第十七話 戦場に立つ者、紅い女
気が付けば、ルークは馬車の天井に張り付いていた。
いや、張り付いていたと言うより転がっていたが正しい。
馬車が一回転し、逆さまにひっくり返ったのだ。
あまりもの衝撃で一瞬あっけにとられたルークだったが、すぐに切り替える。幸い軽い打撲で済んでいる。すぐに敵の追撃に備え、馬車から這い出た。
そこはまさしく戦場だった。
そこかしこに火の手が上がり、死体の山と飛び散る血飛沫。
それも自国の兵ばかりだ。ルークの身を守るために付近に配備させていた兵士たちだ。
仲間意識などないが、先ほどまで普通に話していた人間の死体はこたえる。
その中心には一人の女が立っていた。
戦場に似つかわしくない真紅のワンピース。
その上から、籠手や手甲、胴などの本当に最低限の軽装をしている。
足はなんと裸足で爪にはこれまた真紅のペディキュアが彼女の異常性を引き立てる。
そして、その真っ赤な体と綺麗に対比している黒い瞳に漆のように艶のある黒髪。
口から覗く八重歯は肉食獣を連想させる。
その女は馬車から這い出たルークにすぐに気が付き、声を掛ける。
「ハロー、お前が指揮官?」
「……そうだよ」
「お前、良い目だな」
ルークは何のこと言われているか分からず混乱する。
しかし、そんなルークをよそに女は一歩一歩確実に距離を詰める。
「指揮官様に聞きたいんだが、お前の国には吸血鬼がいるそうだな」
「……だったら、どうなんだ」
(この女、吸血鬼に釣られてきたのか?)
ルークは様子を窺いながら考察する。
女は綺麗な口を左右に広げ、笑う。
「是非とも、私に会わせてくれよ。私はバレッタ、ラブジル国第一継承候補のお姫様さ」
ルークはあまりもの情報に目を大きく見開く。
(こいつが姫ってガラか? いや、確かラブジルには王ですら手の付けられないじゃじゃ馬がいるとは聞いていたが、こんな戦場にまで出てくるのか)
ルークは出来る限りのバレッタに対する情報を頭の中から掘り起こす。
「なんだ? 黙っちまって、ビビってんの?」
「なに、少し不測の事態ってやつだ。ところで兵を左方に集めたのには何か意図があったのかな?」
「あ? あれはいつも私が戦場に出向いた時にやる手だよ。私は中央を裂くように歩く。一番おいしいところだよな。で、他は邪魔だから最低限だけ残して端っこに寄せてるんだよ」
「……ははっ、それは豪快なお姫様なことで」
(くそっ、馬鹿相手に深読みした。ということは、こいつ最前線に配置したうちの兵を全て薙ぎ払ってきたのか⁉ 嘘だろ、軽く三百はいたはずだ)
バレッタの性分は短気なようでほんの少しのルークの思考にも苛つきを見せる。
臨戦態勢とばかりに血に染まった両手を構えた。
―その時、
「どらぁ‼」
誰のものかわからない咆哮がする。
それはルークの軍の生き残りが剣を振るい、バレッタに切りかかった際の声だった。
(よし、時間を稼げ)
ルークはしめたと思った。
「何、こいつ? 水を差すなよ」
バレッタは切りかかった兵士の斬撃を軽やかにかわし、その兵士の頭をアイアンクローの要領で掴む。
兵士は頭ごと持ち上げられ宙に浮く。
「くそっ! 死ね! 死ね!」
「もういいって」
しかし、それでもバレッタを切りつけようと剣をふるう。
―パキッ
その兵士の剣が飴細工のように折れる音だった。
驚くべきことにバレッタは兵士の剣を素手で折ったのだ。
剣が無くなってもなおもがく兵士にバレッタの冷めた視線が注がれる。
「お前、ダメな目だな」
血飛沫が舞った。
その血飛沫は、バレッタがまるで熟れた果実でも握り潰すように、兵士の頭をあっさりと握り潰した結果だった。
「……化け物め」
ルークは無意識にそう呟いていた。
あの頭を握りつぶした握力は十中八九スキルだと、ルークは確信しているが、それだけの情報では格上相手に心もとない。
会話での時間稼ぎに切り替える。
「最前線の方から連絡が来なくなったんだが、お前知らないか?」
聞くまでもなく予想はついていることである。
バレッタは顔に散った血を拭いながら、目を細め笑う。
「なんだぁ? 時間稼ぎか? まぁいいけど、私がやったよ。まぁまぁ、歯応えもあったし、数もいたから時間がかかっちまったけどな」
「皆殺しか?」
「私は大雑把なんだ。いちいち一人ずつ潰すのも面倒だろ。戦意喪失した奴まで相手してらんねーよ」
殺人鬼ではなく戦闘狂、バレッタの本質はそちらに近かった。
ルークはそこに賭けて、ありえはしないが、言うだけただだと思い軽口を叩く。
「俺も戦意がないと言えば見逃してくれるのかい」
「敵の大将首見逃す馬鹿がどこにいるんだよ。パパには内緒で参加してんだ。これで戦果なしだったら困るぜ」
(パパ、つまりラブジルの王の命令ではないと言う事か)
「なぁ、もういいだろ? そろそろ戦闘を始めようぜ」
バレッタは焦れるように、拳を突き出す。
ルークは自身の武器である鞭を取り出す。




