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異世界から来た奴がモテモテチート過ぎてウザい  作者: 痛瀬河 病
第四章 人を喰らえ、人共よ
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ケーキを喰らえ

―???(場所不明)


 商会には連日長蛇の列が出来ていた。

 ここのところ仕入れた目玉商品が飛ぶように売れるのだ。

 会長は上機嫌で趣味のバードウォッチングに出掛けようと家を出るところだった。


「なっ、なぁ、会長さん! 俺にあれを売ってくれよ!」

「……はぁ、またあんたか。うちは個別では売らねーよ。うちが卸している商店のどこかで買えばいいだろ」

「しっ、知ってる癖に‼ 商店じゃとっくに売り切れ、買い占めが横行してて、買おうにもとんでもない額に膨れ上がっちまってるんだよ‼」

「俺の仕事は店に卸すまでだ。あとのことまで面倒見きれねーぜ」

「頼む、一個だけでいいんだ‼ それで最後にするつもりだ‼」

「あんたの他にも似たようなのが来たが、それで最後に出来たのを見たことがないな」

「くそっ! いいじゃねーか‼ 一個ぐらい‼」

「キリがねーんだよ」


 会長は男の懇願を蹴って、バードウォッチングに向かう。

 その背では、まだ男が喚き散らしている。


「あんただって食ったならわかるだろ‼ あの魔力をよ‼」

「……悪いな、俺は甘いのは駄目なんだ」

「食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい」


 男は取り憑かれたように同じ言葉を繰り返すと咆哮をあげた。


「パンプキンケーキ食べたーい‼‼‼」


 会長は顔を俯かせる。

 商会の会長だ。

 あの悪魔の商品のからくりに気付いていないわけではなかった。




―ホイホイ、城下町、パン屋『ラフィジェル』


 店中にいい香りが立ち込める。

 パンが焼き上がった合図だ。

 パン屋の店主は窯からパンを取り出すと、従業員として住み込みで雇っている元奴隷の姉妹、イチとニーを呼んだ。


「イチ、ニー、パンを並べてくれ」

「「はーい」」


 二人はパン屋の店主に言われ、焼き立てのパンを店内に並べる。

 小奇麗な店で、レジの前にはガラス張りのショーウィンドウもある。そこにはパンだけでなく、旅好きの店長の地方で聞きかじったお試しお菓子やケーキも並んでいる。


「しっかし、国直属のパンプキンケーキは馬鹿みたいに売れてんのに、あたしんとこのは微妙なとこだね。まっ、材料費が安いからいいんだけどね」


 店長が頭をぽりぽりと掻くとイチは励ますように両手の拳を握り、鼻息を荒くした。


「だっ、大丈夫ですよ! 店長の作るものは何でも凄く凄く美味しいんですから、そのうちお客さんもバンバン来ますよ!」

「来るよ!」


 それに便乗してニーも声をあげた。

 その健気な様子に店長は思わず鼻頭が痒くなる。


「うぅ、ありがとねー、イチ、ニー。こんな可愛くて優しい従業員を二人も持てて店長感激だよ」


 一度は奴隷まで堕ちた二人だが、優しい店長にまともな仕事、食事に寝るところまである。今、確実な幸せを噛みしめていた。

 まるで家族のような団欒をしているところに、お客がやって来た。

 イチは反射で「いらっしゃいませ」と声を出した。


「はい、来ましたですです」

「あっ、ヨハネちゃんだ!」


 来客の顔を見ると、ニーは喜び駆け寄った。

 ヨハネは腰を屈ませ、ニーの高さに合わせると抱くようにニーを受け止めた。


「……あんたは確か」


 二人の歓迎ムードとは対照的にパン屋の店主は眉を顰める。


「流石に大人は知ってるですですね」

「えっ、店長もヨハネさんと知り合いなんですか?」


 イチは店長の方を振り返り尋ねた。


「いや、イチ、知り合いも何も、その人はこの国の人なら大体知ってるよ」

「へ?」

「あんたも新聞の記事なんかで読んだことはあるだろ。その人はセブンズの一人、ヨハネ・フリューナク、翼だらけの天使だよ」


 翼だらけの天使とはヨハネのキャッチコピーみたいなものである。

 ルークがインパクトを残す為にセブンズ全員につけて新聞屋に記事にするよう頼んだが、もれなく全員ダサい。


「えっ! ヨハネさんがあの翼だらけの天使なんですか‼」

「うぅ、流石にキングのつけてくれた名前でも恥ずかしいですです」


 ヨハネは珍しく顔を赤くし伏せる。

 ニーはまだ幼く、セブンズそのものがどんなものなのかも理解していないので、首を傾げヨハネに尋ねる。


「ヨハネちゃん、実は凄い人?」

「いやー、子供の前で威張る趣味なんてないんですですけど、ばれちゃ仕方ないですです。如何にも私ぃはこの国の最大戦力であるセブンズの一人、ヨハネですです」


 ヨハネは諦めたように自己紹介をした。

 イチは尊敬の眼差しでヨハネを見つめる。


「それじゃそれじゃ、ヨハネさんってルーク様とは会い放題ってことじゃないですか!」

「ふふふっ、実はそうなんですです」

「じゃっ、じゃあ、もしもし失礼でなければ私もルーク様に機会が合えば会わせてもらったりなんて!」

「出来ちゃうですです」

「凄いです‼」


 実際のところ、セブンズもルークも忙しいので二、三日一度程度だが、ヨハネはルークのファンであるイチの前で見栄を張った。

 二人が来客を歓迎し、騒ぐ中、店長だけは怪訝な目でヨハネを見ていた。


「それで、ヨハネ様ともあろう方が、こんな街のはずれのパン屋に何の御用でしょうか?」

「店長さん、私ぃと大して歳変わらないですですよね? 呼び捨てで構いませんですです」

「いや、これでも三十は越えててね」

「おや、お若いですです。なら、尚更フランクでかまわないですです」


 ヨハネは「そんなに警戒しないでくださいですです」と手に持っていたバスケットの上にかけていた布をとる。


「ただ、約束を果たしにきただけですです」


 バスケットの中には、先ほど話題に挙げていた件のパンプキンケーキが入っていた。


「わぁ、ヨハネさん。約束覚えててくれたんですか!」

「ですです。私ぃは一度した約束は絶対に果たす女ですです」

「ヨハネちゃん、ありがとー」

「約束通りの特別製ですです」


 ヨハネは人懐っこい笑みを浮かべて、二人にバスケットごとそれを差し出した。


「ご主人、この店で一番人気の商品を八つ下さいですです」

「……お買い上げありがとうございます」


 店主が一番人気のイリアタパンを包むと、ヨハネはそれを受け取り、店を後にしようとした。


「もう行っちゃうんですか? 一緒に食べていきませんか?」

「ごめんなさいですです。ご存知の通りパンプキン祭を無茶苦茶にした敵の足取り調査に駆り出されていて忙しいのですです」

「あっ、ごめんなさい。そんな忙しい時に」

「いえいえ、パンが食べたくなったついでですです」


 そう言い残すと、ヨハネは今度こそ店を後にした。


 店主はイチの持っていたバスケットを見つめると、イチからそれを取り上げた。


「店長、何するんですか」

「イチ、ニー、これは私の勘だし、確かなことは言えない。でも、これは食べない方がいい」

「何でですか?」

「すまない、理由は私にもわからない。ただ、嫌な予感がするんだ。出来ればヨハネと付き合うのも避けた方がいい」

「……店長?」


 イチは店主のただならない雰囲気に首を傾げ、ケーキが食べられると思っていたニーは半泣きになっていた。


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