狂いの華
―ラブジル、城内
「さて、久し振りの戦争だ」
「いや、バレッタ様、あんた普通に先月も小国と戦争やってましたけどね。それも先行部隊より先行してほぼ一人で」
「おいおい、ジャッカル、つれない事言うなよ。もみあげ切るぞ」
「ジャッカル、もみあげ命、可哀想」
「別にこのもみあげに命なんてかけてねーよ」
リールの補足に不満なのか、ジャッカルはごつごつとした指先で自身のもみあげに触れる。ポニーテールの言葉少なな女がリール、身体がデカくもみあげも長いのがジャッカル。ともにラブジル国第一継承者バレッタ姫直属の護衛だ。
しかし、護衛とは言うものの二人よりバレッタは遥かに強く、どちらかと言えばその滾る気持ちに上手く手綱を取るのが主な役目だったりする。
「しかし、今回ばかりは流石に規模が違い過ぎませんかね。一国の姫が前線に出るのはあまりお勧めできませんよ。ってか、ラブジル王、お父上に何としても止めろとの命を受けているのですが」
「無視無視、なんならパパには先に息の根止めて私が王様になっちゃうぞって言っといてくれ」
ジャッカルはそんな言えるわけねーだろ全身赤バカと思ったが、流石に口には出せない
ジャッカルはバレッタが嫌いだ。彼女の無茶のせいで失った損害は大きい。そこには当然、人命も含まれている。勿論、その分対価も得ている。だが、どれだけ何を得ても癒えない損失はあるのだ。
ジャッカルはバレッタを憐れむ。
それを知らない彼女を憐れむ。
人は人に対して一つだけの感情で埋め尽くすことは難しい。
愛もあれば、憎しみもあり、羨望もあれば、嫉妬もある。
ジャッカルはその複雑な感情を全てのみ込み、それでもと最後のアドバイスをした。
「バレッタ様、あんたにどれほど優れた回復スキルがあろうともいずれ取り返しのつかない傷を負うでしょう。そして、今回がそれになる可能性がすごく高い。今ならルーク様のラブジルの非戦闘発言を盾に増援の要請を断ることは容易です。従来通り、同盟国への武器の輸出だけで充分この国は機能します。あの男はきっとここで止まることはないでしょう。その足が歩むことが出来なくなるまで前進を止めない。人類統一のこの大一番ですらまだ下準備程度に思っているかもしれない。あんたはその為の駒でしかない。確実にあの男よりも先に死―」
バレッタがジャッカルの顔を鷲掴む。
骨どころか岩や鉄すら凹ませる握力を発動させることの出来るスキルを所持する彼女。
しかし、そのジャッカルを鷲掴んだその手はまるで包み込むような優しさを秘めていた。
「それじゃどのみち私は死ぬんだよ」
ジャッカルとリール、二人のお付きの兵は静かにその言葉を聞いた。
「あいつと私は似ている。止まれば死ぬんだ。息して、クソして、寝てるだけじゃ生きてるって思えねーんだ。やりたいことをやってなきゃ生きていられないんだよ」
バレッタはジャッカルを握る手とは反対の空いた手を見つめる。その手はもうどれだけの命を摘んだかわからない。だが、大小こそあれ人は、生き物はそうして生きているはずだ。
「私はこの手に命を掴んでなきゃ、生きてることを忘れそうになる」
その当然をバレッタはいちいち確認しているだけだ。
バレッタはジャッカルを掴む手をそっと放した。
そして、彼女は戦場に歩みを進めた。
「どっち、行き先、メアリカ? アシロ?」
リールは刃を交える対戦国の名前を挙げた。
どちらに攻め込むのか、これから全体の兵を集めて指示を出すタイミングだった。
バレッタはいつもの意地の悪い笑みを浮かべる。
「いや、ホイホイだ」




