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scene 53 独断(ドグマ)からの解放 act 2

「目暗ましの光、フラッシュライト!」


 相手に気がつかれたと同時にガブリエルは素早く天空術を放つ。周囲は眩い光で包み込まれ、セフィリアを見つけた超越天使はそのあまりに激しい光を不意に受けた結果、体はすくみ一時的に目が見えなくなってしまう。

 ガブリエルはセフィリアの手を引き、この隙に何とか逃げようと全力で走った。


 とりあえずこの場はしのげたけれど、一時的なもので時間が経てばさらに多くの追っ手が来てしまう。一刻も早く天界から出なければ……。


 二人は何とか気づかれない様に、見つからないように周囲の集中しながら進んでいく。


 何とかして脱出し、ルシフェル様にこれを届けないと……。

 ガブリエルは衣服の内側に隠したルシフェルの研究記録に手を当てながら、思考をフル回転させてどうにか脱出しようとする。



「おい、セフィリアはどこへ行った?」

「俺はこっちを探して見る、お前は向こうを探せ」


 ガブリエルの予想より遥かに早く、神殿内部はセフィリアを見つけようとしている天使達でいっぱいになってしまった。

 今は物陰に隠れてぎりぎり見つからずに済んでいるが……、もうこうなっては身動きを取る事すら難しい。

 ガブリエルは決断に迫られていた。


 このまま二人で脱出が不可能となれば、残る選択肢は三つ。

 一つ目、セフィリアを見捨てて自分だけで逃亡しルシフェル様との約束を果たす。

 二つ目、僕とセフィリアで戦い、力でこの緊迫した状況の打開を試みる。

 三つ目、大人しく諦める。


 一つ目は最も成功率が高く、ルシフェル様の願いも叶えられる。しかし折角目覚めたセフィリアを手放してしまう。今度セレーネに捕まってしまえば、次はもう力の言葉の独断からは逃れられないだろう。

 そこまでしてセフィリアを救う意味があるのかと言われれば、ある。

 彼女は唯一、主となったセレーネに対抗出来る可能性がある天使だ。

 失ってしまったら、琥珀色の瞳の天使以外で対抗出来るものはいないだろう。たとえルシフェル様であっても……。

 よって、一つ目は却下……。


 次に二つ目、力ずくでこの場を乗り切るのだが、これは最終手段でしておきたい。

 戦えば恐らく勝てるだろう、セフィリアの手に武器はなさそうだが、彼女の天空術ならここにいる天使達を容易に吹き飛ばす事も出来る。

 なら何故、確実と思われるこの方法を使わないのか?

 今はまだいい。しかし、戦闘に勝利し続けた結果、もしも主であるセレーネ自らが来たらどうなる……?

 絶対に勝てるわけが無い。あの力の言葉の独断がある限り、我々の生殺与奪は思いのままと言っても過言ではないからだ。

 よって、これも却下。


 最後に三つ目、……考えるまでも無い。

 今諦めても何も得る物が無い、服従する振りをしてこの場をやりきった後、ルシフェル様に例の物を届けるという手もあるが、必ず何をしたかを問われるだろう。そうなったら逃げ切れない。

 よって、この考えも却下!


 いい考えが思いつかない、なんてこったい……。

 でも待っていても捕まるのは時間の問題、このままここにいても状況が良くなるわけではない。

 かくなる上は、却下したけれど二つ目の作戦で……。


「セラフィム様、この場は戦ってきりぬけま……」

「ちょっと待ってください、何か近づいてきます!」


 ガブリエルの決死の判断を遮り、セフィリアは話しかける。今まで何がなんやら訳がわからずついてきた、混乱気味のセフィリアとは訳が違う、何かこう、自身の身の危険を察知した様な。明らかな焦りが見える。

 立ち上がろうとした二人は再び身を伏せると次の瞬間、ガブリエルの肌を刺す様な感覚に襲われる。それは圧倒的な力の持ち主に出会った時に生じる何かだろうか。

 恐らくセフィリアも感じているだろう、自分の体を抱きかかえている。


 ガブリエルの予想通り、一人の天使の姿が遠くの方に見える。その天使からは、今までセフィリアや僕を捜索している下位天使者達とは違う、明らかに異質な雰囲気を放っている。

 長い髪は歩くたびに揺れ、視線は冷たく全てを見下しており、自信に満ちた表情をしながら何かを…、恐らくは居なくなったセフィリアを探している。

 紛れも無くその天使は現天界の統治者であるセレーネであった。セレーネはまるで、既に居場所は解っているのにあえて知らない振りをして隠れている者を探している様だった。


「あの天使は他の天使とは違う雰囲気を持っていますが、一体何者なのでしょう?」


 もしかして、主として目覚めたセレーネの事を知らない……?

 操られていた時の記憶が無いのか?

 そうであったとして…、正体をセフィリアに打ち明けていいものだろうか。

 今言ったら、きっと飛び出して出て行ってしまう。それは僕にも十分解る。


「あれがセラフィム様を監禁していた今の天界の主です」


 ガブリエルはセレーネである事は告げず、主について簡素に説明する。

 絶対に言えない、気づかれたらおしまいだ。


 しかしセフィリアは疑問に感じていた。

 既に主として目覚めている私がいるのに、さらに主がいるなんてどういう事なのでしょう?確かにあの天使からは凄まじい力を感じるけども、私が宿している主の力とは何かが違う気がしなくもないような……。ガブリエルはまだ何か私に言ってない事があるのかしら?


 ガブリエルはセフィリアの手を再び引き、セレーネが体の向きを変えた隙に今の場所から、近くの天使が休息する部屋へと逃げ込んだ。幸い、その部屋は誰かに使われている痕跡が無く、空き部屋なため、ここなら入って来る事はないだろうと考えたが、所詮一時しのぎ、いつかはここもばれてしまう。


 僕は考えたくなかった、出来れば使いたくはなかったがもう一つだけ作戦があった。

 それは、セフィリアにルシフェル様の研究日誌を預け、セフィリアだけをここから逃がす。成功は恐らくするだろうし、ルシフェル様の願いも叶う。しかし、僕は…。

 ええい、迷っている場合じゃないんだ!

 僕一人ならどんな状況でも逃げられる!

 セフィリアを見送ってから逃げればいいだけじゃないか!

 怖がるな!

 恐れるな!


「セラフィム様、これを受け取り下さい。そして、顔をこちらへ近づけてください」

「こうですか……?」

 ガブリエルの急な頼みにセフィリアは多少戸惑いながら、ぼろぼろの本を受け取り、顔をガブリエルへと近づける。

 するとガブリエルは、セフィリアの額に中指を当てて目を閉じ、精神を集中させる。そしてルシフェル様がいる場所の映像と結界を抜ける鍵をセフィリアの頭の中へ直接送るのだ。


 セフィリアは不思議がって僕を見ていた。不安そうな面持ちだった。僕の事を心配している様にも見えるけれども、今はそんな事を考えている場合ではない。早くセフィリアを地上へ送らないと……。


「今頭の中で浮かんだ場所へ行き、そこで待つ存在にその本をお渡し下さい。そうすれば、あなたが今欲している情報の全てを手に入れ、あなたが今後どうすればよいかがわかるはずです」

 僕は早口で用件を伝えきり、地上へ繋がるゲートを開いた後、すぐさまセフィリアをそこへ突き飛ばした。

 何の前触れも無く、身構える事も無かったため、セフィリアはゲートの中へ無抵抗のまま送られていく、僕はその様を確認した後、すかさずゲートを閉じる。


 セフィリアは何とか地上へ送り届けた。これで彼女が余程もたつかなければ大丈夫だろう。後は僕がここから脱出して……。


「ここにいたのですね、何をしているのですか? ガブリエル」


 自身の脱出を試みようとしたその時、扉が開くと同時に優しい、穏やかな声がガブリエルの背後から聞こえる。

 僕は恐れながら振り返り、……そして絶望した。


「何もしていませんよ。我が主、セレーネ様」


 何とセレーネがこの場所を嗅ぎつけたのだ。さっきゲートを開く時に力を使ってしまった。それでここがばれてしまったのだろう……。

 咄嗟に跪き、顔を下に向けた。それは服従されている事を表現すると同時に、自分でも気づかないうちに出ている動揺の表情を隠す為でもあった。


「そうですか、ではセフィリアは見ませんでしたか?」

「いいえ、見ておりません」


 ガブリエルは自身の気持ちを落ち着かせ、心の乱れを鎮める。咄嗟にそれが出来たのは流石高位天使と言った所か。顔をあげ、笑顔でセレーネの質問に答えた。


「……残念ですよ」

「ええ、僕も十分に解っております。セレーネ様が大事になされている方ですから」


 もしかして気づいていない?

 僕がルシフェル様の研究日誌を奪い、セフィリアをここから逃がした事を、この主は何も知らない……?

 あんなに残念がっている表情を見せたのは初めてかもしれない、いつも自信に満ちた……あれは傲慢かもだけど、そんな表情をしているのに。

 何もばれていない?

 じゃあ問題無いじゃないか!

 それならいくらでもどうとでもなる!

 この場も凌げる!

 僕は……、生き残れるんだ!


「信じていた、愛していたのに……」

「確かに、セフィリア様とセレーネ様が仲が良かったですから、僕も残念です」


 ガブリエルはセレーネの表情にあわせて残念そうな顔をする。

 このままこの場をやりすごせる!そう確信した、僅かなに気が綻んだ瞬間……。



「主の名において汝に命ずる、汝が成してきた事を全てこの場で自白した後、自決せよ」



 い、意識が……、頭の中が……、まっ……しろ………に。


 セレーネの悲しみと憤りが、ガブリエルに命じた。力の言葉の独断により、ガブリエルの自我は失われ、意識を無くし、操り人形と化したガブリエルは今までの出来事をセレーネにゆっくりと、淡々と伝える。

 全てを伝え、ガブリエルは自身が持っていた短剣で自らの胸を貫いた後……、光の粒となってゆっくりと消滅していった……。


 「セフィリア、どうして私の下から去って行ったの? 私が……、嫌いなの?」


 セレーネの大好きなセフィリア、自由意志を奪い、所有物として置くほど愛していたのに…、何故、どうして?

 こんなに、こんなにあなたの事を思っているのに、なんで解ってくれないの?


 セレーネは消え行くガブリエルを見ながら、心の中は深い悲しみに包まれて行くと同時に、何か真っ黒な思いが内から自身を支配して行く事も感じていた。

 この時のセレーネの表情は、……笑顔だった。



 勝手は許さないよ。あなたは私のモノなのだから。



「恐らくセフィリアはここへ戻ってくるでしょう。今は無理な追撃を避け、彼女を迎え撃つ事に専念しなさい」

 セレーネは近くにいた下位天使に命令を下す。下位天使は他の天使達に命令を伝えるべく、駆け足でその場から去って行った。


 そう、いつか必ずここへ来る。セフィリアならきっと来る。

 そして、あの人がするべき事は……。その時、私が成すべき事は……。


 今後の展開をある程度予想しつつ、セレーネの胸の中は大切な者を失った喪失感と、もやもやとした不快感で満たしていた。



次回予告


ガブリエルの命がけの救出により、ルシフェルと合流したセフィリアは

託された書物をルシフェルに渡し、セフィリアが欲していた事実を聞かされる。

そして、セフィリアはある決意をしたのであった。


次回、scene 54 琥珀の真実

「ええ、いつまでも泣いていられないですから……」

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