されど二転三転
強華の拳圧が放つ空砲に肩を掠めながらも己の放った炎の竜を完全には消しきれず炎に身を包まれていく彼等をその場で見届けた。
これで良かったのかと悩む。
他の方法は無かったのかと悩む。
だけど、時間は待ってはくれない。
神崎は何度も悩む。
悩んで悩んで本当にそれでいいのかと不安になりながら答えを出す。
ルークは迷わない。
己の気持ちに強烈なまでに素直に従う。
だから、答えを出す時はいつも迷わない。
対照的な二人だ。
だから、この結果は必然だ。
神崎は零れる涙を拭って、ルークと強華の落下した地点に走った。
人混みができ、悲鳴が上がり、少し遅れて兵隊もやって来た。おそらく、そこにニアリスもいるのだろう。
ルークの物語の終わりの時だ。
耳障りな雑踏、悲鳴、街中を抜けていく風音。
全てがルークの中に情報として入ってくるまでにどのくらいの時間が経っただろうか。
全身が焼けるように熱い。
いや、本当に焼けているのだ。
「きょ、強華は?」
声を出すだけでも辛い。
喉が焼けているのかもしれない。
ルークが視線を泳がせると、すぐそばにルーク以上に真っ黒に焦げた強華がいた。無理もない。ルークへのダメージをなるべく減らす為に強華が正面から神崎の炎を喰らったのだ。
「くそ、リュミキュリテ、リュミキュリテはどこだ? 奴さえいれば回復できる。早くここから逃げなくては」
探し人を求め、身体を倒したまま人混みを見回す。薄橙色のおさげに、目立ち過ぎる二枚の天使の羽。それはすぐに見つけることが出来た。傍にはティグレもいる。
「リュミ―」
しかし、当然あの部屋に残してきたリュミキュリテとティグレはホイホイの兵士たちに拘束されていた。両手を後ろに回され、拘束具を付けられて立っている。
兵士の数は五十はいるだろうか。後ろの方からはまだ来ている。きっと、城中の残った兵士を全て動員しているのだろう。
そして、その先頭に立つ人物こそこの国の王。
「ニアリス、貴様っ」
ニアリス王は兵を従え、ルークを見下ろす。
「終わりですね、ルーク」
「何がっ‼ 俺の何が終わったと言うのだ‼ まだここからだ‼ ここから俺は始まるのだ‼‼‼」
喉の痛みも忘れ、ルークが激昂する。
それでもニアリスはもう狼狽えない。
静かにルークに諭すように言葉を投げかける。
「ホイホイの王として、いえ少し違いますね。先ほど連絡がありました。無事、残党の制圧も終わり、戦争は私達の勝利だそうです。今を持ちまして私はホイホイはだたの人類の一国家ではなく、人類統一国家としての肩書も付与されます。
ルーク、この功績は貴方のものです。しかし、それをもってしても拭えない、いや見過ごせない貴方の非人道的行為は裁かなくてはなりません」
この女は何を言っている?
ルークの心の底から出た感想だった。
ニアリスがすぅっと息を吸い、判決を下そうとした時、その背後からは我慢できないと言った様子で一人の男が乗り出してくる。
「この男は! この男は! この国の元となるったホンニ、イリアタの王族を殺した大罪人だぞ‼ 俺はこの目で見た‼ 俺が証人だ‼」
「っ‼ 糞バカアホ王子がっ‼」
「バカァホだ‼」
先ほどまでの探し人。
証拠隠滅の為に暗殺せねばならなかった男、バカァホ王子の姿がそこにはあった。あっという間にそこにいた民にその衝撃的な事実が広まっていく。
「ルーク様が?」「王族殺し?」「優しいルーク様がそんなことをするかしら? ルーク様がこの国を治めてから税金だってぐっと安くなったわ」「でも、それはうちの支配する植民地に相当の無理を強いているって話よ」「あそこにいる目つきの悪い男が本当にルーク様?」「目の前にバカァホ王子がいて、本人が証言しているんだから確定なんじゃない?」「生き残りって意味じゃニアリス様もそうよ。彼女の話が聞きたいわ」
場はまだルークへの非難より混乱の方が大きかった。
しめたとルークは感じる。
ここが頑張りどころだと。
「皆‼ 聞いてくれ‼ これは真っ赤な濡れ衣なんだ‼ 俺は殺してはいない‼ 話はあの日、建国の日にしたじゃないか‼ あれは『黒狩り』が‼」
リカバリーの為の弁明。ルークはまだ大丈夫だと自分に言い聞かせた。ニアリスを信じるものは多くとも自分だってこの国で多くのものを築き上げた確定していない事実があれば、それはあとはもう好きな方を信じるしかない。ニアリスか自分かそれだけだ。
そんな叫びに冷や水が浴びせられる。
「馬鹿かお前は?」
ホイホイの兵士に肩を貸され、ふらふらと身体を引きずり近付いてくる男。
先ほどまで激闘の相手、ハレル。
黒狩りのリーダー。
「本物の前でよくそんな事がほざけるな」
(ニアリスの奴、このゴミまでここに連れて生きていたのか⁉)
「聞け、俺は『黒狩り』のリーダー、ハレル。この男、ルークに濡れ衣を着せられた張本人だ。俺は自身の命を賭けてもいい。俺はこの国に来たのは今日が初めてだし、お前たちの王に手を出したことは一度としてない」
民の流れが変わっていく。
ニアリスの方へ傾いて行っているのだ。
平行線の物的証拠のない話だが、それでも数は何よりも尊く、誰が言ったかも大きく左右する。その点で見てもルークはかなり不利だ。
ましてや今まさに国民の前で嘘をついた形になってしまった。
心証は最悪、孤立無援。
「……ルーク」
「……神崎」
そこへ神崎もやってきてニアリスの横に並ぶ。そこには深い悲しみの色と糾弾するべき対象への怒りの色がごちゃ交ぜになっていた。
万事休すだ。
「これは一体何の騒ぎですか‼」
しかしそこへ追い風が吹く。
英雄たちの凱旋である。




