ゴローさんの月 3
二コラは常時発動型の先天性スキルの持ち主だった。
本当に稀だが、本人の意思とは関係なくスキルが死ぬまで発動し続ける人間がいる。多くの者はその反動なのか短命で終わることが多いが、それでもゴローは彼女を幸せにしたいと婚約を誓った。
それにゴローは初めて二コラと出会った時はとても素敵なスキルだと思った。
最初は人に好意的に接してもらいやすいスキル。ゴローはそれを説明された時、それは最早スキルというより彼女の人となりではないかと苦笑したものだ。しかし、それがどこで歪んだのか今の状態のものに変異していた。
スキル、寵愛搾取。
獣族の幹部、四老獣にトライという男がいる。
獣族の高位の者は、獣族特有の高い身体能力の他に本能と呼ばれる特殊な力を持つ。
トライの持つ本能は魔物を強制的に命令し屈服させると言うものだ。相手の意思を無視した奴隷化(ただし、本人しか知らないが、同時に命令し従わせられる数には限りがある)。
恐ろしいの一言に尽きる。
そして、二コラの持つ寵愛搾取はトライの本能に近くて遠い。
常時発動型のスキルにスキルカードは存在しない。
スキル名も直ぐに変異し安定しない。
レベルもわからない。
希少ランクも能力詳細も不明。
常時発動型のスキル持ちは全員例外なく先天性のもので後天性スキルの習得は出来ない。
この言葉を使えば酷だが、まるで人族とは違う生き物のようだ。
寵愛搾取はどこからともなく魔物を呼び寄せ、スキル使用者はその呼び寄せた魔物たちに好かれるというスキルだ。
一見、強制的な命令が出来ない分トライの本能の下位互換に見えなくもないが、感情そのものを無視するトライと感情そのものを操れる二コラのスキルは本質的なところで毛色が違っている。優劣はつけ難いものかもしれない。
愛されると言うことは愛すると言う事であり、愛すると言うことは押されると言う事である。
二コラの父が生前特殊なスキルを生まれ持った二コラによく言っていた言葉だ。ゴローもその場面を何度か聞いたことがあった。
人に愛されるスキルを持っているからこそ、普通の人より人を愛しなさい。
そんな素敵な意味が込められていた。
しかし、ある日の事件を境にその愛は変異と言ってもよい禍々しいものへとなる。
ゴローが隣国での仕事が終わり、夜遅くにはなったが二コラの元へ一日でも早く帰ろうと馬を飛ばして戻って来た日のことであった。
家の灯りはついていて、二コラにしては夜更かしをしているなとそっと玄関の戸を開けた。中からは談笑が聞こえてきて、なんだ客人が来ていたのかとゴローは二コラの夜更かしの理由に納得した。
声のするダイニングに向かうと、そこには二コラと楽し気に談笑する男がいた。こんな時間に男と居るなんてと内心面白くなかったが、よく考えれば元々二コラは老若男女分け隔てなく仲の良い子だった。それに器の小さい男と思われたくなくて出来る限り平静を装って二人に声を掛けた。
「おう、二コラ、楽しそうだな。その客人はどちらさんだい?」
「ゴロー帰ってきたのね! 早かったわね、嬉しいわ。ねぇ、聞いてよ」
二コラは弾ける笑顔でゴローを迎え入れると、客人の紹介をしてくれた。
「この人はね、強盗さんなの。今日遊びに来てたパパとママを殺して、私も殺そうとしたのよ」
何を言っているのか分からなかった。
しかし、注意深く意識を集中させれば、鼻孔に何度嗅いでも拭いきれない不快感のある匂いが侵食してくる。
血の匂いだ。
ゴローは強盗と二コラを二人でその場に残してしまう状況すら考慮に入れる余裕なく、客室に走った。
客室の扉は開いていて、そこからは一本の足が覗く。
見覚えのある顔だ。
二コラの父と母だ。
首をナイフのようなもので切られ死んでいた。
飛び散った血の少なさから相手が如何に人を殺すことに慣れていたのかが分かる。
ゴローは数秒呆けると、二コラの父と母の開いたままの瞼をそっと落とし、ダイニングに戻った。不思議と焦りはなく、強盗が二コラに何も出来ないと言う根拠のない確信だけがあった。
ただ、それと怒りは別物だ。
ダイニングに付くと、二コラに目もくれず強盗の胸ぐらを掴み身体を浮き上がらせた。
強盗はそれでも終始笑顔だった。
「最後に言っておく言葉はあるか?」
ゴローは相手を殺すために拳を握った。
一切の加減をするつもりもない。
強盗は笑顔を崩さない。自分のしていることに一切の恥じるべき点などないと言わんばかりに口を開く。
「その子は素敵だ。愛している。本当に愛してる」
―ゴッ!
鈍い音が部屋に響いた。
ゴローが強盗を殴りつけた音だ。
加減をした。
殺すつもりだったが、どうにも様子がおかしい。
両親を殺した女に愛を囁くなんて異常者としか思えない。
「正気か、お前?」
「あぁ、愛してる、二コラ」
―ゴッ!
「ストーカーってやつか?」
もしかすると、自分が家を空けている間に二コラに付きまとっていたのかもしれない。ゴローはそう考えた。いや、ゴローでなくてもそう考えるのが普通だろう。
ここまで来れば二コラに尋ねるほかない。両親を殺され動転しているのではないかとも思ったが、ゴローは強盗の胸ぐらを掴んだまま二コラの方へ顔を向けた。
「なぁ、二コラ……こいつ」
「やめてゴロー、どうして強盗さんをそんなに殴るの?」
しかし、質問などする暇もなく二コラからは予想だにしない反応が返ってきた。
二コラはゴローの強盗を持ち上げる手にしがみつくと、彼を下ろせと言わんばかりに体重をかける。
「どうしたんだ、二コラ! もしかしてこいつとは前から面識があったのか⁉ それで、こいつをかばってるんじゃ」
「違うわ、言ったじゃない、強盗さんだって。今日初めて出会ってまだ名前も知らない強盗さんよ」
「なら、なんでこいつを庇うんだ! お義父さんやお義母さんまで殺されてるんだぞ‼」
「でも、強盗さんは私を愛してくれているもの」
二コラの目の光が僅かに濁った気がした。
「パパがいつも言ってるの。君の力は人に愛されることだ。だから、君もその分人を愛しなさいって」
二コラの声に抑揚を感じない。
両親の死んだことと強盗を愛すことを脳のどこかで完全に別の事象としてとらえている気がした。
「さぁ、ゴロー。三人で食事でもしましょう」
ゴローは手の先にいる強盗を見た。
強盗はにこりと笑い返してくる。
正気だ。
眼の光は正常で、動きに一切の淀みもない。
焦りも罪の意識も緊張もしておらず、ただ正常に日常生活を送るがごとく強盗は今ここにいる。
だからこそ異常だった。
強盗は操られているわけでも、支配されているわけでも、脅迫されているわけでもない。
ただ、両親を殺したその手でその子供を愛していた。
正気のまま愛すのだ。
「これは……二コラのスキルなのか?」
彼女のスキルにここまでの禍々しさはなかったはずだ。
ただ、普通の人より愛されやすいと言うだけだった。
好感度を数値化したと前提する。落とし物を拾って届けてくれた人がいて、落とし主はそれに感謝し拾ってくれた人への好感度が5プラスされるとしよう。
ならば、二コラが同じことをすれば好感度のプラスが8になる。
二コラのスキルとは、その程度のものなのだ。
いや、だった。
両親を殺された精神的不可なのか、それは本人にしかわからないが、二コラのスキルは確実に変質した。
その後、ゴローは強盗をその場で殺した。
しかし、当然二コラのスキルが元に戻ることはなかった。




