蛇が出るか」
ルークは『名前のない異本』を片手で開く。
そこには、古ぼけた表紙からは想像もつかないほど、汚れ一つない綺麗なページがあった。
中のいくつもの国の言葉が混ざり合った文字も、定規で引いたように綺麗に並び、それが一層不気味さを際立たせた。
力を求め、様々な国の文化を研究していたルークも、流石に滅んで何百年も経った国の言葉には、手を焼いたが、何とか指示通りにスキル習得の準備を整えた。
長い呪文を語り終わり、最後の一言を発した瞬間、この儀式は終わる。
いや、始まるのか。
ルークは大きく息を吸った。
その最後の言葉は、彼の心情をよく表しており、スッと胸の中に落ちていった。
「世界の理を捻じ曲げよ!」
子供が考えた決め台詞のような言葉を、成人手前の青年が大真面目で口にする。
彼の目には一点の恥ずかしさも見られない。
その時、
「グッアアアアアアアアアアア‼‼‼」
彼の右目に、溶岩を流し込まれたような、グツグツとした、沸き立つような熱さが込み上げてきた。
――バシャッ
ルークは思わず、顔を足元の水の中に飛び込ませる。
バシャバシャと何度も顔を潜らせる。
それでも、その熱は失われることはない。
彼は、足を滑らせ、水中で全身を転げまわらせながら、もがく。
ほしい、欲しい、ほしい、欲しい、得たい、得る、手に入れる。
彼は、その痛みの中、尚も力を願う。
理解はいらない、理解できなくても認めざるを得ない、力を‼
もがき苦しむ中、痛みが段々と終息していくのが分かる。
頭の中に、一つの文字が浮かび上がる。
それを彼は、水中などお構いなしに叫ぶ。
「異世界転生‼」
その掛け声とは裏腹に、何か目に見える変化はない。
痛みの治まってきたルークは、立ち上がり、何か変化はないかと周りを見渡した。
(……視界が狭い)
彼の右目は、光を失っていた。
少なくとも、薄暗いここでは使い物にならない程度には。
だから、気が付かなかった。
いや、両目が全快でも想像すらしないから、気付けるかは怪しいかもしれない。
空から、自分と同じ年ぐらいの青年が降ってくるなんて。
「「いってぇーーーーー!」」
空中から降ってくる男と、それに気が付いてない男、二人は当然ぶつかり、転倒した。
どちらも何が起きたのかを把握してない。
当然、把握するために、相手に事情の説明を求める。
「「お前は何なんだ?」」
全くの同時に、互いが硬直する。
やがて、痺れを切らした空から降ってきた男(洞窟の中だが)の方から説明を始める。
「僕は神崎 礼嗣。確か、道路に飛び出した荷物の重そうなおばあちゃんとボールを追いかけている子供と子犬と子供が生まれそうな妊婦を助けたところで、トラックに跳ねられたところまで覚えているんだけど、ここは病院じゃないよね?」
フルコースである。
いくつか知らない単語が出てきたが、ルークは呆れて笑みをこぼす。
「ふっ、お前がとんでもないお人好しなのは分かったよ、俺はルーク、ここはルシャーネの外れの遺跡の中だよ」
その言葉を聞いて、神崎はなにか得心がいった顔をする。
「あぁ、異世界転生ね、実際に体験する日が来るとは、驚きだな。ちなみに日本なんて国知らないよね?」
驚きの理解力である。
ルークはその様子に、眉を顰める。
「日本? 聞いたことのない国だ」
ルークもルークで、頭をフル回転させて、今の状況を理解しようとするが、如何せん資料が足りない。
その様子に、神崎は落ち着いた様子で親切丁寧に、ルークに説明をする。
「つまり、僕は異世界、つまり君とは違う世界からきてるんだよ。僕が死んだ瞬間? それとも死ぬ直前に、この世界に呼ばれたみたいだね」
元々、頭はきれるルークである。
この状況の結論に段々と近づいていく。
とどめは、神崎にも確信がない部分についての質問である。
「あと、少し気になっていたんだけど、君の右目の幾何学な紋様と俺の右手の甲にある紋様が全く同じなのって、偶然じゃないよね?」
神崎は、手の甲に描かれた紋様をルークの方へかざす。
ルークは、足元の水面に薄っすらと映った自分の右目の紋様を確認する。
そこには、妖しく光る幾何学な紋様が写っていた。
そして、ルークの方も大体の状況を把握した。
(俺が、召喚したんだ)
召喚スキルは、この世界ではかなり上位の部類に属する。
ましては、人型はかなり珍しい。
そのうえ、異世界からの召還など前代未聞のレベルだ。
だが、内心ルークは素直に喜べなかった。
「……よりによって、召喚できたのが、こんな小枝のようにひょろい奴とは」
つい、口に出るレベルの落胆である。
だが、その様子を見ても神崎は余裕の表情である。
「うーん、多分、僕は最強クラスの力か何かをを与えられてるから、多分大丈夫じゃない?」
「どうしてわかるんだ?」
神崎は軽く肩をすくめる。
「お約束ってやつだよ」
あまりにも余裕の表情に、ルークはやや苛立ちを覚えた。
「まぁいい、お前の力は帰ってからでも、ゆっくりと調べよう」
神崎は、その言葉に対して、爽やかな笑みと握手を求めるように手を差し出した。
「わかったよ、ルーク。よろしくね」
ルークは嘆息しながらも、その手に答えて握手を交わした。




