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変人主人公と、とあるヒロインに交差点などない。

作者: れをん。

 夏、夏、夏……いつだってムシムシとジメジメと皮膚に感じる、ストレス集束豊富な季節。嫌々高校という無価値だと思いさせられた施設へと向かう通学時間。しかし電車通の俺には、この時間が貴重なのだ。この時間だけは価値がある。

 ラノベ小説の新刊発売日、新作アニメ放送日、それから昨日放送されたアニメへの感想。これらを約1時間で隅から隅まで目を通すのがギリギリなのだ。だから貴重と言える時間。アプリからメッセが来てようが後回し。

 気づけば俺の右手人差し指は、他の指より大切になっていた。この早さについてこれるのは右手人差し指だけ。

 そんな日々忙しい中、今日は違っていたらしく……自分の世界に入れないでいた。何故か……満員電車などでは測れないほどの圧迫感だったからだ。

 朝から汗をかく理由が分からない……男だらけで余計に暑い気がするのだ。猛暑まではいかないが、冷房はどうした!? と思えるほど暑い。

 電車が左右に大きく揺れるも、この人だかりでは倒れることもない。そう思ったが俺の目の前にいた女の子。いわゆるJKが俺のほうへと倒れそうになっていた。とっさにJKは俺のポロシャツを掴み姿勢を起こした。

「す、すみません」

 ペコペコと出来るスペースもない為か、首をコクリコクリと動かしている。

 俺は「いいですよ」などと、答えれる余裕もない程にJKの行動に驚いていた。我に返った時にはJKの表情は泣きそうな表情から困った表情へと変わっていた。

「あ、あ……あぁ全然。全然構わない。っというかもっと――」

 危ないところだった! 「もっと捕まってていいんだぜ」って言いそうになっちゃったよ! 危ない、危ない。

「もっと?」

「いやぁ……。それより大丈夫なのか? 俺は……」

 俺はというと、ポロシャツのボタンが一つとれていた。JKによって取れたのか、元々取れていたのか分からないが、朝は普通にボタンをとめたはずである。

「ボタン取っちゃいましたね」

 JKは微笑みながら言うのだった。

 JKによって取られてしまったボタンの行方は不明。この人込みの中を探す気にもならなかった俺はとりあえず「これくらいなら大丈夫」だと伝えた。するとJKは「そうですか」それだけの返答だった。そこから発展していく会話も無ければ話題も無く、俺達の会話は終幕を迎え駅に着くのだった――。




 「あぁ、そんなこともあったよねぇ」

 出会った時の話しだぞ! そんな曖昧な思い出し方は酷い。と思った俺だが、そこはグッと抑え我慢した。

 まぁあれも約2年前もの出来事に過ぎない。曖昧な思い出……そんなモノでしかなかったと言うしかないか。いや、それまでのモノだった……が正しいのかもしれないな。

「あれから別に特別話したってことも無いけどな」

「はぁ!? 一番の話し相手が私だったでしょ?」

 認めてやらんでもない……確かに、人から嫌われ、遠ざけられ、距離の置かれた俺に近寄って声をかけてきたのは誰でもない、【凛条りんじょう 喜名きな】だけだった。だから今、こうして仲が良さそうに会話に没頭しているわけで……。

「み、認めてやらんでもないがな。しかし、貴様も言うて独りっぽかっただろ?」

「全くないから。あんたより、友達いるし」

 俺は凛条に指を差した。

「言っておくがな。友達が多ければいいって利点は無い。まず俺クラスになると、他人と関わっている時間など今はないのだ。そこらで寝そべり返って友達と駄弁り、遊んでいる奴らのほうに羨ましいとまで思ってやらんこともない。俺は今将来の夢物語をかなえるべく多忙なのだ。他人に邪魔されてたまるか!」

「夢なんてあったっけ?」

「貴様に溢すわけがないだろう? 昔から言うが「夢は言葉にしないと叶わない」などはったりに過ぎない。自分の夢を書き額縁で壁に飾って一日一回それを見るほうが、何倍も効果は出ると思っている。夢って……」

 夢を一生懸命追いかけて届かなかったとき「それまでの夢か」などと他人から言われたくない。しかし世の中の大半の決定事項を他人が決めるようになってきた。ならば「それまでの夢か」と言われるのも必然だ。仕方なく受け入れなくてはならない世の中。

 それだからか、俺自身「夢」でなく「夢物語」といいたい。バカバカしいほどに妄想を膨らまして、他人から「あり得ない」と言われてしまいたい。でなければ「夢物語」にすらならないではないか。そっちの方が希望に満ち溢れているではないか。

「まぁそれで俺は貴様にも誰にも夢物語を語ったことなど無いわ」

 だが、それが見えない俺は他人に溢せれないのだ。俺の夢物語を。

「ってことは家に飾ってんの?」

「アニメのポスター尽くめで飾るとこありましぇーん」

 俺の鉾だったはずの武器が今、ブーメランのように返ってきたようだ。

「はぁ!?」

「そ、それで? 何をしに来たのだ? まさか俺に愚行させる気か?」

「最近あんたヤバいわ。なんか変人と化してきてんじゃない?」

「ん、なにを言っている? もともとこんな可笑しい奴だっただろ……ってか貴様のほうが変わった気がする。こう……出会った時はもっと清楚だったような。おめかしし始めたからか! 気になる奴でもやっと見つかったのか?」

「は?」

 凛条は赤面させながら違うと言い張る。

 そんな表情を見て俺はニヤケが止まらなかった。

「何もないし! ただのファッションよ、ファッション……何ニヤついてんのよ! ムカつく!」

「高3の春だしな。そろそろ本気出してかないと俺と一緒な落ちこぼれになっちゃうぞぉ」

「一緒にすんなし! 自分の席帰る!」

 頬を空気でパンパンにしながら自席へと帰って行かれてしまった。やっと落ち着く独り時間だ。まぁあと休憩時間2分しかないけれど――。

 凛条といる時間はそうも苦痛では無くなっていた。少し……いや、気のせいかもしれないしな。




 冬シーズン真っ盛り。やはり冬って恋愛ストーリーだよなぁ……。でも恋愛ストーリーって、まず経験しなければ得ること、想像を膨らますことも出来ないのだろうし……それより土台が無ければ書き出すものも書き出せないのだろうし。なんせ俺は恋愛というモノに鈍感で、疎い。経験ゼロだし……モテたことないし、恋愛に興味ないまである。

 もう放課後か……帰るか。

「ねぇ、これから帰り?」

 凛条が俺の肩を叩き声をかけてきた。

「まぁ……そんなとこだ」

「一緒に帰ろうか」

「なぜ? 確かに帰る方向は同じだ。だが、貴様には友達という素晴らしい存在が待ちかねているだろうに」

「エリごめん! 今日、こいつと帰るわ!」

 そう言い、エリとなる友達的存在な子は普通に手を振って去って行った。これは絶交パターンの可能性高いぞ。それか自然消滅パターンか。

「一緒に帰ろ」

 誘いかた……申し訳ない、エリさん! 空気の読めない友達を持ったあなたも悪い。そういう考えをしてくれ!

「やっぱ寒いねぇ」

「寒いに決まってんだろ。ってか、俺より暖かそうな恰好じゃねぇか」

「あんたもマフラーしなよ。ないよりマシよ?」

 これもファッションの一環なのだろう。凛条は可愛げでシンプルな白に赤のストライプが入ったマフラーを装着している。手には真っ白な手袋……汚れれば目立つだろうに。しかし、これもファッションなのだ。ファッションの前では我慢強さが大切らしい……そう学んだ俺であった。

「確かに寒いな。でも買う機会ないし、どうせ電車だし」

「でも、電車降りたらヤバくない?」

 ヤバい。分かる。つけない理由もないか……。

「我慢できないくらいになってきたら買おうかな」

「今日暇なら一緒に買いに行こうよ」

「一緒って……お前もう買ってるじゃん」

「私は付き添い。暇でしょ? 行こうよ!」

「寒いからこのまま真っすぐ帰って、暖房で温めている自室にこもりたい」

「えぇー……」

 どんだけ駄々捏ねれば済むのだ、この娘は。はぁ……子供の面倒を見ているような感じで止まない。

「ラノベの新刊出てそうだし。そのついでにマフラー買ってみようかな」

 適当にこじ付けし、理由を作る。ちなみに、ラノベ新刊は来週の火曜だ。俺がチャックミスするはずが無いだろう。

「おぉ! 本当!! じゃあ早く行こ!」

 凛条は目を輝かせ、オーバーリアクションで喜んだ。その後、俺の手を握り引っ張っていく――。


 冬場のショッピングモールはやはり人が多い。特に高校生……カップルしかいないんじゃない? ってくらいだ。俺は胸が苦しくなってきた。カップルでない俺達が出向かう場ではないと悟ってしまったのだ。

「やっぱり帰ろ」

 俺が反対方向に進もうとすると、凛条は誘惑を始める。

「ここってアニメのショップもあるんだねぇ」

 と――。

 なんと卑怯な手口だ。俺を誘惑するべく、別に興味のないものに手を付けようとするやり口、非常に不愉快の何ものでもない。

「買うのなら早く買おうぜ。どこに売ってんの?」

「先マフラーがいい?」

「まぁそれしか目当てじゃないだろ?」

「他のもゆっくり見ようかと」

 そうだった、凛条は女の子だ。しょっちゅう俺と行動を共にしていれば買い物なんて行く機会ほぼほぼないのか。今日くらいは……ついでで良いだろう。

「じゃぁそうするか。行きたいとこ行けばいいよ。ついてくだけだし。最終的にお目当てが購入できるなら文句はないしな」

「おぉ! じゃぁついてきて」

 そういうと元気そうにご機嫌そうに凛条は次々と洋服店を周って行ったのだった。

 そのたびに試着しては俺に感想を求める。俺のファッションセンスでは、若者と言わずファッションの良い人から見たら微妙だろうに。

 しかし、その中には本当に似合っていると思える洋服があったのだった。

「これどう?」

「か、かなりいいと思う。結構似合ってると思うけど……」

 似合い過ぎるし、可愛すぎるから直視できない……。これが女の本気という奴だろうか。ってか、これでモテないのか!? 俺といるってことは彼氏いないってことだよな? 絶対告白されてんだろ。

「なんで目を反らすの」

「直球で行くと、可愛い、似合ってる……モテそう。かな」

「そ、そっか……」

 赤面するんじゃない、凛条! 俺までもが恥ずかしくなるだろうがッ!

「じゃ、じゃぁこれ買おっと」

 俺の発言で購入する洋服。凛条、自分自身での採点は無かったようにみられたし……俺どんだけ信用されてんだか。


 やっとお目当てのマフラー購入だ。

 別に俺はダサいと言っては失礼だが、派手系なモノは苦手で単色の黒を手に取った。その瞬間、隣にいる凛条に笑われた。

「んだよ」

「黒はないよ。マフラーだしもうちょい柄あったほうがかっこよく見える」

「別に求めてないけど……」

「私がいる前だし、しっかりしてよね」

 出る言葉もない。ファッションセンスのよさそうな凛条の隣。ファッションにうるさく言われても仕方ないか。

「これとかどう?」

 凛条が手にしたマフラーは暗い赤に黒と白のチェックが入ったマフラーだった。正直俺はこれでも派手だと思ってしまえる。だが、凛条がいうのだからと首に巻こうとするが。

「あ……」

「どうしたの?」

「俺……」

「まさか巻けないとか? ……そんなことないよね?」

 俺は静かに頷いた。

 マフラーをこの人生間、利用したことが一度たりともないのだ。凛条は俺からマフラーを受け取ると渋々巻いてくれ始めた。

 この瞬間だけカップルっぽくて、変な緊張もありで、巻いてくれた時間が短く感じた。あっという間だった。

「ほら、出来たよ。鏡こっちあるよぉ」

 鏡越しで自分のマフラー姿を拝見。凛条の言った通り似合っていないということもない。イケイケな男子な雰囲気に見える。

「これにしよっか」

「当たり前だよ! さぁこれ買ってき」

 お前は俺の母親か! そんなこと言われなくとも買いにいけるわ! 

 レジに進むと店員さんはまさかの、学校帰り時に凛条に振られたエリさんだった。

「いらっしゃ……あぁ、喜名の彼氏だ」

「違うから! クラスメイトだから! 勘違いはしないで欲しい」

「そう? 喜名はそう思ってるかな? 偽善者も程々にしないとね。友達なのか確認取れないからビビってんでしょ?」

「そ、そんなことは……俺より仲いい奴多いだろうから」

「その考えが偽善者臭いね。知らないの?」

「何が?」

「あんた以外の人といるときの喜名」

「知るわけもないだろ」

 俺と他人とで凛条は違うのだろうか。そんな凛条は見たことが無い。というか、俺は独りの時携帯しか見ていない為、他に視線を移すことは無い。だから俺以外と会話をする凛条は知らない。

「恋」

「えぇ!?」

「恋……してるような、ウキウキとしてるような表情よ、喜名は。だからあんたも、もう少し正直者になっても許されるんじゃない?」

 他人からの言葉に耳を傾けない俺だが、なぜか「もう少し正直者になっても許されるんじゃない?」という一言が胸に突き刺さってきたように感じた。

「会計は5600円です」

 俺は表示された会計金額を二度確認する。しかし、それでも2300円だった。

「えぇっと……」

「カウンセリング代も入ってるから。これでも安いほうなんだけどね」

 どんな闇業者だよ! さっき俺がエリさんに抱いた感情を返してくれ。

 マフラー買うだけでカウンセリングついてきた挙句、カウンセリング代金が安く済んで3300円て……。詐欺りまくりじゃねぇか。

 俺は2300円置きスタスタと店を出たのであった――。

「お待たせした」

「気にしてないよ。それより、あの店行こうよ! 新作のフラッペ出てるって」

 凛条が指さした先は人気のカフェ店。それも男性よりも女性の受けがいいお洒落なお店だ。女性か、カップルしか存在しない壁の高い店……流石に場違いではないか。

「ほら行くよ」

 俺の手を引っ張り先導する凛条の後ろ姿は逞しくも見える。俺はその時感じたのだ。異性と手を繋ぐことは初めてなはずなのに……緊張していない。ということを。このまま握っていたいという執着感が頭を過るのだ。

 これが……恋? 恋と、いうのなら……俺は今恋を感じているということなのだろうか……。

「ほら、あんたは何にする?」

 凛条は俺にメニュー表を押し付ける。

 写真のないメニュー表……何を頼んだら、何が出てくるのかもわからない。謎の多い表だ。

「凛条は何にしたの?」

「私はこの新作のチョコチップバニラ&ベリーよ」

 これが新作……すでに大通メニューであってもおかしくない商品。

「じゃ、じゃぁ同じ奴で」

 同じモノにしてみた。これでは、俺達が恋人に見えるんじゃね? などと考えてしまったが遅かった。男女が行動を共にしていればカップルにも見えなくない。

 出てきた商品を手に取り他の店に寄ったりし終わりショッピングモールを後とした俺達が次向かった先。ゲームセンター……通称ゲーセンだった。今回もやはり凛条に振り回された結果だった。

「どう? あんたの好きなキャラとか沢山あるんじゃない?」

「確かに……だが、ここに置いてあるのは少し前に販売されたモノばかりだ。それに目当てなものは置いてないみたいだ」

「まぁここに来たのはアニメのキャラクター目当てじゃないし」

「では、何をしに?」

「プリクラよ」

 プリ……クラ……それはリア充しているぞと言わんばかりの証拠写真ではないか。それを他人に自慢する。

「い、いや俺はいいよ。一人で撮ってくればいいだろ」

「一人って……今日の記念よ。あんたは普通でいいからさ」

 ま、まぁ撮らない理由もないか。

「絶対、他人に見せるんじゃないぞ」

「分かってるわよ」

 人生初のプリクラ。こんな小さいブースに二人きりで、さらに近づかねばならない。凛条から漂ういい香りが俺の鼻をかすり、気まずい。

「はい、ピースして」

 言われるがまま、ポージングをとっていく。

 撮り終わった後にどっと来る疲れ……リア充も大概忙しいのだなと尊敬した。

「これはあんたのね。で、これは私の」

 かすかに凛条がプリクラ写真を抱きかかえるような行動をとった。その行動理念には、まだ理解に苦しむのだった。

 凛条から受け取った、プリクラ写真を見る……俺の表情は硬かった。凛条はというと、撮り慣れているのか打ち解けているような柔らかな表情。可愛らしいく見える。

「今日はありがとね」

 その日はそれでお別れ。

 思い返せば悪く無い放課後のように感じれた。



 冬休み。そしてクリスマス。こんな素晴らしい日に雪が降る……二重した素晴らしい日。俺にはこの日、用事が入っていた。そう、凛条喜名とカフェにいくという用事。俺もすっかりリア充の一人となっていたのだ。今でさえ凛条喜名には彼氏がいないと判断できてしまう。何故かホッとする自分があることに恐怖を感じれてしまえる。

 俺は靴紐をしっかり結び玄関のドアを開けるのだった――。

「すまない、少し待たせたか」

「少し? 少しじゃないけどね。3分遅刻だよ」

「す、すまん。雪に見とれてしまってだな……」

「はぁ……気にしてはないけどね。さぁ行こうか」

 俺達は真っすぐ目的地であるカフェ店へと向かった。

 中は外と違って、流石の温かさ。凛条の赤かった鼻先が今では元通り。かじかんで思うように動かなかった指先も今では元通りで、温かいカップを持っても大丈夫そうだ。

「それで? 最近夢とやらはどうなのよ」

「フンッ! 聞いて驚くな。着々と到達しているのだ。達成へと向かっているのだ」

「夢ってなんなの? ずっと教えてくれなかったけど、そろそろいいんじゃない?」

「あ、あぁ……そうだな。そろそろかぁ……小説家」

「え? えぇっと……」

「小説家。ライトノベル小説家だ。現段階で三次審査通過でもはや賞をいただくのは決定事項なのだよ! あとは序列を決めるだけみたいでな。俺の作品と他人の作品が二作品ある。この合計三作品の序列決めだけ」

 俺の出した小説……恋物語は無理だと踏み日常系へとカテゴリー換えをして書いた作品。

「小説家……ねぇ」

「どうだ?」

「一般的で無い分、笑ってやれないわ。頑張りなさいよ。それより、あんた高卒後どうするつもり?」

「あぁ一応大学に行くつもり。まぁ働きたくないから大学を選んでしまったわけだけどな。もう合格通知も来てるから、晴れて来春から大学生だ」

「もう決まってんの!?」

「当たり前だろ? かったるいことは先に済ます俺氏。貴様はどうなのだ?」

「私はまだ決まってないけど進学」

 凛条は案外頭いいのだ。そこらの大学であればいける成績の持ち主。

「貴様には夢物語があるのか?」

「夢物語!? そんな大層なモノはないけど夢ならあるよ。美容師になりたいって夢」

「それなら、もう応募締め切りになるぞ」

「え!? それ本当!?」

「まぁな」

 凛条はいい夢がある。叶えることの出来る夢が。対して俺はどうだろう。脳が死ねば終わってしまう職……死と隣り合わせとも言える絶体絶命な職。

「貴様も頑張るといい」

 そう言うと、凛条は笑顔でコクリと頷いた――。


 帰り道、雪の降るなか凛条は俺に問いかけてきた。

「私ってどうかな?」

「どうって……どうなんだろうな」

「自分で言うけど、私って結構モテるらしくて告白沢山されるんだよね」

「それは良かったじゃないか。それで、付き合ったのか?」

「全部断った。今しなければならないことがあるからって、今は真剣なんだってね」

 具体的なことは何も発しなかった。俺もそれ以上は踏み込むことを止めた。それが正しいと判断したのだろう。

 聞いても仕方ないからだろうか。聞いてしまっては後戻りが出来ないと察したのか、悟ったのか……俺は凛条を知るのにもっと時間がいるらしい。

「突然だけど聞いていい?」

 凛条は俺の顔を覗き込んできた。俺は手を差し出し「どうぞ」といった。すると、凛条の口から思いがけない言葉が放たれたのだった。

沖浜おきはま 未侑みゆ君は凛条喜名のこと好きかな?」

 驚いた後に慎重に返答を返す。

 きっと、今の俺はこの返答が正しいのではないかと疑念を持ちながら――。

「わからない……としか言えない」

「そっかぁ……私ね……好きなんだ」

 凛条からの「好き」という言葉に敏感になったらしく、凛条の表情を二度見してしまった。その言葉を言い慣れているのか、恥を捨て覚悟を決めたのか……いつも通りの冷静な表情を浮かべていた。だからだろうか、俺からも冷静に問い返すことが出来た。

「それには主語がついていないけれど」

「言わせる気? 意地悪だなぁ……キミのことだよ」

 これまでに見たことのない表情で、俺は少しどころではないくらいドキッっと、キュンとした。いつもより特別、凛条喜名という女の子が可愛く見えたからだ。そして、初めての告白だったからだ。

 俺からの返事を待っていないかのように凛条は続ける。

「別にキミからの返事はまだいらない。現段階を先に聞けたから。だからいつか……いつか私のことを好きになったらさ。返事返してよね。それまで私、待ってみるからさ」

「変わらなかったらどうする気だ?」

「変わるよ。変えるんだよ。それが私にとって早く叶えないといけない夢。付き合ったらいろんなとこ行って、もっと仲深めて彼氏彼女から恋人へと変わりたい。いつか結婚とか。全部夢物語」

「全くバカバカしい。俺なんかでは無理だろうに」

「バカバカしいくらいでないと夢物語にならないよ」

 それ……俺の考え方だろ。いつの間に俺のことを知ったのだろうか。

「それにね。無理じゃないんだ。私は本気。だから中途半端な返事してきたら怒るから。今日はそれを伝えに来たの」

「どんだけ暇なんだよ」

「違うね。好きな人との時間は暇なんて思えない。大切な時間なんだから」

 言い返せない俺は思う。

 やはり凛条喜名は苦手だと――。

「卒業式後。卒業式後に返事をする。期間を決めたほうがスッキリするだろ? 俺も唐突に言うのは無理だし」

「わかった、いいよ。では卒業式後だね」



 そうして迎えてしまった、決心を決めなければならない卒業式後……。学校から人気が無くなった夕暮れ時の靴箱。こんな絶交なシチュエーション、誰かが仕組んだのかは分からない。それが必然だったのか、偶然だったのか……。

 でも、今はそんなこと考えてはいられない。そう彼女が目の前で返事を待っているから。

「そ、その……」

「うん」

「俺なりにいろいろと思ってみたりしてみた」

「で?」

「……えぇっと、その……」

 言葉に詰まりながらも。

「えっと……やはりわからなかった」

 きっと酷い返事。なのだが、凛条喜名は見据えていたのか、腹を抱えて笑うだけ。

「え!? ど、どうした?」

「あんたならそういうと思ったよ。だから悲しくないし、悔しくもない。呆れてるかな」

「ごめん」

「誤ることじゃないよ。まぁ変わったらでいいの。変わったら返事してよ。それだけでいいから」

「で、でも俺は福岡のほうだし……凛条は?」

「私は東京」

「結構離れてんだね……返事出来ないかもだね……」

「絶対会えないわけじゃないでしょ? 夢みようよ」

「メールのやり取りで返事も嫌だし」

「待ち合わせしてっていうのもお互い合うかだよね。はぁ大変になりそうだね。このまま自然消滅だったりして」

 そう言った少女は少し果敢なげな表情だった。だからか罪悪感が残る一方。

「そんなこと凛条に限ってあるもんかよ」

「そうよね。じゃぁ一応、ありがとう。返事になってないけど、教えてくれて。また会う機会が合ったら、教えてよね」

「勿論じゃないか。これまでありがとな」

「私こそ」

 今でも涙がこぼれてしまいそうなウルウルな目を閉じてグッと我慢している姿に俺は感服まで思えた。俺みたいな奴の為にここまで感情が爆発しそうだなんて。「いい人」だけなんかでは収まらない人。

 次、彼女と会えるのはいつだろうか……。



 あれから3年後――。

 俺は実に夢物語を叶えて見せた。大学を止め今では実力派作家として、多忙な日々。というのも嘘だが……締め切り間際になって焦り執筆の暮らし。

「うぅーん……前髪長くなったか……邪魔だな」

 散髪をした方がいいか……最後に美容室行ったの半年前……そろそろだよな。パソコン画面に映っている時間を確認。

「朝の10時……まぁ行っても大丈夫だろう。平日だしな」

 重い腰を持ち上げ美容室に行くべく着替えることに決めた。

 これから行く目的地、シャインという美容室は俺の行き着けである。まぁそろそろ会わなければ怒られるからというのもある。

 美容室前で俺は一つため息をついた。これは自分の勇気を出すためだ。そしてドアを開けカランカランと鈴を鳴らす。

「あ、やっと来たか。もう来ないと思ったよ、キミ」

「やっぱり何も変わんないな」

「お互いさまよ。で、今日はどんなカット?」

「お任せで」

「かしこまりました。それより早く返事聞かせてよね」

「そうだな」


 END  





 

 

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