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scene 59 洪水と箱舟計画

 シェムハザとアザゼルが去り、各々は天界で傷を癒し体力回復に努めていた時。

 二人が言い残した言葉と同行が気になり、ラファエル、セフィリア、ルシフェル、セレーネは天井の無い主の間に集い、話し合っていた。


「奴らがするであろう事は既に解っている。七つの罪を取り込んだ琥珀の知恵の実を他の天使に組み込み、破壊の女神とやらを再び目覚めさせると言う事だ」

 ルシフェルは相変わらず表情を変えずにいるが、どことなく解せない感じではあった。セレーネも同様に何かがつかえている時のように怪訝そうな顔をしている。


 二人は何を思っているのだろう?

 ルシフェルは相変わらずだけれど、セレーネもあんなに難しそうな顔をしている。


 セフィリアはお互いの険しい表情を見て何を思慮しているのか考えていた時、ラファエルがいつもの穏やかな表情のまま話し始める。


「天使は、今地上にいる者はあの二人以外おりません。知恵の実を組み込むにも、天使がいなければ出来ないですよね」

 まさか自分らが破壊の女神になるとも思えず、彼らの一見失敗しそうな野望は、ラファエルの心の不安を半分ほど取り去っていたのである。


「ねね、洪水って言ってたけども、本当にそんな事出来るのかなあ?」


 不機嫌そうな顔をしたままセレーネが他の天使らに質問を投げかけて見る。その様子にセフィリアは、表情を少し曇らせゆっくりと口を開いた。


「地上全土の止まない雨を降らし続け、洪水を引き起こして世界を洗い流す。決定は天界の主にしか行う事が出来ませんが、可能なのですよ」

「地上に居る人々とか動物はどうなるのー?」

「……全ての命は、一部の例外も無くその圧倒的な水量によって飲み込まれて死に至り、浄化後の世界の大地へと帰るでしょう」


 その言葉を聞いたセレーネは肩をすくめて驚いた後、セフィリアの胸に飛び込んで顔をうずめ甘えた。

元々人間だったセレーネにとっては余りにも衝撃的で怖かったのだろう。

 セフィリアは大丈夫である事を伝えるかのように、セレーネの頭を何度も優しく撫でて慰める。


「破滅の女神が再び現れたら、その時は浄化の雨を降らすしかなかろう」


 ルシフェルは抑揚の無い声で冷徹なる決断を下す。セレーネは一瞬その意見に反発しようとしたが、自身が破壊衝動に飲み込まれたあの光景を思い出し、踏みとどまってしまう。

 セフィリアですら凌駕する力、今度発現してしまえば選択の余地が無いからである。


「少し気になる事があるから、ちょっと周りお散歩してくるー」

 セレーネはセフィリアから離れて、手を軽く振った後、主の間から離れてどこかへ行ってしまった。


「私もセレーネと一緒に散歩してきますね」

 セフィリアは翼を広げ、軽く浮きながらゆっくりとセレーネの後を追った。


「ラファエルよ、確か天使派の人間に腕のいい船大工が居たな。覚えているか?」

 考え事をしながら、ルシフェルは淡々と話しかける。ラファエルはその質問に笑顔で一つだけ頷くと、再び話し始める。


「全ての命の救済は不可能だ、しかし人間側にも万が一、最悪の事態に備えておくとよかろう。船を作り、洪水が止む間はそこで避難できる様にしてくれ」

「はい、直ぐに伝えておきますね」

 ラファエルはゆっくりと主の間から去り、ルシフェルの計画を下位天使らに伝えに行った。



「……杞憂であればよいのだが、ふむ」



 ラファエルを見送った後、ルシフェルは自身の髪を掻き分け、あごに手を当ててその場で考え込んだ。







 何の進展も無いまま、数日が過ぎた。



「大変だよお、セフィリア様!」

 セレーネが血相を変えて復興の手伝いをしていたセフィリアの下を尋ねる。その慌しい様子に、他の名も無き天使らも集まってくる。


「すぐに皆を集めて! お願い!」

 鬼気迫る態度に、ただならぬ事だろうと察知したセフィリアは、周囲に居た天使らに天界全ての天使達を集める様に頼んだ。各所で呼ばれた天使らも、そんな雰囲気に気づいたのか、今まで行ってきた作業を中断し、天界を飛び回って位や役割に関わらず天使達を主の間へと集合させた。


「どうした? セレーネ」

「何があったのでしょうか……?」

 セフィリアがセレーネの慌てる理由を問い、全員が沈黙したまま、真剣な面持ちや不思議がっている表情をしながらセレーネの回答を待っていた。


「あの子が居ないんだよお! 私がグリゴリの隠れ家で見た、ちっちゃい女の子が居ないの!」

 セフィリアは、聞いた直ぐには理解できなかった。

 あの子とは誰でしょう?

 小さな女の子の天使……?

 グリゴリの天使達は全員セレーネが主となった時、天界へ移ったと思っていましたが。


「あいつは確か……、シェムハザ様の命により待機しておけと言われていたような」


 琥珀色の瞳をした、元シェムハザの部下であった天使がセレーネの言葉で何かを思い出したかのように真剣な面持ちのまま一言漏らす。


「私助けに行くよ! このままじゃ破滅の女神になっちゃうよう!」

「待て、行くな」


 その言葉を聞いたセレーネは慌てて翼を広げ、かつてグリゴリの隠れ家だった場所へ一目散へ向かおうとした時、ルシフェルのいつも通り無機質なる制止が入り、体を一瞬びくりとして動きを止める。


「なんで! このまま放っておいたら……」

「セレーネよ、少しは落ち着け、感情的になるな。まだ時間の余地はある」


 セレーネが慌てる気持ちは解らなくは無い。そして全員が予想している通りだろう。

 その少女を破滅の女神へと仕立て上げる事は明白だ。

 しかし、それでもまだ解せぬ事が多い。


「地上で人間以外の存在が破壊活動をしている報告を受けていない。これはまだ破滅の女神が復活していないと言う事ではないか?」


 そうだ、まだ奴らも行動していない。

 そして破滅の女神を復活させない限り、シェムハザとアザゼルに勝機は無い。

 だが安易に目覚めさせれば、自分らが天界で高みの見物を行う前に女神の供物となってしまう。

 私やラファエルは戦えぬが天界には、セレーネとセフィリア、グリゴリから離脱した天使達、生き残った天使らが大勢いる。

 無闇に天界へ来ても無駄なはずだ、行動を移すならばセレーネの暴走がおさまったあの時が一番の機会だったはず。

 それをみすみす見逃して、奴らは一体何を目論んでいる……。


「まずは天使派の船大工が作っている地上生物救済の為の箱舟、これを天界の復興と同時に進めていけば良い、船が完成すればたとえ洪水が起きてもシェムハザの思い通りにはならないであろう」


 ルシフェルの言葉にセレーネは、胸の内に不安を抱えつつ、うつむきながら地上へ赴く事を踏みとどまる。


 その時、セフィリアはセレーネの思いの全てを汲んでいた。


 恐らくグリゴリの女神だった頃に、小さな女の子の面倒を見ていた。その子を過去の自分を照らし合わせており、自分が重なって見えるが故に感情的になったのだろう。

 その予想は見事に的中していたが、セフィリアは敢えて何も言わず、セレーネをそっと抱きしめ優しく背中を撫でた。


「天使派の船大工……、確かノアって名前でしたよね」

 セレーネを抱きしめながら、話の内容を逸らしセレーネの気を紛らわせる為、セフィリアはルシフェルに船大工の名前を確認する。


「ああ、そうだ。洪水から地上の生物を守る……、ノアの箱舟と言った所か」






 さらに時は過ぎ、天界の復興もひと段落する。


 再建を手伝っていたセレーネとセフィリア、ルシフェルは地上へ戻る事にしたのだ。

 三人とも、元々は堕落した天使である。今更戻るわけにもいかない事は十分承知していた。


「助かりました。出来ればここに残っていて貰いたかったのですが、それは叶わないのですね」

 ラファエルの言葉は本心であり、他の天使も三人には残って今後の天界を支えて欲しいと思う者も沢山いた。 


「また何かあれば言ってください、あなた達と共には過ごせないけれど、互いに助け合う事は出来ますからね」

「またね、ラファエル様、みんな~」

 セレーネは元気よく手を振りながら、セフィリアにもう片方の手を引かれて地上へ通ずるゲートを潜り、二人の姿はあっという間の無くなってしまった。


 そんな明るい対応に、ラファエルは安堵していた。

 もう一人の、人間だった頃のセレーネにあれだけ酷い事をした。恨まれて思いのままに処断されて当然であるべきだし、私も覚悟はしていた。

 けれどもセレーネからは一切のわだかまりも感じなかった。私を許していたのでしょうか?


 セフィリア……、いいえセラフィム様。

 あなたはこんなにも立派な人間の子を育てたのですね……。


 そしてセレーネの器量の大きさを実感すればする程、自身の小ささを戒め、今までの浅はかだった行為を悔やむ思いは一層強くなっていた。


 二人を見送った後、ルシフェルも地上へのゲートを開き、自身の隠れ家へと戻ろうとする。その表情はセレーネ達の普段から見せる朗らかな顔とは違う、……ある意味普段からなのだろう、何も感じさせず、眼差しは遠くを見つめたままである。


「シェムハザらは何も動いておりません、我々の取り越し苦労だったのかもしれませんね」

 ラファエルもいつもの笑顔でルシフェルに地上の無事を報告する。


 そうだ、結局何も無かった。


 天界は復興を遂げ、地上では箱舟が完成したと聞いた。

 セフィリアとセレーネもこのまま地上で穏やかに過ごしていくだろう。私も地上で研究の続きをせねば……。



 地上、シェムハザらが恐怖に陥れようとした場所。










 ……しまった、そういう事か!





 ゲートを潜りかけたルシフェルは体をひるがえし、顔色を変えて慌てながら大声で話しかける。


「ラファエル! すぐにセフィリアとセレーネを天界へ呼び寄せろ! 今すぐだ!」

「どういう事です?」

「奴らは、セフィリアとセレーネが離れるのを待っていたのだ!」


 ルシフェルの言わんとする事がラファエルにも伝わり、急ぎで地上へ使いを送ろうと近くに居た琥珀色の瞳の天使に指示したが、まるで魂を抜かれたかのように虚ろで、当然ラファエルの声も届いていない。


「無駄ですよ、琥珀色の天使はもう我々の命令しか聞きません」


 最も外れて欲しいと願った予想が見事的中する。まるでこの機会を待っていたかのように声が聞こえると、セフィリア達と入れ違いになる形でゲートが開き、そこからシェムハザとアザゼルが現れた。


 ラファエルは二人の姿を見た瞬間、翼を広げて自らが地上へ赴こうとした時、別の琥珀色の瞳の天使達に取り押さえられ身動きが取れなくなってしまう。


「彼女は殺してはいけません、逃がしてもいけません、牢へ閉じ込めておきなさい」


 そう……、彼女だけは殺してはいけない。

 あなたの事は忘れませんよ、大天使ラファエル。

 私がこの世界に生を受けた時からずっと覚えています……。


 シェムハザは、笑顔のままラファエルを天界の神殿地下にある牢獄へと閉じ込めるように伝える。琥珀の天使達は、操られるままにシェムハザの命令を忠実に遂行した。

 抵抗出来ず、なす術の無いラファエルは笑顔が消えた暗い表情のまま、うつむきつつ天使達に連れて行かれしまった。


 そして、ラファエルがこの場から居なくなった事を確認すると、高らかと、大声で、勝ち誇りながら天界全土へ聞こえるほどの声で言い放つ、


「シェムハザが命ずる、ラファエル以外の青き瞳の天使を皆殺しにしなさい!」


 その瞬間、共に協力し復興を手伝った琥珀の天使達は、突然手に武器を持ち、周囲の青き瞳の天使を見境無く攻撃し始める。


「馬鹿な、おのれ……!」

 ルシフェルは表情を変えないまま黒水晶の剣を出すと、そんな途方も無くありえない命令を出したシェムハザへ、内に滾る怒りのぶつけるが如く、猛然と斬りかかる。


 しかし、シェムハザの二本の剣の前に阻まれてしまう。


 セレーネとの戦いで片手を失い、体力は回復させ一命は取り留めたがその代償は計り知れなく、もう満足に天空術を発動させる事も、華麗な身のこなしも出来なくなっていたのだ。


「これが明けの明星、輝かしき金星とも呼ばれた天使の力ですか。……フハハハハ! なんとも無様! どうしようもない無力!」


 シェムハザは大声で笑いルシフェルを蔑んだ後、攻撃を受け止めてつつ一度だけ足蹴をしてルシフェルを吹き飛ばす。

 避けることも出来ず、防ぐ事もままならず、シェムハザの攻撃を受けたルシフェルは大きく吹き飛ばされてしまい、立つ事も出来ずにその場で蹴られた腹部を抱え悶絶している。


「あまり笑わせないで下さい。我らの悲願が成就し、ただでさえ笑いが止まらないのですよ」

 シェムハザはルシフェルと同じ様に自身の腹をかかえて、確定した勝利、優越感、達成感に酔い、それらの思いから出る笑いを堪えようとした。


「さあ、我らがグリゴリの天使達、今こそ旧体制を滅ぼし、我らが新たな時代の舵を取りましょう!」


 突然の出来事かつ、元々琥珀の天使の方が力は上だった為、それは一方的な虐殺となった……。

 抵抗する間も無く切り刻まれ、天空術で焼かれ、周囲には悲鳴が響く。折角復興を遂げた街並みは無慈悲なる反乱の犠牲となる形で破壊され、再び天界は廃墟へと変貌してしまった。


「さて……、これから私は洪水を引き起こす為の儀式を行えばなりません。あなたのような没落したクズ星といつまでも遊んでいる程、暇は無いのですよ」

 シェムハザはアザゼルに目線で何か合図を残し、それに無言で答えたのを確認すると、翼を広げて飛び立とうとする。


「愚かな、洪水は主の力を持つ者しか引き起こす事は出来ぬ。お前が行っても無為に終わるだけだ」

 ルシフェルは今までに無い程に、その表情を惨めかつ苦痛な色に染めながら必死で立ち上がり、シェムハザに言い放つ。


「……七つの罪を取り込んだ琥珀の知恵の実は、主と同じ質、量の力を持っている事はセレーネが示してくれました。地上で破滅の女神を覚醒させる前、私も僅かですが、琥珀の知恵の実の力を受けたのですよ」


 なんて事だ……。まさかここまで用意周到だったとは。

 そして私は気づかなかった、奴らの作戦を見抜く事が出来なかった。

 漠然とした不安はあった。自分でも納得のいかない部分はあった……。

 だが、しかし……。

 不覚……。


 ルシフェルはその場で突っ伏し、全てを諦め、心を絶望へと落とし、やがて体はぴくりとも動かなくなってしまう。


 天使達の残虐のなる血と殺戮の宴の最中、シェムハザは天界の中心に存在する生命の樹の根元、そこにある祭壇で天空術を詠唱した後、自身の力を生命の樹に送り込む。


 これで地上は洪水が起こり、愚かな人間共が我々に必ずすがって来る。

 その時に一定数のみを選定し、天界へ住まわせた後、洪水がおさまり浄化された地上へ解き放つ。

 さらに洪水を引き起こしたのは青い瞳の天使と言えば……、ククク、何とも我ながら完璧な計画なのだ。

 我々が天界を支配し、地上をも支配し続ける。馬鹿な人間達は我々琥珀の天使を、救世主として未来永劫崇拝し続けるでしょう!



 そして、遂に、私が天界の主となるのです!



第二章 最終回 予告


シェムハザの野望は動き出し、洪水により世界は大きく変化する。

天使と少女の長かった旅の終着は、はたしてどのようなモノになるのか。


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