第一話 何を捨て、何を望むのか
右も左もわからない異世界転生初心者ですが、勢いで頑張ります。
俺は力を手に入れる。
そんな決意を胸に、彼は霊験あらたかな遺跡の前に来ていた。
何故そんなところに来ているかって?
才能、そんな言葉に負けないためにだ。
この世界では、一人の人間に二つの特殊なスキルを手に入れることが許されている。
一つは、先天的スキル、これは生まれた瞬間に授かるスキル。天からの授かりもの、これを才能と言わずして何と言う。
ここまで、露骨だといっそ笑えてくる。
もう一つは、後天的スキル、これはそれぞれの意志で手に入れることの出来るスキル。近所で買えるセール品の書物に載っている呪文一つで手に入るスキルもあれば、何年かに一度、決められた場所で、それなりの代償を支払うことでしか手に入らないスキルもある。
つまり、本人の時間と労力次第、努力と言い換えることもできる。
先スキル、後スキル、才スキル、努力スキル、俗称はいくらでもある。
それだけ、この世界がスキルにご執心ってことだ。
その一人には、当然彼も含まれている。
彼は、才能を与えられなかった。
ハズレと言われる部類の先天的スキルだった。
でも、まだ彼は腐ってはいなかった。
腐るわけにはいかなかった。
いっそ腐っていた方が、幸せに暮らせていたかもしれないが。
『俺は、圧倒的な後天的スキルを手に入れ、この世界の支配者になって見せる』
そんな身に余る途方もない野望を胸に抱いてしまったのだから。
『俺を、才なき俺たちを見下してきた者たちに目にもの見せてやる』
努力という名の執念は才をも穿つ、それが事実かどうかを彼のこれからの物語が教えてくれるだろう。
彼は、遺跡の入り口で最終確認をしていた。
そこで、背後から声をかけられる。
「ルーク、本当に行くの?」
翡翠色の瞳に、黒いチョーカー、髪は肩口で切りそろえられている女の子。
町を出るのに見つかり、ルークの幼馴染のリオンに遺跡までつけられていたようだ。
中央から綺麗に左右に分けられた髪が不安に揺れる。
「お前は、ここで帰れ。戻ってきた時のために、パーティーの準備でもしててくれ」
「……でも、あんた、代償が」
リオンに今回の代償の話はしてなかったが、彼の野心は誰よりも知っている人物である。
なんとなく、それ相応の物を必要としているのが予想が付いたのだろう。
下手に隠しても、しつこく本当の答えを聞くまで食い下がってくるだろうからと、彼は正直に話すことにした。
「……片目だ」
リオンは少し目を伏せたが、思ったよりショックは受けているようには見えなかった。
大方の予想はついていたからかも知れない。
「……どうしてそこまでの力が必要なの?」
リオンは分かり切った質問をしてくるので、やや語気が荒くなる。
「……A級の先天的スキルを獲得している奴らの中にも、それに驕らず後天的スキルでもそれなりのものを手に入れてくる奴らがいる。そいつらすら蹴散らすなら、圧倒的な後天的スキルが必要だろうが」
リオンはそれ以上何も言わなかった。
ただ、いつもの勝気な瞳が暗く沈んでいる。
遺跡の中までついてくる気もないようだ。
ルークは彼女を後にし、遺跡の中に足を踏み入れていった。
「待ちくたびれたぞ」
中には、灰色のローブを着た女が待っていた。
ややイラついているように見える。
ルークは大して悪びれる様子は見せず、要求を述べる。
「悪かったよ。で、お噂の物は?」
女はローブの中から、怪しげな書物を取り出した。
「……これが『名前のない異本』世界のどこを探したって存在していない一点ものだ」
その禍々しい気配を放つ書物に気圧されながら、ルークは額に汗が伝うのを感じた。
怪しいは最初から承知の上だ。
リスクなしに力を手に入れようなんて思っていない。
「お前は、運がいい。私はこのスキルを手に入れれる人間を探していた」
「自分は一切のリスクは負わずに、高みの見物か。結局、能力の詳細すら教えられないのか?」
女はここで初めて笑った。
「クックック、私もノーリスクではないんだがな、それに私も詳細は知らない」
(どこまで本当か知らないが、あの『名前のない異本』の噂は聞いたことがある。
そして、今日を逃せば、次のスキル取得の機会は百三十年後だという)
ここしかない。ルークは覚悟を決めた。
「お前以外にも声は掛けた。でも、こんな胡散臭さの塊みたいな話、誰も乗りはしない」
「……だろうな」
(どこの世界に俺以外に、大した根拠も確証もなく片目をかけたりするやつがいるだろうか?いや、片目で済む保証もないがな)
女は片手に持った『名前のない異本』を、こちらに差し出す。
「どうして、お前は力を望む?」
「全てを得ている人間に、全てを失ってでも勝ちたい」
これは、生き物の本能。
賢いものから順に失っていく、生き物の本能。
彼が一番の愚か者なのだろう。
でも、この渇望はいつまでも消えることはない。
探していたのはローブの女だけではない。
ルークもまた、探していた。
力を。
幼馴染のリオンが代償に対して、驚かなかったのには、慣れもあったからだ。
彼はあちらこちらで、胡散臭い話を見つけては首を突っ込んでいた。
痛い目にあったことも、数えきれない。
今、平然と二本の足で立ってはいるものの、見えない部分であちこちとガタが来ている。
だがそれらの経験は、決して無駄ではなかった。
騙され続けた彼だからこそわかる。
今回は真実だ。
ローブの女は、答えに満足したのか、呆れるように笑い、捨て台詞を残して、その場を後にした。
「そうか、それもまた面白い。生きていれば、また会おう。私は入り口で待っている、その時にでも名前を教えてやるよ」
ルークは、ローブの女を見送ると、自分は彼女とは反対の向き、つまり遺跡の奥へ進んでいった。




