別れの一撃
彼らの仕事はいつも静かだった。
影のように歩き、民に光を与える。
それが彼等の行動指針だ。
「アメ、アラシは今どこだ?」
ハレルは短く切り揃えられた黒髪を上部にかき上げ、亜人族の中でも小人と呼ばれる種類に属するアメという女の子に尋ねた。
「いつも通りよ。騒ぎが起きないに越したことはないし、外の森で見隠しのローブを被って待機してもらってる」
「そうか、申し訳ないがアラシは目立つからな」
「最近、また大きくなったみたいよ」
「ふっ、成長期かもな」
「もう二百歳になろうかってのに何言ってるのよ」
街を歩く彼らに誰も目を止めない。
自然を自身の一部として動いている達人の動きだ。目に捕らえることは出来ても、きっとこの国の人間の記憶に彼らが明日まで残ることはないだろう。
「一見穏やかな国のようだがな」
「そうね」
小人であるアメはハレルのフードの中に身を潜め同意の声をあげた。
そして、二人して隣を歩く人物に視線を注いだ。
「ひっ」
その人物は短い悲鳴を上げると、両手をバタバタと落ち着きなく動かす。
「情報提供には感謝するが、もしそれが虚言だったら―」
ハレルの圧が増した。
それは静かだが、たった一人の隣を歩く人物だけにしっかりと方向性をもって向けられた敵意。隣を歩く人物は「ひっ」とまた短く声を漏らした。
必死に嘘はないと首を横に振り、己の有用性を証明しようと隣の人物は首を振った。
「……まぁ、どちらにせよもう少し調査しておくか」
ハレルは毒気を抜かれ嘆息し、路地裏の方へ消えていく。
彼等はこの国暗部と出会うことになる。
人類最強と謳われるオセロムを相手にしているセブンズの戦闘不能のムッツリを除いた残り六人は常に動き回り、オセロムと距離を取り戦っていた。
ここまでの戦闘でオセロムのスキルには効果範囲のあることが分かり始めた。ならば、近距離戦闘は得策ではない。そして、すぐにその戦闘スタイルに切り替えられるだけの戦闘センスをセブンズは持ち合わせている。
ニニが中距離から自生していた気を引き抜き、それをオセロムに投げつける。
オセロムはそれを上空に跳躍し、回避する。
木屑、枝、葉がその場で舞い、飛び、跳ねる。
流石にそこまで小さな欠片を躱すことは難しいし、その必要性も感じなかった。しかし、それらに触れた次の瞬間、オセロムの全身の表皮は薄く切れる。
「くくっ、あの女じゃないな。隣のあずき髪の男女か」
オセロムはニニの隣でほくそ笑むワンコをねめつける。
身体が裂かれたスキルはワンコによるものだ。オセロムのその推測は当たっていた。
砂煙が舞う中、アレーニェの電気糸とリオンの風の刃が死角からオセロムを狙う。彼女たちは先ほどからヒット&アウェイを繰り返す。
(少し厄介になって来たな)
オセロムは厄介と思いながらも、根底の感情は歓喜だった。自身が厄介と感じる程度には敵が修練されコンビネーションを駆使している。
(まとめて殺すのは無理だな。認めよう。その程度には貴様らは強い)
オセロムは一定の方法へ向けて走り出す。
勿論、そちらにいたゴロー、ヨハネは一定の距離を保ち後ずさりを始める。
「とにかく効果範囲に入らなきゃいいんだろ」
「ゴロー、その考えは危険かもですです」
ヨハネはその瞬間、短く舌打ちをすると地面を蹴り、跳んだ。
「ゴロー‼」
「あ?」
ゴロー声をあげた時には地面に縫い付けられていた。
(ほう、またあの赤髪は躱したか。火力はないが、マークしておく必要があるな)
即座に周りがカバーに入ろうと駆け寄る。
「来るな‼」
ゴローは喉を震わす。
「遠距離攻撃の種類の乏しい俺はどのみち足手まといだ」
そのゴローの元へゆったりとまた確実にオセロムは近付いていく。
一対一でオセロムのこのスキルを破ったものはいない。それは限りなく死に近付いたことに他ならなかった。
「ちっ、効果範囲は出ていたはずなんだけどな」
オセロムが無言でこん棒を振り上げる。
無慈悲な加速が訪れる。
「……ただでは死なねーぞ」
【能力名】
弱点
【LEVEL】
LEVEL8
~次のLEVELまで、残り七千五百回、同箇所に攻撃を受け続ける事。
【スキル詳細】
あらかじめ指定した一点に自身への攻撃を集めることが出来る。
指定する一点は自身の身体から五メートル以上離れたものは不可。
一度、指定すると対象が使用不可になるまで変更は出来ない。
一度に発動できる最大時間は三十分(のちインターバル同時間程度必要)。
ゴローはスキルで右手の拳にオセロムのこん棒を敢えて受けた。
【能力名】
強点
【LEVEL】
LEVEL7
~次のLEVELまで、残り二百三回、同攻撃で敵対者にとどめを刺すこと。
【スキル詳細】
あらかじめ指定した自身の身体の一部に攻撃力の全てを集めることが出来る。
これは時間の経過分威力が増加していく。
指定箇所の体積が小さければ小さいほど威力の増加する時間も短い。
Maxで本来のスキルを用いない攻撃力の百倍(百分間必要)まで威力は増加する。
一日の使用回数、五回(二十四時間以内に五回を使用しつくした場合、次の使用までに二十四時間のインターバルと九時間以上の睡眠が必要)。
ゴローは右手の拳を強化し続けていた。
地面で張り付けられている間もゴローは一発を狙っていた。
いや、この戦闘中ずっとだ。
―パァアアアアアンンンン‼‼‼
強烈な破裂音の後、オセロムの愛用していたこん棒は爆散した。
同時にゴローの右手の骨はバラバラに砕け、歪な形に変形していた。
オセロム自身にダメージはない。ゴローに掛けられたスキルも解除されていない。
次に待つのが明確なトドメであることは分かりきっていた。
ゴローは自身に仕事は終えたとばかりに自嘲気味に目を閉じ、身体の力を抜く。そして、残った仲間に別れを告げる。
「……あばよ」




