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scene 44 偽りの救世主 act 1

 シェムハザとアザゼルを退け、二人に再び平穏な日々が訪れる……はずだった。


 二人はシェムハザから受け渡された琥珀の知恵の実を目の前にただ考える日々を過ごしている。

「主の力に目覚めながら、天界から離れ隠者として過ごす、確かにそれは他の天使からして見れば有り得ない事なのでしょう」

 セフィリアは自身の手の平を見つめる。そして、時折握ったり開いたりして自身の力を確かめた。


 先の戦いでは使わなかったが、他の天使が言う主の力をセフィリアは持っていたし、自由に引き出す事も隠すことも可能である。しかし、使う事に大きな躊躇いがあった。何故ならば、多用すればするほど、解放する力を強めれば強めるほど自分が自分で無くなってしまう様な感覚があったからである。

 平穏な生活を手に入れて少し経った時、数えるほどだがセレーネには内緒で主の力を解放した事があるのだ、その経験則から今の結論に至り、余程の事がない限り使わない様にしている。


 セフィリアは再び考え、物思いに耽ってしまうが、セレーネがそんな重い考えに取り付かれたセフィリアを軽くしようと別の話を振った。

「ラファエル様の策……ってなんだろう?」

 もう一つ二人が気になっている事、セフィリアとセレーネをも打ち倒すほどの策とは一体どんなものなのだろうか。

 余りにも情報が少なすぎる、今まで天界から離れ、外界との交流と絶ってきた二人は情報を欲した。何か得る事が出来れば、そこから今の状況を改善する方法が見つかるかもしれない。

 その事は二人の共通の考えだった、故に言葉を交わすことが無くても、次に何をするか、自ずと答えは決っていた。


「危険ですが、もう一度この世界を巡って見ましょう。ここにいても天界からの追撃が来るのは目に見えていますし……」

「大丈夫だよセフィリア様! 私がついているからっ!」

「ふふ、頼もしいですね」

 セフィリアはセレーネの頭をそっと撫で、心からの笑顔でセレーネに答えた。



 二人の旅が再び始まった。


 そしてこれが絶対回避不能な悪夢の始まりでもあった……。




 その頃、天界ではシェムハザとアザゼルがラファエルに自身が敗れた事を報告していた。行く当ても無い為、処罰覚悟で戻ったのである。

「あなた方が無事に戻ってきただけでも十分です。今は体を休めなさい」

 自身の最後も覚悟していただけに罪に問われない事が二人の天使によって驚きであった。シェムハザとアザゼルは無言のままその場から去っていった。


 二人が去った事を確認したラファエルは、誰も居ないはずなのにまるで誰かと会話をするかの様に口を開く。

「あの二人を処断するのは意図も容易い事でしょう、ですがあなた様の力が不完全で天使創造が出来ない今、彼らもまた貴重な戦力なのです」

 それはまるで、自身よりも高位の存在に話しかけるかのような。天界で現状最高位である統治代行者なはずのに……。

「……行かれるのですね。私にはあなた様を止める事なんて出来ません。私はあなたを愛し、永遠に付き従う者」

 ラファエルはその場で跪き目を閉じ、誰かに祈るような格好をした。


「せめて無事に戻られてください。我が主よ」




 一方、セレーネとセフィリアは情報収集の為、昔手に入れた地図を手がかりに人の多い町へと行くはずだった。しかし、地上はさらなる荒廃が進んでおり、行く町の全ては廃墟か過疎地となって情報収集が進まなかったのである。

 それでも僅かだがなんとか情報を集めていき、ようやく人の多いであろう村へとたどり着いた。


「なんか温かい感じがする村ですね」

 セフィリアの率直な一言、それはセレーネも同じ思いであった。

 今までの荒み切った有様を見てきたからその落差で感覚がおかしくなっているのだろうか。そうとも考えられなくは無いが、この村は妙な活気がある。

 そんな二人の前に、その謎を解消するべく一人の老人が目の前に笑顔で現れた。

「旅のお方かな? あなた方が気にしている事は十分承知しております。あちらをご覧下さいな」

 老人が体の向きを変え、指差した方向には一人の女性が祭壇の上に立っていた。


 女性は病的なまでに色白で、恐らく儀式用の衣装であろう紺色の服と帽子、小物類を身に着けている。天使や悪魔とはまた違う、独特な雰囲気を醸し出している。身長とほぼ同じ長さの明るい銀髪がとても印象的だ、そしてセフィリアほどではないが、セレーネよりは大人っぽい。


「あれは……?」

「我々の救世主様です。あの方が外の脅威からこの村を守っておられるのです」

 ずっと同じ体勢をしたまま微動だにしない救世主を遠目から見るセレーネとセフィリアであった。その救世主の表情はどこか虚ろで儚さを感じる。


 その日の夜。

 村長の好意によってセフィリアとセレーネは村へしばらく滞在し情報収集の許可を得た。これだけ平和で活気ある村ならば、なんらかしら情報が得られるであろうと、二人は期待していた。

 今日は村で宿泊し、情報収集は明日から再開する事にした。宿内で二人は他愛もない会話をしていたが、自然と村の救世主の話へと移っていく。


「あの救世主って人、綺麗だったねー」

「そうですね、でも何か物憂げな感じがしたのは私だけでしょうか?」

「はぁー、私もあんな大人っぽくなれたらなあ……って、確かにそんな気がするかも?」


 二人とも初めて出会った。勿論知っているわけもない、けれどこれだけ地上が荒み、繁栄していた町が一晩で廃墟と化してしまうほど襲撃や略奪が横行し、さらに終結したとは言え天使や悪魔の小規模な戦いも残っているのにそれら脅威をたった一人で退けられるほどの力の持ち主ならば、いくら情報に疎い二人でも聞いたことくらいはあるはずである。


「セレーネは、大人になりたいのですね」

「うん! セフィリア様のような大人になりたい!」


 セレーネは目を輝かせてセフィリアの姿を見つめる。どうやら私に憧れを抱いているらしい。私なんて一人では自分すら受け入れる事が出来なかった弱い存在なのに、他の誰かの為に死の淵を彷徨い目的を達成したセレーネの方がどれだけ強い事か。普段はまるで母親の様に振舞うセフィリアであったが、それと同時にセレーネの事を一人前の大人として、天使として認めていた。


「今のままでも十分可愛いですよ」

「えー……」

 しかしセレーネは多少の不満を抱きつつ、セフィリアの褒め言葉に照れながら返した。


 夜は明け、日は昇る。

 眠っていたセレーネは起き上がり、寝癖でくしゃくしゃになった髪を寝ぼけながら解く、セフィリアはそんなセレーネの様子を笑顔で見つめていた。

「ふぁーあ……、そういえばセフィリア様って寝なくても大丈夫ー?」


 セレーネが見る限り、セフィリアが睡眠をとっている所を見た事が無かった。大抵セレーネが先に寝てしまって気が付かないだけだろうが……、天使は眠らなくても休息が取れるのだろうか?

 それにしてはセレーネは夜ちゃんと眠くなるのである。


「私は眠らなくても大丈夫ですね。セレーネも大丈夫なはずですよ」

「うーん、なんか夜になっちゃうと眠いんだよね」

「習慣……でしょうか?」

 少しあさっての方向を見ながら考えつつ、セフィリアは曖昧に回答した。


 二人が真っ先に向かったのは、村の救世主がいつも祈祷している祭壇であった。今日も昨日と何ら変わり無い格好と表情で遠くの方を見つめている。


「お名前なんて言うのかなー? お話がしたいなあ」

 セレーネは笑顔で救世主へと話しかけてみるが、視線すら動かさない。まるでセレーネの事に気づいていない様子であった。

「これこれお嬢ちゃん、救世主様の祈りの邪魔をしてはいかんよ」

 さらに話しかけようと顔を覗き込もうとした時、昨日この女性に関する説明をしてくれた老人が再び現れた。

「この女性は人間の様ですが、何か特別な力でもあるのです?」

「実は詳しい事は私にも解らないのです。ですが、救世主様がここで祈ってくれる事で、我々は外敵から身を守ることが出来るのです」

 明確な答えを得る事が出来ず、釈然としないセフィリアに対して老人は多少曇った表情で返答をする。

「……そこまで救世主様の事が気になりますかね?」

「いいえ、なんか余計な詮索でしたね。申し訳ありません」

 老人の表情に対してセフィリアは笑顔で謝罪した。



 その日の夜。

 セレーネは深い眠りについている最中、セフィリアは村人に気づかれないよう空高く飛び、村を一望できる場所で物思いに耽っていた。考えている事は勿論、この村の救世主と呼ばれる女性の事である。


 彼女は一体、どこから来たのだろうか?

 そして何者なのだろうか?

 何を考え、何を成そうとしているのか?

 謎は尽きない。


「ん? あれは……!」

 外から、赤く光る目をぎらつかせた悪魔達が村の方へと向かっていたのを見つけた。悪魔達の様子から察するに、村を襲撃して金品や食料を略奪するのであろうか。

 セフィリアは村に迫る脅威を退けるため、悪魔達を追い払おうと向かったその時、その悪魔達はまるで何かに感づいたかのように体の向きを反転させ、村から離れてしまったのである。

 これも村の守護者の力なのだろうか?では、村の守護者は悪魔が近づけない結界のような物を展開させているのだろうか。しかし、老人の話を聞き、今の地上の有様を考慮すれば、結界によって悪魔からの脅威を防ぐ事は可能であるが、同じ人間からの脅威を防ぐ事は出来ないのではないのか。


 何か重要な、知られてはいけない秘密でもあるのだろうか……。


 とりあえず羽を休める為、地上に降りた時、背後からいつもの老人が現れた。

「寝付けないのですかね?」

 どうやら飛んでいた事や天使である事はぎりぎりばれていなかったようだ、セフィリアは一瞬焦ったが直ぐに平穏を取り戻し老人に笑顔で回答する。

「ええ、ちょっと外の空気を吸いたくって……」

「……救世主の事、知りたいですかね?」

 老人のいつもの和やかな表情とは違う、陰謀と野心に満ちた邪悪な顔でセフィリアが欲しがっていた情報について話してきた。

 そのただならぬ様子にセフィリアは何も言わず、静かに頷く。

「ならば、こちらへ来て下さいな。ただし、これから見る事聞く事得られる情報の全ては他言無用でお願いしますぞ」

 セフィリアは老人の後ろへとついて行った……。


「……ここは?」

 たどり着いた場所は外で救世主が立っていた祭壇と同じ形の祭壇しか無い、石壁に囲まれた部屋だった。老人が手にしている明かりは弱弱しく、セフィリアはそれ以上の事がよく解らなかった。


「さあ、お目覚め下さい。我らが救世主よ……」

 意味不明な言葉と共にセフィリアは老人に突き飛ばされ、どこかへ落とされてしまった。不意の出来事にあがなう事が出来ず、またすぐ近くに落下するような場所があるなんて予想もしなかったセフィリアはいとも容易く声も出せずに落下し、その場から消えてしまった。


「もう一人の少女を殺すのだ、絶対に逃してはならぬ」


 闇の死角から、武装した村人達が立ち上がりセレーネの泊まっている宿へと向かった……。


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