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scene 54 琥珀の真実

 私がたどり着いた場所は、地上のどこかとしか解らなかった。けれど、どの方角へ行けば目的地に辿り着けるかと言う事は不思議と理解していた。


 ガブリエルは必死だった。彼が語った言葉は少なく、私が今の天界の主によって捕らわれていた事は解ったけれど、それ以外の事、特にセレーネの事は何も解らずじまいのまま。

 全てを知るために、そして良く解らないけれど託されたこの書物を届けるためにいかなければならない。なるべく早く、急ぎで……。


 セフィリアはガブリエルによって教えられた場所へ飛んで真っ直ぐ向かう。飛ぶ事よって目立つ可能性も十分あるけれど、悠長に構えている場合ではない、なるべく迅速に行動しなければならない。



 空を飛んで半刻もしない内にセフィリアは目的地へと着いた。

 ガブリエルから送られた風景通りの場所だ、ここで間違いないだろう。この場所で待っている者にこの本を渡せと言っていたけれども、誰が待っているのだろう……?


 どんな存在が待つのだろうかと警戒しつつ、森の奥へとセフィリアは歩みを進めていく。途中何度か道を通るたびに不思議な感覚がしたのは、結界か、あるいはそれに類する力によってこの場所を外部から守られている事だろうと、セフィリアは気づいた。

 そして、ある程度歩いた先に人影が一つ見える。まるで私が来る事を待っていたかのように佇むその影の正体は、かつて私がもう一人の自分との決着にて、共に戦い抜いた堕天使ルシフェルであった。


「やはり、ガブリエルは戻らなかったか……、嘘であって欲しかったが……」

 普段は感情を表に出す事をしないルシフェルが、顔をうつむき肩を落として、こんなに落ち込んでいる。こんなそぶりを見せた彼を見たのは初めてかもしれない。


「とりあえずこっちへ来い、……そしてその格好ではみっともないだろう。これを着るがよい」

 無我夢中で今まで全く気づかなかったが、私は首輪をつけて他は一切身につけず、生まれたままの姿でずっと行動していた…。ルシフェルの言葉でその事にようやく気づき、森の奥の小屋へと招かれた後、首輪を外して、ガブリエルから託された本と交換する様に、ルシフェルから手渡された衣装を受け取り身に纏った。


「この服は……?」

 それは過去、私が月の女神セレーネから送られた衣装と同じ、白いホルターネックのロングドレスだった。何故これをルシフェルがもっているのだろう?

「……先代セラフィムの数少ない形見だ、未練がましく持っていたが、お前が着た方がよかろう?十分に活用してくれ」

 どうやら私のひとつ前にセラフィムの位にあった天使…、ケルビムの策略にはめられ窮地に陥り、そして私が殺害した、ルシフェルの大切だった存在……。

 確かに私とそっくりだったし、たぶん髪色と瞳の色さえ同じであれば同一人物と言ってもおかしくないほどだと思う、貰った服の大きさもぴったりだったし着た時の違和感も全く無い。


 でも女神セレーネから貰った服とは違い、着ているだけで何と無く力が湧き出るような気がするのは、この服に特別な力が施されているのだろうと、私は感じていた。

 

「さて、まずはお前に見せたい物がある」


 一つ意味深なため息をついた後、ルシフェルは手の平をかざして半透明の球体を出現させると、球体がゆっくり光り、ぼんやりとある風景が映し出される。

 そこに映っていたのは私が天界を脱出する時に、私とガブリエルを追っていた、他の天使とは雰囲気の違う、白金のロングヘアーを揺らせながら歩く、ノースリーブのドレスを身に纏った天使だった。


「今の天界の主ですよね?」

「ああ、そうだ。ガブリエルにそこまでは聞いているようだな」


 動揺はしていないか。おおよそだがセフィリアの現状知っている情報量は把握出来た。さて……、ここからだが……。

 真実を伝えた時、彼女がどのような反応を返し、行動をするのか手に取る様に解る。

 ここで躊躇っても何も前に進まぬか……、ふむ。


「あれが今のセレーネだ。セレーネは琥珀の知恵の実の力を得て今の姿となった」

 伝える事を迷いつつも、まずは一つ。重大な事実をセフィリアは伝えられた。その事を聞いたセフィリアはただ呆然としていた。


 あれがセレーネなの……?

 本当に?

 私の知っているセレーネの姿と全然違う、身に纏っている雰囲気も今までとは異なる様な気がするし……。何故あんな姿に?

 琥珀の知恵の実って、もしかしてシェムハザとアザゼルが来た時に渡したあれの事かな……?

 確かにセレーネに預けていたけれど……。

 どうして?何が起こったというの……?


「次にこれを見ろ。本当なら見ないほうが良いのかもしれないがあえて見て……、知るべきだ」


セフィリアの目の前に、その情景が繰り広げられると……。

「あ……、ああ……! うぅっ!」

 あまりの衝撃的な映像を目の当たりにした結果、セフィリアはその場でうずくまり、内からこみあげてくる物を口に手を当てて抑えようとするが、体を震わせて耐え切れずに何度も嘔吐する。

 顔は青白く、見開いた目からはうっすらと涙が窺える。


 半透明の球体に映されたのは、セフィリアが自我を取り戻す少し前の話……。

 セレーネの奴隷として、セレーネの意のままに操られたセフィリアがセレーネと……、性行為に及んでいる姿だった……。

 互いは悦な表情をしながら、この長くも短い時を快楽に委ねて溺れている。


 う……、嘘よ……。

 こんなの……、絶対にありえない……。

 どうして?何故セレーネが……、私にあんな事を……。

 セレーネは……、ずっと望んでいた?

 私とああいう事をするのを望んでいた?

 そんな事は無い!

 断じて無い!

 ……きっと琥珀の知恵の実のせいよ、間違いないわ必ずそうに決まっている!

 こんなの認めない……、なんで……、嫌だよ……セレーネ……。


「少し時間を与える。その間に気持ちの整理をつけておけ」


 事実を知り、今まで何をされていたかを理解し、ショックのあまり塞ぎこんでしまったセフィリアを置いて、ルシフェルは奥の部屋へと入っていった。


 セフィリアはその後も幾度か吐き、自身の美しい髪がくしゃくしゃになるほど頭を抱えて自問自答しながら苦しみ、そして最後に声をあげて泣き出した。他に音が無いルシフェルの隠れ家に、悲劇の渦中にあるセフィリアの泣き声だけが響いていた……。




 セフィリア自身の喪失は数日に渡って続き、その間ルシフェルはセフィリアの前に出る事は無かったが、頃合いかと見越したルシフェルは、セフィリアの居た部屋に入る。

 そこには、水浴びを終えて着替えている最中のセフィリアがいた。

「もう、大丈夫なのか?」

「ええ……、いつまでも泣いていられないですから……」


 表情は真実を知った時の青ざめた顔ではなく、これから何かを成そうとする決意の顔になっていた。

 目にはまだ涙が窺えるが……、どうやら立ち直ったのだろう。いい表情になった。

 この顔を見たのは、デストラクターを倒すと決めた時以来だろうか。

 これならば十分戦力になる。さらなる真実を話さねば……。


「着替えが終わったらついてこい。琥珀崩し、するぞ」


 着替えを終えたセフィリアは、ゆっくりとルシフェルの後を追い、奥の部屋へと入っていく。


 招かれた場所は、ルシフェルの研究室だった。

 ガラスで出来た得体の知れない液体を満たした小瓶がずらりと棚に並び、同様に様々な言語で記された書物がある。他は実験で使うであろう金属製の道具や、複雑であろう計算式や図式が雑に書かれた、メモ書きで使用したであろう羊皮紙が散乱していた。


「まず、琥珀の知恵の実について教えておく。あれは天界の生命の樹の一部を採取後、それに魔界に生息しているナナシンの樹を接ぎ木して育てる。育てる時は天界の泉に沸いている聖水と通常の水を六対四の割合で薄めた物で育て、土にはオルポートウルフの糞を混ぜておく事。この状態で三十六回日没を繰り返すと出来る実を採り、四倍濃縮魔力化合水で……」


 えっと、何を言っているんだろう……?

 ナナシン……?

 オルポート……?

 私も比較的本を読み、知識はある方だと思ってたけれども全然解らない……。


「えっと、どういう事でしょう……?」


 ルシフェルの真剣かつ、専門的過ぎる説明にセフィリアは何が何だかちんぷんかんぷんであった。これ以上聞いても、自分では到底理解できないであろうと察した時、申し訳なさそうに口を開く。


「……悪い癖が出たようだ、すまない」

 セフィリアがあっけらかんと眺めている事に気づき、ルシフェルは説明を止める。

 もっと簡素かつ、誰にでも理解出来る様に説明せねば、我ながら直すべき短所だな……。


「結論から言うと、この琥珀の知恵の実を取り込む事によって、大幅な天使の力の強化と、己の理想とする容姿になれると言うメリットがある」


 セレーネがあの様に大人の姿となったのは、それが自身の理想としていたからと言う事をセフィリアは理解する。

 確かに、少し前に地上で悪魔に支配された街でも言ってた気が……。セフィリアは過去のセレーネの言葉を思い出す。


「はぁー、私もあんな大人っぽくなれたらなあ……」


 そうだ、セレーネは確かに大人の姿になる事に憧れを抱いていた。

 あれがセレーネにとってなりたかった姿と言うわけなのね……。

 昔のままでも十分可愛いのに、どうしてだろう……。

 

 セフィリアは様々な感情が入り混じった、複雑な思いを胸に募られていた。

 そんなセフィリアの様子を見つつ、ルシフェルは再び語りだす。


「しかし、大きなリスクもある。琥珀の知恵の実は力と理想の容姿を与える代償と言うべきだろう、もう一つ、あるモノを与える」

「それはなんでしょう……?」


「己の欲望……、すなわち七つの大罪だ」


 七つの大罪とは、暴食、色欲、嫉妬、強欲、憤怒、怠惰、傲慢からなる、天使を堕落させると言われる感情群である。

 危険かつ天界側に甚大な被害を及ぼす可能性あるいは及ぼした事実がある者、特に力の強い悪魔や堕天使には負の異名として上記名称を二つ名として天界から与えられ、それらの者の動向を監視下においている。

 それ程に、この七つの言葉の意味は重い。

 セフィリアも、ルシフェルの放った言葉にただ驚き、何も考える事が出来ない。一時的な無なる状態に襲われてしまった。

 勿論こうなる事はルシフェルも十分予想出来ていたし、事実予想通りの反応だった。



 少しの間の後、衝撃的な事実から何とか自分を取り戻したセフィリアは、今度は顔を俯いて考え込んでしまう。


 七つの罪を全て取り込んだのならば…、私をあんな風にしたのは色欲か強欲なのだろうか……?

 怠惰は今までの苦労の裏返しなのかな……?

 他の動機がよく解らない……。


「セレーネの内なる思いを最も理解しているのは、セフィリアお前だ。そのお前が解らないのならば、他の誰もが知らないであろう」


 ルシフェルの言葉に、考え込んでいたセフィリアは重大な事に気づき、酷く落ち込んだ。

 胸の苦しさを手を当てる事で和らげようとするが、思い込めば思うほど、ぎちぎちと、きつく締まり息苦しさを感じる。


 私はあの子を本当に理解しようとしたのだろうか?

 あの子の内なる思い、私の事を好きでいる、私とずっと一緒に居たいって事以外、知っていただろうか?

 私はセレーネに甘えていたのかもしれない。いいえ、甘えていた。断言できる。

 いつも私の側に居てくれた、いつも変わらない笑顔で私を元気にしてくれていた。でも私は、あの子を信頼して…、違うただ依存していただけ……。

 あの子はいろいろしてくれた筈なのに、私は…、セレーネに何もあげなかった……。


「お前にもいろいろな思いはあるだろう、直接伝えなければならない事もあるだろう、……最悪、お前が最も大切としている者と剣を交える事になるかもしれん」

 ルシフェルは暗い表情のセフィリアを半ば無視しつつ、真っ赤に染まった剣と、円形の真っ黒な盾を手渡そうとする。


琥珀崩しの魔剣グレイスオブアンチアンバー、琥珀の知恵の実に直接攻撃が出来る武器だ。そしてこの盾は閉ざされた心の扉メタパワーワードシールド、私がかつて主と戦った時、力の言葉を無効化する為に作った物だ。これで琥珀崩しを行え」

「ええ……」


 顔色が戻らないセフィリアだったが、ルシフェルから手渡された装備を持ち、一つ大きく呼吸した後……、顔をあげた。


 ごめんねセレーネ、今あなたを迎えに行くからね。

 一緒に帰ろう……。

 あなたと理解する為に……、もう躊躇わない。私は迷わない。


 私は私自身の持てる全ての力を尽くし、琥珀の女神と戦うよ。


 今まで涙で濡れていたセフィリアの瞳は、まるで嵐が去った後の澄んだ空のように透き通っていた。



ANGEL MEMORY how to 13 「琥珀の知恵の実の作り方フルバージョン」


天界の生命の樹の一部を採取後、それに魔界に生息しているナナシンの樹を接ぎ木して育てる。育てる時は天界の泉に沸いている聖水と通常の水を六対四の割合で薄めた物で育て、土にはオルポートウルフの糞を混ぜておく事。この状態で三十六回日没を繰り返すと出来る実を採り、四倍濃縮魔力化合水に浸して月が十七回昇った後、ユニコーンの角を削った粉をまぶし神光クラスの火炎系天空術で表面が黒く煤けるほど焼き、砂神の皮膚と呼ばれるサンドスコーピオンの殻で実が白くなるまで磨き続ける。その後に太陽の光を日の出から日の入まで当て続ければ、琥珀の知恵の実となる。


---*---


次回予告


セフィリアとルシフェルは超越天使との死闘にその身を投じた。

琥珀の知恵の実の力を取り込んだ女神セレーネと光の創造主の力を全て解放したセフィリア。二人の壮絶な戦いが、今始まる。


次回、scene 55 琥珀の女神(セレーネ)堕落した天界の主(セフィリア)

「セレーネ、今だからこそはっきりと言います、あなたの事が……」

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