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第十九話 相対する、絶対的実力差

 バレッタは今度は正面からの突撃をやめ、ルークから見て右側から攻め込んでくる。

 おそらく、ルークの右目の眼帯を見てのことだろう。

 ルークは神崎を呼び出して以来、右目の視力を失っている。以降、外出の際には眼帯を着用していることが多いのだ。


(やはり、ただの馬鹿ではないか)


 ルークとて、その類の攻撃は想定内、すぐに体を相手の正面に向かせる。


 いずれにしても距離を詰めなくてはスキルは発動できない。

 今の二度の攻防でバレッタのスピードや攻撃パターンを少し学習したルークはここで覚悟を決める。


 向かってくるバレッタに鞭を振るう。

 今度は払うのではなく、相手に絡ませるイメージでだ。

 そして、その鞭はバレッタの右腕に絡みつく。


(同じ距離を詰めるのでも、あくまで自分の主導権で詰める)


 ルークはその鞭を引き寄せ、バレッタの体勢を一瞬崩すことに成功する。

(ここだ!)

 ルークの方から一気に距離を詰め、すれ違いざまにタッチするようにバレッタの身体に触れる。

 そして、ぐっと力を込めバレッタの身体を押した。


 時間外(オーバー)労働(タイム)


 十パーセント減。


 その触れた時間が余りにも短いため、ルークは十パーセント相手から削り取り、疲労させることが限界だった。

 これは勿論、相手が全快であった時の十パーセントを意味する。

 つまり全快の状態なら十回削り、百パーセント減は死であり、ルークの能力上殺すことは無理だが、九十九パーセント削れば確実に相手は動けなくなる。


 だが、バレッタはここに来るまでにかなりの戦闘をこなしている。

 十パーセントでも削られるのは決して楽ではない。

 ここが今日初戦闘であるルークの数少ないアドバンテージ。


 バレッタも今すれ違いざまに何かされたのには気が付いたらしく、目を細める。


 三回。

 ルークの見た限り、あと三度今の要領で削ればほぼ動けなくなるはずだ。

 これはおおよそ正しいだろう。

 こればかりは長年自身のスキルと付き合ってきたものにしか分からない感覚だ。


 しかし、それでも一度触れるごとにルークの疲労も貯まるのだ。

 数を重ねるごとに動きの精彩を欠き、バレッタの指先でミンチになる可能性が増していくだろう。


 バレッタはあまり細々とした予測は嫌いなのか、違和感の原因を直接ルークに問うた。


「おい、今何かしたかい?」


「気のせいじゃないか?」


 ルークは不敵に口角をあげ、誤魔化す。

 バレッタは頭を掻くと、何かを思い出そうとする。


「うーん、確かこれに似た芸当が出来る奴らがいたよなー」


 恐らく吸血鬼のことを思い出そうとしているのだろう。

 身体の力の抜ける感覚。

 力の徴収。

 しかし、目の前のルークが余りにもそのイメージより弱すぎるため繋がらないのだろう。


「あー、ダメだ。喉元まで出てるんだけどなぁ」


 バレッタはもどかしそうな顔をする。


「そのまま飲み込んどけよ」


 ルークは相手の動きを単純化させるために挑発する。

 しかし、バレッタはたいして気にした様子はない。

 それどころか徐々にルークと言う相手の輪郭を掴みだしていた。


 バレッタは無言で足元の拳くらいの大きさの石を掴む。

(投石?)

 ルークが次の選択肢を考える間もなく、その石は握り潰され、飛礫となり、ルークに向かって投げられた。

(砂利の目くらましか!)

 当然、バレッタのスキルを考えれば、すぐに出てくる攻撃パターンの一つだが、そこにたどり着くまでにバレッタも行動に出ている。

 どれだけ思考しようとも、思考は思考でしかなく反射ではない。

 普通石を敵が握れば、投石か殴打が頭を反射的によぎる。

 そして、敵の特性を考え、次に思考する。


 バレッタは、その次に思考するまでに行動を起こし、ルークの視界を塞いだ。


「さっきの顔面頭突きのお返しだ」


 バレッタの声がルークの目の前で響く。

 その声を拾った時にはバレッタの拳がルークの顔面を捉えていた。

 

 ルークは地面を転がる。

 その間にも必死に体勢を整えようとするが、目に細かな砂が入り、その上から拳も入った。

 その状態から立て直すまでバレッタが待つはずもない。


 ルークの起き上がる頭をバレッタが握る。

 

 ルークに明確な死のビジョンがよぎる。


「殺しはしない、聞きたいこともあるしな。ただ、逃げ出されないために今から足の骨を折らせてもらうぜ」


 頭を押さえているのとは反対の手でルークの足を掴みに行くバレッタ。

 詰みだ。

 普通のものなら、ここで諦める。

 この後、欲しい情報を探られ、話しても、話さなくても、殺されるだろう。


 しかし、ルークは普通ではなかった。


 凡夫は足掻く、異常に足掻く。


(こんなとこでは死ねん! 俺は魔王を倒し、世界を手にする男だ!)


 時間外(オーバー)労働(タイム)


 触れたかった相手が今触れているのだ。

 ここで使わなくて、どうする。


 バレッタは即座に異常に気が付き、触れていたルークの頭を地面に叩きつけた。


 十パーセント減。

 今の間に出来た疲労蓄積。


 つまり、あと二回触れれば、もしくは数十秒ほど掴ませてもらえば、バレッタの動きをほぼ封じることが出来る。

 しかし、状況は絶望的だ。


「お前のその珍妙なスキル、発動条件は相手に触れる事だったのか」


 そう、バレッタとて馬鹿ではない。

 今ので発動条件も露呈した。

 さらに、全快に近かった戦闘初めとは違い、今もなおルークはバレッタ以上のスピードでダメージを貰い、格上との戦闘によるプレッシャーで疲労も蓄積していく。

 もはや、最初にあったはずのバレッタの連戦によるアドバンテージはほぼ消失した。


 あと二十パーセント減らせば、バレッタも動けないかもしれないが、ルークも慣れで多少誤魔化せるとは言え、あまり動き回れる状態ではなくなるだろう。


 触れることが困難になり、触れてもなお困難。


 心を折るには十分なケース。

 神崎が駆けつけると踏んでいる時間まであと五十分近い。

(一か八か、この状態で銃を撃ってみるか?)

 ルークが賭けに出ようかと、腰に手をやり、バレッタと向かいあった時だった。


 投石!


 今度こそ正真正銘の投石だった。

 しかし、その投石が捉えたのはルークの頭ではなく、バレッタの頭だった。

 ルークが投げたのではない。

 正面からヘロヘロのルークの投石が当たるほど、バレッタの動きは鈍くない。


 投げたのは、第三の人物。


「よう、ねーちゃん。さっきの借りは返しに来たぜ」


 二人の間に割って入ってきた声にルークは聞き覚えがあった。

 何故なら、昨日就寝前に聞いた最後の声だったからだ。


 ルイ。

 褐色の肌に、アッシュグレーの髪を広げ、翡翠色の瞳が戦意に奮い立っている。

 最前線で戦っていたルークの国の強者の兵士の一人。

 バレッタとの戦闘に敗れ、死かもしくは戦闘不能になったとルークは思っていたが、バレッタを追って、加勢に来たようだ。

 しかし、見るからに負傷しギリギリの状態でそこに立っているのが分かる。


「あれま、君はさっきのダメな目のお嬢さんか、生きてたんだ凄いね。私のとこの兵もまだ残ってたはずなんだけど逃げてきたの?」


 バレッタはにやにやとして挑発する。


「いや、お前を倒すために追って来たのさ」


 ルイはそれを軽く受け流し、ルークのもとに駆け寄る。


「随分、男前になったな大将。私好みの顔だぜ」


 ルイは砂に塗れ、傷だらけのルークを笑う。


「うるさい、それより勝ち目はあるのか?」


 いないよりは当然いいが、相手のバレッタは全快時のルークとルイの二人がかりでも遥かに敵わない。

 

「それを考えるのが、あんたの仕事だぜ、大将」


 ルイはこんな時になっても、余裕を失わない。

 これが戦場を多く潜り抜けてきた猛者の経験値かもしれない。

 ルークもおかげで冷静さを取り戻す。


「……わかった。取りあえずあいつに聞こえないようにお前のスキルを教えろ」


「聞こえないか、その点については大丈夫だ。私のスキルはまさにそれさ」


「?」


「音の取捨選択さ」


 その言葉に続きルイが説明始めた。




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