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scene 8 旅人の記憶 act 2

「う~ん……」

 セレーネはまぶたをゆっくり開け、目覚める。


「おはよう、セレーネ」

 セラフィムはそっと微笑み、セレーネの頭を優しくなでると、そよ風が二人の髪をそっとなびかせた。

「ここ、どこぉ?」

 セレーネは起き上がり、あたりをきょろきょろと見回す。ここがどこなのかを確認しているようだ。


「地上のどこかとしか……」

 セラフィムは少し困った表情で曖昧な返事をした。自身もそこまで地上の事を知っている訳でもなく、天界から逃げるのに必死だったため、完全に現在の位置を見失っていたのである。


「とりあえず、あそこに見える集落を目指しましょう」

 セラフィムとセレーネは立ち上がり、服についた葉っぱをはらうと遠くに見える集落を目指して歩き始めた。


 二人は手をつないで仲良く歩いていく。

「セレーネ」

「ふぇ? なぁに?」

 突然話しかけられたせいか、セレーネは少し間の抜けた返事をする。

「ううん、なんでもありません……」

 セラフィムはセレーネをそっと見つめると笑顔で告げる。


 正直、セラフィム自身も行動した事に迷いがあった。本当にこれでよかったのだろうか?

 天界を逃げるように去った、私は自身に課せられた役割も責任も全て捨ててきたのだ。勿論、そんな事が許されるわけも無く、それら身勝手な行動が最悪の結果をもたらす事は容易に想像出来た。

 それでも、私はこの道を選んだ。

 セレーネと一緒に過ごす、この子を守り抜くという道を。


 セラフィムが物思いに耽っている時、セレーネは再び、何気無く顔を上げ大きな瞳で私の顔を見ていた。目が合うと、セレーネはにこっと笑顔で返してくれる。そんな何気ない笑顔をとても愛らしく思うセラフィムであった。



「着いたね」

 二人はとりあえずの目的地である集落へ到着する。

 そこには寂れ、静かでのどかな村だった。


 入り口にしか入っていないセラフィムやセレーネでも村の端まで一望出来てしまうほどの小ささ。

 目だって大きな建物もない、と思いきや、一軒だけその場所に相応しくない白磁の豪邸が建っている。

 村人達は農作業をしたり、集まってお喋りを楽しんだりしている。

 入り口のすぐそばにある風化しかけた木製の看板には、恐らく村の要所の案内であろう絵と文字が書いてあるのだが、劣化が激しく読みにくい。

 

「まずは着替えないと……」

 セラフィムはセレーネをつれ、辛うじて読めた看板の情報を頼りに、村唯一の雑貨店へと入って行った。

「いらっしゃいませ。ん?」


 木製の扉を開けると野菜や果物、武器や防具、薬やなにやら意味不明な代物のが無秩序に並べられている。

 奥のカウンターには農作業の途中だったのであろう、泥に塗れたおばさんがセラフィム達を見ていた。普段見ない顔で、かつセラフィム達の真っ白な服装が珍しいせいだろうか、おばさんはこちらをじっと見ている。


「すみません。女性用と子供用の服はありませんか?」

「……そちらにありますよ」

 おばさんは少しためらいながらも横を指差して教えてくれた。

 確かに、指差した方向には売り物の服が十数着ほどあった。商品を陳列する棚の後ろに隠れていたせいで入り口からは見えなかったのである。

 そのことを聞くと、セラフィムはかるく頭を下げてその場所へ行き、服を選び始めた。


「ねーセラフィム様ぁ、どうして着替えるのぉ~?」

 天使の時の格好でも全くなんともないと思っているセレーネは、そんなセラフィムの行動が不思議で仕方ないのだろう。

「ねぇ~なんでなのぉ~?」

 セラフィムのドレスの裾を何度も引っ張って、連呼し続けた。

 しかしセラフィムはそんなセレーネを無視して淡々と服選びを続ける。


「すみません、これお願いします」

 選んだ服を店員へと持っていった。店員のおばさんは、やはり二人を何度もと確認しつつ、慣れた手つきで精算を始めていく。


 セラフィムは人間界のお金を持ち合わせていなかったので、左手の薬指にしていた銀の指輪を外そうとした。


 この指輪は今は亡き天界の主より与えられた、天使が神への絶対の忠誠と永遠の愛を誓う物とされている。本来ならば外す事はまずないが、今では天界に追われる身、もはや自分が持っていても仕方ないと悟ったのである。


 その時、少しためらいながら店員はセラフィムに話しかけた。緊張しているのだろうか?

 自分の服を握ったり、きょろきょろしたり落ち着かない様子だ。


「はい、なんでしょうか」

「あの……、天使様でしょうか?」

「違いますよ」


 セラフィムは店員の目を見て即答し、はっきり否定した。

 今天使である事を明かしても混乱が起きるだけである。公開する事は追われている身として害でしかない。


 しかし、セレーネは違っていた。

 否定した次の瞬間、セレーネはセラフィムの服を強く引っ張り、セラフィムの発言を否定したのだ。


「何言ってるの? セラフィム様は天使の中で一番えらいんだから!」

 人差し指をくわえながら大声でセラフィムの正体を明かしたのである。

「お、お金は結構です!」

 そのことを聞いた店員は声を裏返らせて驚き、走って店を出て行ってしまった。

「ふえ~? どしたのかな?」

 指をくわえながらセレーネは首をかしげる。

 セラフィムはそんなセレーネをただ無言で、じっと見つめていた。




 その日の夜。


「わしらの願いが届いたのだ、セラフィム様が来てくれれば村も救われる!」


 二人は、村の奥にある村長の家に招かれた、というより無理矢理連れて行かれた。


 へんぴな集落には似合わず、村長の家の中は高級な家具が並べれており、金ぴかな壷や高そうな絵画などが飾られている。部屋数もたくさんあり、客人用と思われる大きな部屋には、真っ白なテーブルクロスと豪華な料理が並べられている。村人や従業員も総出でその場に現れ、二人の天使を手厚く歓迎しようとしていた。


「ささ、セラフィム様! どうぞ召し上がってください。おい! 例の村自慢のスープはまだなのか?」

 村の長らしき腰の曲がった老人が手を叩いて家で働くメイドを急かせる。


 目の前の豪華な料理が並べられているが、セラフィムは無表情で黙ったまま何もしなかった。


「セラフィム様ぁ~、早く食べようよぉー!」

 セレーネは早く食べたいらしく、体と首を横に振って駄々をこねはじめる。

 するとその時、セラフィムは突然立ち上がった。

「こんなおもてなしは結構です。私達は早急に村を去りますので。あと、服代、感謝します」

 そう言うとセラフィムは軽く頭を下げてセレーネを手を引き、無理やりつれて宴の場を出ていく。


 セラフィムの突然の言動に、まわりの人々はただ呆然とするだけだった。




 二人は村をでて夜の街道を進んだ。石畳で舗装された街道はこうこうと照らす月明かりに反射され光の道のようだ。


「セレーネ……」

 村から離れたところで立ち止まり、セラフィムはセレーネの方を向いて声をかける。

「私達が天使だということは内緒にしててね」

 少し厳しめに言うとセラフィムはあたりを見回して街道から少し離れた草むらで、貰った服を出して着替え始めた。


「この服装では天使だということがすぐにばれてしまいますから」

「……ごめんなさい」

「解ってくれればいいんです」

 少し厳しめに言ったのがこたえたのか、セレーネはうつむいてあやまった。


 セラフィムはしょぼくれたセレーネをなだめる様に優しく微笑みながら言い始める。


「セラフィムと言う名前も駄目ですね。どうしましょう……。うーん」



 名前。

 そう、私も昔は無かった。


 過去に、大切なあの人から貰った、私の名前……。



「これから私の事は、セフィリアと呼んで下さいね」



 少し夜空を見ながら考えた後、自身をセフィリアと言う名で呼ぶようにといつもの笑顔でセレーネに告げた。


 天使には基本名前は無く、それぞれ天使の階級で呼び合っている。一部固有の名前を持つ者もいるが稀である。

 しかし、地上での活動等に支障をきたす場合、その際に使う仮名を考えているのである。


「セレーネも、これに着替えてね」

「うん!」

 セラフィムはセレーネに先ほど手に入れた子供用の服を手渡す。セレーネは服を受け取ると、大きくうなずき元気よく返事をした後に着替え始める。


 おこられちゃったけれど、いつもの優しいセラフィムに戻ったあ。

 でもさっき、名前言う時になんか寂しそうだったかも?

 たまにあんな感じのかおになるけれども、どうしたのかなあ?




「着替え終わりましたね」

「うん! かあいいのうれしー!」

 二人は着替え終わり、前着ていた服は全て処分した。


 セラフィムは茶色の生地でボタンが前がけのノースリーブワンピースと皮製のブーツ。

 天使の衣装を纏っていた頃にしていた銀の腕輪と指輪はそのまま今もしている。 

 セレーネは濃い桃色のカーディガンに、薄いピンク色で大きな丸襟の丈の短いワンピース。腰の後ろには飾りである大きなリボンがついている。スカートのフリルが可愛らしい。


 デザインが気に入ったのか、その場でくるくる回ってセラフィムに見せようとしている。


 天界から逃げた時の真っ白な格好でなくなり、これなら普通の旅する親子に見えるだろうとセラフィムは考えた。


「そういえば、村も救われるって、なんだろう?」

 セレーネは人差し指を自分のあごにちょこんとつけて考える。


 そういえば、そんな事を言っていたような。何か凶事が待っていたのだろうか?

 あれだけの歓迎を受けたのだから、何か理由があるのかもしれない。


「確かに、何も無ければよいのですが……」


 そんなセラフィムの思いと言葉を裏切るかのように、背後にある集落から大きな爆音が轟き、一瞬のうちに空を赤く染めた。


「セラフィム様ぁ! 村が、村が……」

 二人は振り返ると、村は火炎に覆いつくされ、炎が村の全てを飲み込み焼失させん勢いだった。

 その凄惨な光景にセレーネはセラフィムの服を引っぱって少し泣そうになりながらおろおろしている。

「ねぇセラフィム様ぁ! 助けに行こうよ!」

 セレーネは目に涙をいっぱいためながら、セラフィムの服を何度も引っぱって懇願した。

「ええ!」

 セラフィムはセレーネの手を強く握り、走って村へ急いで行った。


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