ユウナとネコさんと初めての街
H30.9.27修正。タイトルを【ユウナとネコさんの初めての街】から【ユウナとネコさんと初めての街】に変更。ストーリー的に変化なし。
女神様の友人の名前はネコさんに決定しました。いえ、決定してしまいました。はぁ、えっと、気を取り直しましょう。言葉の壁は大きいですが、先程までのやり取りからネコさんとの関係は上手くいきそうだという感触を得ることが出来ました。
「さぁ、ここからネコさんの助けを借りて私の異世界での生活が始まります!!」
「にゃふっと!!」
と、言葉に出して意気込んでみましたが、生活以前に重要なことがあります。それは私たちが、無事に村か街にたどり着けるかどうかです。私が異世界転移して目覚めた場所は小高い丘です。草木と岩があるくらいで見晴らしが良く、周辺には私たち以外に生き物がいないことが一目でわかります。そのため、ネコさんと落ち着いて話をすることが可能でした。しかし、ここから移動するとなるとどうでしょうか。女神様の説明では、この世界には魔物が存在して、命の危険があるそうです。私は普通の女子高生なので、物語の主人公のようにサバイバル経験があったり、実は武術の達人などといった設定はありません。魔物が仮に地球の野犬程度の強さだったとしても倒すことは論外で、走って逃げることすら難しいでしょう。私にとって、異世界の魔物と対峙するなんて命がいくつあっても足りないはずです。今まで異世界をフィクションとして楽しんでいた私にとっては、魔物とは物語を彩る記号のような存在でした。しかし、実際に異世界へと来たことで、まだ出会ってすらいない魔物たちが脳内ではすでに危険動物として置き換えられています。
「ネコさん、私はこれから街に行きたいのですが、近くにありませんか?」
実際にはこのまま行動もせずに立ち尽くすだけでは、何も解決しません。1人で考えていても答えは出そうもないので、まずはネコさんに相談です。
「にゃふっと、にゃふ~にゃふ~」
さっきまで私の隣に座っていたネコさんが立ち上がり、右手で指し示します。その方向にはうっすらとですが道が見えますね。道は途中にある山を迂回するように伸びているので先まで見通すことができませんが、街に続いているのでしょう。
「ネコさんはその街へ行ったことがありますか?」
「にゃふふ」
首を横に振ります。
「それは残念ですが、街の場所がわかっただけでも十分です」
ネコさんの頭を撫でながら、考えをまとめます。今は午前か午後かわかりませんが日中です。夜になると危険度は増えるはずですから早く行動をした方がいいでしょう。ネコさんのおかげで進む道がわかりましたが、考えなしに出発をするのは危険です。まずは自分たちについての現状確認をしたほうが良いと思うので、まずは自分について確認します。
今着ている服装は、高校の制服である夏用のセーラー服です。上着は白を基調としたシャツで胸元には赤色のリボン、スカートは紺色で薄手の黒タイツに、ローファーを履いています。ポケットを確認すると、スマートフォンがありました。そういえば【世界の歪み】によって私は瀕死の重体になりましたが、服や持ち物の破損は見られませんし、スマホも圏外ですが起動します。もともと破損していなかったのか、それとも地球か異世界の女神様が直してくれたのでしょうか?あっ、怪我について確認しましたが、傷痕まで気が回っていませんでした。さすがに服を脱ぐわけにはいかないので、体は服の隙間から確認できるところを見て、顔はスマホのミラー機能で確認します。
スマホには、母親譲りの少したれ目で優しげな顔が映ります。顔に傷痕はなく、愛用の大きな黒縁メガネも無事でした。また、友達に『グラビアモデルみたいでセクシーだね』とからかわれる体も相変わらずです。目立つことが嫌いな性格なので、大きな胸には悩まされていますが…。腰まで伸ばした黒髪を右側寄せの緩めの三つ編みにして胸元に垂らしいるのは、少しでも胸が隠れたらというささやかな抵抗からです。…効果は薄いですけど。…体の傷痕ではなく、心の傷痕の確認みたいになってしまいました。
次は持ち物です。私は下校途中に両親の墓参りに行き、異世界転移をすることになりました。女神様は身につけていた財布やスマホの他に手元にあった通学用のリュックサックと、スポーツバッグも一緒に転移してくれたようです。さっそく中身を確認します。まずはリュックサックに入れていた財布の中身です。学校用の財布のため、普段は現金2、000円とカードタイプの学生証だけを入れています。しかしそれらは無くなっていて、変わりに身覚えの無い硬貨が入っていました。金銀銅の硬貨がそれぞれ数枚ずつ入っています。それと学生証ではないカードがあります。
「このカードは何でしょうか?」
カードには見た事の無い文字の書かれています。文字を意識してカードを見ると、ギルドカード【仮】とユウナ・イチノセと書いてあることが理解出来ました。多分、【言語理解の才能】によって理解できたのでしょう。これらのカードと硬貨は女神様が用意してくれたもので、硬貨はこの世界のお金で間違いないはずですよね。ただ、ギルドカードに私の名前が書かれているのはどういうことでしょうか?単純に考えると、私がどこかのギルドに所属している証と思うのですが。
「ネコさん、このギルドカードとは何でしょうか?」
「にゃふにゃふ、にゃ~」
しゃがんでギルドカードを見せると、ネコさんは私の財布をポムポムと叩きます。
「財布に何かあるのですか?」
「にゃふっと」
ネコさんの指示に従って財布を見ると、ギルドカードが入っていたスペースに紙片が残っていました。先ほどは無かったはずなのですが?紙片を開くと、この世界の文字が並んでいますが、先ほどと同じく日本語に翻訳されました。
『ユウナ、異世界転移お疲れ様。もう、私の友人と仲良くなれているかな?財布にはこの世界のお金を入れてある。この世界で1ヶ月は暮らしていける額だ。あとギルドカードについては、身分証明証として扱われる大切なものだ。つまり君はすでに、この世界の住人としての身分を手に入れているので安心してくれ。この世界の住人には異世界転移のことは説明せずに、辺境から来たという設定でいいだろう。ギルドカードには、住所や出自などの細かい設定は反映されないからな。私も思わず虜になる君の美しい顔と魅力的な身体、そして地球の持ち物などに注目を浴びるかもしれないが、気にせず自分のしたいようにすればいい。ギルドカードには他にもいろいろな機能があるが、それは君が異世界生活を行うなかで調べてほしい。その調べるという過程が君のためにあるはずだからだ。ちなみに君も気になっているだろう【仮】の表記はギルドに所属していないということを意味している。所属ギルドが増えていくと【冒・商・魔】などのように所属ギルドの表示項目が増えていくぞ。ギルドに所属していない子供や引退した人、またギルドとして登録されていない職業に就いている人は【仮】という注記が付くのだ。つまり君はギルドという括りでは無所属と言う立場になっている』
紙片には、私が気になっている点について女神様が説明を書いてくれていました。【仮】についてもわかりました。ただ、美しいなどのお世辞は無視します。えぇ、無視しますよ。
『さて最後に、ギルドに所属していない人物もギルドカードを身分証明書として使っている理由を教えておこう。この世界には冒険者ギルド、商業者ギルド、魔術師ギルドなどの様々な職業組合がある。それらギルドがギルド間での依頼を円滑に行うために身分や実力、依頼達成度などを明確に示すことができる証明書を作った―それがギルドカードだ。その機能や発行数に目を付けた各国の行政機関が、一般的な身分証として活用したいと友好関係を超えて協定を結び、ギルドへ提案した。ギルドにとっても有益な提案だったため、程なくしてギルドカードは一般的な身分証明証としての機能を得るに至ったのだ。そのような成り立ちとギルドへの配慮から、カードの名前はギルドカードという表記のままになっている。ユウナも今後の安定した生活を確立するために、何らかのギルドに所属することをお勧めするよ。ぜひ頑張ってくれ』
今後の予定は現時点では決めかねますが、金銭的な1ヶ月の猶予期間中に何らかのギルドに所属する必要がありますね。
『PS.【言語理解の加護】が友人―君が命名したネコさんとの会話に発揮されず申し訳なかった。君の推理の通りに私がネコさんと普通に話せていたので、【言語理解の加護】が適用されないとは思いもしなかったのだ。私はネコさんを信じているが、もし君が会話ができない状況に不便を感じているのなら、私が責任を持って、ユウナは私が助ける!!女神の地位も手放そう。私とネコさんたち姉妹がいれば、ユウナの異世界生活は安泰だ。これからの生活を表現するなら、『ユウナと女神とネコさんたちの異世界生活』だな。私がいれば、ユウナが日本を思い出し寂しく眠る暇も与えないよ、ふっふっふ。さて今すぐ私は上司に世界の管理者としての辞表を提出し行こう。なっ、なんだ貴様ら!!邪魔をするな!!私はユウナとの生活をっ…きっ、貴様ら!!なぜ最上級封印魔…わっ、私は必ず帰ってくるぞー!!』
なんでしょうか?PS.以降の急展開は…。とりあえずネコさんと会話が出来ないことについては、女神様のうっかりだったという推理は正解だったようです。しかし、それ以降の文章については…無視しましょう。女神様が封印された?のに手紙がなぜここに届いているのだとか、いろいろとツッコミどころはあるのですが…スルーです。ネコさんも興味深そうに手紙をのぞき込んでいましたが、文字がわからないので女神様の現在の状況を理解していませんね。伝えるべきでしょうか?うーん、やめときましょう。
「えっと、持ち物の確認を再開しましょうか?」
「にゃふっと」
リュックサックには文房具や教科書にノートなどの勉強に関する持ち物があります。また私は家庭科部に所属しているので常備している裁縫道具、料理や裁縫の本、それに内容量が減ってきたので家で補充しようと持ち帰えっていた私物の調味料が入っていました。スポーツバッグには体育の授業があったのでジャージとスニーカーに着替えやタオル、スポーツドリンク、それと前日に試しに作ってみたエナジーバーなどがあります。これらは体育の先生の急病により授業変更になったので全て手つかずです。他にもこまごました物がありますがここでは割愛します。まずは移動のことを考えてローファーからスニーカーに履き替えておきましょう。
「それにしてもエナジーバーとスポーツドリンクが残っていたのは幸運でした。ネコさんと食べても2日分くらいありそうです」
しかし自転車通学のため、登下校の時は荷物の重さは気にならなかったのですが、徒歩だとなかなかの量です。自転車は流石に転移されてないみたいです。どうしましょうか?悩んでいるとネコさんが私の持ち物を興味深そうに覗き込んだり、ポムポムと肉球で叩いたりしています。そういえば、異世界転移ものでは地球の物が珍しいので高値で買い取ってもらえるエピソードがあります。今後のためを考えるととりあえず全部持って行き、体力的に不安を感じたら重要度の低い物を捨てるようにしましょう。私の確認については以上で、続いてネコさんの確認です。
「ネコさん、これから私たちは街に向かって移動しますが、危険が伴うと思います。ネコさんの力や能力を教えてほしいのです」
私の言葉ににゃふにゃふ、と頷き、最後に「にゃふ~」と叫びました。すると、ネコさんの指の先に3センチくらいの光る爪が現れました。その爪で近くにあった岩を引っ掻くと爪の長さだけえぐれています。女神様が紹介してくれるだけあって、ネコさんはやっぱり強いのでしょう。
「ネコさん凄いです!!」
ネコさんの爪の威力に賞賛するとネコさんは力こぶを作る仕草をしました。しかし、モフモフの銀色の毛に覆われているので力こぶは全く見えません。
「そういえばネコさんはここに来るまでに魔物に遭いましたか?」
私は転移していきなりここに出現しましたが、ネコさんは移動してきたはずです。
「にゃふっと。にゃふっ、にゃふっ、にゃふー!!」
うなずいた後、シャドーボクシングをするかのように左右の引っ掻きの後、止めの右ストレートを放ちました。どうやら、魔物に遭遇したが返り討ちにしたようです。そしてこの周辺には間違いなく魔物がいるということもわかりました。ですが、先ほどネコさんが残した文字通りの爪痕を見ると、大丈夫だと励まされているように感じます。
私はしゃがみ、ネコさんと視線を合わせます。
「ネコさん、私は全然戦う力がありません。だから、私のことを守ってくれますか?」
「にゃふっと!!」
ネコさんは力強く返事をしてくれた後、私に手を伸ばしました。私はネコさんの手を握ります。モフモフでプニプニなネコさんの手を握っているとなんだか落ち着いてきました。
「お願いしますね。じゃあ、街へ出発しましょう!!私とネコさんの初ミッションです!!」
私独りなら踏み出すことをためらい躊躇した一歩を、ネコさんと一緒に踏み出しました。街を目指す旅路はつらく困難な道のりになることでしょう。命の危険にさらされるかもしれません。街への道のりが長く1日や2日ではたどり着くことができないのかもしれません。しかし、私はネコさんとなら乗り切ることができると信じています。
「にゃふ?」
ネコさんが手をつないでいない方の手を岩陰へと伸ばしています。
「どうしました、ネコさん?」
岩陰へと視線を向けると、私の自転車が倒れていました。
▽▽▽
結論から言うと、魔物に襲われることもなく2時間ほどで無事に街の近くまで着きました。あの決意は何だったのでしょうか?自分では気づかなかったのですが、異世界への転移という非現実的な事態にテンションがハイになっていたのかもしれません。
自転車は通学以外にスーパーでの買い物にも使うので荷台にカゴを付けています。後ろのカゴに荷物を、前のカゴにネコさんを乗せて出発しました。パンクの心配があったので丘から街道に着くまでは自転車は押して歩いたので時間はかかりました。しかし、街道にたどり着くと意外と綺麗に舗装されていたので普通に自転車に乗って進めたのです。ネコさんは自転車を気に入ったのか、にゃふにゃふと楽しそうにしていました。山に隠れて見えなかった道の先に到着すると、そこから道は一直線に伸びていて、3~4キロメートルくらい先に街が見えています。その光景を見た時には、自転車を見つけるまで命がけのミッションだと思っていた自分を思い出し情けなくなったものです。結果論的な意見かもしれませんが、女神様が力の無い私を街や村から遠い場所に転移させることはありませんよね…。
街に近づくにつれて、まばらにですが人とすれ違うようになりました。向こうからは好奇心や疑わし気な視線を投げかけられますが、話しかけられたり喧嘩を売られたりなどはしていません。セーラー服の学生が自転車に乗っているという日本なら当たり前な光景も、異世界人には奇妙に映ることでしょう。とりあえず、自転車から降りて押して歩いています。自転車をちょっと変わった台車くらいに思ってくれないでしょうか?…無理でしょうね。
「それにしても本当に異世界なのですね」
「にゃふ?」
すれ違う人を観察していましたが、何らかの武器や防具を身につけている人がほとんどでした。身につけていない人は護衛らしき人がいたり、馬車に乗っている富裕層や商人風の人たちです。やはり、素手で出歩くのは危険なのでしょう。私たちがたどり着いたのは周囲を壁に囲まれている規模の大きそうな街です。門には門番が立って出入管理を行っているようで、街に入る人にギルドカードの提示を求めているのが遠目にもわかりました。
「あっ、そういえば」
女神様の説明で私はこの世界で身分が保証されているのがわかりました。しかし、ネコさんの世界での立ち位置がわかっていません。すれ違った人たちはネコさんを見て、特別な対応を取らなかったので危険な生物や魔物だと言う評価は下されなかったと思います。しかし、街を守る門番がどういう対応をするのかわかりません。
「ネコさんが安全にこの街に入るにはどうしたらいいのでしょうか?」
自転車のカゴの中で、料理の本を興味深げに見ているネコさんに問いかけました。この街に到着できたのも、ネコさんがこの場所を知っていたおかげです。博識なネコさんには積極的に相談した方がいいでしょう。
「にゃふっと」
私の問いかけにネコさんは一鳴きすると、自転車のカゴから器用に飛び降りて門に向ってトテトテと走っていきます。
「あっ!!ネコさん、待ってください!!」
女神様が私が街中で暮らしていくために紹介してくれた友人がネコさんです。門番が魔物などに対する行動こそ取らないにしても、ネコさんについて何らかの説明が求められるかもしれません。私はアドリブでネコさんのことを説明をするができる自信がないのです。ネコさんとのやり取りで門番がこちらに注目したようで、1人がこちらの方へ歩いてきました。
「ネコさん!!」
私の再度の呼びかけにネコさんは止まってくれましたが、門番は近づいてきて声をかけてきました。
「私はこのカーヤの街の騎士のミラと言います。どうなされましたか?」
私が門番と思っていた女性は騎士だったようです。その騎士―ミラさんは鎧に身を固めて槍を持っています。
「えっと、私たちは村か街を探していて、たどり着いたのがこの街で…。その何と言いますか…」
もともとコミュニケーション能力の低い私は、突然ミラさんに質問されるという状況にしどろもどろになってしまいました。
「お嬢さん?」
私が言いよどんでいると、ミラさんが疑いというより心配そうな目を向けてきます。
「にゃふっと」
私が返答に窮していると、ネコさんが私とミラさんの間に立ちました。そして右手を掲げると、手にはスマホくらいの大きさのカードが現れました。
「拝見します」
ミラさんがネコさんのカードを受け取り内容確認をしているようです。しばらくすると、ミラさんが口を開きました。
「ネコさんですね。ギルドカードをお返しします」
「ネコさん、ギルドカードを持っていたのですか!?」
私が驚いていると、ネコさんが嬉しそうにカードを見せてくれました。ギルドカードをには『ネコ』と書いています。私がつけた名前が採用されています。リアルタイムで修正されたということですね。ただ、『ネコさん』の『さん』は敬称としてはじかれたのでしょうか?
「そちらのお嬢さんもカードの提示をお願い致します」
次にミラさんは、私に提示を求めます。
「あっ、お願いします」
私は財布から女神様が用意してくれたギルドカードを出して、ミラさんに渡します。
「拝見します。…ユウナ・イチノセさんですね。ギルドカードをお返しします」
カードを返した後、私たちに向かって頭を下げました。
「ネコさん、ユウナさん、カーヤの街へようこそ」
私たちは、笑顔のミラさんに先導されてカーヤの街へと歩みを進めました。