第5話 ユウナとドワーフネコさんと街の孤児院(前編)
思わぬところで、『光の剣』の元メンバーの名前が出てきました。もちろん、ヨナさんの口から出てくる分には不思議ではありませんが、孤児院の院長ですか…。そういえば、異世界物では孤児院はよく出てきますね。
「えっと、孤児院の院長のマリアベルさんは『光の剣』の元パーティーメンバーですか?」
「そう。神聖魔法の使い手でパーティーの回復役だった」
「えっ、回復役ということは、治療院と関係が?」
「ちがう。マリアベルは治療院を設立した治癒魔法ギルドには所属していない。『世界樹』を崇める『世界樹教団』に所属している」
「『世界樹教団』?」
この世界では初めて聞く単語です。でも、世界樹とは世界を体現する巨大な樹などとして、漫画やゲームで度々出ているので聞いたことはあります。具体的には北欧神話で有名なユグドラシルが作中で出てくることが多いですね。しかし、世界樹はこの世界でも同じなのでしょうか?
「そう。ユウナは知らない?世界的な教団」
「えっと、私は田舎者でして」
「そう。私は説明が苦手。マリアベルかノーラに聞いてみればいい」
「そうですね。それではサンドウィッチを届ける前に冒険者ギルドのノーラさんを訪ねたいのですが、いいですか?」
「ノーラに世界樹教団のことを質問する?」
「それもありますが、治療院や治癒魔法ギルドについて教えてもらおうと思いまして…」
私が天使ネコさんを見ると、ヨナさんも視線を向けます。
「昨日の勧誘について?わかった」
ヨナさんの了承がもらえたので準備をして早速冒険者ギルドに向かいましょう。
▽▽▽
「ノーラさん、こんにちは」
「あら、ユウナさんたち、いらっしゃいませ。何か依頼を受けに来られましたか?」
「いえ、今回はノーラさんに教えてほしいことがあってきたのですが、大丈夫でしょうか?」
「はい、もうすぐ受付の交代時間なので少し待ってもらえますと大丈夫ですよ。個室を用意しましょうか?」
うーん、いつもいいタイミングですね。と言いますか、私が時間の区切りの前に冒険者ギルドを訪れていることが原因でしょうが。
「えっと、教えてほしいことはこの街の一般的な事に関してなのですが」
「それでは、待合スペースで待っていてください。そこで質問に答えますね」
「はい、お願いします。あっ、ネコさんの新しいお姉さんが合流したのですが、ノーラさんとシェラスさんへの挨拶がまだでした」
「そちらの兜をかぶったネコさんですね」
「はい、ドワーフネコさんといいます」
「にゃぷにゃぷ」
「こんにちは。ギルド職員のノーラといいます」
「はじめまして。同じくギルド職員のシェラスです」
ノーラさんと隣の受付に座っている男性エルフのシェラスさんに見えるようにドワーフネコさんを抱っこします。ノーラさんたちへのネコさん姉妹の顔見せはもう恒例イベントですね。挨拶を済ませて待合スペースで待っていると、ほどなくしてノーラさんが来てくれました。
「お待たせしました。早速ですが、質問とはどのような内容ですか?」
「えっと、治療院についてです」
「…治療院ですか…。何かトラブルでも?」
あれ?何やらノーラさんの表情が一瞬険しくなったような気がします。
「ノーラさん、治療院とは何かあるのですか?」
「いっいえ、何でもありませんよ!?それよりユウナさんこそ、どうされたのですか?」
ノーラさんはどうしたのでしょうか?でも、全力で否定されたのでツッコミにくいですね。
「街で天使ネコさんが子供の怪我を治療したら、それを見ていた治療院の人に勧誘を受けました」
「ユウナが勧誘を断ったら一瞬殺気を放たれた。逆に言えば一瞬で殺気を抑えることができる人物。危険かもしれないから、ユウナたちは治療院について知っておくべき」
「…そのようなことがあったのですか。わかりました。それでは説明させてもらいますが、治療院についてどこまで知っていますか?」
ノーラさんにヨナさんから教えてもらったことと、二コラさんからもらったパンフレットの内容を伝えます。
「勧誘を受けたのは二コラという人ですか…。そうですね、治療院については今ユウナさんが知っている内容で問題ないと思いますよ。ただ、治療院ができるに至った経緯を知っていたほうが治療院の性格がわかるかもしれませんね」
「治療院の性格…ですか?」
「そうです。まずは治癒魔法ギルドについての説明からですね。治療院を設立した治癒魔法ギルドですが、私たち冒険者ギルドが冒険者を支援することを目的に活動しているように、治癒魔法ギルドも治癒魔法使いを支援することを目的として活動しています」
「一般的なギルドと同じと考えていいのですね」
「組織としての活動理念はそうだといえます。ただ、治癒魔法ギルドの設立の経緯が他のギルドと違うのです」
設立の経緯?
「それは世界樹教団という組織から分裂してできたギルドということです」
「えっ?世界樹教団ですか?」
マリアベルさんが所属しているという組織の名前が出てきたので驚いてしまいました。
「ユウナさんは世界樹教団を知っていますか?」
「いえ、名前だけです。実は世界樹教団のこともノーラさんに質問しようと思っていたのです」
「それはちょうどよかったですね。世界樹教団とはこの世界の分身である世界樹を、そしてその世界樹を管理する女神リューネを崇める集団です」
「女神リューネ…」
私がこの世界に来るきっかけで、ネコさんたちの友人である女神さまのことでしょうか?ネコさんたちに視線を向けると、私の意図をくみ取ってくれたみたいで全員が頷いています。女神さまの名前はリューネさんだったのですね。
「はい、そうです。女神リューネは生命と慈悲を司る女神のため治癒魔法を使える魔法使いが特に崇拝しており、遠い昔に世界樹教団を設立したと言われています。世界樹教団に入信する人たちは信徒と呼ばれ、入信の条件は教団の教えに共感しているかどうかなので治癒魔法使いであるかどうかは関係しません。慈悲の心の下に治癒魔法を使い、献身的に困っている人々を助ける姿勢によって世界樹教団は支持を得て、世界各地へと広がりました。ですが、大きな問題が発生しました」
「大きな問題の発生ですか?」
「はい、それは私たち冒険者ギルドの設立です。冒険者が行う活動の中で魔物の討伐はご存知の通りにハイリスクハイリターンですね。魔物を倒して素材や魔石を売ることを生業とする冒険者は昔から存在しましたが、生還率の低さや素材売買でのトラブルなどが目立ち荒くれ者が就く職業と考えられていました。ですが、冒険者が持ち帰る素材や魔石の有益性、危険な魔物を討伐することで得られる安全性は決して無視できるものではありません。そのため自治体や国が冒険者の安全や生活基盤を整えるための冒険者ギルドを設立したのです。これによって、冒険者の生命や生活基盤が守られ、社会的評価が高まりました」
「にゃふっと」
「社会的に認められた職業になったことで、冒険者になる人は増えました。その中には冒険をする上で非常に役立つ魔法を持つ治癒魔法使いも多くいたのです」
「えっと、それは世界樹教団の信徒が冒険者へとなったということでしょうか?」
「そうです。献身的な行いをする信徒は華美な生活とは無縁でした。しかし、冒険者になることでそれまででは考えられない富と名声を得ることができるようになることがわかったため、脱退する信徒が続出したと言われています。もちろん、今まで通りに信徒として残った者や、冒険者となって得た金品を世界樹教団の活動費として寄付する者などが大半らしいのですが。ただ、冒険者ギルドの設立で信徒が減ったことや治癒魔法使いの入信者が減ったことは事実です」
「えっと、それでは世界樹教団と冒険者ギルドは争うようになったのですか?」
「いえ、そうはならなかったのです。先ほど言ったように女神リューネは生命と慈悲を司ります。信徒たちも治癒魔法使いが冒険者となることで冒険者の生存率が上がり、また冒険者として活躍することで人々の安全が高まることは良いことと考えたそうです」
「えっと、それでは大きな問題の発生とは何なのでしょうか?」
「にゃきゅ~?」
「実は冒険者ギルドとの争いこそなかったのですが、世界樹教団内での争いが発生したのです」
「教団内での争いですか?」
「いわゆる、穏健派と急進派の派閥ができたのです。穏健派はもちろん冒険者ギルドを認める派閥。急進派は治癒魔法使いを世界樹教団へ入信してもらい信徒として活動することを強く求める派閥です」
「急進派の敵対対象が冒険者ギルドとならなかったのはなぜなのでしょうか?」
「急進派といえど女神リューネの信徒であることには変わりません。治癒魔法使いが冒険者となることで多くの人々が利益を得ていることの事実に目をつぶることはできなかったのです。ただ、その利益をもたらしたのが世界樹教団ではなくて冒険者ギルド主導ということに危機感を感じたそうですね」
「つまり『治癒魔法使いの成果』イコール『世界樹教団の成果』という図式を求めたのですね?」
「そうなのです。また、冒険者ギルドは基本的に報酬を求めて行動を行います。依頼が困難であればあるほど依頼主は困っているのに報酬は吊り上がることが、女神リューネの慈悲という観点から受け入れがたい信徒も多くいたのでしょう」
「だから、治癒魔法使いが冒険者にならなくても済むように世界樹教団から袂を分けた急進派が治癒魔法ギルドを設立して治癒魔法使いを支援しようとしたということですか」
「えぇ。ただ、治癒魔法ギルドは世界樹教団から分裂して設立されたとは言え、世界樹と女神リューネを信仰する想いは同じです。冒険者ギルドほどではないにしても治癒魔法ギルドで活動する治癒魔法使いが金銭を得る仕組みを作り、治癒魔法ギルドも手数料で得た資金の一部を世界樹教団へ寄付するという形で支援者としての立場を残しています。治癒魔法ギルドの活動によって治癒魔法使い離れの軽減に成功したそうです。もちろん、冒険者ギルドもそのような状況を作ってしまったことに対して反省しており、治癒魔法ギルドとの協定や世界樹教団への寄付などを行っています。ここまでは大丈夫ですか?」
「はい、理解できましたが…」
「にゃふっと!!…にゃふ、にゃふにゃー、にゃふふ?」
私に続いてネコさんも万歳をして理解したことを伝えたのですが、その後に疑問の鳴き声を上げています。
「えっと、ネコさん。もしかして今までの説明では治療院を作る必要性がないことに対して疑問があるのですか?」
「にゃふっと」
おっと、ネコさんが頷いてくれたので私と同じ疑問を持っていたことがわかります。
「ネコさんの疑問はごもっともです。確かに治癒魔法ギルドも順調に組織拡大を達成していったのですが、その力が及びにくい場所があります。それは冒険者の街…つまりカーヤの街ですね。冒険者の街はダンジョンで一攫千金を夢見る冒険者やその冒険者を相手に商売をしようとする者などが発展させてきた街なので、街や住民の気風が世界樹教団の教えと違うのです。ただ冒険者が多く滞在する街ということは、比例して冒険者となった治癒魔法使いの数も多くなりますから治癒魔法ギルドとしても無視はできません。そのような状況下の中で、世界樹教団の中の急進派が作った治癒魔法使いギルドの中にさらなる急進派が生まれることとなったのです」
「それが治療院ですか」
「そうです。結果的に現在も冒険者の街のギルドが治癒魔法使いを囲い込んでいる形になっており治癒魔法ギルドの活動の妨げになっています。ですから、治療院を設立して街単位での治癒魔法使いの管理を行うとしているわけです。治療院は世界樹や女神リューネに対する信仰心を高めていながら、それを妨げる要因に対しての対応が強攻になってきています」
「あの、二コラさんは回復アイテムのように使われ搾取されている治癒魔法使いの保護と地位向上を目的に活動しているとも言っていたのですが」
「えぇ、冒険者ギルド職員として認めたくはありませんがそういった事実もあります。パーティーで怪我人がでるともちろん回復魔法を使います。結果、怪我は治りますが回復役の魔力は減ってしまいます。冒険中はその繰り返しになりますから最終的には回復役の魔力が枯渇して魔法が使えなくなることも多々あります。そうすれば、回復役はパーティーの荷物になってしまいますから、荷物持ちにされたりひどい仲間だと囮にされたりすることがあるそうです」
「ひどいですね。そもそも怪我をした人を癒した結果なのに」
「そうです。もちろん、あくまで一部の冒険者での行いではありますが、治癒魔法ギルドや治療院としては看過できない事実です。だから、治療院の勧誘や宣伝にはそいうったことをうたい文句にしているのでしょう」
信仰心に金銭、他組織との軋轢、治癒魔法使いの境遇など多くのものが絡み合った結果として治療院が発足したわけですか。
「えっと、今までの話をまとめると世界樹教団の教えを広めるという目的を達成するために治癒魔法使いの団結という手段を用いていたはずが、今では治癒魔法使いの団結そのものが目的になっているように感じます。それが治療院の性格なのでしょうか?」
「その通りです。天使ネコさんが治療院に所属するならそれはそれでいいと思います。手厚い保護を受けることができるでしょうから。ですが、所属しないというのであれば、関係は持たないほうがいいでしょう。どのような手段で勧誘を受けるか、また管理をされようとするかわかりませんからね」
▽▽▽
「うーん、面倒なことになりそうですね」
「組織は面倒。少人数のほうが身軽でいい。…そろそろ到着する」
私たちは冒険者ギルドを後にして、雑談をしながらマリアベルさんの孤児院へ向かっているところです。
「ここがマリアベルの孤児院」
冒険者ギルドを後にして、マリアベルさんが院長をしている孤児院に到着しました。孤児院と聞いて学校のような大きな建物か教会をイメージしていたのですが、意外にも庭のある一軒家でした。桜さんが残してくれた家の方が敷地、建物ともに大きいですね。
「あれっ?お姉ちゃんだ」
「ねこちゃんだにゃ」
「昨日はありがとうございました」
「あなたたちは昨日の」
声を掛けてきたのは転んで怪我をしていた猫の獣人の女の子と犬とドラゴン?の獣人の2人です。庭で遊んでいたようで駆け寄ってきました。
「ねこちゃんたちあそびにきたのかにゃ?」
「クーちゃん、それはないよ」
「先生に会いにきたのですか?」
「えっと、先生というのは院長のことですか?」
「マリアベルせんせいはせいんせいだにゃ」
「クーちゃん、それではわかりませんよ。すみません、先生とはマリアベル院長です。私たちは孤児でここで暮らしているのですが、マリアベル院長が勉強を教えてくれているので先生と呼んでいます」
やはり、この子たちは孤児院でお世話になっている子供のですね。ちなみに説明してくれたのはドラゴンの女の子で、外見は小学校の5年生くらいに見えますが、受け答えがしっかりしていますね。私より落ち着いているでは…。
「なるほど。ありがとうございます」
「ヨナはマリアベルの友達。珍しいものがあるので届けに来た」
「じゃあ、先生をよんでくるよ」
犬の女の子が建物の方へ元気に走っていくと、猫とドラゴンの女の子もついていきました。3人は本当に仲良しなんですね。ほどなくすると、3人に手を引っ張られながら、女性が出てきました。
「マリアベル、久しぶり」
「ヨナさん、お久しぶりです」
ヨナさんが声を掛けると女性が返答しました。この女性がマリアベルさんですか。
「そちらの方たちはヨナさんの友人ですか?」
「そう。ユウナにネコさんにエルフネコさんに天使ネコさんにドワーフネコさん」
「はじめまして。私はこの孤児院で院長をしているマリアベルと申します」
「はじめまして。ユウナといいます」
「にゃふっと」「にゃむっと」「にゃきゅっと」「にゃぷっと」
マリアベルさんは私たち全員に微笑みながら丁寧にお辞儀してくれました。マリアベルさんは金髪碧眼の笑顔が素敵な美女で修道服を着ています。年齢はミラさんと同じか少し上くらいの20代前半でしょうか。腰まで伸ばしたストレートのロングヘアと丁寧な物腰と相まって、物語に出てくるお姫様のようです。うーん、『光の剣』の元メンバーは美男美女と美少女で構成されていますね。
「ユウナはラルフとミラとも友達。ゴレットとは敵対している」
「まぁ、ラルフさんたちとも。でも、ゴレットさんと敵対しているとは穏やかではないですね」
「いっ、いえ、敵対なんてしていませんよ」
「そう?ゴレットがユウナの仕事を奪ったって聞いた」
「そうなのですか?それは今度ゴレットさんに会ったらお仕置きをしないといけませんね、ふっふっふっ」
マリアベルさんが笑顔のまま物騒なことを言っています。あっ、よく見ると3人の女の子たちがおびえています。えっと、マリアベルさんって厳しい方なのでしょうか?
「いえ、その、ゴレットさんの職務上の対応のためですから仕方のないことです。それに私とネコさんが街で襲われたときに助けてもらいましたから、本当に敵対はしていませんから」
「そうですか。ふぅ、ユウナさんがそこまでおっしゃるのでは仕方ありませんね」
マリアベルさんは納得してくれたようです。ただ小声で「残念です」と聞こえたのですが…空耳でしょう。空耳ということにしておきましょう。
「それでは立ち話もなんですから、孤児院の中に行きましょう」
「だったら、食堂に行く。ユウナの手料理を持ってきた。すごく美味しい」
「ほんとかにゃ」
「おいしいご飯もらえるの?」
「ちょっと、ヨナさんは先生にご飯を持ってきてくれたんですよ」
「大丈夫。いっぱいあるから3人も食べるといい」
「やったにゃー」
「はいはい。貴女たち、お客様の前で騒ぎすぎですよ。ユウナさん、子供たちが失礼しました」
「いえ、気にしないでください。お昼の余り物ですみませんが、よかったら皆さんで食べてください。ただ、美味しいかどうかは何とも言えませんが」
「ユウナ、謙遜しすぎ。本当にユウナのマヨネーズはすごく美味しい」
「にゃぷっと」
ヨナさんの言葉にドワーフネコさんたちもうなずいてくれます。美味しいと言ってくれるのは嬉しいのですが、マヨネーズは私が考えたわけではないので少し心ぐるしいですね。うーん、でも、喜んでくれているのですから気にしないことにしましょう。
「それではこちらへどうぞ」
マリアベルさんに案内されて私たちは孤児院の中に入ることになりました。




