老人と会議
―???(場所不明)
難攻不落という言葉がぴったりの城がある。
そこでは複数人の権力者が日夜隣の領土を侵さんと話し合い、タイミングを窺っている。
「今こそ好機だろうが! あの獣ども間抜けにも四老獣が二人もハクアを開けておるぞ! ここで攻め込まずしていつ攻め込むんだ‼」
一人の高齢の男は額に血管を浮かび上がらせて部屋中に響く声で叫んだ。
「落ち着きなさい、ルフロフ師範。その四老獣の二人の動きを完全に捕捉出来るまで動くべきではないと何度も言っているでしょう」
その男を落ち着かせるように窘めたのはこちらも高齢の女性だった。
その様子に周りも少し安心したように短く息を吐く。
「それでライライ五段、四老獣のトライ、バサギの二人の居所の手掛かりは掴めましたか?」
高齢女性は、ライライと呼んだこの部屋で唯一の若い女性に声を変えた。
彼女は一人入り口のドアの前に立ち、会議の様子を窺っていたが、声を掛けられ恭しく頭を下げると、ゆっくりと口を開いた。
「トライは完全に消息不明です。いつもの放浪癖なのかいつ帰って来るかの予測も難しく、現在捜索が難航しています。ただ、バサギの方は二週間ほど前に十数人の部下を連れ、南行したとの目撃情報が入っています。彼女は余興での殺戮を楽しんでいる節があり、これがいつもの行動周期であるならば、あと四、五日以内には帰って来るかと」
「ふん、南か。また人間にでもちょっかいをかけに行ったのかもな」
「あんな出来損ないの人形を虐めて何が楽しいのやら」
「獣も自分たちの下には人族しかいないと自覚しているのでしょう。だから、人族ばかりにちょっかいをかけたくなるのだ」
ライライの報告を聞いて、今まで口を閉ざしていた老人たちも口々に話し始めた。
しかし、その談笑を打ち切るようにライライが「ただ」と付け加えた。
「バサギの部隊に出していた尾行隊とある国の調査に出していた調査隊の二つから連絡が取れなくなりました」
「ある国? それは獣の住処であるハクアのことではないんじゃろうな?」
「はい、人族の国です」
「どこだ? メアリカか? アシロか?」
「……いえ、ホイホイです」
「ホイホイ? どこかで聞いたような名前じゃの?」
「そんな国あったか?」
ライライは内心で舌打ちをする。
(このボケ老人ども。前々回の会議で散々私が話しただろうが)
「最近出てきた人族の新国家です」
「人族の新国家の偵察? わざわざこの忙しい時期にそんなことに人員を割いたのか。で、何人向かわせたんだ? 二人か? 三人か?」
「……念のために五人一組に小隊を向かわせました」
「何故、帰ってこない? まさか、人間風情に返り討ちにあったわけではなかろう」
「詳しい原因は現在後続部隊を派遣し調査中です」
「ふん、仮に人間なんぞに後れを取ったなら、そいつらは厳しい処分を降さねばな」
またかとライライは内心呆れる。
現在、亜人族のトップに座るこの枢機院の老人どもは、どうも人族を軽視する傾向にある。確かに彼らの言う通り人族の一人ひとりに大した力はない。
外の敵より自分だけが如何に身を守るかばかりを考え、仲間割れをし、同じ種族でありながらいくつもの国に別れてしまう愚かしい種族だ。
だが、人は我々に比べ数が多いのだ。戦争において、争いにおいて数を軽視するものは馬鹿だ。
現在、亜人族の戦闘員の数は二万弱、獣族で三万強。
これはライライの私見だが、戦争、広域殲滅において全ての種族を数値化して考えると、最弱の人族を一、獣族は十五から二十。
つまり獣族一体の兵士を倒す為に人族の兵士が最低でも十五人近くいることになる。
ライライは客観的視点から亜人族を二十から二十五だと思っている。
つまり人族の兵士が亜人族の兵士一人を倒すのに二十人近く必要だと言うわけだ。
だが、これはあくまで戦争においての話。
亜人族は様々なマジックを有し、人族や獣族に比べてどの兵士も広域攻撃を得意とする。
それ故にライライはこと戦争において亜人族は最上位に優れた種族だと思っている。
普通の一対一の戦闘ならば獣族と勝敗は五分だろう。人族とならよっぽど高位のスキル持ちでもない限りまず戦いにすらならない。
だが、人族の総戦闘員数はライライの調べによると約二十万。
勿論、国は別れ、戦力は分散している。一国一国は脅威ではない。
しかし、もしその国、人族を全て束ねる者がいたとしたら?
その者が亜人族や獣族の領地にまで攻め込んで来たら?
身内争いの絶えない人族に起こり得ない仮定ではあるが、ライライは何故か胸騒ぎがするのだ。そして、その原因はホイホイという新勢力にあるのではないかと疑っていた。
「おい、ライライ五段、飲み物はまだか?」
「……はい、ただいま」
(はぁ、兄上、あなたが入ればこんな老害どもに好き勝手させなかったでしょうに)




