scene 52 独断(ドグマ)からの解放 act 1
長い……、そう果てしなく長い螺旋階段を上っている。
周囲の景色は一切変わる事が無く、先を見ても上を見ても段差が延々と続く。
それでも私は上り続けた。確証は無かったけれど、ここにいつまでも居られない事、上りきればここから抜けられる事、そして私の大好きな……、かけがえの無い存在が待っている事を知っていたからである。
かけがえの無い存在、それは私の全てを見てきて、そして私の罪を許し、これからずっと共に歩む事を約束した。
セレーネ、私の愛しいセレーネ。
気力と強い意志に満ち溢れた大きな瞳、爽やかなセミロングの髪、何者にも負けない揺るがない心を秘めた小さな体。日向のような心地よい暖かさを感じる笑顔。
私の大事な、命よりも大切な存在。
ぼんやりとしていた意識がじわりじわりと明瞭になって行く。霧は晴れ、無限の回廊に暖かい日の光が差し込む。
今までずっと上ってきて変化が無かった世界に、私を導くかの様な光が差す。
そう、私は帰らなければならない。是が非でもここから出なければならないんだ。
意識を取り戻し、ふわふわとしていた体の感覚は蘇り、雲がかった思考は次第に澄んで行く。
戻らなければいけない、いつまでも……、ここにいてはいけないんだ!
「ん……」
気がつくとそこは昔、天界で統治代行者として過ごしていた時に自分が使っていた部屋だった。
セフィリアは周囲を確認する。
劇的に何か変わった様子も無い、強いて言えば棚の中にある本の内容が若干変わっている事くらいか。しかし、今は別の誰かがここを使っていると言う事を理解するには十分であった。
次にセフィリアは自分の姿を見た。
劇的に何かが変わっ……てる!?
な、何これは!?
何故裸なの?
この首輪は一体……?
私は誰かに捕らわれていたの?
確か……、もう一人のセレーネとラファエルが現れて、天界へ戻らないかと誘いを受けてから急に意識が遠くなって……。
……よく解らない、一体何が起きているというの?
セフィリアは頭を抱え、今までの記憶を整理して混乱を沈めつつも現状を理解しようと努める。そして真っ先に出た答えは至ってシンプルな物であった。
先ずはここから脱出しないと。
セフィリアは立ち上がり、右手に力と願いを篭める。本来ならこれで自身が所有している武器の一つ、サンクトゥスが出せるのだが……、全く出る気配が無い。
リバイアサンとの戦いで使用した杖も同様の要領で出そうとするがやはり出ない。意識を奪われ、ここで監禁された時に私が使っている武器は全て没収されてしまったのだろう。
それでも、武器が無くても、この鎖を切らなければならない。
今度は手の平に精神を集中させる。すると眩く輝き、セフィリアを繋いでいた鎖を断ち切る事に成功した。
どうやら天空術は使えるようだ。それなら何とかなりそうかも……?
とりあえずここからは脱出出来そうだ。ぐずぐずはしていられない。急いで逃げなければ。
セフィリアを閉じ込めていた存在の慢心か、はたまたセフィリア自身の幸運か、部屋の扉には何の封印も鍵もされておらず容易に外へ出られた。
セフィリアは天界の外へ向かう為、ひたすら走る。直ぐに地上へ繋がるゲートを開きたいところだが、力を無闇に使っては私の脱走がばれてしまうかもしれない。ある程度神殿を離れてから使用せねば……。
道中に周囲の風景を確認するが、そこは過去に、自分が過ごしてきた時と何も変わる事の無い、白磁の壁があるだけだった。
まずはここを脱出して、状況の把握と準備が出来次第、はぐれてしまったセレーネを探して……。
これからの身の振り方、今の状況、脱出の経路等、様々な考えを巡らせている時、一人の天使と出くわしてしまう。
出会い頭に遭遇してしまい、互いに動揺しているがセフィリアが一手先に我に返る事が出来た。
まずい、今ばれてしまっては……。仕方ない……。
セフィリアは天使の姿もあまり確認せずに両手を当て、集中し力を蓄える。手の平に光の力が集中し、セフィリアと出会った天使を吹き飛ばさんとしたその時、相手も平常を取り戻したのだろうか、慌てて攻撃をやめる様に説得しはじめる。その声は過去に聞いた事のある声だった。
「お、お待ち下さい! 僕です、ガブリエルです!」
セフィリアと遭遇した天使は多少慌てながら、甲高い声で攻撃の制止を行おうとする。セフィリアはその声を聞いて、力の集中を解除した。
よく見たら高位天使の一人、ガブリエルじゃないですか。
相手も慌てていたようだけれど、何をそんなに驚いているのかしら。
そうだ、彼ならばこの現状を知っているかもしれない。
「一体この状況はどういう事なのです? 私は誰に捕らわれていたのです? 私がここへ来てからどのくらいが経ちましたか? セレーネは今何処にいるのです?」
自身でも解るほどに取り乱していた。無意識の内に、ガブリエルの両肩を己の両手で掴み揺すっていた事すら、気がつかなかったのだから……。
「そ、そんなに一度に質問されても困ります……」
ガブリエルは引きつった笑顔を見せながらやんわりとセフィリアの手を振りほどき、僅かな距離を開けた。
その様子を見たセフィリアは、はっとして申し訳なさそうにガブリエルから離れる。
セラフィム様、もといセフィリアは確かにセレーネに関する事になれば熱くなる一面もあったけれど、彼女がここまで取り乱し慌てているなんて……。
そういえば、セレーネの力の言葉の独断は解けたのだろうか?
あんな姿にされてまで皆の前で、下僕宣言していた程だったのに、今は部屋の外に出てこんなに落ち着きを失い……、もしかして解放した結果、脱走しようとしている?
「もしかして、正気を取り戻したのですか?」
「正気……? どういう事でしょう?」
ガブリエルの言葉で、私の置かれていた境遇は何と無く理解できた。
何者か……、恐らくはかつての戦いで私に何かしたもう一人のセレーネと、ラファエルによって、私は身に着けている物や武器を奪われてしまいあの部屋に監禁されていたのだろう。
不思議な天空術だった、全く対抗する事が出来なかった、何の反応も返す間も無く私の意識を奪う、あの二人はなんて恐ろしい力を身につけているのでしょう。
そうだ、セレーネ!
あの子は無事なの!?
もしかして、あの戦いに敗北して……。
「ねえ、セレーネは無事なの! 教えて!」
セレーネの事を思い出したセフィリアは再び取り乱し、先ほどと同様にガブリエルの体を揺さぶる。
「ぶ、無事ですっ! だから離れてください落ち着いてください……」
「あっ……、す、すみません……」
セフィリアは改めて自分を取り戻し、謝りつつもうつむきながら離れた。
「詳しい事は、天界から出たらお話します。今は僕についてきてください」
「はい……」
ガブリエルとセフィリアは互いに一度頷いた後、天界の神殿から離れようとひたすら走った。道中は絶対に他の天使に見つからない様に、普段は使用しない裏道や、建物の影を通って行く。
隠密に、二人がいた痕跡を一切残さないように。
流石は情報収集を得意とする天使ガブリエル、今まで他の天使には一切気づかれていないし、その様子も無い。
でも、何故ガブリエルは私を助けようとしているのでしょう?
彼の様子から察するに、彼も同様にここから誰にも見つからないように逃げようとしている……?
どうして……?
何をしたの……?
ガブリエルに感心しつつ、セフィリアは疑問を感じていた。
そんな最中、遂にガブリエルの行動に限界が訪れる。元々そこまで広くは無い天界、ここまで見つからなかったのが奇跡に近い。
「む、お前は……、セフィリア! 何故ここにいる!」
「しまった、見つかってしまった」
二人の行動を察知したのではなく、偶然の遭遇だった。琥珀色の瞳と、白金の髪色をした天使に見つかってしまう。




