最強の証明書
華中の天王フゴルに仕えるケスバという褐色の男は出自が不明だった。
院の連中は自分たちが甘い汁を吸うのに都合のいい人形であるフゴルの機嫌を無意味に損ねる意味もないのである日連れて来たケスバをお付きの人間として認めた。
彼は給仕も護衛もそつなくこなし、すぐに自分の立ち位置を固める。
彼は元戦争孤児で、世界中を巡りギルドなどで日雇いの仕事をこなし暮らしていた。
流されるままに、流される方へ、なんでも卒なく出来るので、何となくでも生きていけた。しかし、そんなとき今の主、フゴルに出会う。
「なんでもにも人類最強の相手は含まれてないんだけどな」
ケスバは目の前の大男、人類最強と謳われるオセロムを前に仕事を間違えたかなと少し後悔した。
「邪魔だ」
オセロムは右手を振るった。
武器は持っていない。
ただ、空の右手を振るったのだ。
ケスバは距離を取るようにバックステップする。
しかし、
「お?」
ケスバは床に膝を落とした。
「やるな、オストリアの民は今ので全身を地面に伏した」
ケスバを見下ろすオセロムは素直な感想を述べた。
しかし、ケスバはそれどころではない。今にも全身が地面に張り付いてしまいそうな体へかかる重圧に必死に抵抗する。
「これが、人類最強のスキルかよ」
辛うじて口を動かせても、頭を上げることすら困難。
そのままじわじわとケスバは膝を落とし、地面に全身をつけた。
「くっ」
「よく耐えたほうだ。さて、アシロの双子、早くラブジルの女を追え」
その言葉にハッとしてケスバはぎりぎりと鈍い音をあげる首を動かすと、そこには強華が抑えていたはずの双子が解放され、強華まで地面に張り付けられていた。
(いつの間に、そっちまで)
―パァン
お馴染の乾いた音が会議室に木霊した。
オセロムが右手を振るうと、弾丸は彼に命中する前に地面に落ちた。
「ちっ」
強華とケスバを無力化されて黙って見ているわけにもいかなくなったルークが拳銃を抜き放ったが、当然のように空振りに終わった。
(化け物どもは当たり前のように弾丸を無力化するな。本当に呆れる)
「フゴル、何かあの化け物を倒せる奥の手はないのか」
「そんなの持ってたら、僕珍はルークと組んでないよ」
フゴルは明らかに非戦闘員、この場において戦えるのはルークだけとなっていた。
(このままじゃ、双子がバレッタを追いかけてしまう。あと、少し時間を稼げばいいだけなのに)
ルークは何とか自分の手札から最善を考えるが、良い手は出てこない。
ルークは胸パケットの赤い液体の入った小瓶に手をかけた。
(ティグレめ、これだけは絶対に使わんぞ)
歯軋りし、状況を打開する案を考えるルークを見たフゴルが「ただ」と付け加えた。
「奥の手と言うなら、あの男、ケスバがそれだよ」
―カサカサカサカサ
蠢く音がした。
その音の正体は探るまでもない。
何故なら、もうそこら中にあるのだから。
それはキースとノーボスを、オセロムを、ウーノもフライトもを絡めとり、あっという間に身動きを取れなくする。
「あー、やっぱ駄目だ。この姿キモ過ぎて生理的に受け付けないんだよ」
発生源は分かりきっている。
ケスバだ。
ケスバは先ほどまでの小奇麗な容姿を失い、異形な姿へと変貌していた。
そして、そんな彼から発生した蠢くもの。
「……これは、髪か?」
ルークは足元に広がったそれに触れる。
フゴルは自慢げに頷く。
そう、ケスバの姿は先ほどまでのものとは違い変貌していた。
しかし、それはアレーニェやバルコスのように他種族の血液を混ぜて濁血化したわけではない。
ただ、彼のスキルが彼の姿を隠しただけだ。
【能力名】
永遠成長期
【LEVEL】
LEVEL9(Max)
【スキル詳細】
自身の身体の一部を際限なく成長させることが出来る。
ただし、成長させられる部位は一部分だけ(別の部位を成長させる際は、現在成長させている部位は初期状態にまで戻る)
人体の構造上不可能な成長は出来ない(肩から翼が生えたり、視力が十キロ先を見通せたり、手足の長さが自身の身体で支えられない長さになるなど)
【能力名】
反抗期反動
【LEVEL】
LEVEL9(Max)
【スキル詳細】
自身の身体の部位を強化し、自由に動かすことが出来る。
強化とは耐久性のことを指す。
また、耐久性は初期の百倍とする。
スキル発動中は移動速度が全力のものから半分の速度になる。
ケスバはギルドの仕事の中でも獲物の捕獲が最も得意だった。
戦場も周ったが、そこではなるべく相手を傷付けずに捕虜にすることも得意をしていた。
別にこれは彼が優しかったからやっていたわけではない。
出来たからやった。それだけに過ぎない。
出来ない事はやらない、しかし出来る事ならやる。
彼はそんな男だ。
人類最強の男、オセロム。鏡写しの死双、キースとノーボス。そして、メアリカとアシロのトップ、ウーノとフライトをこの部屋から出さないこと。
今回も出来た。だから、やった。
「あ、坊ちゃん。俺、このままどれぐらい粘ればいい?」
「贅沢言えば、後三十分は粘って欲しいな」
「贅沢過ぎだろクソガキ、オセロムもいるんだ。十分が限界だ。じゃなくて了解しました。やれるだけやってみます」
「……だそうだよ、ルーク」
「助かった、十分もあれば充分だ」
「ところでケスバ、お前いつまで床に張り付いてんの?」
「こっちが知りてーよ。どうやらオセロムのスキルみたいだ。お互い膠着状態なら、こっちの勝ちですから、いいんですよ」
「それもそうか、因みにそのまま絞め殺せないのか?」
「無理無理、抵抗する力がみんな凄すぎるからな。俺の髪で殺せるのなんて寝ている奴ぐらいのもんだ」
髪はうねうねと会場を覆い尽くし、今もオセロムたちに絡みついている。特に戦闘員であるオセロムやキースとノーボス辺りは念入りで最早髪の量が凄く、姿が見えなくなっていた。例え力は弱くともそれが集まり、指先に、敵の髪に、口に、衣服にと絡まれば身動きを取れなくするには充分だ。
「勝つのは無理でも、やり方はあるってな」
華中のではなく、フゴル個人の奥の手ケスバ、彼は何とか人類最強の男、オセロムをこの場に張り付けておくことに成功した。




