scene 45 偽りの救世主 act 2
「うう……、ここは……?」
いきなり突き飛ばされ、どこかへ落とされたセフィリアは不思議な場所に居た。壁は紫色の炎を宿したロウソクの明かりが反射し、部屋の隅には無数の拷問用の道具やら拘束具やらが乱雑に置いてあり、鉄格子がはめ込まれた小部屋がいくつかある、ここは牢獄なのだろうか。しかも中には地上にいた救世主と同様の銀髪の少女達が生まれたままの姿で力無く横たわっていた。
「これは、いったい……?」
何がここで起きているのだろうか?
一体、この村は何なのだろうか?
様々な考えを巡られている最中、何者かがセフィリアに近づいて来る。
「新しい生贄だな」
「なんだババァじゃねーか、おいらは幼女を要求しているのに使えない村長だじょ」
一人は細身で薄緑色の肌をした悪魔、もう一人は小太りで紫色の肌をした悪魔だった。
「どういう事なのです……?」
セフィリアは警戒しつつも、二人の悪魔に問いただす。そしてついにセフィリアが望んでいた答えが得られるのであった。
「説明面倒だからよろしくだじょ」
「ったく、まあいいだろう。俺らは村長と手を組み、若い女に魔術を施している。地上の連中は専ら救世主と呼んでいる力だ」
「と言うのは建前だけれじょお、人間のおにゃのこにあんなことやこんなことが出来るのが楽しくってずっとここにいるんだじょー」
「馬鹿かお前、何本当の事言ってやがる、普通言わないだろ……。まあ、そういう事だ」
「実は魔術もでたらめなんだじょー」
「……そこまで絶望させるのか。お前お姉さんには相当冷たいのだな。仕方ない、説明してやる。魔術ってのは適当で、でも何故村が安泰かと言うと、俺らがいるからだな。当然だな、既に悪魔がいる土地なのに好き好んで攻め入る奴はいねえ」
先日、攻め入ろうとした悪魔達が引き返した理由がここで解る。
「でもこのババァ結構綺麗だじょ……、よし決めたじょ。村を救いたいと思うのならばこれ着ておいらの言う事を聞くだじょお」
「お前、ロリコンじゃなかったのかよ」
小太りの悪魔は破廉恥だが恐らく使用人の衣装であろう服をセフィリアに着せようと迫ってくる。村の隠された真実が暴かれた。セフィリアの内心に怒りがこみ上げて来た。怒りはセフィリアの体を震わせ、そしてその怒りに呼応するかの様に、セフィリアの手から燃え盛る炎と共にサンクトゥスが現れ、切っ先は二人の悪魔へと向けられた。
「人間じゃないじょ! こいつ天使だじょ!」
「ちっ、村長めしくじったか……」
「善良なる人間を食い物にする下衆なる悪魔共、ここであなた達を放っておくわけにはいかない。さあ覚悟なさい!」
「ちょ、まつんだじょ……、ひいいやあああああ!」
「馬鹿、待てっ! ぐわああああ!」
二人の悪魔は反撃する余地もなく、一瞬でサンクトゥスに断絶され消滅してしまった。粉々の灰となり消えた悪魔達の最後をまるで汚物を見るかのような冷徹な視線で見下した後、セフィリアは落ちてきた穴を飛んで外へ出ようとした。
外へと出て、老人に真意をただそうと向かったが、既にその役目はセレーネが引きうけ終えていた。
「酷いんだよセフィリア様! この人達ね……」
「話は知っています。セレーネも無事で何よりです」
セレーネを殺害しようと寝込みを襲った村人達であったが、天使であるセレーネが人間相手にまず負けるわけもなく、村人達の暴挙は失敗するどころか、セレーネの手によって逆に捕縛され尋問を受け、セレーネもセフィリアと同様の情報を得る事が出来たのである。
「なんて事をしてくれたのだ……、このままではこの村は終わりじゃ……」
頭を抱えて半ば泣きそうになりながら老人は訴えたが、それ以上に非道な事をしてきた事実のせいでセレーネもセフィリアも彼を全く理解しようとはしなかった。
「ああやって村人や、村に訪れた人々を悪魔の生贄にしていったわけですね。なんて酷い事を……」
「そんな綺麗ごとばかり言っていられるか! 悪魔の手も借りなければこんな村なんてひとたまりも無いは解っておろう? それなのに……」
「ならば天使の力で守って見せましょう」
セフィリアは村長の不平不満を遮り、銀の杖を出すと目を閉じ天空術の詠唱へと入った。
「主の光、正しき者に恒久の守護を授けん。邪避の神光、アンチイビルフィールド」
詠唱が終わると、杖からドーム状に広がって行く光は村全体を包んでいった。その様子に泣きそうな老人や捕縛されていた村人が感嘆の声をあげる。
「これでこの村は大丈夫です。もうあんな悪魔に手を貸さないで下さいね」
今まで厳しい表情のセフィリアだったが、いつもの穏やかな表情で村長にそっと伝えた。セレーネはその様子を目を輝かせて見ていた。
「あ、ありがとうございます! あなたこそ救世主じゃ! ううう……」
村長は感極まってその場で泣いてしまった。そんな様子を見た村人達も表情を明るくさせ喜んでいた。セレーネはもう危険性の無い村人達の束縛を一人ずつ解いていく。
さらにセレーネは捕縛した村人を全て解放した後に、悪魔達によって監禁されていた少女らを救出した。少女らの髪は銀色ではなく、本来のものであろう色に戻っていたと言う事は、恐らく悪魔たちが施した術が解けたのであろう。多かれ少なかれトラウマは残るかもしれないが……。
「何か力になれる事があれば良いのですが、我々はただの人間。特別な力も何ももっておりませぬ」
セフィリアの好意に酬いたい村人達なのだろう、思っていた以上に根は純粋で真っ直ぐである事に予想以上の安堵を感じた。
「それではいくつか聞きたい事があるのです。現在の地上の状態、天使や悪魔達の動き、琥珀色の瞳を持つ天使についてですが……」
二人がずっと欲してた情報を可能な限り聞き出そうと問いかけた。何か知っていればよいのだが……。
「……地上はこの通り、略奪と暴力が横行し、跳梁跋扈が続いております、ここも元々は悪魔や略奪者の手によって支配されていた土地だったのです」
かつてセフィリアとセレーネが天界から追放された時よりも荒れている事を理解した。特定の国家を持たず、法を定めず、無秩序が蔓延る人間世界。天使や悪魔が地上から引いた事で、人間達の拠り所が失われてしまい、結果この現状に至ったであろう事も理解したのである。
「我々の聞く限りでは、悪魔達は特定の悪魔を主とせず、各々が単独に行動し好き勝手している状態です。それに対し、天使はある時を境に殆ど姿を見せなくなってしまいました」
ある時とは、大悪魔達がルシフェルから離反したタイミングと、当時天界一番の実力者であったケルビムの死であろう事は、二人にとって容易に想像出来た。
ルシフェルが本来自由主義で、単体で行動する悪魔達を統率して天使達と戦っていた事で、戦い以外の被害が出なかったのであろう。そのルシフェルが不在になった事で、悪魔達は指揮する存在を失い、各々が自由に行動をしている現状になった事が解った。
「それとは逆に、天使の姿はあまり見られません、琥珀色の目の天使の事も解りませぬ。力になれずに申し訳ないのじゃ……」
天使達も先の戦いで相当な消耗を強いられている。主は不在で……、もといここにいるが、天使創造が出来ない今、地上へ遠征できるほどまとまった戦力がないのだろう。
琥珀色の瞳を持つ天使、シェムハザは超越天使と言っていた存在。まだ大規模な活動はしていないのだろうか、それとも、私を襲撃した二人だけなのだろうか、私の討伐に失敗した事で粛清されてしまい今はもう存在していないのだろうか……、結局、一番欲しかった情報を得る事が出来なかったのある。
「謝らない下さい。十分です、ありがとうございます」
あまりにも申し訳なさそうにしていた為、セフィリアが逆に恐縮してしまい、考察をやめて慌てて村長を慰めた。
「ここの村はもう大丈夫でしょう、我々は別の場所へと向かいます」
セフィリアはセレーネと目で合図した後、村人達の暖かい視線に見送られ、二人手をつないで村を後にした。
次回予告
セフィリアとセレーネに、天界からの脅威が迫る。
そこで待ち受ける残酷な現実は、少女にある決断をさせるのであった。
次回、scene 46 女神になったセレーネ
「これが私!?」




