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孤独な魂

第一章


     一


 いつか見た光景と同じだった。圧倒的な力の差の前に、表立って抵抗することもできず、面従腹背の態で平伏する人々。如何に彼らの誇りが踏みにじられようと、全ては、一族の存続の為に。

(あの時と、同じだ……)

 青年は、平伏する小犲(しょうさい)族の人々の肩の震えに耐えがたい怒りを見て、冑の陰で顔を曇らせた。ただ、あの時とは、自分のいる位置が違う。あの時は、大人達の震える肩を後ろから見つめていた。今は、逆に征服する側として、こうして正面から彼らを見下ろしている。その立場の変化は、そのまま、ここ数年の間に彼に訪れた変化だった。

「なーに暗い顔してんの?」

 不意に横から声をかけられて、青年は僅かに頭を動かす。栗色の髪に縁取られた女の顔が、間近にあった。人化が不得意なのか、それとも故意か、顔や腕に幾筋かの縞模様を残した縞猫(こうびょう)族の女戦士・林霏(りんぴ)は翡翠色の双眸で、額と頬を冑で覆った彼の顔を、しげしげと覗き込んでいる。青年が多少面食らって瞬きすると、林霏は明るく笑って言った。

「まー、疲れてんのは分かるけど、普通の顔してなよ? その方が男前だから」

 何気なさを装った彼女の言葉には、親身な気遣いがあった。

(それと分かる程、顔に出てしまったか)

 青年は憮然として思い、眼差しを冷ややかにする。周囲にいる兵達に、自分の憂いを悟られてはならない。それは、即ち狗王国への反逆の意思と、受け取られかねない。

「――心掛けよう」

 青年が短く答えると、林霏は安心したように微笑み、顔を離した。並んで立つと彼女は青年よりやや低いが、細身で華奢な彼よりもずっとしっかりした体付きをしていることは、一目で分かる。というのは、敏捷さを重んじる猫族の故か、冑は着けず、鎧も篭手と肩当てと鎖帷子に脛当てだけという、ひどく簡略で身軽な出で立ちをしているからだ。武器の方も、忍び寄って相手を倒す接近戦を得意とする猫族らしく、腰に短剣を吊るし、手槍を持っている。対して青年は、簡素で動きを妨げない物ながら、一通りの鎧を身に着け、額と頬を覆う冑も被り、そして一般の太刀よりも刃が幅広で刀身も長い、大太刀を背負っていた。しかし、そういった自分勝手な武装をしているのは、彼ら二人だけである。周囲の兵達は皆、狗王国正規軍の鎧冑を纏い、一様に腰から剣を下げている。今、この集落にいる狗王国軍兵の中で、彼ら二人だけが異質な存在であることは、一目瞭然であった。

「いやだ、離せ、離せェ!」

 突然、悲鳴に似た叫びが辺りに響き、同時に兵達の間に低いざわめきが起こった。青年が目を遣ると、二人の兵に左右の腕をそれぞれ掴まれた一人の子供が、集落の竪穴式住居の一軒から連れ出されてくるところだった。年の頃、十一、二歳に見える小柄な少女である。

「あれがそうか」

 傍らで林霏が呟いた。青年は小さく頷いて、二人の兵に挟まれた少女を見つめる。小柄な体が纏っているのは、小犲族の、上着と長衣を組み合わせた、やや裾の長い民族衣装。癖のない薄茶色の髪の先端は白い顎に達し、そこだけ短い前髪の下では、大きな鳶色の双眸が動いている。そして、嗅ぎ慣れない儚く甘い匂いが、青年のところにも漂ってきていた。

(あれが、〈生まれながらの人〉――人間……)

 彼ら人獣のように、獣態で生まれ、それから人化の方法を習得し人態になるのではなく、初めから人態で生まれてくるという、変異個体。百年に一度現れるか否かという珍しい存在であり、これを手中にした者に繁栄をもたらすと信じられている。それ故、大王直々の命により、こんな辺境の一部族を下すだけの遠征が行われ、その遠征軍の大将に王国の第三王子が任命され、そして、林霏と彼が同行しているのだった。

「匂いからして、確かにそれのようだ」

 凛とした、しかしどこか物憂げな声が響き、兵達のざわめきを一瞬にして静めた。声の主は、一箇所に集めた小犲族を威圧する戦兵達の後方で、衛兵達が周囲を固める輿の中に納まった第三王子、即ちこの遠征軍の大将である。

「殿下、では」

 軍師・沮如(そじょ)が輿に顔を寄せ、確認の問いを発すると、今年二十歳の王子は、輿の蓋いから顔も出さず命じた。

「檻に入れて」

「いやだ、行きたくない! 離せェ!」

 人間の少女は尚も叫び続け、身をよじったが、その抵抗も虚しく馬車の荷台に設置された檻に入れられ、鍵を掛けられて閉じ込められた。

「いやだ、出せェ!」

 少女は格子を掴んでまだ叫んでいたが、兵達が取り合うはずもない。

「出立!」

 副将・沃土(よくど)の号令に従い、兵達が、王子の輿が、そして檻を積んだ馬車が、ゆっくりと動き出した。

「いやだー!」

 少女は格子の中から叫び続ける。青年は、周囲の兵達に合わせて歩き出しながら、未だ平伏したままの小犲族の人々を振り返った。連れ去られる少女の叫びは、彼らに向けられている。だが、誰一人顔を上げようとはせず、皆、肩を震わせたまま一様に俯いていた。


          ◇


「……静かになったね……」

 傍らを歩く林霏の言葉に、青年は無言で頷いた。

 小犲族の集落が木々の間に完全に見えなくなるまで叫び続けていた檻の中の少女は、今は膝を抱えて座り、黙って馬車に揺られている。その姿に、ふと、かつての自分の姿が重なって、青年は微かに顔をしかめた。

(違う、俺は、自ら……)

 少なくとも、こんな無理やりではなかったはずだ。ちくりと、心に痛みを感じて、青年はその思考を停止した。今更思い返し考えても詮無いことである。既に時は刻まれて、後戻りはできないのだ――。



 林霏は、ちらちらと青年の横顔を窺っていたが、やがて小さく小さく溜め息をついた。

(まーた暗いよ、お兄さん)

 胸中でやれやれと呟く。青年はいつも口数少なく、常に無表情を装っているが、しかし見慣れてくれば、その抑制され過ぎた表情の奥に潜む、底知れない憂いや哀しみ、そして怒りが見えてくるのだった。特に、この遠征中はそれが顕著で、今も、青年は黙々と歩きながら、憂鬱そうに何事かを考えている様子である。

(全くー、少しは明るいことでも考えりゃいいのにさー。今んとこ身分は保証されてんだし)

 青年が暗くなっていると、ついつい世話を焼きたくなる自分がいる。

「あーあ、お腹空いたっ」

 林霏は、周囲を歩く兵達にも聞こえるような声で言った。


          ◇


 その夜、遠征軍は来た時と同様に、森の中で夜営となった。新しく狗王国臣民に加えられた小犲族の集落は、当然、狗王国の辺境にあり、この行軍速度では、王都との距離は、片道凡そひと月の行程であった。

「はあーあ、ホッとするゥ」

 鎧を全て外して、人態のままネコ丸出しの伸びをする林霏の横で、こちらも鎧冑を全て外し終えた青年は、軍の支給品である干した猪肉を黙々と食べていた。人態の華奢な顎で干し肉を噛み切るのは骨が折れたが、獣態に戻れば言葉が話せなくなるので、一緒にいる林霏に失礼というものである。それに、夜は長く時間はたっぷりとある。夕餉をゆっくり摂るのも、悪くなかった。

 木々の枝を透かして夜空を見上げると、大月が見えた。満月より多少欠けているが、青みを帯びた薄黄色の光は、晧々と明るい。小月の五倍はある大月は、その表面の凹凸が見える程地表近くを巡っており、そして、人態の時には抑え付けている獣の本能を呼び覚ますような、不可思議な力を持っていた。

「あんたでも、大月を見ると血が騒ぐ?」

 林霏がどこか神妙な口調で話しかけてきた。いつの間にか伸びを止め、干し肉を片手に、ごろんと仰向けになっている。獣が他者に腹を見せるというのは、降参或いは親密を示す行為だが、彼女は、青年に対しては完全に気を許しているようだった。

「多少は」

 青年は短く答えた。

「そっかー。あんたでも、そうなんだー」

 林霏は、何故かしら少し意外そうに言う。大月を見て獣の本能を感じるのは、多かれ少なかれ、誰にでもあることのはずである。怪訝に思った青年の微かな表情の変化、或いは雰囲気を読んだのか、女戦士はパッと上体を起こして弁明した。

「いや、なんて言うか、あたしはあんたが獣態になったとこをあんまり見たことないし、いっつも冷静で、全然獣っぽいとこも見せないしで、いや、それはそれで上品でいいんだけどね、なんか、こう、ほら、あの〈生まれながらの人〉に近いみたいな印象を抱いてたもんだから……」

 縞を残した顔に苦笑いと愛想笑いとを半々に浮かべた女の顔を見ながら、青年はふっと、昔、故郷にいた頃を思い出していた。

 大月の明るい夜には、親しい者同士の小さな群れに分かれて縄張りの森を駆け巡り、大きな獲物を見つければ鼻面を天に向けて遠吠えして、他の仲間達を呼んだ。雪に覆われた大地に彼らの影を落とす月光は柔らかく、仲間達は生気に満ちていて、あれは、至福の時だった……。

「ごめん、……怒った?」

 謝る言葉に、ハッと青年が現実に戻ると、林霏はすまなそうな顔をして彼を見ていた。

「いや、怒ってなどいない。ただ」

 青年は、林霏を安心させる為、ほんの少しだけ微笑んだ。

「言われてみれば、最近は全く獣態に戻っていないな、と」

「ふうん、自分の部屋で寝る時も……?」

 林霏の問いに、青年は黙って頷いた。



(それって、なんか、凄く疲れそうなんだけど……)

 林霏は心の中で呟く。青年は、やはりどこか、他の者達とは違う。

(背負ってるものの、重さ、かな……)

 密やかに溜め息をついて、林霏はまた横になった。少しずつ干し肉を噛みながら眺める大月は、文句なく美しかった。


     二


 夜半、カチンという微かな音を耳にして、林霏は目を開けた。目の前で、それまで彼女と同じように横になっていた青年が起き上がっている。彼女を起こした音は、青年が愛用の大太刀を手にした時に、傍に置かれていた鎧に当たって鳴ったもののようだった。

(刀なんか持って、どうしたんだろう)

 なにか危険が迫っているという訳ではなさそうだった。青年はただ静かに立ち上がり、大太刀をいつものように背中に負う。

「……どうかした?」

 林霏は横になったまま、小声で問うた。

「……見張りの交替に」

 青年は、ろくに林霏の顔を見もせず答えると、馬車が置かれている夜営の中心へと歩き去っていった。



 そこここでごろ寝している、人態或いは獣態の兵達の間を縫うようにして歩く青年の姿を認め、鎧の手入れをしていた沃土は眉をひそめた。

(大王のお気に入りが、なにしてる……?)

 青年は、馬車を目指しているようである。

(あれに、用があるのか)

 繁栄をもたらすと言われる、〈生まれながらの人〉。

(だが、幸運は招かねえみたいだな)

 小犲族は、〈生まれながらの人〉を手中にしていることが大王の耳に入った為に、征服されたと言っても過言ではない。そもそも辺境にあって、大した広さの土地も縄張りにしていない、大王にとっては取るに足らない部族だったのだ。

(ま、狗王国の一部になって繁栄できれば、〈生まれながらの人〉の効果ってことだな)

 青年は、馬車へ歩み寄っていく。やはり〈生まれながらの人〉に用があるようだった。

「ほっといたらいい」

 不意に背後で、聞き慣れてしまった声がした。驚いて振り向くと、専用の天幕の中から、とうに寝たとばかり思っていた砂色の髪の青年が顔を覗かせていた。

「殿下」

 うめくように言って、沃土は口を噤む。起きていらしたのですか、とは失礼で言えず、なんのことですか、と先を促すのも躊躇われた。

 第三王子・天飆(てんぴょう)は、切れ長の目で馬車へ近付く青年を軽く一瞥する。

「あいつは馬鹿じゃないから、自分の一族に迷惑がかかるようなことはしない」

 抑えた声で淡々と沃土に告げると、再び幕を下ろして、一方的に話を終えてしまった。

「は」

 一応返事をしておいて、沃土はもう一度、馬車へと近付く青年を見遣る。

(「自分の一族に迷惑がかかるようなことはしない」……ね)

 かの青年の事情は、有名な話なので、沃土もそれなりに知っている。

(ま、大将である殿下のお墨付きも貰ったんだし、俺が気にするこっちゃねえか)

 沃土は、ごろりと寝転んだ。かの青年の意図がなんであれ、〈生まれながらの人〉を殺したり逃がしたりしない限り、自分には関係ない。沃土はただ、このささやかな遠征が無事に終わることを願っているだけだった。



「見張りを交替する」

 歩み寄って告げた青年を、見張りの衛兵はまじまじと見つめた。

「し、しかし、九壬(くじん)殿、これは自分の役目でありまして……」

「私が陛下から命じられた役目は、〈生まれながらの人〉の護衛。見張りも、その役目の内に入る。明け方まで、私が見張りをしよう」

 静かな口調で言われ、澄んだ双眸で見つめられて、見張りの衛兵は渋々その場から立ち上がった。

「分かりました。では、明け方にまた交替しに来ます」

 言い残し、踵を返しかけてからハッと思い出して青年に敬礼して、衛兵は馬車を後にした。



 衛兵の後ろ姿が、ごろ寝している他の兵達の間に横になるのを見届けると、青年は、檻の中へ視線を転じた。檻の中の少女は、昼間と殆ど変わらない姿勢で膝を抱え込み、座っている。やや俯き加減のその顔に掛かる前髪の下から、不安げな色を湛えた双眸が、青年を見上げていた。

「――眠れないか」

 青年は、感情を抑制した声で言った。

「……あんた、誰……?」

 少女は、硬い声で問い返してきた。大月は早々に沈み、今は小月一つが夜を照らしている。その小月の控えめな光の中でも、現れた青年の服装が他の兵達と異なることは充分に見て取れるだろう。加えて、先程の衛兵の言である。

「ただの兵じゃ、ないんでしょ……?」

 咎める目をして、少女は言葉を重ねた。青年はその目を真っ直ぐに見返し、一つ瞬きして告げた。

「名は、雪渓(せっけい)という。大王陛下より〈十幹(じっかん)〉の第九、『(じん)』の姓を賜った為、公には壬雪渓と呼ばれ、普段は九壬という字で呼ばれることが多い」

 淡々と青年が語った内容に、少女は目を丸くしたが、すぐに口元に薄笑いを浮かべた。

「そう、大王の側近、〈十幹〉の一人なんだ。そんな偉い人が、わざわざ私の為に来てくれるなんて、感激」

 皮肉が盛られた言葉を、青年はただ聞き流し、腕組みして、檻が取り付けられた馬車の荷台の端に、軽く腰かけた。



(どういうつもりなんだろう……?)

 少女は、格子のすぐ向こうで自分に半分背中を見せた青年を、訝しげに見つめた。華奢な青年である。背負った大太刀とあまりに不釣合いな狭い肩幅、細い胴、細い腕。月光に白く浮かぶうなじも女子供のそれのようであり、そこに僅かにかかる髪も白く、やや逆立っていて、柔らかそうだった。顔立ちも線が細く、全体的に幼さを残している。だが、そこに浮かんでいる表情が、青年を、青年として見せていた。毅然としていて、厳しさを感じさせる表情だった。そして、その琥珀色の双眸や、長い睫毛や、細い眉に、時折、何事かを憂える動きが表れるのだった。

 そうして少女が観察している内、不意に青年の瞳がくるりと動いて、彼女を見た。

「お前の名は?」

 唐突な質問の言葉を暫く反芻してから、少女は眉をひそめる。

「そんなことも、聞いてないの……?」

 青年は、黙って頷いた。瞬間、少女の頬には、引きつった笑みが浮かぶ。彼女の護衛が役目だというこの〈十幹〉の青年が、彼女の名を知らされていない。狗王国にとって、彼女はそういう存在なのだ。

「――彩雲(さいうん)

 少女は、失望した不機嫌な声で答えた。美しい彩りをした雲。母が付けてくれた、とても美しい名。だが、もう名を呼ばれることは殆どないのだろう――。

「……いい名だ」

 青年が一拍を置いて言った言葉に、少女は膝に埋めかけていた顔を上げた。青年は腕を組んだまま、少女に横顔を見せて、あらぬ方を眺めている。

「いい、名……?」

 少女が意外そうに聞き返すと、青年はまた瞳だけを動かして彼女を見た。

「……ああ。いい名だ」

 淡々と繰り返して、ゆっくりと目を閉じ、それきり沈黙してしまった。


     三


――「彩雲、彩雲」

 懐かしい声だった。

――「彩雲、夕餉の仕度ができたわよ」

 母の優しい声だ。少女は返事をして、立ち上がった。まだ遊び足りなかったが、仕方がない。もう、夕餉の時間なのだ……。

 彩雲はハッとして目を開けた。その瞬間、夢だったと気付く。頭と肩には、冷たい格子の感触があり、自分が檻の中にいることを思い出させた。

(母さん……)

 不覚にも、目頭が熱くなった。

(母さん……、母さんが、いてくれたら……)

 母が生きていれば、長老達に反対して、自分を守ってくれただろうか。あの集落には、母の弟も妹もいる。だが、それでも母なら、自分を連れて集落から逃げるなりして、自分を守ってくれたのではないだろうか。

(母さん……)

 母だけが、愛してくれた。母だけが、〈生まれながらの人〉である自分を慈しんでくれた。母が自分を連れて逃げてくれたなら、他のヤマイヌ達など、狗王国軍に皆殺しにされようとも、良かったのだ。だが母は、一年も前に、崖から落ちて死んでしまった。

(母さん……)

 母への思いは、そのまま、自分を突き出した小犲族への怒りでもある。彼らは、結局のところ、彩雲をただ〈生まれながらの人〉としてしか見ていなかったのだ。

(あいつら、大っ嫌いだ……)

 彩雲は、ぎゅっと上着の上から自分の腕に爪を立てる。直後に、涙が頬を伝った。その涙を払い、溜め息をついて、彼女がふと、まだ暗い檻の外へ目を遣ると、格子の向こうの青年と目が合った。

「明け方までは、まだ間がある」

 青年は静かな声で言った。

「少しは横になっておいた方がいい」

 彩雲は、格子の内側に凭れていた体を起こすと、同じく静かな声で言った。

「……それより、外に出たい」

「それは……」

 断わりかけた青年から彩雲は視線を逸らし、多少不機嫌な顔をして、

「厠」

 と告げた。だが青年はすぐには答えず、真偽を確かめるように、黙って彩雲の顔を見つめる。少女は、小さく皮肉な笑みを浮かべて言った。

「大丈夫、逃げたりしないよ。もう帰るところもないし、私はあんた達と違って、こんな森の中、一人で動き回ったりできないから」

 青年は黙ったまま、荷台の端に取り付けてある鍵を取って檻の扉を開け、彼女を外へ出してくれた。


          ◇


「いつまで、ついて来る気……?」

 森の奥へ分け入りながら、彩雲は雪渓を振り返って問うてみた。

「お前が、立ち止まるまで」

 青年は相変わらず感情の表れない声で答えた。案の定、彼には、少女の心理を考慮に入れる気などまるでないらしい。

「……じゃあ、立ち止まらないよ?」

 彩雲は冷ややかに笑って言ったが、青年はもう答えなかった。彼女は仕方なく手頃な薮に潜り込むと、すぐ傍に青年の気配を感じながら、用を足した。

(全く……)

 帰り道、彩雲は不機嫌だった。

(なんなんだろう、この人……)

 相変わらず後ろからついて来る青年の、草を踏み分ける音を、自分の立てる音と区別して聞きながら、苛立ちに任せて早歩きをする。だが、どれだけ遮二無二薮を突っ切ろうとも、青年は少しも遅れずについて来るのだった。

 やがて、そろそろ夜営の物音が聞こえ出そうかというところまで来た時、不意に青年が左手で、彩雲の右手首を掴んだ。

「なに……?」

 突然のことに、彩雲は怪訝な顔をして青年を振り返る。瞬間、青年は彼女を下草の中へ引き倒し、同時に右手で背中の大太刀を抜き放って一閃させた。直後、彩雲の眼前の叢へ、細い枝のようなものが二本ストストと落ちる。

(これ……、矢……)

 いずれも黒く塗られたその細いものの一つには鏃があり、もう一つには矢羽根が付いている。青年の大太刀の一振りによって両断されたのだ。

(黒塗り……。それにこの短さって……)

 両断された矢は、繋げても彩雲の二の腕の長さしかない。これだけ短い矢だと、普通の弓どころか小弓での発射も無理だ。弦が少ししか引けないので、まともに飛ばすことはできないだろう。普通の石弓で飛ばすのも、恐らくは無理なはずだ。ということは。

(小型の石弓での発射……)

 黒塗りの矢と小型の石弓の組み合わせは、戦に名高い、ある部族に特有のものである。彩雲は倒れたままそっと身を捻り、草越しに青年を見上げた。改めて見ても、雪渓の髪は、夜目にもそれと分かる程に、白い。

(まさか……)

 彩雲の心に一つの疑念が浮かんだ時、雪渓が闇の一角へ向かって言った。

黒雨(こくう)、なんの真似だ」

 投げかけられた言葉に応じて、ガサリと、木々の向こうで薮を踏み分ける音がし、続いて、冷たい、凍て付いたような声が答えた。

「貴方は黒狼族と、なにより月華(げっか)の信頼を裏切った。だから、今ここで、貴方を殺す――」

(やっぱり……)

 彩雲は確信した。以前、小犲族の集落に来た行商人から、白狼(はくろう)族と黒狼(こくろう)族の対立について聞いたことがある。二つの狼族は、どちらも狩りや戦に長け、文化的にも充実した精神性を持っていたが、白狼族は山岳部に、そして黒狼族は平野部にと、住み分けていた。しかし狗王国の勢力が彼らの住処にも及ばんとした時、二つの部族は団結してこの脅威を退けようとしたという。 (でも、白狼族は裏切った……)  狗王国の圧倒的兵力の前に、白狼族は早々と服属を誓い、その所為で、孤立した黒狼族は壊滅的な打撃を受けた。以来、散り散りとなった黒狼族の残党は、狗王国よりもむしろ白狼族を目の仇にしているという話だった。

(白狼族は、あいつらと同じだ……)

 彩雲は、暗い目をして思った。白狼族も小犲族同様、自分達の命惜しさに、他者を売ったのだ。

(けど、そんなの、私には関係ない……)

 腹が立っていた。黒狼族に同情する気などは更々ない。ただ、目の前に湿った地面があるのが腹立たしかった。何故、自分がこうして叢の中に這いつくばっていなければならないのだろう。

「私には、関係ない……」

 彩雲は苛々と呟くと、ガサガサと派手な音を立てて下草の中から立ち上がった。顔を上げると、雪渓が目を見開いて自分を見ている。声が聞こえた方へ視線を転じれば、闇の中、木々の陰に佇む黒い人影も辛うじて見える。

「あんた達の争いは、私には関係ない……」

 少女は、主に雪渓へ向けて言った。

「だから、先、夜営に帰るね……」

 一方的に告げて彩雲が踵を返しかけた時、ヒュッと、その耳元で風を切る音がした。

「え……?」

 彩雲は声を立てたが、その時には既に首に投げ縄の輪がかかり、キリキリと絞められていた。

「『関係ない』ことはないんですよ」

 唐突に、彩雲の頭の上から、ややくぐもった、耳障りな男の声が聞こえた。

「なにせ、私のお目当てはお前なんでね。おっと」

 彩雲の首にかかった縄が、より強くキリリと上へ引かれる。縄は、彩雲の頭上に張り出した木の枝の上にいる男が、その端を握っているらしい。



「白狼族の雪渓、貴方の相手は私ではなく、そちらの黒狼族の黒雨殿ですよ」  縄目掛け、大太刀を振るおうとした雪渓を牽制して、樹上の男は言った。その言葉通り、黒狼族の青年が愛用の大剣を振り上げ、無言で斬りかかってくる。雪渓は素早く半身になりながら、振り下ろされる大剣に大太刀を沿わせ、その軌道をずらしてかわし、黒雨の体勢が崩れたところで、大太刀の刃を返して、踏み込むと同時に足へと斬り付けた。だが、黒雨は間一髪後ろへ跳び退ってこれをかわし、再び大剣を構え直す。小柄な体ながら力に勝る黒雨と、技に勝る雪渓とでは、今のところ、雪渓の方にやや分があった。だがそれも、人態の場合に限ってのことである。

(獣態になられると、まずいな……)

 大太刀を緩く下段に構えた雪渓は、じりじりと動いて足場を確保する黒雨を見据えつつ、微かに表情を険しくした。森の中では、太刀や剣を振り回すよりも、獣態に戻った方が戦い易い。だが、もし相手が獣態になっても、雪渓は彩雲との意思疎通を重要視する限り、獣態になる訳にはいかないのだった。



 一方、彩雲は足掻いていた。縄は細く、キリキリと首を締め付けて、痛くて気持ち悪い。両手で必死に首との間に隙間を作ろうとしても、食い込んだ縄の下に指が入らない。

(なに、これ……)

 彩雲は愕然として思った。彼女にとって、それは、到底受け入れがたい、許されない事態だった。

 小犲族の集落で、彩雲は大切にされていた。彼女を彼女として慈しみ愛してくれたのは母だけだったが、他の小犲族達も、彼女を〈生まれながらの人〉として、丁重に扱っていた。常に充分な食糧と衣服を用意し、母が死んだ後も世話係を置いて、仕事などさせなかった。傷を負わせるなど論外で、一度、彩雲にぶつかって転ばせ、擦り傷を負わせてしまった少年などは、三日の間、食事を抜かれた。彩雲は、特別な、守られるべき存在だった。ところが、狗王国の自分に対する扱いは、完全に丁寧さを欠いている。その上の、現在の状況であった。全てが不当で、腹立たしかった。

(こんなの、嘘だ……!)

 彩雲は、痛みと怒りと惨めさに、半ば自暴自棄になって、首を左右に振った。

「あ、こら!」

 樹上で男が叫ぶ。

「この馬鹿、首が絞まるぞ!」

 瞬間、彩雲の首に、熱くヒリリと、新たな痛みが走った。


     四


 雪渓はビクリとして、大太刀の柄から外した左手で鼻と口を覆った。不意に夜気に混じり込んだ臭気が、咽の奥にわだかまって、吐き気を催させる。それは確かに血の臭いだったが、今まで嗅いだことのない臭いだった。雪渓は半ば反射的に少女へ目を向けた。その臭いは、彩雲から漂ってきていた。

 と、唐突に樹上から、男の激しく咳き込む声が聞こえてきた。苦しげに、胃がひっくり返ったような呻き声も出している。

(奴にも、この臭いはこたえるのか)

 雪渓が思った直後、パラリと、縄の一端が枝の間から落ちた。一瞬遅れて、彩雲が草の中に膝をつく。雪渓は闇の向こうへサッと視線を走らせた。予想通り、黒雨もまた、彼ら同様に彩雲の血の臭いに苦しんでいる様子である。

(今の内だ)

 雪渓は座り込んでいる少女の二の腕を掴もうと、左手を鼻と口から離しかけ、そして、低くうめいた。血の臭いには違いない。だが、少しでも嗅ぐと胸が悪くなる、耐えがたい臭気である。獣態になっていなくてよかった。獣態の時は、人態の時よりも鼻が利くようになるので、恐らくこの臭気にはほんの一瞬でさえ耐えられなかっただろう。右手に大太刀を持ったまま逃げるために、仕方なく彼は息を詰め、鼻に入る空気の流れを断って、鼻と口を覆う左手を離し、丁度縄を首から外し終えた彩雲の上腕を掴んだ。そのまま彼女を引っ張って立たせ、次いで雪渓は再び黒雨を見る。黒狼族の青年は、距離を詰めるのに有利な風下にいたことが災いしたらしく、片手で鼻と口を覆い、苦しげに片膝をついていたが、それでも尚、いつでも振るえるよう片手を大剣の柄にかけて、彼を睨み据えている。雪渓は息を詰めたまま、口を開いた。

「この遠征が無事終わり次第、王都では祝賀の闘技大会が催される。私と戦いたいならば、それに参加することだ。その時は、最後まで相手をしよう」

 言い置くと、彩雲の腕を引き、素早く薮を抜けて、その場を去った。黒雨達が追って来る気配はなかった。

(まず、この臭いをなんとかしなければならんか……)

 大太刀を背中の鞘に戻し、空いた右手で鼻を押さえているとはいえ、いつまでも最大の情報源である匂いを遮断している訳にはいかない。雪渓は決断すると、再び息を詰めて鼻から右手を離し、少女の上腕を掴む左手に力を込めて、彼女を引き寄せた。

「なに……?」

 彩雲は、青年の突然の行動に、強い警戒を表す。だが雪渓は構わず体を屈めると、少女の首に顔を近付け、縄が擦れてできた擦り傷に滲む血を、いきなりペロリと舐め取った。

「いっ……!」

 しみる痛みに顔をしかめた少女の前で、雪渓もあからさまに顔をしかめ、そして、厄介な臭気の元である彩雲の血液が、舌や咽、更には鼻に過大な影響を及ぼす前に、唾液で包んで傍の茂みへ吐き捨てた。だがそれでも、舌には拭いようのない不快感が残り、微かな吐き気が咽へと向かう。

(いやな味だ。舌が痺れる。まるで毒だ――)

 雪渓は暗がりの中、不快げな表情をしたまま、帯に吊るして携帯している薬袋から傷薬を取り出し、血を舐め取った少女の傷へ塗り付けた。少女は再び顔をしかめたが、声は出さなかった。

(これで少しはマシか)

 雪渓はそっと空気を嗅いでみる。舌に残る不快感を差し引けば、厄介な臭いは殆ど消えていた。

「戻るぞ」

 雪渓は声をかけ、再び少女の上腕を掴んで、夜営へ向かって引いて行こうとした。ところが、少女が動こうとしない。雪渓は振り返り、足を踏ん張る少女を険しい眼差しで見つめた。

「どういうつもりだ」

「痛い……」

 彩雲は顔をしかめて雪渓を見上げ、答えた。

「手を……離して」

 少女は、彼女の上腕を掴む雪渓の左手に、抗議していた。

「……すまない」

 低い声で謝って手を離した青年に、彩雲は掴まれていた箇所をさすりながら言った。

「八つ当たり、しないでくれる……? あんたの今の苛々は、私の所為じゃない――」

 返す言葉のない雪渓を無視し、彩雲はさっさと先に立って歩き出す。雪渓は、無言のまま、その後に続いた。



「全く、とんだ目に遭ったわい」

 漸く吐き気の治まった樹上の男は、不機嫌に呟くと、木の間に佇む小柄な青年を見遣った。

「しかし、困りましたなあ、黒雨殿。貴方が雪渓をやると仰ったから、こうして雪渓の居場所を教えて差し上げたのに、あんな絶好の機会を逃してしまわれるとは。お陰で、私の獲物である人間まで取り逃がしてしまったじゃありませんか」

「うるせえよ、サル野郎」

 答えたのは、黒雨ではなかった。バキバキと下生えを踏み分けて現れた声の主は、太く短い黒髪がつんつんと立った頭をした、黒雨よりかなり上背のある青年である。

「この売人が。人間なんざ手に入れてどうしようってんだ?」

 青年は爛々と光る琥珀色の双眸で枝の上の男を見上げた。その姿を葡萄色の暗い双眸で見下ろし、樹上の男、(どう)族の嶔崖(きんがい)は口の端を歪める。

「これは残星(ざんせい)殿。今回は御辞退なさるんではなかったですかな?」



 口調だけは丁寧な嶔崖の問いに、残星は肩を竦めてみせた。

「まあな。だが、ちょっと心配になってな、こうして様子を見に来たのさ。そしたら案の定、失敗してやがる。『人間を舐むるべからず』ってのは単なる格言じゃなかったって訳だ」

 皮肉に笑うと、残星は黒雨を振り返った。

「黒雨、お前の気持ちも分かるが、朗月(ろうげつ)は今回のことに賛成してない。あいつは、白狼族とは、もっとちゃんとしたやり方で決着を付けたいと考えてるんだ。お前も、もう少しあいつの顔を立てて……」

「俺は手段を選びません」

 大剣を背中の鞘に収めた黒雨は遮って言い、まだ少年のような顔に似合わない、冷えた眼差しを残星に向けた。

「俺は、雪渓をこの手で殺せれば、それでいいんです」

 凍て付いた殺意を言葉にすると、黒雨は踵を返して残星に背を向ける。その、明らかな拒絶を示す背中に、残星は顔をしかめて怒鳴った。

「黒雨! あいつは……朗月は、月華と、そしてお前の弟なんだぞ?」

「……朗月に伝えて下さい、残星さん」

 十八歳の青年は、振り向かぬまま応じた。

「出来損ない(・・・・・)の異母兄を、もう黒狼族の内に数えるな、と。俺は、もう完全に一匹狼になると決めたんです」

 淡々と言い置くと、頬にかかる黒髪を揺らして黒雨は歩き出した。森の暗闇に溶け込んでいく、大剣と弓袋を背負った孤独な後ろ姿を見つめて、残星は顔を歪める。狼族の間では、群れの一員として行動できない者を「出来損ない」と呼ぶのだ。かつて黒狼族一の戦士と謳われた少年の、それは、哀しい現在だった。

「――馬鹿野郎が……!」

 残星が誇り高い人獣に対して最大の侮辱である言葉を吐き捨てた直後、頭上で、ガサッと木の葉が鳴った。

「サル野郎……!」

 見上げれば、まだ揺れている枝に、猱族の男の姿は既にない。ただ、ガサガサと遠ざかっていく枝を渡る音からして、黒雨を追っていった訳ではなさそうだった。残星が視線を戻せば、黒雨の姿ももうない。

(黒雨の野郎――、完全に思い詰めやがって……)

 同世代の幼馴染み、三歳年下の弟分である。言い出したらどうあっても聞かないことは、よく分かっていた。だがそれでも、残星は黒雨を止めに来ずにはいられなかったのだ。

(雪渓だって、悪い奴じゃねえんだ……)

 白狼族は、確かに黒狼族を裏切った。だが、彼らを追い詰めた敵は、狗王国なのだ。

(狗族こそが、俺らの共通の敵だってのに……!)

 残星は暗い表情で、来た道を戻り始めた。とにかく、「伝えて下さい」と言われた内容を伝えて、これからのことを考えねばならない。青年は徐々に足を速め、やがては獣態になって、夜の森を駆け抜けていった。



(人選を間違えたか)

 獣態になって枝から枝へと飛び移りながら、嶔崖は後悔していた。

 何度思い返しても、惜しい好機だった。なにを考えているか今一つよく分からない、扱いにくい黒雨を連れて遠征軍の風下で機会を窺い続け、好都合にも雪渓と人間、二人だけで出てきたところを押さえたというのに、失敗である。

(全く、あのオオカミが。次は少々腕が劣ろうとも、もっと扱い易い奴を選ばんとな)

 しかし、失敗した主原因は、黒雨を使ったことではない。

(〈生まれながらの人〉、人間か――)

 嶔崖は、先程までの不快感を思い出して、顔をしかめた。人間の血が、あのような威力を有しているとは予想していなかった。

(道理で、小犲族が下にも置かん扱いをしていた訳だ)

 小犲族の護りが堅固であった為に、今回のような機会を好機と狙ったのだった。

(さて、次はどうするか……)

 嶔崖は、枝々の向こうを見通す目を細めた。人間の奪取は、ただの仕事ではない。一族のつてを頼って特に頼まれたことなのだ。なんとしても、遣り遂げねばならなかった。


     五


「あれと二人で、どこ行ってたのさ?」

 馬車の傍から戻ってきて、出立の支度を始めた青年に、林霏は、自身も鎧を着けながら小声で訊いた。昨夜は、雪渓が人間のところへ行ってから、人間と二人で森の奥へ行き、戻ってくるまで、ずっと気になって眠れなかったのだ。

「あんなことしたら、まずいんじゃない……? 沮如の奴は、都合よく寝てたみたいだけど……」

 答えない青年相手に言葉を続け、林霏はちらと軍師・沮如の方を見遣った。

 元侍従である沮如は、野心家として知られる侍従長・皦日(きょうじつ)の腹心である。沮如が見聞きしたことは全て皦日に伝えられ、その権勢拡充の為に使われるという専らの噂であった。現在大王のお気に入りの一人であり、皦日にとっては目障りな存在である雪渓の不審な行動は、彼らを喜ばせることになる。

「まあ、あたしが言うまでもないことだけど、気を付けなよ……?」

 お節介を自覚しながらも言った林霏に、青年は黙々と支度を続けながら頷いてみせた。



 狗王国は、その名の通り()族が興した王国であり、大王以下狗族がその中枢を握っている。だが、王国の拡大により、その支配下には数々の民族が入ることになった。雪渓達〈十幹〉は、そういった狗族以外の被支配層の民族の中から特に選び出された十人の戦士達なのである。伝統として、主に闘技大会の為に選ばれた彼らではあったが、大王に気に入られれば、その身辺警護や、今の雪渓や林霏のように軍への同行を命じられたりすることもある。だが、その身分は、大王の言葉一つで失われる危ういものであり、そして彼らの肩には、自分達の一族の王国内における処遇がかかっているのだ。

(失敗を犯す訳にはいかん……)

 雪渓は鹿革靴の紐を結び直しながら、キリと口を引き結ぶ。

(俺は、一族の命運を託されて、ここにいるのだから)

 一族の皆の顔、そして一腹の兄の顔が、心に浮かんで消えた。


          ◇


 歩く速さでゆっくりと進む馬車であっても、四つの車輪の内、どれか一つでも石に当たると、その荷台はひどく揺れる。檻の中の彩雲は、相変わらず膝を抱えて座った姿勢で足を踏ん張り、背を御者側の格子に押し付けて、揺れに耐えていた。格子を掴んでいた方が凌ぎ易いのかもしれないが、そうした自分の姿は想像するだに憐れっぽく、周り中全てが敵の今、意地でもそんな格好をする訳にはいかなかった。

(それにしても)

 彩雲は、ふと、格子の外へ目を向けた。銀色の冑の下から白い髪を覗かせた青年は、相変わらず無表情な顔をして歩いている。

(あいつ、昨夜、なんで鼻を押さえてた……?)

 雪渓は、黒狼族のことばかりでなく、動揺していたように見えた。雪渓だけではない。あの黒狼族の男と、木の上の男も、突如として動きを止めてはいなかったか。

(なにが起こってたんだろう……?)

 恐らくは、臭いに関係することのはずである。彩雲には分からず、人獣達にだけ分かる、臭い。

(けど、一体、なんの臭い……?)

 実に都合よく、あの場で、襲撃者達の動きを封じた臭い。

(でも……)

 彩雲は、足元に視線を落とし、不機嫌な顔をした。人間である自分には、駄目なのだ。

(私には、分からない……)

 雪渓達人獣は、人態になって爪や牙や尾は失っても、視覚、嗅覚、聴覚等は、獣態の時から少し弱まるだけで、然程変わらないのだという。だが、人間である彩雲には、闇を見通すことも、微かな匂いを嗅ぎ分けることも、できないのだった。

(私は、なにもできない……。所詮、金や玉と変わらない、単なる飾り物に過ぎないんだ……)

 繁栄をもたらすのではなく、繁栄している者へと渡っていく、ただの飾り物。

 彩雲は馬車の揺れに耐えながら、口元に歪んだ薄い笑みを浮かべた。


          ◇


 夜が来て、昼が来て、夜が来て、昼が来た。

 雪渓は、二日目の夜も三日目の夜も彩雲のところへ来た。話などはしない。ただ、暫くの間、正規の兵と見張りを交替して、馬車の荷台の端に座っているだけだった。だが、降り積もっていく沈黙の分だけ、彩雲は白狼族の青年に慣れていった。

 そして、四日目の夜。

 彩雲は、檻の中から、雪渓の表情がいつもより厳しいことに気付いた。

「……どうかした……?」

 小声で訊くと、青年は鋭い眼差しを一瞬だけ彩雲へ向け、

「なんでもない」

 素っ気無く答えた。

 しかし、「なんでもない」などという答えの裏には、必ずなにかあるものである。彩雲は抱いた疑念を温めるようにして、雪渓を注意深く観察し始めた。


          ◇


 それから更に、昼になり、夜になり、また昼になった。

 彩雲は馬車の荷台に取り付けられた檻の中で、相変わらず上下左右に揺られながら、目線を雪渓へと固定していた。

 白狼族の青年は、四日目の夜以来、ずっとなにかに神経を尖らせているようだった。常に耳を澄まし、匂いにも気を付けているふうで、また時折、周囲に広がる森の奥へと鋭い視線を投げるのだった。

(あの連中が、まだ追ってきてるんだろうか)

 彩雲は、五日前の夜の、襲撃者二人を思い出した。

 樹上の男は彩雲が目当てだと言い、黒狼族の男の方は明らかに雪渓を殺したがっていた。思い返せば、どちらもなかなか執念深そうな襲撃者だったのだ。

(けど、たった二人じゃ、ここには突っ込めない……)

 馬車の周囲は、しっかりと狗王国の兵達が固めている。雪渓も、もう一人の〈十幹〉と共にその集団の中におり、襲うには困難な位置にいた。

(また、襲い易い機会がないか窺いながら、ついて来てるってことかな……)

 雪渓が気にしている対象があの襲撃者達だとすれば、それで説明が付く。だが、あれ以来、彩雲は用を足すにも人獣達同様、夜営から離れ過ぎないようにしており、あの夜のような襲撃され易い状況は、二度と生まれることはないと思われた。

 ざわざわと、不意に、馬車の脇にいる兵達が軍列を乱し始め、馬車の進み自体遅くなったので、彩雲は怪訝に思って格子に顔を近付けた。馬車の前方に目を遣ると、動く兵達の向こうに見えたのは、崖である。遠征軍が進んで来た街道は、急峻な峰の中腹を削って続いているのだった。



(まずいな……)

 雪渓は、冑の陰で眉をひそめた。道の左側は尾根から下ってきている急な斜面、右側は鬱蒼とした森へと落ちる崖になっている。来る時はなんとも思わなかった場所だが、彼ら(・・)が狙うには絶好の地理的条件だった。おまけに道幅は狭く、兵達が今までのように分厚く馬車の周囲を固めることは不可能である。

(彼らの狙いが俺一人なら、まだ凌げるが……)

 雪渓は、軍列を組み替え始めた兵達の間を縫って、馬車の荷台のすぐ近くへと歩み寄っていった。



 崖から吹き上がる風が、格子の間から入ってきて、彩雲の細い薄茶色の髪をそよがせる。崖は、それ程近くに迫っていた。馬車と崖との間には、兵が縦一列に並んでいるだけである。その後ろの方に雪渓の姿を見て、彩雲は僅かに目を鋭くした。

(成る程、ここは襲い易い場所って訳だ……)

 心中で呟いて、崖の反対側の、檻の中からは壁のように見える斜面へと視線を転じる。この細長く伸びた軍列の中から、自分や雪渓を狙って襲うならば。

(この斜面を駆け下ってくるのが、最も有効……)

 襲撃の方法についての彩雲の読みは当たっていた。だが、檻の中に捕われていた彼女には、事の成り行きをどうすることもできなかった――。


     六


 無意識に体を動かそうとして全身に走った痛みに、彩雲は顔を歪める。

「っいっ……!」

 と、悲鳴のようなうめきが食い縛った歯の隙間から漏れた。

(骨が、折れた……?)

 息をするだけでも、肋骨の辺りに痛みが走る。手にも足にも大小様々の痛みがあり、大分あちこちに打ちつけた気がした。

(そうだ、崖から落ちたんだ……)

 起き上がるのを諦めた彩雲は、冷たい地面を背中に感じたまま、空を見上げた。日はとっぷりと暮れ、周囲にそそり立つ木々の枝の隙間には、大月が昇っているのだろう、ほんのりと明るい夜空がある。

(落ちてから、大分経ったんだな……)

 いずれにしろ、動ける気がしない。

(待ってれば、誰か来るだろうか……?)

 そこまで考えて、彩雲はふと、なにかを忘れていることに気付いた。「誰か」を待つ必要などなかったはずである。自分は、一人ではなかった。一緒に、落ちたのである。

 一気に記憶が蘇り、彩雲は寝転んだ姿勢のまま頭を動かして周囲を見回した。だが――いない。あるはずの姿がないと、誰もいないと思っていた時より、落ち着かない気持ちになる。

(あいつ、一体どこへ……)

 少女が不安と不審を募らせた時、カサリと、やや離れたところで音がした。寝転んだ彼女の頭の、斜め上の方である。

(なに?)

 極限まで澄ました彩雲の耳に、続いて、ハッ、ハッ、という低い獣の息遣いが聞こえた。息遣いの音と、そして草や落ち葉、枯れ枝などを踏む微かな足音は、徐々に近付いてくる。

(あいつか、それとも……)

 彩雲は、一瞬見た黒い襲撃者を思い出し、息を詰めた。全身にかいた汗の臭いが、人獣達には恰好の情報源になることは分かっていたが、どうすることもできなかった。



「せっけーい!」

 林霏は、森の奥へ向けて声を張り上げた。遠征の目玉である人間が行方不明になってしまったので、遠征軍は大将とその衛兵達だけを街道に残して全員崖下の森に降り、人間を大捜索中なのだが、その人間と共に雪渓もいるはずなのだった。

「九壬殿ー!」

 他の兵も、声を出す者は皆、雪渓を呼んでいる。なにしろ誰もあの人間の少女の名を知らないのだ。これといった匂いも嗅ぎ取れない今、人間を捜索する方法は、それしかないのだった。

「せっけーい!」

 もう一度大声で呼んで耳を澄まし、やはり答えがないのを確かめると、林霏は溜め息をついた。

 襲撃してきたのは、四匹の黒狼族だった。最初、二匹が尾根から斜面を駆け下ってきて、そのまま馬車を牽く二頭の馬に喰らい付いて暴走させ、次いで更に二匹が駆け下りてきて、暴走する馬車の荷台に飛び乗り、一匹が素早く人態となって檻の鍵を開けた。狭い場所で暴走する馬車に林霏や兵達がうまく近付けずにいる間に、人態になった黒狼族は檻の中から人間の少女を引きずり出してしまったのだが、そこへ、獣態となった雪渓が体当たりしたのである。平衡を失った三者は、揺れる荷台から放り出されて崖から転落した。しかし、慌てて崖の縁に走り寄った林霏と兵達は、獣態の雪渓が人間の衣の襟をしっかりと咥えて、僅かな突起を足掛かりに巧みに駆け下っていくのを見たのだった。

(大丈夫だよね……?)

 林霏は、僅かに月明かりが差し込む鬱蒼とした森を、不安な思いで見つめる。白狼族は、山岳部を縄張りとしていた部族である。崖を下るのにも慣れているはずだ。だが、昼からずっと、これだけ捜しているのに返事はなく、雪渓と人間は見付からない。

 雪渓は人間連れだった。そして黒狼族三匹は、先に崖から落ちた一匹を追うように、迷わず崖を降りていった。崖を降りられなかった林霏達が、斜面になっているところを見つけ出して下の森まで降りる間に、雪渓と人間が黒狼族達に襲われた可能性は充分にあるのだった……。



 暗がりの中、あえかな月明かりを背に受けてひたひたと歩み寄ってきた獣を、彩雲は半ば息を殺して凝視した。抜けるように白い毛並みを獣態にも対応する可動式の冑鎧と白い長衣が覆い、背中から斜めに大太刀が下がっているので、雪渓であることはすぐに分かった。だが、人態の時の、どこか大人しげな雰囲気は微塵もない。足取りは油断なく、琥珀色の双眸は炯々としていて、時折開かれる口からは、舌と共に鋭利な牙が覗くのだった。

 白い獣は、彩雲のすぐ傍まで来て足を止めた。少女の顔を見下ろし、そして、

「……大丈夫か?」

 と問うた時には、既にその姿は人化を遂げていた。

「生きては、いるよ……」

 彩雲は、緊張を解いた所為で蘇った痛みに顔をしかめて答えた。

「そうか」

 雪渓は素っ気無く相槌を打つと、いきなり彩雲の体の下に腕を差し入れて、彼女を抱き上げた。恐らくは骨折している体の部位が動いて、激痛が彩雲を襲う。

「いっ……!」

 歯を食い縛った少女に、雪渓は、

「すまない」

 一言詫びてから言った。

「この先に()族の古い横穴式住居がある。中の土も乾いているから、夜露を凌ぐにはいいだろう。そこで手当てもする」

 痛みに耐える彩雲は、雪渓の声を遠くに聞きながら、更なる痛みを招かないよう、ただただ注意深く呼吸していた。

 元は住居だった横穴に連れて行かれ、手当てされる間、彩雲の意識は朦朧として、夢と現の狭間をさ迷っていた。

「肋骨二本にひびが入っている。右足も、数箇所骨にひびが入っている」

 雪渓が手当てをしながら淡々と告げる怪我の状態をぼんやりと聞き、彩雲は、やはり骨折していたかと納得する。暫くしてから、では意識がはっきりしないのも、骨折による激痛と発熱の為かと理解して、それを最後に少女は完全に意識を失った。


          ◇


 刹那の、温かな夢だった。守られているという安心感に満ちた、懐かしい場所の夢。

「……母さん」

 彩雲は、自分の口から漏れた寝言で目を覚ました。夢の中に、母が出てきたような気がしたが、これといった情景は、なに一つ思い出せなかった。

 横穴の暗がりに、入り口の方から淡い日が差している。朝になったのだ。彩雲は、体を動かそうとして激痛を思い出し、周囲の状況を知ろうとして、初めて自分に添い寝している白い獣に気付いた。

「雪渓……」

 名を呼ぶと、獣は頭をもたげて彩雲を見、答える代わりにパタリと尾を動かした。人態の時と、やはり雰囲気が違う。だが、昨夜感じたような、考えを読めない怖さはなかった。温かな夢を見たのも、毛皮を通して伝わる雪渓の温もりの所為かもしれない。冑鎧を外し、簡素な白い長衣だけを纏っている獣の、首筋の毛皮に彩雲はそっと頬を寄せた。香ばしい匂いがする。

「日向の、匂い……」

 囁くように言って、少女は浅い眠りへと戻っていった。


     七


「雪渓……?」

 目覚めた彩雲は、ハッとして声を立てた。傍らに、否、横穴の中のどこにも、白狼族の青年の姿が見当たらない。

「雪渓?」

 もう一度呼んでみたが、返事はなかった。

(冑も鎧も大太刀もない)

 彩雲は、速まる心臓の鼓動に息苦しさを感じながら、頭をもたげて入り口の方を見ようとした。だが、激痛を予告する痛みが、体の動きを阻む。

(駄目だ、動けない……)

 彩雲は、呆然と横穴の天井を見つめた。自分は、置いて行かれたのだろうか。見捨てられてしまったのだろうか。

(けど、私を護衛するのが、あいつの仕事のはず……)

 ただ、外の様子を見に行っただけなのだろうか。食糧の調達ということも考えられる。

(あいつは、戻ってくるはずだ……)

 彩雲は、自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。

 辺りは、しんと静かで、入り口から、森を吹き抜ける風の音だけが聞こえてくる。雪渓の帰りをただ待つ少女は、いつしか、天井の観察を始めていた。

 でこぼことした土の天井からは、数本の木の根が覗いている。その複数の根が土を支えて、天井が崩れないようになっているのだ。横穴は、わざわざ大木の根元を選んで掘ってあるのである。

(でも、小犲族の竪穴式住居に比べたら、原始的な住居だ)

 彩雲は、無表情で思った。

 小犲族の集落には、個々の家である竪穴式住居の他に、周囲の森の上を見渡す物見櫓も、地下を深く掘り下げて造った共同の食糧貯蔵庫もあった。

(あの集落自体は、住み良かったんだ。――けど)

 思考と連動して、彩雲の顔が険呑な陰りを帯びる。

(あいつらは、嫌いだった……)

 彩雲は、狗王国軍に差し出される以前から、小犲族達を嫌っていた。

 幼い頃の彩雲は、母以外の小犲族達のことなど、大して意識していなかった。身の回りの世話をしてくれるのは母一人であり、彩雲にとっては母が全てだった。だが、段々と大きく成長するにつれ、〈生まれながらの人〉である自分と、獣の姿と人の姿を使い分ける周囲の子供達との違いを、強く認識するようになったのである。それは、彼らとは異なる存在だという疎外感と、自分は貴重な存在であるという優越感と、彼らにできることが自分にはできないという劣等感に裏打ちされた、隔たりだった。

 それから彩雲は、母に、他の子供達と自分との違いについて質問を重ねた。そして遂に、自分が生まれ付き人の姿をしているだけでなく、大人になろうとも、一生獣の姿になれることはないのだと完全に理解し、同時に、〈生まれながらの人〉としての立場を、悟ったのである。

 小犲族の集落で、彩雲は孤独だった。その孤独を癒してくれたのは、母親だけだった。だが母親は、彩雲を残して、死んでしまった。彩雲の傍には、母親の代わりに複数の世話係が置かれたが、彼らが彩雲にもたらしたものは、小犲族に対する更なる悪感情だった。

 それまで、彩雲と他の小犲族達の間には、常に緩衝材のように母親がおり、彩雲が直接彼らと関わることは殆どなかった。それが、母親の死後、彩雲は世話係の小犲族達と毎日口を利き、世話をされなければならなくなったのである。そして彩雲は、彼らに、彼らの温もりのない丁重さに、言い知れぬ苛立ちを覚えたのだ。それは、彩雲が小犲族達に対して初めて抱いた、生々しい感情だった。

 以後、彩雲はずっと小犲族達を嫌ってきた。だから、彼らの集落を離れることは少しも辛くなかったのだ。ただ、この上なく丁重に扱ってきておいて、いきなり自分達の保身の為に差し出すという、その行為だけは許せなかった。彩雲になんの相談もなく、ただ宝物か飾り物のように差し出すという、その行為が腹立たしかったのだ。故に、彩雲は騒いだ。小犲族達に最大限いやな思いをさせる為に、叫び続けたのである。

(あいつら、あれで少しはこたえただろうか……)

 或いは、人間が繁栄をもたらすなど、やはりただの言い伝えだったと気付いて、厄介者がいなくなったと清々しているかもしれない。

(どっちにしろ、もういいんだ)

 彩雲は目を閉じた。

(もう、あいつらに会うことなんて、ない……)

 彩雲は、心の中から、母以外の小犲族達にまつわる全てを追い出そうと試みた。いつまでも彼らのことを引きずり、縛られているのは、癪に障るというものだった。

 と、不意に獣の気配を感じて、彩雲は思考を中断した。ハッ、ハッ、という低く微かな獣の息遣いが耳に届く。

「雪渓?」

 殆ど疑いなく声をかけた彩雲の視界に入ってきたのは、崖から落ちる前に一瞬だけ定かに見た、あの、黒い獣だった。

 彩雲は、声もなく、その黒い獣を凝視した。大きさは雪渓よりも一回り小さいが、形は同じである。

(やっぱり、黒狼族――)

 雪渓と同じ狼族で黒い毛といえば、そうとしか考えられない。入ってきた獣の毛色は、紺色の衣に隠れた胴の部分を除いて、額の中央にただ一つ白く丸い大きな斑がある以外、足先に至るまで本当に全身真っ黒だった。大きさが小さいのは、子供だからだろう。彩雲と変わらない体格なので、同い年くらいなのかもしれない。人獣達は、人態の時も獣態の時も、体の大きさはあまり変化しないのだ。

(けど、黒狼族が狙っているのは、雪渓の方のはず――)

 ここで、彩雲を人質にして、雪渓を待ち受ける気なのだろうか。

「――なんの、用?」

 彩雲は硬い声で、黒い獣に問うた。

 琥珀色の双眸で彩雲の顔をじっと見つめていた獣は、ぐうっと伸びをするようにして人態になる。

「こんにちは。また会えたね」

 微笑して挨拶した少年を、彩雲は戸惑いを含んだ眼差しで見た。やはり彼女と同い年くらいに見える、目元の涼しげな少年だった。整った顔立ちをしていて肌の色は白く、対照的に艶やかな黒髪は耳の下辺りまで伸ばされていて、少女のような優しげな印象を作っている。そしてその姿は、檻の中から彩雲を引きずり出した、張本人のものだった。

「君には悪いことをしたと思ってる」

 挨拶に続けて、多少すまなそうに言いながら、少年は彩雲の傍らに腰を下ろした。

「けど、雪渓を狗族共から引き離すには、君を囮にするより他なかったんだ」

 彩雲は、少年の表情を興味深く眺める。まだ幼さの残る横顔には、声に表れたすまなさを圧倒する硬い決意が表れている。彼は、どうあっても雪渓と会うつもりなのだ。

「でも、雪渓はやっぱり凄い」

 少年は唐突に憎いはずの相手を称賛して、自分の両手を見つめた。

「君を連れてあの崖を降りてしまうんだから。山岳部に慣れた白狼族といえど、そんな離れ業ができる獣は、そうはいない。俺なんか、自分一匹で降りたのにこのありさまだ」

 しみじみと言った少年の両手は、爪が血で黒ずみ、傷だらけとなっていた。僅かな出っ張りに掛けた足で全体重を支えながら崖を下ってくれば、そうもなるだろう。

「――それで、なんの用……?」

 彩雲は素っ気無く、問いを繰り返した。

「簡単なことだ」

 少年は顔を上げて真っ直ぐ入り口の方を向き、一転して大人びた口調で答える。

「君を人質にして、雪渓と話をする。君はただそこで寝ていればいい」

 確かに、彩雲のすることだけを取り出せば、事は簡単である。

「――ほんとに、簡単だね……」

 ぽつりと相槌を打って、彩雲は天井に視線を戻した。


          ◇


 人態で戻ってきた雪渓は、はたと足を止めて、木漏れ日の中、暗く口を開けた横穴を凝視した。彩雲の特徴的で淡い匂いと共に、覚えのある匂いが、する。青年は眉をひそめたが、再び足を踏み出して穴の入り口へと歩み寄っていった。



 入り口から差し込む光の中、ふっと動いた影に目敏く気付き、彩雲は頭を動かした。入り口に立った青年の姿が、辛うじて目に入る。同時に、彩雲の傍らに座っていた黒狼族の少年が立ち上がった。応じて、雪渓は背中の大太刀の柄に手をかける。少年も全身に緊張を漲らせたが、しかし身構えようとはせず、硬い声で、

「刀から手を離して下さい」

 と要求した。

「貴方がここまで来る前に、俺はこの〈生まれながらの人〉を殺せます」

 少年の琥珀色の双眸に本気を見て取り、雪渓は無言で、ゆっくりと柄から手を離した。

 手を下ろした、木漏れ日を背に佇む青年を見つめ、次いで少年は、

「俺の名は朗月。黒狼族の、現首長です」

 凛とした声で名乗った。

(こんな子供が、首長……?)

 彩雲は目を動かし、少年の横顔を見上げて訝る。小犲族の首長は、一族内で最も優秀で、経験も豊富な年配の男だった。首長は、一族を導く存在である。個体としての優秀さだけでなく、様々な事態を乗り越えてきた経験も必要なはずだ。

(こいつじゃ、幾ら優秀でも、経験が足りないだろうに……)

 或いは、なにか特別な理由があって首長になったのだろうか。

「貴方と、話がしたいと思い、出向いてきました」

 少年――朗月は言葉を続けた。

「我が一族の中には、今も貴方方を憎む者が多い。けれど俺は、貴方方を直接は知りません。一族内の、貴方方を憎む者達が言う怨嗟に満ちた話を、鵜呑みにする訳にもいきません。ですから、話をしにきました」

「――何故、わざわざ私と? 白狼族の集落へは?」

 雪渓は警戒を怠らない表情で簡潔に問うた。

「行けば、即、戦です」

 朗月は低い声で答えた。

「白狼族を眼前にして、怒りを抑えられる者は少ない。かと言って、首長である俺が一人で行く訳にもいかない。ですから、黒雨が狗王国軍の中にいる貴方と接触したと聞いた時、俺も貴方と会えないかと思ったんです。――それに貴方は、月華姉さんを知っている」



「……そういうことか」

 雪渓は溜め息をつくように言った。

 薄々分かっていたことである。慣習的に、母親が同じ、つまり同腹の兄弟姉妹は、名前に同じ言葉が入れられる。同じ「(げつ)」という言葉が名前に入っている朗月と月華が同腹の姉弟であることは、名を聞いた時から予想していたのだった。

「ならば」

 雪渓は、ひたと黒髪の少年を見つめる。

「君と話すことはなにもない」

 淡々と告げられた返事に、朗月はピクリと瞼を震わせた。

「全て認めるということですか? 貴方方が月華姉さんの、そして我が一族の信頼を裏切り、狗王国側へ寝返ったと、貴方方は卑怯者だと、そう認めるんですか?」

「――それが真実だ」

 答えた雪渓の声は、横穴の中に低く重く響いた。

 月華は、黒狼族の悲劇の象徴のようになっている少女である。先の黒狼族首長の娘であり、狗王国の脅威に対して団結を誓った両狼族間の、黒狼族側からの橋渡し役だった。当時から白狼族の首長であった白虹(はっこう)の息子である雪渓とも、何度か会ったことがある。溌剌としていて行動力があり、思慮深くもあった少女は、白狼族が寝返った後、狗王国軍との戦の中で、十三年の生涯を閉じた。五年前のことである。

「白狼族が君達を裏切ったことは事実。君は、君の仲間が言うことを、そのまま受け入れればいい。私に、弁明をする気はない」

 言い切った白狼族の青年を、朗月はじっと見つめた。青年の眼差しには、憂いがある。だが、その憂いを上回る強い意思が、声に、顔に、そして背筋を自然に伸ばした姿勢に、表れていた。

「……潔い……ですね」

 朗月はぽつりと言い、顔をしかめる。と、その時、朗月と雪渓、それに彩雲の耳にも、遠く微かな人声が聞こえた。

「時間切れ、ですか」

 僅かに残念そうに言うと、朗月は彩雲の傍を離れ、雪渓が佇む横穴の入り口へと歩く。雪渓が僅かに避けたその横を通り抜けて木漏れ日の下へ出た少年に、声がかかった。

「朗月! もうやばい」

 木々の間から飛び出してきた声の主は、残星である。

「狗王国の奴ら、大分近くまで来てるぞ!」

「ああ、分かっている」

 一部族を率いる首長らしい声音で答えると、朗月は振り向かぬまま言った。

「雪渓、貴方とはいずれまた、こうしてお会いしたいと思います」

 雪渓は答えず、黙してまだ小柄な少年の後ろ姿に視線を注ぐ。

「――では」

 朗月は短く暇を告げ、雪渓が見つめる先で獣態に変化すると、狗王国の兵達の声が聞こえたのとは反対の方向へ走り出した。残星も、一瞬雪渓へ視線を向けた後、獣態へと変化し、その後に続く。駆け去る二匹の黒い獣を目で追う雪渓の視界に、更に二匹の黒い獣が飛び込んで来、そして四匹は、朗月を先頭に木々の向こうへと姿を消した。

(朗月――か)

 心中で呟いて、雪渓は踵を返し、横穴へ入る。

 暗がりの中、人間の少女は、ぱっちりと開いた目で彼を見上げた。その小柄な体の横に膝をつき、雪渓は、腰帯の後ろに結わえた竹の水筒を取って栓を抜く。片手を、仰向けに寝転んだ少女の首の下に差し入れて、少しだけ上体を起こさせ、もう一方の手で彼女の口元に水筒の飲み口を当てた。

 コクコクと、小さく咽を鳴らして少女は汲みたての水を飲む。雪渓は、近くを流れる川に新鮮な水を汲みに行っていたのだった。

「――生き返った……」

 水を飲み終えた少女は、ぽつりと言って息をつく。その華奢な体をもう一度そっと地面に横たえて、雪渓は水筒に栓をし直し、腰帯の後ろにしっかりと結わえ直した。

「……九壬殿ー……」

 狗王国の兵達の呼ぶ声が、二人の耳に断続的に届く。先程よりも声が大きくはっきりと聞こえるので、ちゃんと近付いてきているらしい。

「……この体で、またあの馬車に乗れって言われたら、今度こそ、死ぬかも」

 彩雲が、疲れた様子で目を閉じ、呟くように言った。


     八


「で、実際会った感想はどうなんだ?」

 残星に訊かれて、倒木に腰かけた朗月は目を伏せた。

 話すことはない、弁明をする気はないと言われた。だが、弁明をしないと言った、その態度こそが、一族の大人達が語る白狼族の姿と異なっていた。

「……白狼族が我が一族を裏切ったのは、恐らく事実なんだろう。だがそれも、狗王国の圧力故だ」

 足元の地面に視線を落としたまま、朗月は答えた。

「――それで?」

 地面に腰を下ろした残星は、朗月の顔を見上げて先を促す。後二匹の仲間、滄海(そうかい)震霆(しんてい)も人態になり、残星同様地面に腰を下ろして、朗月を見上げている。残星は二十一歳、滄海は十六歳、震霆は朗月より一つ上の十三歳。歳が近いということもあり、朗月が好んで傍に置いている側近達だった。

「我が一族の敵も、狗王国だ」

 信頼する三人の側近に、朗月は率直に告げた。

「いつまでも白狼族に対して恨み辛みを並べ立てて無意味な復讐を行うより、俺達は本気で狗王国に立ち向かうべきだと、そう思う」

「賛成だ」

 すぐに残星が同意を表明し、滄海は真剣な表情で頷き、震霆もひたと朗月を見つめたまま反対しなかった。朗月は、ほっとして微笑み、そして星を仰ぐ。大月に続いて小月も沈み、森の外れから見上げる開けた空には、無数の星が瞬いていた。

 澄んだ大気を通して見える満天の星空は、まるで天を覆う黒い帳に針で穴を開けたようである。その大小の細かい光の配置に見入る少年の表情を暫くじっと見つめていた残星は、少ししてから、おもむろに口を開いた。

「――あいつのことは、どう思った?」

 前置きのない問いに朗月は意表を突かれたように一つ瞬きし、次いで表情を曇らせる。昼間会った白狼族の青年の強い眼差しは、脳裏に焼き付いたようになっていた。

「雪渓は、強い人だ」

 再び足元に視線を落とし、朗月は答える。

「あの人は、一族を背負っている。彼は、白狼族の為に、一歩も引けない立場にあるんだ」

 雪渓は、己が一族の非を認めつつも、凛としていた。朗月を見つめた双眸には、例え意に反することであっても、一族の為ならば動くという覚悟があった。朗月はその覚悟に対し、「潔い」と称賛を贈ったのだ。

(黒雨兄さんに、あの人を殺させてはならない――)

 朗月は目を上げて、残星を見つめ返す。

「一つ、お前に頼みがある」

 側近三人の内でも最も心を許している、そして頼れる青年に、朗月は真剣な口調で切り出した――。


          ◇


 目を覚ました彩雲は、傍らに、見慣れぬ青年が座っていることに気付いた。雪渓ではない。年恰好は似ているが、こちらはふわふわとした砂色の髪を襟足の部分だけ長く伸ばして背中に垂らしていた。華奢な雪渓より肩幅があり、広い背中をしているが、大柄という訳でもなく、革帯を締めた腰、上着の袖や袴の裾から覗いた手足はどちらかといえば細くて、すらりとしている。

 彩雲がじっと観察していると、視線を感じたのか、青年が僅かに頭を動かし、切れ長の目の端で彼女を見下ろした。瞳は、狼族や犲族と同じ琥珀色である。

「――誰……?」

 彩雲が問うと、

「天飆」

 青年は簡潔に答えた。しかし、彩雲には覚えのない名前である。軽く眉をひそめた彼女の表情を読み取ったのか、青年は少し間を置いてから、

「大空に吹き荒ぶ強風」

 と付け加えた。それは「天飆」の意味であり、彩雲の疑問の答えにはなっていない。はぐらかされたのか大真面目な返答だったのか、彼女は青年の真意を測りかねたが、それ以上質問するのも面倒に思えて、沈黙した。

 仰向けに寝た背中には揺れを感じる。けれどガタガタという馬車の揺れではない。ゆらゆらと揺れるその滑らかな揺れを暫く感じていてから、彩雲は唐突に、自分が乗っているものが軍列に混じっている輿だと気付いた。とすれば、彼女の他にたった一人、この絹張りされた輿の中に収まっている青年が何者かは、自ずと知れる。

 彩雲は改めて青年を見つめた。然程広くもない輿の中で、窮屈そうに片胡座をかき、立てた膝の上に一方の腕を乗せ、もう一方の腕は床について体を支えている。物憂げな横顔からは大してなにも読み取れないが、彼専用の輿の中で、彩雲が邪魔な存在であることは明白だった。

「なんで」

 彩雲は青年の横顔を見上げたまま問う。

「私をここに置いてるの……?」

 天飆はまた切れ長の目の端で彩雲を見下ろした。

「あんた死なせると、親父がうるさいから」

 淡々と答えて、視線を前に戻す。絹で囲まれた窮屈な空間の虚空を見つめる眼差しは、輿の揺れに合わせて動きながら、記憶の中の誰かを捕らえたように見えた。


          ◇


 素影(そえい)は、角を曲がってくる青年の姿を認めて、回廊の端に寄って膝立ちになり、顔を伏せ、両手を額の前に掲げて礼の形をとった。しかし案の定、その青年は素影の前までやって来ると足を止め、

四丁(してい)殿」

 と声を掛けてきた。

「なんでありましょう、殿下」

 姿勢を変えず恭しく応じた素影に、銀髪を首の後ろできっちりと束ねた狗王国の第二王子・深潭(しんたん)は、回廊の先へ硬質な視線を注いだまま言う。

「そのような礼は私には無用と幾度も申し上げている。王妃殿下が不快に思われます。もう二度と、なされぬよう」

「見ている者なき場合は宜しいかと思いましたが、御意とあらば」

 素影が答えると、深潭はそれ以上なにも言わずに通り過ぎていった。素影は顔を上げ、鋭利な眼差しで、立ち去る青年の背中を見つめる。殿下と呼ばれながらも、妾腹の子として軽んじられている王子。その実力は、先の王妃の子である第三王子・天飆や現王妃の子である第四王子・清霄(せいしょう)にも劣るものではないのに、母親と己の保身の為には、常に彼らより一歩引いた立場を心掛けねばならない――。幼い頃からのそうした抑制が、既に体の隅々にまで染み透っているのだろう、深潭は決して轟然と顎を上げたりはせず、如何なる時も用心深さを心に纏っているようだった。

(育ち方によっては、天飆や清霄より余程大王の器であったかもしれんのに)

 深潭を回廊の向こうへ見送った素影は、立ち上がりながら侘しく思う。

(最早あの方に、それは望めんか)

 引くことを癖にしてしまった者に、この国の頂点の座は務まらない。

(新しい王子が生まれん限り、天飆か清霄のどちらかに期待するしかあるまいな……)

 スッと背筋を伸ばした素影は、回廊の手摺りの向こうに見える庭へ、ふと視線を投げた。花を付ける木々が植えられた、人けのない内苑を好んで下りていた同僚の青年は、まだ帰還していない。

(なにがあろうと、忍耐ですよ、雪渓――)

 言わずもがなのことを胸中でつい呟いてしまった自分に、素影は薄く苦笑すると、深潭が来た方へと歩みを再開した。


          ◇


 空っぽの檻から軍列の前の方にある輿へと、雪渓は視線を動かす。彩雲は、第三王子・天飆の輿の中に移された。馬車の揺れは骨折を抱えた彼女の体にあまりに響く、どうするかとなった時、王子自身が輿に乗せると言ったのだった。

「しっかし、あの王子さんも、なんか変わった人だよねえ」

 雪渓の視線の意味に感付いたのか、傍らの林霏が小声で言った。

「一見ぼうっとしてるように見えるんだけど、考えてることは考えてるっていうか、ねえ……」

「彼は賢明だ」

 雪渓は、珍しく明確な言葉となった思いを口にした。

「彼はただ、自分の境遇に不服なだけだ」

 呟くように付け加えて、雪渓は輿から視線を外した。山を越え、森を抜けた軍列は、なだらかに起伏する平野を進んでいる。王都まで、後は平坦な道が続くばかりだ。

(王都に帰り着けば、即、闘技大会――)

 黒雨は、参加するだろうか。参加条件として、形だけであろうと、州侯、即ち大王から封土を受けている狗族に雇われる必要がある。だが、あの青年ならば。

(あいつは、俺と戦う為なら、どんな障害も乗り越えるだろう)

 黒雨は冷静で頭がよく、思い定めたことは必ず遣り遂げる意志の強さと行動力を持っている。そして彼が、彼の異母妹である月華を裏切った雪渓達を許さないのは、当然のことだ。

(月華――)

 雪渓はかの少女の死と共に失った諸々のものを思って、遠い空を眺めた。緑の平野を過ぎる爽やかな風が、冑からはみ出た雪渓の白く柔らかな髪をさわさわとそよがせた。

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