ユウナとネコさんの冒険者登録
「私はギルド職員のノーラといいます。先ほどはお力になれず申し訳ありませんでした」
「いっいえ、大丈夫です。頭を上げて下さい」
個室に入った後に、受付のお姉さんことノーラさんに頭を下げられました。大人の人に謝られることに慣れていないので戸惑ってしまいます。
「騒動を起こした男は、街の騎士に身柄を引き渡すので安心して下さい」
「あの、ギルドが冒険者の問題に介入しても大丈夫なのですか?」
「今回の件は、登録前、つまり一般人の貴女に絡んだ上に戦闘行為にまで発展したので介入できます。まぁ、ラルフさんが解決してくれたのですが…」
ノーラさんが項垂れます。どうやら先ほどの件を気にしているようですね。とりあえず、話題を変えましょうか。
「えーと、私は冒険者になりたいのですが、冒険者やギルドについて全然詳しくないので説明してもらってもいいですか?」
「ええ、新人登録をする方にはもれなく説明しているので問題ないですよ。先に冒険者に関する説明を済ませてから、登録という流れになっていますがよろしいですか」
「はい、お願いします」
「では、ギルドカードをお預かりします」
財布からギルドカードを出して、ノーラさんに渡します。
「お名前はユウナさんですね。あと失礼ですがそちらの方は?」
私のギルドカードを見て確認したあと、ネコさんについて質問されます。
「この娘はネコさんと言います。一緒に暮らしているパートナーです」
「にゃふっと」
「ネコさんですね。よろしくお願いします」
ネコさんが挨拶すると、ノーラさんもネコさんに向かって丁寧にお辞儀してくれました。
「それでは、説明させて頂きます。冒険者ギルドに登録した人を冒険者と呼び、冒険者になると冒険者ギルドから仕事を請け負うことが出来ます。ちなみに、冒険者ギルドへの登録は他の職に就いている人や他のギルドに登録している人でも可能となっています。なお、冒険者は冒険者ギルドの職員ではありませんし、管理下に置かれるわけでもありません。お互いに対等な関係なのです。もちろん、冒険者が働く時には冒険者ギルドが定めたルールに従う必要はあり、ルールを破った場合は厳しく処罰されます。また犯罪者となった者は登録の解除がなされますのでお気を付け下さい」
ギルドと冒険者が対等という言葉に疑問を持ちます。大男の件はどう考えても冒険者の方が偉そうだったと思えますから。
「ユウナさんは先ほどの件についてお考えですね」
どうやら疑問が表情に出ていたようです。
「冒険者ギルドは、国や宗教に縛られない独立した組織です。どのような国や地域にいようとも、冒険者ギルドの名の下に画一的なルールやサービスを提供するべく運営されています…というのは建前なのです。組織を運営する以上は資金が必要です。冒険者ギルドは冒険者を支援する時に手数料と言う名目で収入を得ています。冒険者への支援には依頼の発注や素材の買取などがあります。冒険者ギルドの収入はそれだけではありませんが、冒険者からの手数料が大多数を占めているのは間違いありません。だから、冒険者が冒険者ギルド経由の依頼を受けなかったり、素材の買取を他所に頼むとなっては冒険者ギルドの運営が危ぶまれるのです。ダンジョンが近くにあると安定して魔物を狩れるため、冒険者は依頼より素材の買取で生計をたてようとするので、ギルドとしては依頼を受けてもらうよう下手に出なくてはなりません。ましてや、カーヤの街はダンジョンの発見により誕生し、冒険者の活躍で発展していったという成り立ちを持っているため、冒険者優位という風潮があります。これらのことから、カーヤの街の冒険者ギルドは他の街と比べて冒険者に対しての立場が弱く、冒険者も強気の態度を取る場合があるのです」
ノーラさんは悔しそうな表情を浮かべています。
「過去にギルド職員が冒険者の横暴を咎めようとして転職に…すみません、話がそれましたね。国や場所によっての事情は異なりますが、とにかく冒険者だからといって冒険者ギルドから不当な命令はされない代わりに、守られてもいないと理解して頂ければと思います」
これでは、自分の身を自分で守る力が必要ですね。今回みたいに誰かが助けてくれるとは限りませんし、ネコさんとはぐれてしまう可能性もありますから。
「あとは、冒険者のランクについて説明します。ランクは下からE・D・C・B・A・S・SS・SSSとなっています。ランクはギルドへの貢献度と仕事の実績を表すための指標で、必ずしも戦闘能力を示しているわけではありません。また、依頼内容にもランク付けがされていて基本的に自分のランクと同じか下の依頼しか受注することができません。依頼の達成を規定回数繰り返すことで、上のランクへと昇格することが出来ます。パーティーで依頼を受ける時には全員のランクの平均値をパーティーランクとしたうえで、今までの実績を考慮し受注可能かどうか判断されるのです」
「あの、大男が言っていたBランクや、ラルフさんのAランクってすごいのでしょうか?」
「はい、冒険者の中では『Bランクの壁』という言葉があります。Cランクまでは真面目に働いていたり、運があれば到達は可能です。ですが、Cランクからは強力な魔物の討伐依頼が含まれるようになり、並大抵の実力では達成することが出来ず昇格は難しくなります。Aランクに至っては、依頼の他に昇格試験を受けるかギルド関係者からの推薦が必要となります。昇格試験の試験官はAランク以上の冒険者又はギルド職員が務め、彼らに実力を認めさせなければなりません。推薦は偉大な功績を納めた者に冒険者ギルドが試験を必要とせず、昇格を認めるものです。ちなみに、Sランクは世界に十数名ほどしか存在せず、SSランクは数人、SSSランクは認定された人は未だにおりません」
酔っ払っていたとはいえBランクの実力者に絡まれるなんて、何て運が悪いのでしょうか。
「今ので事前説明は終了となります。依頼や報酬に関しては、受注する際に個別に説明しますのでご安心ください。それではユウナさん、冒険者の登録をしてもよろしいですか?」
「はい。ノーラさん、お願いします」
ノーラさんは頷くと、机の上のA4サイズほどの黒い板の上に私のギルドカードを置きます。ノーラさんが登録と呟くと、淡い光を発しました。
「これでユウナさんは冒険者へと登録されました。規定通りにEランクからのスタートになります。今日から早速依頼を受けますか?」
「すみません、依頼は明日から受けたいのですが」
「そうですね、先程のトラブルもありましたし、今日はごゆっくりされた方が良いと思います」
「ありがとうございます。あっ、そうだノーラさん。ギルドカードの表示項目の追加もお願いできますか?」
「表示項目の追加ですね。料金は銀貨1枚となりますが、よろしいですか?」
銀貨1枚は、確か1万円相当ですね。なかなかのお値段です。
「お願いします。そうだ、ネコさんも追加しますか?」
ネコさんもギルドカードを持っているので、一緒に追加してもらった方がいいでしょう。
「にゃふふ」
ネコさんを見ると、首を横に振っています。
「もしかして、ネコさんは追加済みですか?」
「にゃふっと」
流石、ネコさんです。もう追加済みとは、できる女は違いますね。そういえば昨日は疲れていたので、寝る前にネコさんのギルドカードの確認を行っていませんでした。
私の分の銀貨1枚をノーラさんに渡します。
まだギルドカードは渡したままだったので、ノーラさんが表示項目追加と呟くと、先程と同じように淡い光を放ちました。
「これで表示項目の追加が完了しました。才能や加護については自分と見せたい相手のみに表示されるようになります。手の内を隠したい冒険者の為の配慮です。あと表示項目とは別にギルドカード自体を魔法空間への出し入れが可能になっていますのでご利用ください」
「ギルドカードの出し入れですか?」
「はい、ギルドカードを持って保管や隠したいなどと念じると消えて、ギルドカードを出したいと念じると手の中に出てきます。マジックボックスの技術応用により可能になった機能なんです」
そういえばネコさんがギルドカードを持っていなかったのに、急に出していましたね。ノーラさんからギルドカードを受け取り試してみます。すると、ギルドカードが手の中から消えて、また現れました。これは紛失の危険性がなくて便利ですね。
「あの、レベルやステータスの表示はできないのですか?」
「レベルとステータスとは何でしょうか?」
あれっ、この世界には無い概念でしょうか。
「その人の総合的な強さや、力や器用さを数値化したものなのですが…」
「すみません。そういったものは聞いたことはありませんね。あると便利そうですが」
「そうだったんですか」
「そういったものはランクで判断するか、例えばどれくらいの重さの物を持ち上げることが出来るといった表現で伝えるようになります」
異世界と言えばステータスと思っていたので、これは意外でした。
「説明は以上でよろしいですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
コンコン。
話が終わると同時に扉がノックされました。
「はい、お入りください」
ノーラさんが入室を許可すると、なんとミラさんが入ってきました。
▽▽▽
「あれ、ユウナちゃんにネコちゃんじゃない」
「ミラさんどうしたんですか?」
「にゃふ?」
お互いに驚いているとノーラさんが話に入ってきました。
「ミラ、2人を知っているの?」
「あぁ、ノーラ。2人がこの街に来た時に、門番として対応したんだよ」
ミラさんは前職はギルド職員と言っていたので、2人は元同僚なのでしょう。くだけた口調で話をしています。
「そうなんだ。それでミラはどうしてここに?」
「問題を起こした男の引き取りだよ。それで当事者のノーラに聞き取りに来たんだけど、今は大丈夫かな?」
「それならちょうどいいわ。ユウナさんとネコさんも当事者だから」
「えっ、襲われた人ってユウナちゃんだったの」
「初めは私にちょっかいをかけてきたんだけど、途中からユウナさんに切り替えたのよ」
「大丈夫だった?」
「はい、ネコさんがかばってくれました。最終的にはラルフさんという方が助けてくれたんですが」
「えっ、ラルフって戻ってきたの?」
「ラルフさんとはお知り合いなのですか?」
「まぁ、ちょっとね。冒険者時代にパーティーを組んでいたことがあるんだ。それよりラルフに変な事されなかった。口説かれたりとか」
「口説かれたりはなかったですが、手の甲にキスされそうには…」
「あのバカは!!上流階級の礼儀か知らないけど誰彼かまわずに…」
「でっ、でも途中でネコさんが殴りかかって止めてくれたんですよ」
「おー、ネコちゃん偉いよ~」
「にゃふっと、にゃふっと」
ミラさんに褒められてネコさんは嬉しそうに万歳をしています。
「まぁ、元パーティーメンバーとして一応フォローしとくけど、ラルフには悪気はないんだよ。あいつはいいとこの生まれで、考え方が庶民とかとは違うんだ。顔はそこそこ良いし、レディファーストの精神や、キザッたらしい態度や言葉を誰彼かまわず使うから女性を勘違いさせることが多いんだけどね。まさか、ユウナちゃんラルフに惚れていないよね」
「感謝はしていますが、ラルフさんにそういった感情は持っていませんよ」
ラルフさんは王子様みたいで確かにかっこいいと思いましたが、異世界生活が始まったばかりでそういった感情は芽生える暇はありません。まぁ、私は彼氏いない歴=年齢ですし、恋愛への興味が疎いのです。
「ラルフさんに興味があるのはユウナさんじゃなくて、ミラじゃないの~」
おっ、ノーラさんがニヤニヤしながらミラさんをからかっています。
「勘違いしないでよね。あんな男タイプじゃないんだから」
おー、ツンデレです。本当にデレかはわかりませんけど。
「ごめんごめん。それより聞き取りはいいの?」
「あっ、そうだった。といっても、当事者の人たちに怪我が無いのかの確認だけなんだよ。シェラスさんにはさっき確認したから、ノーラとユウナちゃん、それとネコちゃん怪我は無い?」
「私は無いわ」
「私もありません」
「にゃふふ」
「はい、これで聞き取りは終了~。ご協力ありがとうございました」
「あの、ミラさん。大男はどうなりますか?」
「大男、えっと名前はザインっていうんだけど、怪我人がでてないから1週間くらいの拘留ってところかな。冒険者資格のはく奪もなさそうだね」
「そうですか…」
「ごめんなさいね、ユウナさん。冒険者は血気盛んな人が多いから、喧嘩程度の争いごとでは犯罪者とはならないんです」
「ユウナちゃん、もしトラブルに巻き込まれたら大声で助けを呼んでね。騎士は昼夜問わず街中を巡回しているからすぐに駆けつけるよ。あと、冒険者同士のイザコザでも騎士は積極的に介入できるからね」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「さてと、じゃあボクはこれからザインを搬送するけど、ユウナちゃんとネコちゃんはどうするの?」
「私たちは依頼書の確認をしてから、街で買い物をしようと思います」
「では、ロビーに戻りましょうか」
ノーラさんに連れられ4人でロビーに戻ります。すると今まさに連れ出されようとしている大男―ザインがいました。
「おう、嬢ちゃんに姉ちゃん、それに畜生。今日のことは忘れねぇぞ。あのラルフって野郎も含めて、いつか仕返ししてやるからな!!」
「なっ、自分勝手な行いの結果でしょうが。何を言っているのですか」
ザインの言葉にノーラさんが怒りますが、私は恐怖を覚えました。
「うっせー。面子の問題だ。覚えてやがれ」
「言いたいことがあるのなら、我々が話を聞きます。それでは、この男は責任を持って連れて行きます」
ミラさんと同僚の方がザインを連れて行きました。
本当に仕返しがあるのでしょうか?
「ユウナさん、ネコさん。ザインは拘留後もしばらくは騎士の監視下に置かれますので、大丈夫ですよ。その間、言動や行動に問題が見られれば即捕まりますので安心して下さい」
「にゃふっと、にゃふっと、にゃふっと」
ノーラさんが慰めてくれ、ネコさんはシャドーボクシングを開始しました。対ザイン戦を想定しているのかもしれません。騎士の人たちが監視してくれているのなら、ひとまず安心です。
「ノーラさん、お世話になりました。それでは、依頼書を見てから帰りますね」
「そうですか。何か質問があれば遠慮なくして下さい」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
「にゃふっと」
ノーラさんに挨拶をして、掲示板の前に移動します。
掲示板は各ランクごとに分けられていました。高ランクになるほど、貼られている依頼書が少なくなっているようです。各ランクの依頼書は『討伐クエスト』、『採取クエスト』、『雑用クエスト』、『その他』と分類分けされており、探しやすくなっています。
依頼書は、依頼ランク、分類、依頼、依頼主、詳細、期日、報酬といった様式の書類に手書きで書き込まれています。
私が必要なのは雑用クエストの依頼書です。Fランクの雑用クエストを見てみると、ざっと数えると40枚以上の依頼書が張り出されています。試しに1枚を手に取ってみます。
『ランク』Fランク。
『分類』雑用クエスト。
『依頼』食堂の清掃。
『依頼主』猫のしっぽ亭店主。
『詳細』猫のしっぽ亭の食堂のキッチンスペースおよびホールの清掃をお願いします。清掃の時間帯は食堂の営業終了後から翌朝の仕込み開始前までの間です。清掃は最長で3日以内までに完了させて下さい。依頼完了を翌日に持ち越す場合は、営業中に再度汚れた個所も清掃の対象となります。清掃道具は当店で用意しています。道具等の持ち込みは問題ありませんが、報酬の追加は行いませんのでお気を付け下さい。
『期日』発注期間は7の月の間。発注後は依頼開始日を含めて3日以内に完了とする。
『報酬』人数や清掃日数が増えても銀貨3枚。
なんと、適当にとった依頼書は私たちが泊まっている『猫のしっぽ亭』からの依頼でした。これは運命ですね。報酬は一律で銀貨3枚だから、3万円相当です。ホールの広さはわかりますが、キッチンはわかりません。でも、予想はつきますので私の考えている道具さえ揃えれば、ネコさんと2人なら1日で達成できると思います。念のために他の依頼書も見てみると、食堂の清掃の報酬は銀貨3程度で妥当な金額のようです。似たような清掃の依頼も20件ほどありました。さっそく受付のノーラさんに清掃の依頼発注の頻度を質問をしてみると、同じ店で2ヶ月から3ヶ月に1回ほど依頼が来るそうです。おまけに、冒険者には人気の無い依頼のため競争相手は少ないですよ、と教えてくれました。これでコンスタントなお掃除クエストの受注が可能とわかりました。
銀貨3枚のクエストを月15回ほど達成できれば、収入は銀貨45枚、つまり金貨4枚と銀貨5枚です。ネコさんとの2人の生活費が3から4枚程度なので生活が可能です。とりあえず生活の目途が立ったので一安心です。もちろんまだ働いてもいないので、取らぬ狸の皮算用とならないように頑張らなければなりませんが。あとは不測の事態に備えるべく、お掃除クエスト以外のクエストの受注も視野に入れておきましょう。
「ネコさんが教えてくれたお掃除クエストがありました。これなら私にもできますよ。ネコさんも手伝って下さいね」
「にゃふっと。ふにゃー」
ネコさんが私に任せろと言わんばかりに胸を叩きました。
「それでは予定通り、買い物に行きましょうか」
「にゃふー」
さて、今後の生活と明日からの仕事のための買い物に出発です。
次回はお買い物をして、依頼を受けます。