第十一話 新王国、開国
あとから合流したリオンとティグレを紹介し、混乱する城下町を城の中から眺めていた。
欠伸交じりのティグレとは対照的にリオンは馬鹿王子を逃がしてしまったようで苦虫を噛み殺したような顔をしている。
この部屋には、城下町を見渡せる城の中で一番大きなバルコニーがある。
ニアリスは緊張しているのか、さっきからしきりに浅めの深呼吸を繰り返している。
「ねぇ、ルーク。なんで僕だけこんな変な仮面をつけなきゃけないわけ?」
神崎は城の中にあった鬼を模した仮面をつけていた。
それもいかついものではなく、どこか女性的な線の細さを感じさせる鬼の面だった。
ルークは神崎の肩を組み、耳元で囁く。
「お前は派手に衛兵たちをなぎ倒しただろうが、一応『黒狩り』に気が付いたお前が慌てて乗り込んだって言い訳も考えてあるが、顔は見せないに越したことはない」
「えー、それなら最初っからお面渡しといてよ」
神崎はふくれっ面をする。
「すまん、それは俺の純粋なミスだ」
ルークは小声で謝る。
が、ミスではない。
ルークとしては、あまり神崎という切り札を大っぴらにしたくなかった。
そして、出来ればこれから暗躍系の仕事を中心にさせるときの「顔が割れてるから」という言い訳が何かと都合のいいことから、最初敢えて仮面をつける指示はしなかった。
その様子を不思議に思ったのか、ニアリスが声を掛ける。
「お二人ともどうしたのですか? それに礼嗣様はそんな面妖なお面をつけて」
ルークは慌てて誤魔化す。
「いやいや、何でもありませんよ。こいつは顔面にコンプレックスを持っているものですいませんね」
ニアリスはしゅんとする。
そしてほのかに頬を染める。
「そうなのですか、じゅっ、充分素敵なお顔と思いますが」
その様子をジッとルークは観察していた。
ルークはニアリスの神崎への恋心に気が付いていた。
だが、少し疑問もあった。
ティグレに小さく耳打ちをする。
「この状況下で暢気すぎやしないか?」
「いや、おそらくあいつの能力も関係しているな。……我儘放題、発動こそしていないが、無意識に薄っすらと垂れ流しているようだな」
ルークは小さく舌打ちをした。
「じゃあ、どっちみち我儘放題使わなくても、そこそこモテモテ人生送れるじゃないか」
それを見て、ティグレが茶化す。
「おや、羨ましいのか?」
「まぁ、人並みにな」
「お前も年相応の可愛いところがあるんだな」
ティグレのニヤニヤとした視線に耐えきれなくなり、ルークはニアリスに行動を促す。
「さっ、さぁ、ニアリス様、今こそ国民に見せましょう! 無き国王に代わって新国王になるあなたの姿と、この新国家の誕生を!」
事前に生き残った兵士たちに指示を出し、国民たちは城の付近に集まっていた。
国民たちのほとんどは不安が顔に出ており、まだ状況を把握していない。
ルークは勢いよくバルコニーに続く両開きの扉を開ける。
国民の視線はバルコニーに一斉に集まり、ルークは声を張り上げた。
「聞け‼ 国民よ‼ 国王は卑劣にも『黒狩り』により命を奪われた。その際の激しい襲撃により我が国に来日していたホニンの王族も襲われ、生き残った王族はニアリス様お一人となられた‼ だが、嘆き悲しんでる暇はない‼ 誰よりもこの国を愛し、この国の将来を憂いていた王、ザッハトル様の為にも我々は国を建て直し、元気な姿を見せなくてはならない‼ よってここにホニンとイリアタを合併した新王国ホイホイの建国を宣言し、新国王ニアリス様の誕生とする‼」
最初は状況を把握するために黙って聞いていた国民たちもざわつき始める。
それはそうだ。
あまりにも性急な話にまともについていけるものなどいないだろう。
国民たちの間には不安や悲しみ、そして恐怖の感情で満たされている。
だが、ここで真打が前に出る。
ニアリスだ。
国民からは顔も知れていない、一家臣としか思われていないルークでは、そもそも話にならない。
ルークはあくまで状況を整理し、ニアリスの言葉を国民が受け取り易くする為の前説でしかない。
ニアリスの登場に再度国民は静まり返った。
(さぁ、せいぜい働いてくれよ)
ニアリスの顔は強張ってはいたものの、確かな覚悟が見て取れた。
ニアリスが大きく息を吸う。
「みなさん、聞いてください」
そのソプラノボイスは決して大きな音ではなかった、しかし湖面に石を投げたみたい波のようにゆっくりと声が広がり国民の耳に入っていった。
「私は誉れ高きホニン国の王女ニアリス!」
「しかし、その国は今は亡き国。何故なら我々両国の王は『黒狩り』によって襲撃を受け、その命を落としました。生き残った王家の血筋は私だけとなりました」
「しかし、嘆き悲しんでる暇はありません。一日でも早くこの国とホニンを立て直さなければ他の国の格好の餌食になってしまいます」
その事態だけは避けたいと国民の顔色からも窺える。
「私は自由の国、ホイホイの第一代国王としてここに新たな二つのルールを宣言します。
一つ、奴隷制の廃止。
二つ、税の大幅減。
これらを承認して頂き、新国家の民になっていただけるものは拍手でお答えください!」
最初は小さな凪のような拍手だった。
それが次第に大きくなり、歓声へと変わっていくのにそう時間はかからなかった。
ルークはそれを満足気に見送ると部屋を出ていこうとする。
ドアの前に立っていたティグレが素朴な疑問を投げる。
「あれで国は成り立つのか?」
ルークはしれっと答えた。
「まぁ、無理だろうな。だが、今は国民に国と認めさせることが最優先事項だった。それなら過半数の者に理のある条件を提示してやり、神輿を担がせてやらなければ土台無理な話だ。まずは土地と兵、そして国と認識してもらう事、それらをクリアしなければ先がないからな」
「ふぅん、ならいいんだが」
ティグレは自分から聞いた割に、さほど興味のなさそうな返事をしただけだった。
一人、廊下を歩くルークは静かに喜びに震えていた。
(なんだ、こんなにも簡単だったのか)
「くっく、これから忙しくなるぞ」
彼の影がゆらゆらと蠢いた気がするのは決して気のせいではないだろう。




