scene 7 旅人の記憶 act 1
「セラフィム様はどこへ行った!」
天界では突然いなくなったセラフィムの捜索をしていた。
ケルビムの指示の下、下位天使達は天界のさまざまな場所を探す。
しかし、どんなに探しても見つけることが出来なかった。
「それにしてもお前ら、あれだけ目を離すなと言っただろう? 今の彼女であらば、何をするか解らないと再三説明したものを」
見つからない苛立ちで、ケルビムはセラフィムを見張っていた天使に悪態をつく。
あれだけ釘を刺しておいたのにいとも容易くセレーネを助けに行くとは、本当に天界の天使全てを敵に回す気なのだろうか?
ここまで真剣だったとは正直ケルビムも想像していなかった。故に、自身の考えの甘さにも腹が立っていた。
するとその時、まばゆい輝きと共にセラフィム、セレーネ、傷だらけのレナが現れた。
「ケルビム、どうかしましたか?」
荒れているケルビムに少しきょとんとしながら、悪気もなく何があった問いてみる。
「セラフィム様、むやみに外に出られたら困るのです。」
「ごめんなさい。でもその前に、この人間の治療をお願いします。」
突然セラフィムがつれてきた人間に対して、ケルビムは怪訝な表情をしつつ、あごをなでて渋った。
「また自身の身勝手でこんな事を……」
「かなり弱っています。早くラファエルの所へ連れて行って下さい!」
ただ黙って聞いているケルビムに、セラフィムは真剣な眼差しで言う。
するとケルビムはそばにいる天使に目で合図を送ると、衛兵はレナを担いでどこかへ行ってしまった。
「セラフィム様。自身の処遇、覚悟なさるように」
まあ良い、これでセラフィムも堕落させられる口実が出来た…。人間を二人も天界へ連れてきたのだ、そして勝手な行動に主代行としての責務の放棄、ふん、決まりだ。もうあの者に待つのは破滅しか無い、それにセラフィムが連れて来たあの人間のメス……、もしかすると我らの実験に貢献できるかもしれん。
ケルビムは脅しとも取れる言葉を残し、考え事をしながらその場を去っていった。
「セレーネ……」
ケルビムや衛兵が広間に居ない事を確認すると、同じ目線になるようセラフィムはしゃがむ。
「なぁに? セラフィム様ぁ?」
セラフィムの方を振り向き、指をくわえてきょとんとした。
セラフィムは真剣な眼差しでじっと小さなセレーネの顔を見た。
いつもの穏やかな雰囲気とは違う、そんな姿のセラフィムを見てセレーネは少し不安になる。
「セラフィム様ぁ~、こわい……」
迫力に圧倒されて少し涙目になり、セレーネは今にも泣きそうだった。
「もう、ずっと一緒だからね。一人で地上へ行かせないからね。私も一緒にいくからね。」
その言葉の後、いつもの優しいセラフィムの顔に戻っていた。
私はまた一人で地上に戻されると思っていた。でもセラフィム様が一緒に来てくれる。それはすっごく嬉しいんだけれども、セラフィム様の今後はどうなってしまうのだろう?
他の天使が許すわけもないし、私と一緒だと天界から追われちゃうのかなあ。
仮にこの場をしのげて逃げる事が出来ても、これからもずっと追われちゃうのだよねえ。
やがていつか、セラフィム様と私の二人の最後がくるのかなあ。
うう……、もっと頑張らなきゃ、いっぱいいっぱい天空術覚えてセラフィム様を守らなきゃ!
「……今すぐにここを出ましょう。今度こそ、あなたとずっと一緒にいるから」
セラフィムはセレーネを強く抱きしめる。
お互いの優しいぬくもりを確認した後に解放し、そして立ち上がり、セレーネの手を引いた。
セラフィムの行動にセレーネは何も躊躇わず、共に天界を脱出した。
こうして、二人の逃避行が始まった。
これからは過酷な旅になるであろう。天界からの追っ手も確実に来る。最悪の結末が待っているかもしれない。怖さや不安は勿論あった。しかし、セレーネもセラフィムもお互いに大好きな存在と一緒にいれる。その喜びの方が大きかった。
「……んん」
一方、レナは天界の中心にある生命の樹の近くの木陰にいた。
所々差し込む木漏れ日と鳥のささやき、葉っぱの風に揺れる音がとても心地良い。
レナは天使に膝枕をされながら眠っていたのである。
「あなたは、誰?」
意識を取り戻したレナは、まどろみながらも目の前の存在へ話しかける。
その天使は露出が控えめな衣装を身に纏い、ゆるいウェーブのかかった明るい金色の長い髪、暖かい木漏れ日が反射する澄んだ湖の様な青い瞳と煌きを持つ。
「私はラファエルです」
レナの突然の質問にも、笑顔で優しく答える。普通の天使ならば人間が対等に口をきける訳も無く、同じ事をすれば即処断されるであろう。
「じゃあここは天界!?」
その名前を聞いてレナは、気だるさも吹っ飛んだかのように飛び起き驚いた。
「ええ、そうです」
驚きを隠せないレナに対してラファエルは落ち着き、そっと微笑みながら返事をした。
「あれ? でも私、リリスの魔法を受けてしまって……」
少し動揺しているレナに、ラファエルは地上でのセラフィムの事を話した。
「そう、ありがとう」
ラファエルの話を聞いたレナはゆっくり立ち上がり、頭を軽く下げてお礼を言う。
「悲しくないのですか? 仲間が悪魔達の手に落ちて」
悲しむよりも天使へのお礼を言ったレナをとても意外に思った。
「私とレイン、ゴートは幼馴染みなのです。物心つく前から三人ずっと一緒で……」
レナは天界の美しい風景を見ながら悲しそうに話し始める。
「ある日、レインが親の反対押し切って、旅に出るって言いました、私は家庭で使う魔法位しか知らなかったし、レインやゴートも武器の扱いはからっきしだった。私の本当の目的はレインと村へ戻ることが目的だった」
話の途中、笑ってレナ自身の悲しみを誤魔化そうとするが、全てを見通しているラファエルには無駄な行為であった。
「それでも旅に出たの。村に伝わる宝剣盗んで逃げるように出て行った。最初は野生の動物や山賊でも逃げるしか出来なくって」
ラファエルは、レナの話にもただ穏やかな表情で何も言わず聞き続けた。
「昔を思い返せば三人ずっと一緒だった。楽しい時も、嬉しい時も、辛い時も、悲しい時もずっとずっと一緒。だから、私一人になったっていうのが、……何か実感わかなくって」
レナの声が震えていた。しきりに上を向く。仲間を失った実感が湧いてきて、悲しくなった事もラファエルは見通していたのである。
「……帰り道はどこ? 天界は神と天使の世界。人間が入っていいわけないわ」
レナは寂しげにそう言うとその場をゆっくり去ろうとしたが、ラファエルは立ち上がり、穏やかな口調でレナを引き止めた。
「今回は特別です、あなたは少しの間ここに居てもらいたいのです。それに私は人間が大好きですし、あなたが天界にいることはセラフィム様の承認済みですから……」
ANGEL MEMORY how to 1 「天空術について」
天空術とは?
天使のみが使用出来る、光を利用し森羅万象を操り、様々な事象を引き起こす力をさす。
その効果の強い順に神光・聖光・光と区別されているが、禁断の天空術はこの命名ルールに属さない。
セレーネが使用した炸裂の光ディバイニティスパークは、天空術において基礎となる術であり、セラフィムが使用した滅亡の破光カタストロフィは最上位の禁断に位置する。