第2部 プロローグ
「ありがとうございました、女神長」
「いえ、これも私の仕事です。ですが、ユウナさんの件についてはどうするのですか?」
私の名前はリューネ。リューネリアという惑星の管理を任されている女神だ。今、私がいるのは友人のドワーフネコさんが建てたログハウスの中。そして目の前には、私の上司である女神長が立っている。
「何とか抜け道を考えて、ユウナを支援をするつもりです」
私の言葉に女神長が苦い表情を浮かべる。
「リューネ、貴女が慈悲深い女神だということわかっています。ですが、貴女が行おうとしている行為は女神という立場を逸脱しています」
「それは重々承知しています」
女神長は私のことを慈悲深いと称してくれたが、女神長こそ慈悲深い方だ。私の我儘とも言える行いを支援してくれているのだから。
「ですが、私にはユウナを救う義務があるのです」
「えぇ、ユウナさんは私たちが管理する世界の外から訪れた客人です。彼女に対して、貴女が管轄するリューネリアで生き抜く為の手助けをしなければなりません。ですが彼女に対しては、過剰とも言える才能や加護を与えています。私たちは世界を管理している立場上、一個人に対して贔屓することはあってはならないことですよ」
「…はい、そうです」
女神長の発言は正しく、私がユウナに対して贔屓をしていることは間違いのない事実だ。
「ユウナさんには戦う力を授けて、ネコさんたちというパートナーを紹介しました。そして眼鏡が破損した時には魔眼を与えました。ここまでは問題はなかったでしょう。ただ、貴女は彼女の求めに応えて【世界樹魔法の才能】すらも授けてしまいました。これは貴女の管轄するリューネリアのバランスを崩してしまう程の行為です。反論はありますか?」
「いえ…ありません」
本当は反論したいのだが、事実を突きつけられているので肯定せざるを得なかった。
「リューネ、貴方は聖女の件でナーバスになりすぎているのですよ」
「…わかっています。ですが、聖女…シズクの件は私の未熟さが招いた悲劇です」
聖女と呼ばれたシズクという少女のことを想うと胸が痛む。それは私の行いが発端となったのだから…。
「今後、貴女がユウナさんに対して干渉を行うことを女神長の名の下に禁じます。先ほど貴女が言った抜け道があろうとも一切許しません」
「なっ!?女神長!!」
あまりな女神長の言葉に声を荒げてしまう。
「以前、貴女には罰として私の書類仕事を任せましたね。書類仕事を処理する上で、他の女神が管轄する世界の実情を理解したでしょう?」
「それは…」
「リューネ。貴方がシズクさんに対して思うところがあることは理解しています。ですが、そもそもの過ちは貴女が【世界樹魔法の才能】を産み出し、シズクさんに与えたことです」
「うっ」
「そのことが切っ掛けとなり、ユウナさんを苦しめる結果となりました。管理者として貴女は異世界転移者に対して冷静に接することが必要です」
「ですが…ユウナについては私の行動のせいで瀕死の危機に陥っているのです。女神長、力を貸してくれませんか」
「それはできません。わかりますね」
私の懇願に女神長は首を横に振る。女神長の返答はわかっていたが、もう私はユウナの力になることができないという事実をあらためて突きつけられ、力が抜けてしまい床に膝をついた。
「女神長…」
「リューネ、貴女は私と一緒に神殿に戻りなさい」
「くっ」
「リューネ。私たちが管理するのは世界に住む人々ではなく、世界そのものです」
「…はい」
「世界を管理することで、間接的にそこに住まう生きとし生ける者たちの営みを護るのです。個々人に感情的な介入をしてはいけません。もちろん、転移者に対しても違いはありません」
女神長の言葉は、私たち管理者が持つべき心構えだ。もちろん理解はしているが、こと転移者についてわたしは冷静にはいられない。
「リューネ、シズクさんの出来事から貴女は転移者に過保護になっています。ですが、貴女に必要なことは転移者を、ユウナさんを信じることではないのでしょうか?」
「信じる…ですか?」
「貴女は先ほどユウナさんを信じて、ここから送り出したのではないですか?」
「そうですが…」
私は確かにユウナの決意を信じて送り出した。ただ、私は間違った判断をしたのではないかと悩んでいる。ユウナに恨まれてでもこのログハウスに残しておいた方が良かったのではと今は後悔しているのだ。
「仕方ありませんね」
女神長がため息をつく。
「リューネ、ユウナさんが確実に助かる方法はあります」
「えっ!?それはどんな方法なのですか!?」
女神長の突然な言葉に私はうろたえてしまった。
「今は貴女に教えることはできません。暴走して世界に干渉してしまうかもしれませんから」
「うっ」
「そして、ユウナさんは助かるための手段をすでに手にしています」
「手段を手にしている?」
私の質問に女神長が頷く。
「ただ、彼女一人ではそれを成し遂げることはできません。助けが必要です。その為に貴女は手を打ったのでしょう」
「それはネコさんたちとラルフたちのことですか?」
「そうです。ネコさんたちがユウナさんを心から助けたいと行動し、ユウナさん自身も諦めることをしなければ、必ず救われるでしょう。そして、それは彼女が望んでいるハッピーエンドとなるはずです」
「ハッピーエンド?本当ですか!?」
「えぇ、本当です」
女神長が真剣な表情で頷く。女神長は嘘をつくような人物ではない。彼女が本当というなら、それは確かなことなのだ。
「だから、貴女もユウナさんやネコさんたちを信じて待ちなさい」
「結局、私は待つことだけしかできないのですね」
「待つだけではありません。信じて待つのです。信じる心は力になります」
「信じる心は力になる…」
「貴女はシズクさんの件で心が弱くなっています。罪悪感の余り人の力を信じて、見守ることができなくなっているのです。それは管理者として好ましい状態ではありません。だから、ユウナさんたちを信じて見守りなさい。ユウナさんたちが困難に立ち向かうのと同じように、貴女も過去への哀しみに立ち向かうのです」
「私は…」
「リューネ、私は貴女が必ず哀しみを乗り越えると信じています。貴女はユウナさんたちを信じれますか?」
「…私は転移者たちにシズクの姿を投影していたのかもしれません。確かに過保護になりすぎていました。サクラの時のように、それが結果的に良い方向へ進んだことも確かにあります。ですが、ユウナについては最悪の事態を招きました」
ユウナには本当に申し訳ないと思っている。
「私がこのような状態では、今後の転移者もユウナと同じような目にあわしてしまうかもしれません」
そして私自身のことを情けないと思っている。
「私は…私は…」
このままではいけない。良いはずがないのだ。私はシズクとの思い出にちゃんと向き合いたい。友人であるネコさんたちともだ。そして助かったユウナとも。
「私はユウナを信じます。ユウナたちが困難を乗り越えると信じます」
「ふふ、リューネ。やっと昔の表情に戻りましたね。貴女が信じるのならユウナさんは必ず助かるでしょう」
「女神長」
「それでは神殿に戻り、ユウナさんたちを見守りましょう」
「はい」
「私は先に戻ります。貴女も気持ちが落ち着いたら戻ってきてください」
女神長の姿がかき消えた。先に管理者が住む神殿に戻ったのだ。一人になりログハウスの中を眺める。このログハウスにはネコさんたちとの思い出がある。シズクとの別れに心を痛めていた私の前にネコさんたちが現れてくれた。彼女たちと過ごすうちに心が癒されたと思っていたが、やはりシズクのことを引きずっていたのだと、あらためて痛感させられた。
「シズク、本当にすまなかった。君は功績をたたえられて聖女と祀られているが、生きていたらこの状況をどう思っているのだろう」
私の問いかけに応える者はもちろんいない。
「どうか天国からユウナを見守っていてくれ。ユウナが助かると願ってくれ。君と同じ転移者のユウナのことを…」
お読みいただきありがとうございました。




