第5話 ユウナと天使ネコさんと幽霊屋敷(前編)
私たちはルゥちゃんを見送った後に冒険者ギルドを尋ねました。扉を開けて冒険者ギルドに入ると、受付のノーラさんが血相を変えて受付カウンターから飛び出してきます。
「ユウナさん、大丈夫でしたか!?」
「大丈夫ですよ。ノーラさん」
「それなら、本当に良かった。てっ、えっ、ユウナさんですよね。ネコさんとエルフネコさんがいますし」
「?はい、私はユウナですよ」
慌てていたノーラさんが何故かまじまじと私の顔を見つめます。さっき私を見てユウナさんって言ったのに、なぜ確認するのでしょうか?
「ユウナさんって凄い美少女だったのですね。あっ、もちろん可愛い方とは思っていましたが、その素顔は反則…」
「あの、どうしましたか、ノーラさん?」
ノーラさんなにやらブツブツとつぶやいています。どうしたのでしょうか?
「あっ、すみません、あまりにも可愛くて、じゃなかった。えー、今回のザインの件は冒険者による犯罪があったと報告があり、被害者であるユウナさんの安否確認については聞いていましたが、実際に無事な姿を見て安心しました。あれっ?そういえば、ザインに顔を殴られたという報告がありましたが怪我は無さそうですね」
「顔にあざが出来ていましたが、ネコさんのお姉さんの天使ネコさんに治してもらいました」
私はノーラさんと目線が合うように天使ネコさんを抱っこします。
「にゃきゅっと」
「この娘が天使ネコさんです」
「にゃきゅっと」
「あっ、はじめまして。ギルド職員のノーラと言います」
天使ネコさんがお辞儀をすると、ノーラさんも返してくれます。
「それでザインの件ですが、ユウナさんも防犯課から連絡があったと思いますが、カーヤの街から既に出て行っています。カーヤの街へ入る際は門での身分確認が必要となりますから、今後はまず入ってこれないと思います。ですので、安心して下さいね」
「それなら安心ですね」
「まぁ、今回の件について冒険者同士のイザコザではなくて犯罪行為があったと認められたのは、清掃局のゴレットさんが口添えしてくれたことが大きいのですが」
「ゴレットさんが?」
「はい、防犯課の方に一報があったそうです」
「そうだったんですか」
ゴレットさんが事後対応をしてくれていたとは驚きです。今度会った時には、助けてくれたことを含めて改めてお礼を言わなければなりませんね。とは言え、お掃除クエストの件について現在進行形で受注できないのですから、少しモヤモヤしますが…。
「我々冒険者ギルドとしては、ザインの冒険者としての資格はく奪、そして冒険者ギルドの情報網を通じてザインを指名手配することになります。ただ、ユウナさんには申し訳ありませんが、ザインの罪は軽度の傷害となりますので積極的な捜査などは行われずに、賞金首として情報が出回るくらいです。賞金は冒険者ギルドが出しますが銀貨数枚程度ですので、積極的に参加する冒険者は少なく身柄確保は難しいでしょう」
「そうですか。とりあえずは、カーヤの街での安全が確保されているのなら安心です。それにザイン本人がもう会うことはないだろうと捨て台詞を言っていたので私たちに執着はないと思います」
「私もそうだと思います。防犯課によるユウナさんへの聞き取りを記した書類は冒険者ギルドへも提出されたので確認していますが、ザインは裏社会で活動すると言っていたようですから、なおさらユウナさんとの接点は無くなるでしょう。とにかく大事に至らなくてよかったです」
防犯課の人に説明した内容が伝わっているようなので、特に私からの冒険者ギルドへの報告はいらなかったようですね。
ザインに関する話が終わったので、とりあえずノーラさんの座っていた受付の方へ移動します。
「ところで、午前中にゴブリンキングの報酬を受け取りに来た時に、午後に雑用クエストの依頼を探しに来ると言っていましたね。今日はいろいろとありましたが、どうしますか?」
「依頼は受けたいので見させてもらってもいいですか?」
「もちろんです。あのところで、天使ネコさんがユウナさんの傷を治したということは神聖魔法の【キュア】が使えるのですね」
「はい、【キュア】で治してもらいました」
「にゃきゅっと」
「それでは天使ネコさんは【セイント】も使えますよね」
「【セイント】ですか?」
セイントとは初めて聞く単語です。
「にゃきゅきゅ~」
私の疑問に、天使ネコさんがギルドカードを取り出して操作してから渡してくれました。ギルドカードには魔法の説明が表示されています。
【セイント】
神聖属性による初級攻撃魔法。
「【セイント】とは神聖属性の攻撃魔法ですか。ノーラさん、天使ネコさんは【セイント】を使えるみたいですよ」
「そうですか…。あの、それならユウナさんたちに受けてほしい依頼があるのですが…」
「依頼ですか?確か、今朝ミラさんが帰ってきたら頼むと言っていた依頼がありましたね」
依頼と聞いて、午前中のノーラさんが悩んでいた姿が思い出されます。
「そうです。ミラに頼もうかと思っていたのですが、ユウナさんのパーティーの天使ネコさんが神聖魔法を使えるのなら、ユウナさんたちに頼みたいのです。ただ、その、何て言いますか…」
「何か、頼みにくい理由があるのですか?」
「はい。依頼と言いましたが、実は正式な依頼ではないのです」
「えっと、冒険者ギルドに持ち込まれていない依頼ということでしょうか?」
「そうです。それも私個人に相談された『お願い』なのです」
「あの、現状では何とも返事をしにくいので、具体的に話してくれませんか?」
「そうですね。ユウナさんの言うとおりですね」
「ノーラ、ユウナさんに相談するのか?」
声をかけてきたのはノーラさんの隣で受付をしていたギルド職員のシェラスさん。シェラスさんは私が冒険者ギルドでザインとのイザコザがあった時に勤務についていた美青年エルフのギルド職員ですよ。冒険者ギルドではノーラさんの次に親しい方です。
「えぇ、ユウナさんたちなら信頼できるし、相談だけでもさせてもらうわ」
「それなら、会議室を使うと良い。今は込み合っていないから、受付は私1人でも十分だからな」
「ありがとう、シェラス。ユウナさん、すみませんが会議室に移動して貰ってもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「では、こちらへお願いします」
私たちはノーラさんに連れられて会議室へ移動することになりました。
▽▽▽
…というわけで、3度目の個室です。と言いますか、今まで来ていた個室の正式名称は会議室だったのですね。ちなみにですが、この個室こと会議室とは、冒険者ギルド内でのザインとのイザコザの後とゴレットさんとのイザコザの後に移動した部屋のことです。私たちにとっては因縁があるとも言えますか…。
「それでノーラさん。『お願い』とは何なのでしょうか?」
「…実はこのカーヤの街には『幽霊屋敷』と呼ばれている屋敷があります。その屋敷から『ある物』を取ってきて欲しいのです」
「えっ?幽霊屋敷ですか?」
幽霊屋敷とは、言葉通りに考えると幽霊の出るお屋敷のことですよね。
「そうです幽霊屋敷です。私はある人物から幽霊屋敷に入って指定される物を探し出して持ってきて欲しいという『お願い』をされました」
「あの、それって不法侵入して窃盗を行うという依頼…じゃかなった『お願い』ですか?」
犯罪はいけませんよ、犯罪は。私には大切な家族であるネコさんたちがいますからね。ネコさんたちに、逮捕された私の出所を待ってもらうわけにはいきません。
「いえ、ご安心ください。その『お願い』をしている人物…仮にAさんとしましょうか。Aさんは幽霊屋敷を正式に管理している立場にある人です。屋敷自体の管理はもちろん、屋敷内にある物品の管理も任されているので、不法侵入にも窃盗にもあたりません」
「そうですか、安心しました。あれっ?管理されている立場の方なら屋敷に入って取ってくればいいのではないですか?」
「実はそれができない理由があるのです。その屋敷はいわゆるゴースト系の魔物が屋敷の警備として配置されているのです。これが幽霊屋敷と言われている理由ですね」
「ゴースト系の魔物?」
「はい、ユウナさんはゴーストはご存知ですか?」
「何となく程度の知識ですから説明して貰ってもいいですか」
「わかりました」
私の返答にノーラさんは頷いてくれます。
「ゴーストに分類される魔物は通常の魔素によって自然発生する魔物とは違う特徴があります。その特徴とは死んだ生物や魔物が魔素と結びついて発生するのです。この時に魔素が死体と結びついて発生するのがアンデット、魔素が魂と結びついて発生するのがゴーストと言われています」
「魂と結びつくのがゴーストですか?」
「そうです。魂とは生物や魔物が持っている意志や本能が宿っている実態の無い物などと考えられています。実際には解明はされていないそうですが」
この世界の魂もマンガなどで題材とされる魂やソウル、スピリットなどと同じと考えてよさそうですね。
「あと発生方法以外にも特徴があって、アンデットの場合は死体がベースとなっているので物理攻撃は有効ですが、ゴーストは実体のない魂と結びついているので物理攻撃が無効になるのです。ただ、属性のある魔法武器などでもダメージを与えることはできます。もちろん、攻撃魔法の方がダメージは大きいのですが、その中でも一番効果があるのは神聖魔法による攻撃です」
「だから、天使ネコさんの【セイント】は有効な攻撃というわけですね」
「にゃきゅっと」
「そうです」
「ゴーストについてはわかりましたし、天使ネコさんが【セイント】の魔法を使えるか尋ねた理由もわかりました。ですが根本的なところでわからないことがあります。どうして、警備のゴーストと戦うことが前提なのでしょうか?」
だって、屋敷の管理を一任されているのならば警備員であるゴーストから敵視されるのはおかしいですよね。
「はい、ユウナさんの疑問もごもっともです。実は問題がありまして、Aさんは屋敷の管理を任されてはいますが屋敷の所有者ではありません。所有者でない人物が入館すると、屋敷のゴーストは侵入者と認識してしまうのです」
「それって管理していると言えるのでしょうか?」
「にゃきゅきゅ?」
天使ネコさんも首を傾げていますね。
「実は屋敷の所有者の遺言でAさんが管理を任されているのです」
「遺言ですか?」
「はい。屋敷の所有者の方は天涯孤独でもう亡くなっているそうです。そこで友人だったAさんが遺言に基づき屋敷の管理を引き受けました。ただ、管理に掛かる費用は生前に受け取っておりあくまで管理者という立場を請け負っただけで、屋敷の所有権はAさんには移っていないそうです」
「亡くなった方にまだ所有権があるということですか?でも、ゴーストの警備が残っているのに管理を任されたAさんが入れないのでは、遺言が無駄だと思いますが?」
「幽霊屋敷は物理的には管理が必要はないのです。幽霊屋敷は特殊な技術によって守られているので、警備だけでなく屋敷の手入れすら必要としていません。ですが、カーヤの街に建っている家屋として、誰かが管理者として登録しておく必要があるのです。そうしないと、遺産相続人不在として街の所有物になるそうです。つまり、友人の希望によりAさんは管理者としての名前を貸したということですね。ただ、今回はその幽霊屋敷の中に必要な物があるそうなので入らざるを得ないそうなのですよ」
私も両親を亡くしているので遺産についてはいろいろと思う所があります。天涯孤独だった所有者さんは屋敷や所有物に対する想いがあって、友人であるAさんに遺言で管理を任せたのでしょう。こればかりは、本人でないとわからない感情などがあるので考えても答えは出てきませんね。ただ、私にはまだ疑問があります。
「あの、敵と言いますか警備はゴーストと確定しています。そのゴーストに対して魔法や属性魔法武器を持っている冒険者はこのカーヤの街なら探せばいくらでもいると思います。ノーラさんがこの件で悩んでいた理由がわからないのですが?」
「ユウナさんが疑問を持たれるのもっともです。私が悩んでいたのは『お願い』をされた人物であるAさんこそが理由なのです」
「Aさんに理由があるのですか?」
「…ユウナさんにネコさん、エルフネコさん、そして天使ネコさん…今から話す内容は他言無用でお願いできますか?」
「いえ、話を聞かずに帰ります」
「ありがとうございます。その決断に感謝を申し…てっ、断りましたか!?なぜですか!?ユウナさん」
「にゃむむ!?」
「にゃきゅきゅ!?」
「にゃふっと」
おっと、私の返答にノーラさんとエルフネコさんに天使ネコさんが驚いています。ただ、ネコさんは腕を組み「にゃふっと」と頷きました。どうやら私と同じ考えを持っているようですね。流石は女神様から人間社会に博識だと推薦された逸材です。
「本当にすみません、ノーラさん。私たちは冒険者になったばかりの素人です。それが『他言無用』というわけありの仕事を受けるのはハードルが高いのです」
私たちは普通の雑用クエストを受けようと思っていました。それがゴーストとの戦闘の他に『他言無用』などというオプションが付くのはダメです。仕事のあとのしがらみに繋がってしまいますからね。悩んでいるノーラさんに断るのは本当に心苦しいですが、どうしても受けたくないのです。
「そんなー、ユウナさん。『お願い』してきたAさんが街の有力者であることと、取ってくる指定されたアイテムが今後の街の発展に関わってくることを黙っていればいいだけなんですよ。それ以外はゴーストを倒すだけの簡単なお願いなんですから」
「えっ?」
「にゃふふ?」
「にゃむむ?」
「にゃきゅきゅ?」
ノーラさんの発言に場の空気が凍りつきます。
「あっ!?」
場の空気に気づいたノーラさんが短い声を上げます。
「あっ、あのノーラさん?」
「えっと…ゴホンッ。ユウナさんにネコさん、エルフネコさん、そして天使ネコさん…今から話す内容は他言無用でお願いできますか?」
「言い直しても言わなかったことにはなりませんよ!!」
「にゃふっと!!」
「すっ、すみません。故意ではないですよ」
ノーラさんはまさかのドジッ娘属性ですか!?そんな様子は全くなかったのに、なぜ今なのですか!?
ラルフさんが言うには、有力者であるゴレットさんのお父さんが何かしら企んで騒動が起こりそうだということです。そんな時に別の有力者による他言無用な依頼を受けることは、ゴレットさんのお父さんと敵対関係が発生するかもしれませんよ!!
「すっ、すみません。ユウナさんがミラと仲良くしているのでつい気がゆるんでしまいました。ミラ相手だと断られると思ったら、からめ手で断れないようにしていたもので…」
「にゃむむ!?」
ノーラさんの返答にエルフネコさんが驚いています。もしかして、ノーラさんはドジッ娘属性ではなくて策士ですか!?情報を伝えたのは、実はわざとでは…。
「あの本当にすみませんでした。ミラが信頼しているユウナさんたちは、私にとっても信用できる方たちなのです。今回の『お願い』はゴーストとの戦闘をできることよりも、他言無用ということを本当に守ってくれるかこそが重要なのです。だから、いろいろと悩みましたがユウナさんたちにお願いしようと思ったのです。ただ、いきなり断られるとは思っていなかったのでついポロリと…」
「うっ、確かにいきなり断ってすみませんでした」
「いえ、ユウナさんは悪くありません。ただ、今回のAさんの『お願い』はできるだけ迅速に達成したい案件なのです。ミラが帰ってくる1週間後だとギリギリで…。立場上、冒険者ギルド職員である私は動けないし、Aさんが私を頼ってくるということはAさんも個人的な伝手で解決することができないという証拠ですし…。もちろん、他の冒険者も依頼となれば口は堅いのですが、今回は冒険者ギルドを通さないので不安なのです。やっぱり、ミラを頼ってばかりの私はダメなのでしょうか…」
ノーラさんが申し訳なさそうにうつむいているのを見ると罪悪感が湧いてきます。うーん、他言無用の内容を聞いてしまいましたし、でも厄介ごとに巻き込まれるのは避けたいですし、でもでもできることならお世話になっているノーラさんを助けたいし…どうすればいいのでしょうか?
「にゃきゅっと」
「天使ネコさん?」
突如、天使ネコさんがパタパタと羽ばたいて飛び私に抱き着いてきます。天使ネコさんって飛べたのですか!?背中の羽は飾りだと思っていました。私が天使ネコさんを抱きかかえると、ポムポムと私の頬に触れてきます。
「にゃきゅっと。にゃきゅきゅっと。にゃきゅ~」
天使ネコさんはノーラさんを指し示してから、両手を胸の前で合わせて目を閉じます。どうやら、お祈りをしているようです。天使の姿を模してある天使ネコさんが祈る姿はノーラさんの失敗を許そうとしているのか、それともノーラさんの悩みを解決する決意を示しているかのようですね。
…よしっ、決めました!!
「えっと、私はノーラさんがされたお願いを受けようと思いますが、ネコさんたちはいいですか?」
「にゃふっと」
「にゃむっと」
「にゃきゅっと」
私の問いかけにネコさんたちは頷いて万歳をします。そうですよね。私はこの世界に来て多くの人に助けてもらっています。今回はその助けてもらったことに対するちょっとした恩返しです。
「ノーラさん、今回のお仕事受けさせてもらいます」
「えっ、本当ですか。ユウナさん、ネコさん、エルフネコさん、天使ネコさん、ありがとうございます」
…でも、有力者がらみのトラブルには巻き込まれませんよね。
お読み頂きありがとうございます。




