scene 4 堕落の記憶 act 2
「ん……」
悪魔との戦いからずっと眠っていたセレーネが目を覚ます。
少し目をあけてあたりの景色を確認すると、日が既に沈み、空は星と月の光で照らされていた。
どこかの森の中かな、暗いしと草と木で遠くまで見えないや。
レイン達は火をおこし、焚き木を囲みながら何か話しているようだ。
「あの子、天使だったのね」
セレーネが起きて始めに聞こえた声はレナの声だった。レナも他の二人もセレーネが起きた事は気づいていないようだ。そのまま体が横になった状態で目を閉じ、三人の話を聞く。
「ああ、これで魔王に対抗できる!」
レインが意気揚々と喋っている。あいかわらず勢いあるなあ……。
「でも、見たか? あんな悪魔ですら苦戦したんだぜ?」
ゴードはそんなレインとは真逆でうつむきながら小声で喋りだす。
おしゃべり苦手なのかなー?
「大丈夫、俺にはこれがある!」
そう言うとレインは腰に下げていた剣を二人に見せた。
「でも、レインの村に伝わっていた宝剣にそんな力があったなんて……」
レナがため息混じりに話している。きっと腰に下げていた剣の事なのかも。
「終末を呼ぶ剣だな……」
ゴードが剣を見ながらぼそぼそ言った。
終末を呼ぶ剣ってなんだろう。セレーネには解らなかった。
しかし、難しい名前から考えてきっとすごい武器なのかも、なんでそんなのがあるんだろ。
「だから、これと天使の力があれば……」
「魔王って、大戦をおこした天使かなー?」
するといままで嘘寝でみんなの話を聞いていたセレーネは空を見ながら喋りだした。
突然喋ったため、みんな驚いていた。
「あ、ああそうだ、堕天使ルシフェルだ。神に反旗を翻して天界や地上、やがては世界全てを戦火に巻き込んだ悪の根源……」
大戦。
きっかけは様々な説があるが、何が正しいかは地上で知るものは居ない。
天界の統率者率いる天使達と統率者の下から離反した天使ルシフェル率いる大悪魔達の壮絶な戦いがあった。
その影響は地上の人々の営みにも影響し、天使派と悪魔派に分かれたくらいである。そして、たくさんの天使や悪魔、魔物や聖獣、地上の人間や動物が死んだ。
最終的には天使達が勝利したが、ルシフェルや大悪魔達を完全に消滅させることはできず、現在でも魔界へ堕ちたそれらの監視を続けている。
「俺は悪魔達の脅威からこの世界を救いたくて、天使の力を求めて旅をしていたんだ。だから、この剣とセレーネの力を使えば魔王を……」
レインは希望に胸躍らせながら少し早口で喋る。
皆を助けなきゃって思ったら何だか力が溢れてきて自分でもよく解らないうちに悪魔をやっつけちゃったけれども、レイン達だけで倒せたのかなあ?
「本当に魔王を倒せるの?」
セレーネの何気ない一言はぐさりとレインの心を刺す。
実際、幼いセレーネが倒せた悪魔ですら逃げ出そうとした三人には、あまりにも現実を見えている為、まったく反論できずただ黙る事しか出来なかった。
「ねえ、もう村に戻ろう?」
「レナの言うとおりだ、これ以上勇者ごっこはいいだろう」
どうやらレナとゴードはレインの考えとは少し違っている様だ。
事実、この三人の思いはそれぞれ違っていた。
レインは言葉の通り、魔王を討伐して世界を救おうとしている。しかし、レナはそんなレインが心配で放っておけず着いてきた。ゴードの目的はそれとはまた違う。レインの父親から、レインの馬鹿げた行為を止めるべく、隙あらばレインを村へと返そうとしていた。
セレーネの言葉をきっかけに二人は村へ戻ろうと提案するが……、レインは当然引くはずも無い。
「馬鹿やろう! 天使が仲間になって、これからって言うのに。こんな千載一遇のチャンスは無いんだぞ! それを村へ戻れなんて信じられん。俺達は今までいろんな苦労してきて、ようやくまともに戦える…流石に悪魔に出会った時はヒヤッとしたが、……つまりこれからなんだよ!」
「すー……、すー……」
たちまちセレーネは静かな寝息をたてはじめる。真面目に聞いているつもりが自分自身でも知らないうちに意識が無くなっていた様だ。
散々自身の思いを打ち上げたレインの鼻息は荒かったが、残る二人には重い空気だけが残った。
「……寝るか」
二人の様子とセレーネの発言に気分が萎え、盛り下がったレインはそう言うと横になり眠りに着く。
他の二人も無言のまま焚き木の火を消し、眠りについた……。
翌朝目が覚め、四人はともに旅を続けることになった。
行き先にあてのないセレーネもレインの了承を得て、三人についていくことにしたのだ。
道中、雑談をしながら四人は近くの町へ向かう。
セレーネがレイン一行と出会い、近くの町へ向かっている最中、天界に残ったセラフィムは、すっかり心ここにあらずの状態になっていた。
「セラフィム様! セラフィム様!」
ケルビムがセラフィムを何度も強く呼びかけるが、セラフィムはただ遠くを見ているまま、周囲の声は全然聞こえていない様子だった。
セレーネは元気だろうか、地上の生活に馴染んでいるだろうか、邪な人間の手にかかり不幸に!
ああ、不安な事を考えてしまうと居ても立っても……。
今すぐにセレーネの元へ行きたい。でも行けば……。
「セラフィム様!」
三回目に声をかけられた時、ようやく気づく。
「あ……、はい? どうかしましたか?」
セラフィムはあわてて我に返りケルビムの呼びかけに答えるが、そんな様子にケルビムは深いため息つき、現天界統治代行者を叱咤する。
「セラフィム様、ここ数日様子がおかしいですぞ! どうかなされましたか?」
ケルビムの強い口調から察するに、私の考えは見通しているのだろう。けれども、セレーネが心配で心配で……、あの子は今……。
はっ!いけない。しっかりしないと……。
「いえ、大丈夫です。ふぅ……」
椅子に深くかけて、一時的にもしっかりしたように見せたセラフィムであったがすぐに意識は遠く馳せてしまう。
「セレーネのことですね、あの者はもう地上の住人です。セラフィム様が心配することではありません。」
自身の考えを読まれたセラフィムは、図星だった事もあり気まずいケルビムから何気なさを装って目線をそらす。
「困ったものだ……」
ケルビムは首を横に振り、ため息混じりに言うと広間を去っていった。
なんたる事だ、地上への堕落は阻止出来たがこれではただの体たらくでは無いか。嘆かわしい、ああ情けない。
だが、……これでよいのかもしれん。
セラフィムが放心状態の時、セレーネはレイン達の目的地である町についていた。
町は、この辺り一帯を領地としている領主が住んでいるらしく、直轄地だからだろうか、恐らく領主の住まいであろう豪邸を中心に、町は石壁で囲われている。入り口から豪邸まで一直線に大きな道があり、それに連なるように露天商が店を開いている。また、石壁の上や町の要所に武装した人間が巡回している。
この時代には珍しく、人がとてもたくさんいて、活気にあふれていた。
「うわぁ~、こんなに活気があるなんて」
セレーネがその様子を見て口をぽかんと開けたまま感動している。
初めて町と言う物を見たのだ。
地上はかつての大戦により荒廃し、人々同士で争う醜い場所と天界で教えられてきたけれど、予想とは裏腹にまるでそんな気配はなかった。
「まず、宿をとらないと……」
「俺が宿をとってくる。用があったら済まして来い」
「私は魔法道具を見てくるから。またね」
ゴードとレナ、各々は別行動をとる為、一旦散開する事になった。
それぞれが違う方向に翻し、後ほどの再会を約束する。
「セレーネはどこか行きたい場所ある?」
レインは特に行くあても無いので、セレーネに声をかける。
「うーん……、ここは初めてだからよく解らないや」
地上へ行く事は物心がついてから初めてなので、何があるのか、何をすればいいのか、どこへ行っていいのか全く解らなかった。
「じゃあ街案内してあげようか?」
「うん!」
こうして二人は特に目的もないまま、セレーネに街を案内しながら見てまわることにした。
街の事も知らないし、悪魔を倒した時のあの姿は……。
普段は子供の様に振舞っているけれど、実は本当に天使なのかもしれない。
レナやゴードは俺を村へ返そうとしているが、俺は諦めないぞ。
この子を守って、この子と成長してもっと強くなるんだ。
「ここは?」
街の中の大きな道を外れて少し歩くと、セレーネは歩みを止めて道の脇にある建物を不思議そうに見入った。
外観はちょっと暗めな感じの洋館だ。窓はあるが、中は暗く外からは見えない。
今までの建物とは少し印象が違う、ちょっと近寄りがたいイメージをセレーネに与えた。
「ここは魔法研究所ってところで、お金を払えば魔法を教えてくれる場所なんだ」
レインが簡潔に説明してくれる。
ふむふむ、魔法研究所かあ。いろいろあるんだなあ……。
魔法と言う存在はセレーネもおぼろげには知っていたが、天空術ですらあれだけ苦労して身に着けた過去から、多少の興味はあったが新たに覚えようという気概までは無かった。
「見ていく?」
「じゃあ、見ていく!」
何もかもが新鮮で不思議なものばかり、少々の胸の高まりをおさえながらセレーネは建物の扉をあけた。
ちょっと怖そうだけども、レインがいれば大丈夫だよねっ。
建物の中は薄暗く、日の光がまったく差し込まず、所々に飾られた動物の頭蓋骨が照明の光の影響でますます不気味に見える。
中は黒いローブや法衣を着た人がたくさんいて、フードで顔が隠れて表情が解らない。セレーネが興味本位でフードの中を覗こうとすると、冷たい目線が返ってきてすぐさまレインの体の影に隠れてしまった。
セレーネは周囲を見回す。
これは何だろう……?
何かの虫の尻尾かなあ……?
こっちは毒々しい色の液体が入っている小瓶だ、なににつかうんだろ?
なんかへんなのいっぱいあるうー。
棚にはセレーネの見たことが無いような物がいっぱいあり、不気味とはいえ、好奇心旺盛なセレーネを飽きさせる事はなかった。
「あっ! レナ~」
その中にレナもいた。レナも同様の黒いローブを身に着けているため、建物の闇と同化していて今まで気がつかなかったのである。
そういえば、魔法道具を見てくるとか言ってたような?
「あら、どうしたの?」
レインは魔法に興味が無い事を知っていた為、この場に二人が居る事をレナは少し驚きながら不思議そうにたずねた。
「魔法道具を見てたのか?」
「うん、ちょっと探し物をしてたの」
そう軽く言うと棚に並べてある怪しい液体がつまった小瓶をとり、精算をすませる。
会計を済ませたレナは、セレーネを見つめた後しゃがみ、同じ目線になる様にした。
「セレーネに話があるんだけど……、時間はいいかな?」
じっと見つめた後、セレーネを連れて行こうとする。私に何か用があるのだろう?何を話してくれるのだろう?
「うん!」
レナの誘いにセレーネは元気よくうなずく。
よく解らないけれども、おはなしきかなきゃ。
「じゃあ、ちょっと借りてくね」
レインにそう告げると、レナとセレーネは二人でどこかへ行ってしまった。
ここは魔界。
悪魔達の住んでいる世界である。
空は暗雲に覆われ、瘴気と邪気で淀んでいる。大地は先が見えないほどに限りなく広く、その暗黒の大地に不気味な城が一つそびえ立っている。
その城内にある謁見の間では、レインが持つ終末を呼ぶ剣を奪取しようとする動きを見せていたのであった。
「ルシフェル様!」
突然、一人の使い魔が現れて玉座に座っている天使に報告を始める。多少慌てている様子から、何か異常事態があったのかもしれないと、天使は今後の展開を頭の中で予測しながら使い魔の言葉に耳を傾ける。
「ついに剣のありかを突き止めました!」
「どこにある?」
「人間の青年が所持しているようです」
「人間が相手なら、お前らでもたやすいだろう」
使い魔の報告を小馬鹿にしたように微笑する。その反応に少し戸惑いながらも使い魔は己の役目を全うするべく、報告を続けた。
「で、ですが、アズモデウス様が送った悪魔からの連絡が途絶えてしまい……」
天使は首をかしげ、少し考えた後、静かに使い魔に命令を下した。
「アズモデウスとリリスを呼べ」
「はっ!」
使い魔はその場を急いで去った。
「人間ごときに負ける? 天使でもいるのか?」
独り言をぶつぶつ言う一人の天使、悪魔が人間程度に負ける?よほどの実力者でなければ不可能である。では何故剣の回収に失敗したのか?様々な可能性を思慮したがいまいち自身を納得させることが出来ない。
「まさかな。天使が人間ごときに力を貸すのは考えにくい」
天使が力を貸す可能性も考えた、確かに何らかの理由で仮に天使が手助けしたのであらば、使い魔程度では手に余るだろう。
場合によっては直接出向く必要があるか、あまり目立つ行動は控えたいが。使い魔の報告を聞いた後も深く考え続け、自身の眩い金髪をかきわけつつ、様々な可能性を考察していた。
しばらくすると、魔族の女性と身なりのりりしい悪魔が現れた。
「どうしたの? ルシフェル様ぁ」
背中に蝙蝠の翼を背負った魔族の女性が玉座に座っている天使に擦り寄って甘える。
相変わらず薄手の衣装を着ているな……、香水をつけているのか?妙な香りがする。察するに媚薬入りなのだろうが無駄だ、薬に対する免疫は既についている。
ルシフェルは甘える悪魔にも一切動じず、無表情でもう一人のりりしい悪魔の方を向く。
「どうかなさいましたか? ルシフェル様」
身なりのりりしい悪魔が多少距離を置きつつ、天使に尋ねた。
「今から剣を奪いに行く。二人とも支度をしておけ」
そのルシフェルの命令に、不満そうにリリスは答える。
「そんな物、使い魔にやらせておけばいいじゃない」
リリスに続けてアズモデウスも納得がいかないように問いかける。二人の悪魔は報告を受けた時のルシフェルと同様の考えを抱いたのだろう。あの時と同様の反応を返してきたのであった。
「私が送った使い魔はどうなされたのですか?」
その問いかけにルシフェルはため息をひとつついた後答える。
「人間に悪魔が倒された……、よほどでない限り、有り得ない話だ」
意外な言葉に二人の表情が変わった。二人ともルシフェルと同じで、人間ごときに悪魔が負けるなど有り得ないと言う考えに至った事が窺えた。
「私、調べてみるね」
半信半疑のリリスは、真偽を確かめるべく、宝石が埋め込まれてる円盤型の石版をだし手をかざす。
すると石版は光を放ち、宿屋でくつろいでいるレイン達の姿をぼんやりと映しだし始めた。
「あら、かわいい坊や」
「でも、見たところそこまで強くないような」
リリスが少し微笑み、アズモデウスが自分のあごをなでながらぼそっとつぶやく。
確かに見た目は普通の人間だ、使い魔でも十分成果の出せる相手である事は明白であった。
では、何故それが叶わなかったのか。
「しかし、あの剣の所有者だ。使い魔も倒されている。油断はできん。今すぐ行くぞ」
「ええ」
「はっ!」
二人は返事をし、それぞれ身支度をする為に謁見の間を去っていった。ルシフェルは剣の事は勿論、あの人間が使い魔を打ち破った事に多少なりとも興味があった。
そしてあの剣を何としても手に入れねば、さもなくば……。
ルシフェルは玉座から立ち上がり、二人の後を追った。