特別な策
(それで自分がピンチに陥ってたら苦労ないな)
感覚ではハレルの疲労は既に八十パーセントを超えている。
後、一押しのところまで来ているとルークは睨む。
当然、ハレルとて自分が倒れるまでルークのすり潰し作業に従事してはくれないだろう。どこかで必ずけりを付けに来るはずだ。だから、その一歩手前で勝ち切る為に必要なカードを切らなくてはならない。
(一発、一発当てればいい)
そうここまで動作の実力差があり過ぎてルークが時間外労働を発動させているとは言っても全てハレルの刀を受け続けているだけの話だ。悲しいことに弾丸は一発もハレルを掠めてすらいない。
だが、それでも一発、もしも一発当たり所が悪ければそれだけでハレルに致命傷を与えられる。拳銃は種族差をある程度は埋めてくれるそういう必殺の武器なのだ。
策を弄する。
それしかルークに出来る事なんてない。
時間はかかってもいい。
(いや、そうか。ハレル、お前がしなくて釣られていたが、簡単な方法があるじゃないか)
使えるのは一回こっきり。
しかし、確実に使えそうな策がルークに閃いた。
怪しまれは元も子もない。
ルークはハレルの方へ走り出す。
ハレルの正面に立ちはだかり、拳銃を握った拳で殴打するように振り被る。
『伝家‼』
勿論、ルークの拳が到達するよりハレルの刀の方が早い。
身体は肩口から深く刀の侵入を許す。
ルークの出血が床にまで広がり、己でその出血に足を滑らせてしまう。
演技だ。
一瞬、ハレルの刀、伝家はルークの身体に深く食い込んだままルークの転倒を許し、巻き込まれてしまう。
ハレルはそれを引き抜こうと腕を引く。
その勢いのまま少しだけハレルの肩が開いた。
そして、ルークは真横に倒れていて、もう互いに身体を正面に向き合わせている状況ではない。
後ろがはっきりと見えた。
ルーク、ハレル、今回の戦いでは珍しくいつもと違う状況がそこにはあるではないか。
ルークは吐血を押させて、指を引く。
「お互いギャラリーがいるお陰で盛り上がるな」
―パァン!
そのセリフはハレルに認知させるため。
後ろの小人、アメを狙っているぞと分からせるため。
ルークにとって本当にアメに弾が当たったところで一銭の得もない。
庇って欲しいのだ。
(刀は俺の身体に深く刺さったままだ)
転がる振りをして少しだけ刀を体内の方へ巻き込んだ。
間に合わない。
刀を捨て、ハレルは身を乗り出し、アメの方へ滑り込んだ。
あれほど連発しても一発とて掠る事すらしなかったルークの弾丸はあっけないほど簡単にハレルの右肩に直撃した。
「ゴミィィィィクズゥゥゥゥゥ‼‼‼」
ハレルが当然の咆哮する。
ハレルへのダメージは軽くはない。
刀を振るうための右肩からは血が滲む。
「ふむ、贅沢を言えば心臓辺りに当たって欲しかったんだけどな」
ルークは既にリュミキュリテの光に包まれ全快している。
ハレルは伝家の宝刀をその場に放置してアメを守ったため、その手に刀は握られていない。
伝家の宝刀はルークが咄嗟に部屋の端に蹴りだしていた。
「ハハッ、素手で戦う気か?」
「俺にはまだ『諸刃』がある!」
ハレルは腰に手をやる。
そう、ハレルは初めから二本の刀を所有していた。
しかし、それに手を伸ばすハレルにアメは制止の声を掛ける。
「ハレル! 『諸刃』は駄目よ!」
「うるさい! 最早なりふり構わん!」
ルークは思った以上にハレルが動けていることに驚いた。
(拳銃の弾丸を一発喰らっているんだぞ。もう少しのたうち回れよ。疲労だって極限だろううが)
ルークは計算違いに深く溜息をついた。
「―全く拳銃で撃たれてもその元気か……」
ハレルが手に力を込め、刀身が少し姿を見せた。
「……特別製にしておいて本当に良かったよ」
―バタン
ハレルは『諸刃』と呼ばれる刀を抜き終わる前に地面に伏すことになった。




