誰の血なのだとしても
冷たい声が続いた。
「仕方なかったんだ。変革の為の最小限の犠牲だ。礼嗣、お前は分かってくれるだろう? お前だって言ってたじゃないか、平和をもたらす為には甘えを捨て、相手を殺さなくてはいけない時があるって」
神崎は冷たい大理石の床を見つめたまま目を閉じた。
「確かに以前僕はそんなことを言ったかもしれないね」
「―なら」
「でも、それは動き出した争いの連鎖を断ち、平和を生むためだった! 僕ら自身が火種で嵐の中心となってしまうのは違うだろ!」
小さな小さな国での一人の青年の王族殺し。
それが今は人類が一つの国家の下に全て傘下になろうとする争いにまで発展した。そして、ルークはまだ先を見ている。
彼がホンニやイリアタの王族を殺さなければ、そもそもこんな争いは起きていなかっただろうか?
「同じことだ。俺がさざ波を立てなければ人類が他の種族に怯え、虐げられる現状を打破する目途はいつまでも経たず、永遠の地獄が広がっていただけだろう。ただ、俺が平和への道のスタートを切っただけに過ぎない」
見てくれ、聞こえがいいだけの二枚舌。形だけの正しさでルークはいつものように神崎を丸め込もうとする。
しかし、いつもとは勝手が違うのだ。
全てが遅い。
ルークは何が何でも王族殺しだけはしらばっくれるべきだった。
「……目の前に君の殺した人の子供がいて、何故、君は平和を語れるんだ」
終わりの合図だ。
長くニアリスと接してきた。
鈍感主人公なりに彼女の好意は無意識に肌で感じてはいた。
そして、それはもしかすれば神崎の中で何かが芽生え始めているかもしれない。
正しさだけを振りかざし、力を行使してきた。
チートと言う絶大な力を振るう理由に正しさを求め、正当性を保ち、戦ってきた。
そんな神崎は今ただただ許せないと言う自己の欲求から力の行使をしようとしていた。
「……ルーク、君は」
ルークは短く息を吐いた。
捨てるものは半分では済まなかったからだ。
「いつかこんな日が来るとは思っていた」
考えは合わずとも己の半身のように思うこともあった。
だって、自分で呼んだのだから。己の身を削ってまでもだ。
ルークの人生の中で最も冷たい目だった。
「お前はもういらない」
場が凍ったのは一瞬だった。
しかし、その一瞬を見逃すルークではない。
「強華‼ 神崎とニアリスを殺せ‼」
神崎はハッとなり、入り口に立っていた強華の方へ全速で視線を動かす。
そこにもう彼女の姿はなく、目前には彼女の拳だけがでかでかと映し出されていた。
「強華! やめるんだ!」
「意味が分からない」
「なんで僕たちが殺し合わないといけないんだ‼」
「あなたたちがルークの敵だから」
「君はルークに付くのか! 今、その悪行を聞いただろ!」
「ワタシの方こそわからない。あなたもワタシと同じルークに死に際を助けられてここに呼ばれた人間じゃないの?」
二人が拳を合わせるのは二度目だ。
強華をこの世界に呼び出した時に力量を測る小手調べのような模擬戦。当たり前だが、その時とはお互いの拳にかかるものが違う。
本来、神崎と強華は互角と言う評価なのだ。
肉体の強さという一点豪華主義の強華。
チートのデパート、高水準のバランス型の神崎。
しかし、それはホイホイに攻め込んできたティグレの妹にして鬼族の長、鬼々との戦いの前までの話だ。
(肉弾戦でもアドバンテージがほとんどない)
知っていた事実を身体で再確認し、愕然とする強華。
そう彼女の戦闘の為に元いた世界でクローン人間として生まれ身体の至るところを機械的に改造されている。
鬼々との戦闘でその動力部を損傷した強華は以前のパフォーマンスの八割程度でしか動けない。よって、今の神崎との戦闘を五分で乗り切ることは非常に厳しい。
(それでも、それでもワタシはルークの役に立ちたい)
強華の握る拳に血が滲む。
それはどちらの血なのかわからない。
だけど、どちらの血だとしてもそれを見つめるルークとニアリスの心は複雑だった。




