scene 60 第二章最終話 憧れの天使と可憐な少女
シェムハザによる支配が揺るがないと思われた最中、ある異変が訪れる。
「アザゼルよ、お前は本当にこのままでよいのか?」
ルシフェルは苦しそうにしながら顔をあげ、その瞳に陰謀の光を宿しながら、天界のゲートをただ静かに監視するアザゼルへ話しかける。
「シェムハザが主となれば、お前は恐らく消されるであろう。自身の覇業を成就させる最終手段としてな」
「……その様な事で我をたぶらかそうなど無駄な事」
ルシフェルは意地の悪い笑顔を見せながらもアザゼルに身の危険を知らせる。
しかし、アザゼルは一言、ルシフェルの方を向かずに抑揚の無い低い声で返答をしただけでまるで取り合わない。
馬鹿な、アザゼルよ。
お前はシェムハザと自身は同位だと思っているが、それは違う。
奴と戦い、そして何を成そうとしているか発覚した時、私にははっきりと解った。
お前は裏切られる。信じている仲間の手によって、望まれぬ最後を迎えるだろう。
脅しも正直ある、仲違いをさせて同士打ちをすればこちらの思うつぼ……。
だが私のそんな願いとは違うのだよ、これは決められた事実。確定事項なのだよ。
「私が力尽き、地上にいるセフィリアとセレーネも居なくなった今、シェムハザに対抗出来るのはお前だけだ、裏を返せば、奴はお前に反逆される事を最も恐れているし、今その対策をしている」
「……何の根拠があるというのだ?」
相変わらず二者は表情と体勢を変えないまま、一見不毛と思われる言葉のやり取りをする。
しかし、ルシフェルは次の瞬間、この天界を望まれぬ支配から開放する希望を発見する事となる。
「……仮にあの者が裏切っても我は負けぬ」
この一言を聞いてルシフェルはある結論に至り、それを確信する。
シェムハザの裏切りは明白だが、同様にアザゼルもシェムハザを裏切ろうと自身の反抗の牙を研いでいるのだ。
つまり、二人は一枚岩では無い。
後は……、私の覚悟だけか。
ルシフェルは再び顔を伏せて、目を閉じて何かを考えている時、洪水を引き起こしたシェムハザがアザゼルのもとへ飛んで戻ってきた。
「天界の門は異常無さそうですね。アザゼル、ご苦労様です」
「……ゲートからの出入りは無かった。地上へ帰った天使らは消滅したであろう」
シェムハザが笑顔で盟友であるアザゼルに片手を差し伸べた後、アザゼルはゆっくりとその手を握り、二人は固く握手を交わしてこの作戦の成功を喜んだ。
「さて、いい加減見苦しい物を排除しないといけないですね」
二人が手を離すと、シェムハザの剣が倒れているルシフェルの首に振り下ろされようとする。
この瞬間、自身の勝利を確信し、そして僅かな時間だがシェムハザは過去の自分を振り返った。
名も無き下位天使だった自分は、常に高位天使の言いなりだった。どんな汚い事も、どんな理不尽な事も耐えてきた。いつか頂点に立つ日を夢見ながら、日々の仕事をこなしてきた……。
長かった、ずっと待ち焦がれてきた。
そして遂に!
もうこれで!
私を縛るものは無い!
誰にも指図されない、顎で使われる事も無い、真の解放と自由が手に入る。
そうなのだ、私はもっと早く気づくべきだった。結局それらは、誰かを同じ様に束縛し、誰かの上に立たねば手に入らない事を……。
ならば私が、天界の主として最高の位に立とうでは無いか!
「死ぬがいい! ルシフェル!」
「天使は主に憧れ、人間は天使に憧れるか……。愚かなり! 瞬間転移の光、ラストトランスファー」
ルシフェルが、恐らく自身に残された最後の力を使い天空術を発動させる。
閃光がルシフェルを包み、強い光でシェムハザは目が眩み、周囲を明かりで覆い尽くした瞬間……。
「あ、あれ?」
「ここは……、天界……でしょうか?」
光が収束すると、今まで地上にいたはずのセフィリアとセレーネがルシフェルに入れ替わる形で現れた。
いきなり周囲の風景が変わり、二人は驚いていると同時に、シェムハザとアザゼルも同じ様に動揺していた。
な、なぜだ!?
何故、地上にいるはずのセフィリアとセレーネが現れるのだ?
アザゼルが嘘をついている様には見えなかった。ゲートからは天使が出入りする事も無かった!
それなのに……、どういうことだ?
そしてシェムハザは、これがルシフェル自身の命と引き換えの抵抗、最後の反乱である事にすぐ気づき、はっと目を見開く。
そしてまんまと嵌められてしまった自分への苛立ちと、悲願成就を最後の最後で邪魔された怒りから、今まで笑顔だった表情は酷く歪み、悪魔じみた顔へと変え大声で叫んだ。
「おのれルシフェル! 何と忌々しいか!」
シェムハザのあまりにも醜い表情と心からの絶叫に、セフィリアとセレーネは戸惑いながらも、自身の置かれた状況を把握し、体勢を整えて武器を構える。
「うおおおお! あと少し! もう僅かだと言うのに! ぐああああああああああ!」
頭を掻き毟り、発狂し、自分の思い通りにならなかった事に深い憤りを覚え、目は血走り、金切り声をあげながら悔しがり続けた。
セフィリアもセレーネも、あまりにもおぞましいその姿に後ずさりしてしまう程である。
「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれええええええええええええ!」
散々叫び散らすと、まるで死んでしまったかの様に静かに、目を伏せて全く動かなくなってしまった。当事者がいる地上と天界を繋ぐゲートがある広間では、先ほどからはまるで想像がつかないほど、音の無い世界となってしまう。
セフィリアとセレーネはシェムハザとアザゼルの動向を気にしつつ、じっとそのまま武器を構えたまま警戒を解かない。ぴりぴりと緊迫した空気がこの場を支配していた時、静寂を破るかのようにシェムハザが肩を揺らせながら笑い、独り言をぶつぶつと言い始める。
「……まだあれがあった、そうだアレがあったんだ、ククク、まだ私は負けていない!」
狂気で変形してしまった顔つきのまま、シェムハザは翼を広げ天界の神殿がある方向へと飛び去っていく。
「あの方向、セフィリア様! あっちは天界の宝物庫がある場所だよ!」
セレーネはシェムハザが飛び去った方向を指差し、慌てながらセフィリアに告げる。
自分のしたい事が出来なかった、夢は破れ、希望を失った、あの天使の挫折感はかなり深い。
そんな者のする事は……、強大な武力を使っての破壊行動。
天界の武具を使って私たちに全てを巻き込んだ戦いを仕掛けてくる!
私も似たような事をしていたから解る、だから止めないと。
その一言を聞き、セフィリアもシェムハザが何を行うかは大よその察しがつき、急いで二人はシェムハザの後を追う。
アザゼルも、二人の様子を窺いつつ、後を追っていく。
二人とアザゼルは天界の宝具が安置されている神殿の入り口前へたどり着いた時、セレーネの予想していた事態が起こる。
「これで私に逆らう全ての天使を抹殺してやろう! メルカバー、始動!」
突然、シェムハザの声と共に大きな地響きと地鳴りが発生し、神殿が内部から粉々に破壊されると、巨大な人型の鎧の様な存在が、三人の天使の前にそびえ立つ。
セフィリアやセレーネの数百倍はあろう人型の鉄塊は、白銀を基調としており、縁を金のレリーフが施された流線型の外形、右腕には獅子の顔を模擬した盾、左腕には鷲を擬態した手甲がそれぞれ装着されている。胸に埋め込まれた翡翠色の宝玉が神々しく輝き、背中には金属板で模られた四枚の鋭い翼が冷徹で無機質に光り広がっている。
「超越天使達よ! 私の野望成就の糧となるがいい!」
甲冑の巨人は両手を大きく広げ、胸の宝玉が強く輝くと、今まで青い瞳の天使を惨殺していた琥珀色の瞳を持つ天使達が頭を抱え苦しみだす。
「……シェムハザよ、血迷ったか」
今まで何の動作もせず、ただ傍観していたアザゼルも同様に頭を抱える。表情は変えていないが、今まで見せた事の無い動作にセフィリアとセレーネはただ驚いている。
「一体何が起きているの?」
「あれは、天の車輪メルカバー。天界最強の武具とされており、稼動には大きなエネルギーが必要な為、封印していたのですが……。恐らくは、琥珀の天使の力を吸収しているのだと思われます」
セフィリアは目の前の二転三転する情景に、セレーネを動揺させまいと平常心を保ちつつ、何とか冷静さを取り繕う様に、目の前の強大な武力の説明と、今何がおきているかを端的に説明した。
「ああ、素晴らしい! 力が満ちて行く!」
今までシェムハザの手足となって命令を従順に聞いていた天使達は、本人の意志、また位の高い低いに関係無くその力を吸収され、命果てて消滅していく。メルカバーは、そんなわけ隔てなく収集した命を吸収すればするほど、胸の宝玉が強く輝かせ、全身をより白く神々しく染め上げていく。
何とか耐えていたアザゼルであったが、もはや限界に来ていた為、ローブの下に隠していたボウガンを構えて、矢を番えると鋭い眼差しでついに反撃の決意に出る。
「茶番は終わりだあああ! 一撃で決めてやろう! メルカバー最大出力、天の火!」
シェムハザの高揚した叫び声と共に、メルカバーの胸のオーブから一筋の光が放出される。
撃たれた光はセフィリア、セレーネ、アザゼルの上部を通り抜け、天界の果てまで飛んでいくと、背後が真紅の爆発と輝きを満たし、轟音と烈風を撒き散らし形ある物を全て消し去った。
「おおっと! 余りにも強すぎてまだ制御出来ぬか。だが、しかし!」
あまりにも強大な破壊力を目の前にした三人の天使であったが、自身の恐怖と目の前の脅威に、惜しみない力で対抗する。
アザゼルは無数のボルトをメルカバーの胸の宝玉へ撃ち込み、セフィリアとセレーネは腕を破壊しようと両方から剣を振るう。
しかし、全ては甲高い金属音と共に天使達の攻撃は弾かれてしまう。
何度も何度も、諦めずに攻撃を打ちこむが、メルカバーはその白銀の輝きを絶やす事無く、強靭な装甲は傷一つつかず、虚しい音だけが周囲に響くだけであった。
「ふはははははッ! 無駄だッ! 私は主を超えた! お前達ゴミカス共めッ! 私に屈し、跪き、そして愚かなる自身の運命を呪いながら死ねえ!」
メルカバーは腕を大きく振るい、三体の天使を振り払うと、さらに全身を白く眩く輝かせる。すると、今まで苦しんでいた超越天使らがさらに苦しみだし、次々と光の粒となって消滅する。そして、その光の粒をメルカバーの宝玉へと吸い込まれていく。
「……お前らにこれを」
相変わらず表情は変えないが、胸を押さえ、酷く苦しむアザゼルは、セレーネに一本の赤黒い、まるで血に濡れているかのような矢を懐から取り出して渡す。
「……我の切り札、琥珀撃滅の破矢だ。我の理想、天界の新たなる主の再誕、主はシェムハザでは無い。だから止めてみせよ」
アザゼルは苦しそうに告げた後、目を閉じ眠るように倒れ、そして光の粒となって消滅してしまった。
ずっとシェムハザと共に居て、ともに天界の主復活の為に尽力したのだろう。
しかしその思いが叶う事はなかった。
何故ならば、シェムハザは自身が主になる事を目的として、ここまで行動してきたのだから……。
セレーネは、アザゼルから受け取った矢をしっかり握り締め、一言誓う。
「必ず止めて見せるよ」
「無駄だッ! もう私を止める者はいない!」
十分な力を吸収したメルカバーが大きく腕と翼を広げると、胸の宝玉が今まで以上に光り輝き出す。
「今度は外さぬ! メルカバー出力限界突破、天の緋!」
先ほどの攻撃よりもさらに大きな光の波動がセフィリアとセレーネを消失せんと迫り来る。二人は両手を掲げて、圧倒的な力を阻もうとした。
「ほう、この力を受け止めようとするか……。だか無意味!」
光の波動は二人の天使の力によって、何とか防ぐ事は出来たが、断続的に続く滅びの光撃は、じわりじわりと二人の限りある精神を削っていった。
「く……、くうう……、せ、セレーネ!」
「うう……、セフィリア様ぁ!」
降り注ぐ力によって、周囲の無事だった建物も壊れていき、瓦礫は消失し、美しかった天界の風景は見るも無残な姿へと変わっていく。
少しでも気を抜いたら、メルカバーの光によって消失してしまう事は、二人とも十分理解していたが、あまりにも強大で圧倒的な力の前に、ただなす術が無く、無為に自身の体力は減っていく。
絶対に諦めるものか。私はセフィリア様と生き残るんだ。
こんなところで……、負けないっ!
「セフィリアを、助けてあげて」
な、何?
今の声はいったい……?
どこから聞こえたの?
セレーネの脳内に謎の声が聞こえる。しかし、七つの罪の試練の時とは違い、その声はどこか寂しくて、儚くて、優しい、最初セレーネはセフィリアが声をかけたのかと思い、攻撃を受け止めながら辛うじてセフィリアの方を向くが、セレーネと同様に全力でメルカバーの攻撃を耐えている。勿論、話しかける余裕なんて無いし、そんなそぶりも見せない。
「一度きりだけど、私の力を……、あなたに……」
再び頭の中で声が聞こえると、まるであぶり出しの様にじわじわと解放の言葉が思い出される。この追い込まれた状況を打破する為、セレーネは優しい声へすがる様に攻撃を耐えながら、その言葉をゆっくりと紡ぐ。
「今こそ蘇れ……、奇跡を司る力! エキストラジェネレーション:月の女神の光臨」
セレーネが力強く言葉を放つと、銀色の輝きがその身から溢れ、瞬時にその容姿を変える。隣で共に戦い、そして無慈悲なる攻撃に耐えていたセレーネの煌きに気づき何とか横を向き、内に秘めた力を解放した親愛なる者の姿を見た瞬間、セフィリアは驚き、戸惑った。
輝かしく、かつ美しい銀色の髪、今までに無い程の強い煌きを宿す同じ色の瞳、同色のドレスを身に纏い、それらは神秘さと可憐さを兼ねている。
その姿は、かつてセフィリアが自らの手で命を奪った、月の女神セレーネの姿そのものであった。
メルカバーの圧倒的な攻撃を受け続け、かつ地上での戦いで疲弊しきっているセフィリアは、自身の限界を感じ、弱い心へ流れようとしていたが、セレーネを見てはっと目が覚めたかのように再び気力を振り絞る。
そうだ、私はまだ倒れてはいけない。
折角セレーネが戻ってきてくれた、だからずっと言えなかった。いいたかった言葉をセレーネに伝えるまでは……。
たとえ、主で無くなったとしても、二度と天使の力が使えなくなったとしても。
私は、絶対に負けてはいけない!
かならず、セレーネに伝えなければ駄目だから!
まるで炎が消える間際で激しく輝く様に、セフィリアはもてる全ての力を燃焼させ、再び主の姿へと戻ると、自身に力の言葉をかける。
「主の名において自身に命ずる。全ての力を使い、滅びを呼ぶ光を退けよ!」
セフィリアの口から紡がれた力の言葉の願いにより、全身から七色の光が眩く周囲を包みこむ程にほとばしると、メルカバーのあまりにも大きな力をも飲み込み、遂に光の波動を打ち破る。
セフィリア決死の力で破られた天の緋は、霧散し、まるで蛍の様に周囲をゆらゆらと漂う。
「なんだと……!」
全てをねじ伏せようとするシェムハザの野望の輝きは消え、二人の清廉なる天使が黒い野心と言う名の弾圧から解放された時、月の女神セレーネは何も無いところから白銀の弓を出し、アザゼルから渡された矢を番えて天空術の詠唱を力強く行った。
「全ての思いをこの一突に、欲望を穿つ最後の聖撃、神威なる希光、ピアシング・オブ・シルバームーンライト!」
自身の願い、祈り、思い、全てを気持ちにこめて、セレーネは矢を放つと、解き放たれた矢は流星の様に尾をひきながら、メルカバーの胸の宝玉に突き刺さる。
突き刺さった部分から、みしりときしむ音がした後、瞬く間にヒビが宝玉全体へ広がると、ガラスが落ちて砕けた様な音と同時に、宝玉が粉々に散りばり、中に居たシェムハザの姿が露となる。
「今だよ! セフィリア様!」
天界最強の兵器メルカバーを、疲労の極致であった天使達に突破され、唖然としているシェムハザに、セフィリアは最後の力を使い、両手の平をシェムハザへ向けると天空術を詠唱する。
「主最後の光、邪なる願いを滅ぼし、神聖なる使者に未来への道を示せ、セイクリッド・カタストロフィック・ファイナリティ!」
セフィリアのかざした手に、ゆっくりと七色の光が集い、やがてそれは球状の光の塊となって行く。天空術の詠唱が完了した時、セフィリア渾身の一撃が、主を目指し、そして成就目前で失敗した天使へと何の迷いも無く一直線に向かう。
「ば、馬鹿な! こんな事が……、こんな事があああーーーー!」
セフィリアの放った最後の力は、宝玉の中に潜んでいたシェムハザを飲み込み、メルカバーの胸に風穴を開ける。
光の塊が天界の上空へと飛び、見えなくなった後、メルカバーは大爆発を引き起こし、無数の光の粒をばらまきながら崩壊してしまった。
「……全部、終わったね」
シェムハザの野望の最後を、月の女神セレーネが寂しげな瞳で見届けていた時、普段の姿へと戻ったセフィリアは突然セレーネの胸へ抱きつき、何度も何度も甲高い声で謝りながら大声で泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
過去にこれほど感情を露にして泣き出した事が無い程、セフィリアは泣き続けた。
今まで自身が内に隠していた、大切だった人に伝えられなかった言葉は、大量の涙と共に零れ落ちる。
「ずっと言いたかった、ずっと謝りたかった! あんなに私の事を好きでいてくれたあなたに、私は取り返しのつかないことをしてしまった!」
僅かたりとも忘れた事はないよ。
だから謝りたかった。一言でいいからごめんなさいと言いたかった。
許されなくてもいい、怨まれてもいい。
そして、あなたに……。
あの時、伝えられなかった私の本当の思いを伝えたかった。
「私も……、あなたの事が大好きです。セレーネ……」
メルカバーの残骸を背景に、今まで胸の内に秘めていた、恐らく二度と言う事が出来なかったであろう言葉を顔をあげて伝えた後、セフィリアは月の女神セレーネの胸に再び顔を押し当て、声をあげて泣き続けた。
そんなセフィリアを、月の女神セレーネは何も言わず、優しい笑顔と眼差しで見つめながら、ゆっくりと頭をなで続ける。
それは、まるで昔にあった、セフィリアが泣きじゃくるセレーネを慰めている様子と同じであった。
優しい歌が、静かな声が聞こえる。
あの戦いからどのくらいの時が過ぎたのだろうか?
地上は浄化され、箱舟に逃げ込んだ者以外は全て濁流によって飲み込まれた。たとえ破滅の女神であったとしても例外ではないだろう。
魔界は地上へ通ずるゲートを固く閉じたまま沈黙を保っている。
そして天界は、多くの天使が消滅してしまい、最終的にはセフィリア、セレーネ、ラファエルの三体のみとなってしまった。
一度に多くの天使が無くなった影響なのだろうか、かつての激闘の爪あとなのだろうか、天界は無数の青白い光が地面から湧き出て、ゆらゆらと天へ昇っていく現象が続いている。
「セフィリア様~」
「なんでしょう? セレーネ」
崩れた主の間、目を閉じ鼻歌を口ずさむセフィリアの膝枕で半分眠っていたセレーネがふと呼びかけた。セフィリアは歌うのをやめ、柔らかな表情で応える。
二人は力を解放した時の姿ではなく、普段の姿だ。
セレーネはそんなセフィリアの穏やかな笑顔を確認すると、ゆっくりと起き上がり、セフィリアの頬に軽くキスをした。
「私も愛してるよ、セフィリア様」
過去に私が暴走した時、セフィリア様が言ってくれた事。
すごく嬉しかった、すごく暖かかった。
私も同じ気持ちだよ、女神の時とは違う、信頼し、親しみ、愛しむ思い。
そんなセレーネの言動に、セフィリアは笑顔で一言、穏やかに伝えた。
多くの者が犠牲になった、たくさんの命が失われてしまった。
無くなったものを取り返すことは出来ないけれども、私はその中からかけがえの無いものを見つける事が出来た。
もう二度と離れないよ。この命尽きるまで。
「あなたがいてよかった。もうずっと一緒だからね」
第二章 完結




