第十話 その美しき姫、ニアリス
王女ニアリスのいる塔へは他の兵と鉢合わせることもなくスムーズに到着することが出来た。ほとんどの兵は元々祭りの警備に駆り出されていたし、城に残っていた者も表で神崎の起こした騒ぎにかなりの兵力を割かれてしまった。
二人は頑丈な鉄の扉に、外側からかけられたいかつい錠前を見て確信する。
「……ここか」
神崎は双頭竜のスキルで熱を生み出し錠前を溶かす。
「さて、ご対面といこうか」
ルークは扉を強く押した。
中には涙で目を濡らした女神がいた。
否、そう二人を勘違いさせるほどの少女というには、あまりに完成された女性がいた。
宝石のように煌めく瞳に長く緩くウェーブのかかった白銀の髪、パーツの一つ一つが完成されていた。
この子がニアリス、ホニン国の王女。
ニアリスは事態が呑み込めず、恐る恐る二人に尋ねる。
「あっ、あなたたちは一体何者ですか?」
ルークが一歩前に出ると怯えるニアリスを安心させるような声でどこか悲し気な表情を作り話しかける。
「ニアリス様、気を強く持ってお聞きください。先ほど、イリアタ王国の王族とニアリス様のご家族は『黒狩り』の襲撃に会い、お亡くなりになりました」
ニアリスの顔がこわばる。
だが、言葉を失ったニアリスをよそに話は続く。
「ですが、安心してください。『黒狩り』は我々が退けました。もうニアリス様の身に危険はありません」
ここでようやくニアリスがルークたちと目を合わせた。
「……あなたたち二人で?」
当然の疑問だろう。
『黒狩り』と言えば、巷を騒がせる義賊。
王族がどれだけ警戒して警備を増やしたり一流の用心棒を雇っても、それを難なく潜り抜けて王族たちを殺して回る殺しのエキスパート集団。
噂では、王族たちからの金や政治に関わる汚い殺しの仕事にうんざりした元殺し屋の集団だとかなんとか。
ルークはニアリスの質問に対し不敵に笑った。
「名乗るのが遅くなりましたね。私はルーク・レビヨン、そして、隣のこいつが神崎礼嗣。
見た目は頼りないかもしれませんが、腕と頭がたちます。
それと退けたのは、正確に言えば私ともう一人別の者です。
こんな時にとはお思いでしょうが、我々を貴方様の右腕としてこの国とあなたの国の復興のお手伝いをさせて頂けないでしょうか?」
隣の神崎がルークのあまりもの直球過ぎる物言いを咎める。
「ルーク、いくら何でも……そんな急に」
ルークも少し性急過ぎるかとも思ったが勢いを大事にしたかった故の選択だった。ここで押し切ってしまえば後が楽だ。
「そっ、そうですよ。わっ、わたくしなんかではとてもとても、くっ、国の統治なんて」
ニアリスは混乱しているのか、わたわたと両手と頭を振る。
ここで引くわけにはいかないので説得を続ける。
「ニアリス様、あなたの身に降りかかる悲劇には同情いたしますが、今、城下の国民たちもまた悲劇の真っただ中にいます。そして、それを救えるのはニアリス様、あなたしかいないのです」
ニアリスはその言葉に瞳の涙を膨らませる。
どう見ても自信の欠片も見られない、これは難航しそうだとルークは頭を悩ませる。
そこに神崎が勇ましく割って入った。
「ルーク! 国も大事かもしれないけど、ニアリスは王族の前に一人の女の子なんだ! 両親を失ったばかりで、それはあんまりにも酷だよ」
そして、ニアリスに優しく語り掛ける。
「……大変だったね。
国のことはいったん忘れて、今はその涙を流していいんだよ」
神崎がニアリスにハンカチを差し出す。
ルークは何を甘いことをと思い、心の中で舌打ちをした。
しかし、それが功を奏したのか、ニアリスは涙を右手で勢いよく拭った。
「あっ、ありがとうございます、礼嗣様。
そっそ、そうですね、今日わたくしだけが生き残ったのも何かの運命。王族の端くれとして頼りないとは思いますが、礼嗣様、ルーク様、何卒宜しくお願い致します」
ニアリスは先ほどまでのおどおどした様子は消え、深々と頭を下げた。
ルークは神崎を真っ赤な顔で見つめているニアリスに、腑に落ちない思いだったが、期せずしてアメとムチが出来上がっていたのだ。
ニアリスは両拳を握りしめ、鼻息荒く二人のもとに詰め寄った。
「まずは何をすればいいのでしょう? わたくしには何が出来ますか?」
「そうですね。まずは城下町を見渡せる一番大きなバルコニーから、二国間の合併と自分が次の党首であることの宣言をしましょうか」
ルークはニアリスの意外なやる気に少し感心をした。
(まぁ、あって間もない俺たちの言葉を鵜呑みしてる時点で傀儡にちょうどいいオツムだとよくわかるがな)




