第十五話 決戦前夜、その若者
その日の夜。
皆が寝静まった後も、ルークは明日の指揮系統や作戦の最終確認をしていた。
数パターンの作戦の書かれた資料を手に持ち、中庭の渡り廊下を歩いていると、どこからか風切り音が聞こえてくる。
耳を澄ませば、それは中庭の奥の方から規則的に繰り返し聞こえてくる。
ルークは中庭に降り、少し歩くとその音の正体が判明した。
以前、修練場で見かけた新米兵士のバルコスが黙々と一人剣を振るっている音だった。
バルコスはルークに気が付き、素振りを止めた。
「性が出るな」
「いえ、初めての出陣に眠れなくって」
「程々にしておけよ。明日使い物にならなくなっては困るからな」
ルークのその言葉にバルコスは顔を伏せ、表情を曇らせた。
「ルーク様は戦場に出られたことはありますか?」
ルークは何かを思い出すように空を仰いだ。
ルークたちの世界にも夜は星と月が出ていた。
「……あぁ、あるよ」
バルコスはルークを気遣ってか言葉を探るように質問した。
「……あの、どんなところでしたか?」
ルークは質問したバルコスに目をやった。
自分と同じ年くらいの真っ直ぐな瞳をした誠実そうな男の子。
それは何かを奪うためではなく、何かを守るための瞳。
自分にもこんな道があったのかもしれない、そう思わずにはいられなかった。
だからだろうか、ルークの言葉はいつもより感傷的なものだった。
「そうだな、あそこには何にもなかったよ」
バルコスは伏せていた顔を上げた。
「何にも?」
「そう、何にもない。そして、互いに見えない何かを奪い合うんだ」
余りにも抽象的な言葉にバルコスはいまいち腑に落ちないといった表情をし、目をパチパチと瞬かせる。そこにはぬぐい切れていない不安もまだ見え隠れする。
「それでは自分は戦場に何をしに行くのでしょうか?」
ルークは失敗したと自覚した。
初陣の新兵にいう言葉ではなかったと。
もっと、聞こえの良い言葉で彼の士気を鼓舞すればよかったと。
だが、真っ直ぐな瞳をしたバルコスにルークは嘘をつけなかった。
ルークは自分の正直な答えをバルコスに渡した。
「生きに行け。そこで生を掴みこんで、またここに戻ってこい。それが出来れば百点だ」
彼は見えない何かを受け取ったようだ。
バルコスは真っ直ぐな瞳をうるうると輝かせ、元気に返事をした。
「はい‼ 頑張ります‼」
いずれ彼は死ぬ。ルークも死ぬ。
なら、生きている間に何をするべきか。
「じゃあな、俺は先に戻るがお前も早く帰れよ」
ルークはバルコスを背にその場を後にした。
渡り廊下の石柱に背を持たれかけた女がルークを待っていた。
その正体もルークが以前修練場で出会った人物。
バルコスとよく稽古をしているルイだ。
「よぉ、良い事言うじゃねえか」
「……聞いていたのか」
「生憎、耳がよくってね」
ルイは自慢げにそう言った。
(耳が良いって言っても、ここから俺とバルコスのところまで五十メートルは離れてたろ)
ルークはルイに疑惑的な視線を向けるが、ルイはどこ吹く風と言った調子だ。
それどころかルークが違和感を感じたのを面白がり、にやりと笑って聞き返す。
「何か?」
「いや、何でもない。それよりお前も早く寝ろ」
ルークは城内に戻ろうと歩を進めた。
その背にルイは声を掛けた。
「出来は悪いが、弟みたいな奴なんだ。なるべく安全地帯に配置してやってくれ」
恐らく、ルイはルークがこの渡り廊下を通ることが分かっていて待っていたのだろう。
その一言を言うために。
ルークは素っ気無く返した。
彼はあくまで合理的な判断しか下さない。
「言われなくても新兵は使い物にならんからそのつもりだ」
ルイはハンッと鼻を鳴らした。
「あんた、意外と好きになれそうだ」
「そりゃ、どうも」
二人は口元をほころばせながらそれぞれの部屋に戻っていった。




