対戦カード
「えっ? 攻めなくていいんですか?」
ホイホイの外務大臣であるシグレは少し意外そうな声をあげた。
その言葉にルークは説明を加える。
「えぇ、戦場はホイホイの裏の森を半日ほど抜けた草原辺りがいいでしょう。万が一の場合にも背後は森だ。逃げ込めば地の利が働き、全滅はなくなる」
「えらく弱気ですね。いや、兵力差を考えれば当然なんですけどね」
「別に弱気じゃないですよ。それに俺はその兵力差をひっくり返す為だけにここまでやりくりをしてきたんです」
「え?」
「正直言えば、ここが正念場と言ってもいい。俺はね、人類さえ統一してしまえば獣族も亜人族も大した問題じゃないと思っているんですよ」
ルークの意外な発言にシグレは声を裏返す。
「そっ、そんなわけないじゃないですか! 獣族と亜人族はこの世界の二大派閥。私達人族とは単体性能が桁違いです。それらを相手にするのが大した問題ではないはずがないでしょう!」
「単体性能ではね。でも、戦争は根源的には数だ。数の多いものが勝つ。その点においては人族はもっとも優秀だ。勿論、全てが統一できたらの話ですけどね」
「何か、策でもあるんですか?」
ルークは面白そうに笑った。
「策? ははっ、まさか。策とは立場の弱い者が強い者に勝つ為に練るものです。苦し紛れと言ってもいい。獣族や亜人族相手に必要なものではない」
シグレはルークの言葉が理解できなかった。
彼ら彼女らの化け物じみた力は知っているはずだ。
確かに、数の上ではもし人類を統一することが出来たら獣族や亜人族を圧倒する。しかし、それだけで本当に何とかなるものなのか。
それは長年魔族の最下層として虐げられてきた自分たちでは考えもしなかった完全な理外。沙汰の外。狂気ですらある発想。
でも、結局のところやってみないと誰にもわからないのだ。
だから、ルークは口にした。
「まぁ、それもこれもこの戦争に勝って初めて実現する話です。コロコロと言うことが変わって申し訳ありませんが、戦争の勝敗を決めるのは数だけではない」
本当に百八十度変わっていた。
しかし、彼がぶれたわけではない。
「この戦いにおいては認めましょう。我々が弱者です。だから、たっぷり策を用意した。彼等にはそれを味わってもらわないといけない」
ルークは参謀室の机に置かれたこの世界の地図に半円を書いた。まるでホイホイを守るように。
「この戦いは防衛線になります」
シグレはルークの今回の作戦の概要を説明する。
「まず、戦争のきっかけを作る為のパンプキンケーキですが、これはただのきっかけ作りではありません。パンデミックのようなものです。向こうは時間が経てば経つほど国内の状態は悪くなっていく。それは一般の国民だけではなく、兵士も同じ。ならば、こちらは慌てて攻めてやる必要はない。すぐに向こうは焦れて攻めてくる。それも華中でもラブジルでもなくホイホイにだ。うちの国の中には中毒症状の原因であるワントの対抗策、特効薬のようなものがあるんではないかと睨んでです。この時点で戦争の中に置いて最も知りたい相手の動きの部分の初動をほとんど掴んだも同然です。これが大きい」
ここまで得意げに話したところで天井からするすると糸を伝ってアレーニェが降りてきた。
「ルーク、こっちの部隊の準備は整ったぞ。私は今回セブンズ優先だから、部隊の指揮はバルゴスに任せてある」
「あいつか、大丈夫なんだろうな」
「少しは信用せい。確かにあいつが暴走すると私でも抑えるのに一苦労じゃが、基本的には温厚だし向上心も度胸もある。悪いようにはならんじゃろ」
「……意外と信用があるんだな」
アレーニェはにひりと笑った。
「お主よりはな」
「ちっ、一言多いぞ」
ルークは舌打ちをすると、アレーニェは少し機嫌がよくなる。
「恐らく今敵軍はホイホイの方へ進行している。一週間もあればメアリカ、アシロともに軍がここに到着するはずだ。お前たちはその間に簡易のバリケードでも落とし穴でも好きに準備しておけ」
「なんじゃ、現場の指示は随分適当じゃな」
「こればっかりは実際に起こってから対処しなければいけない点が大きすぎる。それにこの戦争において大事なのはマッチメイクだ」
「マッチメイク?」
「そう、俺たちが世界を取るには出来る限りの兵力がいる。どれだけあっても多すぎると言うことはない」
ルークはアレーニェとシグレに説明を加える。
「戦争において勝利とは相手が動けなくなるまで兵力を疲弊させるか、兵そのものを動かしている大将首を取ることだ」
「それはわかる」
アレーニェとシグレは頷いた。
「そして、敵側に被害が薄いのは大将首を取る事。これなら兵力の大半を残したまま戦争を終結させられる可能性が高い。だから、俺たちは後者の大将首狙いでこの戦争を終わらせる。この戦いが終われば自身の手足となるものをむやみに削りたくないしな」
「この大一番に置いてその認識は甘いんじゃないかの」
「無論、お前たちはそんなことを気にする必要はない。存分に殺せ、脅せ、戦意を削げ。目の前に立ったものから首を断て。俺は俺の思惑で駒を動かすだけだ」
「それがマッチメイクですか?」
「そうです」
ルークは自分の机の引き出しから立体のチェスの駒のようなものを取り出した。それを今回の戦場になっている広げた地図の上に適当に配置していく。
「まず、今回厄介なのが、アシロだとあの双子キースとノーボス。彼女らは決して離れることなく二人で戦場を踊り、次々と戦果を挙げてきた。世界唯一の連動するスキルとやらで二人出ること自体が戦闘力のアップにつながるらしい。そして、メアリカは設営するまでもなく人類最強の名を欲しいままにしてきたオセロム。オセアニアでも少し戦闘になったが、こいつは半端じゃない。並みの兵士じゃ目の前に立つ事すら出来ないだろう」
ルークは白い駒を敵側に配置する。
「目ぼしい兵士は他にも知るだろうが、それは数やアレーニェの部隊で対処できる程度の兵士だ。そこも上手くマッチメイクしていくが、まずはこの三人だな」
ルークは黒い駒を持ち、こんこんと自身の机を叩き悩まし気な顔をする。
「恐らくオセロムは神崎クラスをぶつけなくては殺せない。万全ではないとはいえ、強華をも抑えたあの力は油断できないだろうな」
ルークは黒い駒を二つ持ち「だが、今回は」といいその駒を敵陣深くに置いた。
「神崎と強華は使えない。うちの最高戦力だからこそ一点突破能力が適している。こいつらは敵陣深くまで直進してもらい敵将、アシロのフライト、メアリカのウーノを討ってもらわなくてはいけない」
「なら、その三人は誰が止める?」
ルークは目の前の少女を指さす。
「お前だよ。正確にはセブンズでオセロム。その他、バレッタたち選りすぐりのもう一部隊でキース、ノーボスとを抑えてもらう」
「……さっき、オセロムは神崎クラスではないと殺せないと言っていたが、私らでオセロムを殺せるのか?」
「無理だろうな」
「こいつ、またぬけぬけと」
「こいつら敵側の筆頭戦力三人は神崎や強華でもぶつかれば時間と体力を消耗するだろ。最終的に勝利するにしても、その時間で他の兵士たちも敵味方問わず消耗してしまう。俺が望むのは短期決戦だ。だから、二人には大将首を取るのに全力を注いでほしい。そして、その最大の障害となる三人はお前たちが抑えるんだ」
「概要は分かった。つまり時間を稼げと言うわけだな」
「そう、死なずにな。倒せる分には全然構わないぞ」
「ふん、出来るなんて思っておらん癖に」
アレーニェはルークを睨みつけると、作戦事態には納得したのか、また天井へ糸で昇っていき消えていった。
「勝算はどの程度あるのでしょう?」
残ったシグレはルークに恐る恐る尋ねる。
「さぁ、良くも悪くもセブンズにかかっているところが大きいですね。俺が見つけ、俺が鍛えた兵士たちが人類最強にどこまで食い下がれるのか、今回の戦争の鍵はそのカードが最重要なんです」
ルークは相変わらずシグレには丁寧に受け答えをし、窓の外に目をやった。
そこからは薄っすらとだが、もうじき人類の命運を賭けることとなる戦場が見えた。
「……楽しみだ」
戦争がではない。
自分が人類の全てを手に入れる瞬間が迫っていることがだ。




