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scene 43 琥珀の使者

 セフィリアが自身との戦いに打ち勝ってから数年の歳月が流れた。


 セレーネは難しい顔をしながらセフィリアに自身の読んでいた本の一部を見せる。

「ねー、セフィリア様~。このお菓子おいしそう……。食べた事あるかなあ?」

「ちょっとないです。そもそも天使は食事を取らないですからね」

 セフィリアは多少の困り顔で返事をした。確かに思い返すと、今までの旅で一緒に食卓にはついていたがセフィリア自身、何かを食べているところをセレーネは見た事がなかったのである。


「確かに私も天使になってからお腹すいたことないかも……」

 セレーネも天使になってからは人間だった頃の習慣で食べてはいるが、そもそも空腹になる事がないせいか天使化してからの時期が経てばたつほど自然と食事をしなくなっていた。それでも美味しそうな食べ物を目の前にすれば気になってしまうのは、人間であった頃の名残なのだろう。

「今度、二人で作ってみましょう」

「うん!」

 それでもセフィリアはセレーネに約束した。今はこの子と共に居て、この子と何かをして過ごせる事が幸せなのだから。




 その頃、天界では今後の天使達の行く末を決める為の審議会が行われていた。


 先ずは高位天使の多くが不在になってしまった事による統治代行者の選任、これには現状最高位であるラファエルが推薦、拝命する事となった。また、特別な位は無かったが先の戦闘には参加せずただ諜報活動をし続けていたガブリエルが第二位の実力者となっていた。


 そしてラファエルは審議会の場で、後に運命の一言と呼ばれる勅令を発布する。


「主としての義務を放棄し、罪を犯したセラフィム様……いいえ、セフィリアを抹殺しなさい」


 全ての真実を知ったラファエルは酷く悲しみ、そして怒っていた。主の新たな寄り代として、他の誰にも代えられない使命をセフィリアは生まれながら持っていた。それを全うする事無く地上で堕落した日々を過ごしている。

 さらに主への愛を背き、多くの同志を殺害した、それら事実はかつてセフィリアを最も支持していた思いのベクトルを反転させるに十分な力を持っていたのである。


「ですが、今のセフィリア、そしてセレーネは主と同程度の力があると言っても過言ではありません、正面からではまず敵わないでしょう」

 一人の名も無き天使が発言する。それはラファエル以下他の高位天使も十分に熟知していた。だからこそ、どうしようもないからこそ、余計に腹立たしく、不快感を日々募らせていたのである。


 ラファエルが統治代行者として決まり、セフィリア打倒と言う基本方針は決まった。だが具体案が提示されたわけではない。結局、大筋の方針以外は特別な収穫も無いまま審議会が終了した。ラファエルは主の間にある主の椅子へ座ると、自身の長い髪を手ぐしでかるく整えため息をついた。


「失礼します、ラファエル様」

 二人の天使がラファエルに謁見を求めて主の間に現れる。別の高位天使の管轄だった天使だろうか、その天使達と面識は無かった。


「何か私に用でしょうか?」

「セフィリアを討伐する秘策、それを届けに参りました」


 まるで終わりが無い迷路のゴールが見えたような、期待と喜びと高揚感がラファエルの全身に駆け巡る。しかし、二人の天使の姿を見るとそれらの感情に迷いが追加されるのであった。


 二人の天使は両者共に、天使特有の金髪碧眼ではなく、金髪よりも明るい白金の髪色を持ち、瞳の色は透き通った琥珀の様に黄色く輝いていた。

「あなた達は、何者ですか……?」

 まさか新たな主の寄り代だろうか、しかし主不在の今、人間からの天使化でしか天使を増やす事は出来ないし、天使化によって覚醒天使が生まれた事例はない。

 そんなラファエルの不安を察し、払拭する為に二人の天使の片方が説明を始めた。


「この体は、我らが発見した秘術によって本来の天使では出せない力を発揮出来る様にしたもの。主より授かし体に我らが手を加える事は本来罪深き事ですが、今この危機的状況を打破するための、所謂大事の前の小事であります。この場はご容赦を」


 とりあえず理解のある天使という事は解ったし、目的はラファエル自身と同じ物を共有している事も理解した。

 だが秘術とはなんだろうか、彼らは一体何をしたのだろうか……。

 結局、核心となる事は何一つ聞けなかったのであった。

 それでも、今のラファエルにとっては十分に期待できる存在が現れたことは事実であった。

「よろしいでしょう、あなた達にお任せします」

 これでセフィリアが消滅し、新たな主候補が目覚めてくれれば……、と考えていたラファエルであった。




 それから数日後。


 セレーネはセフィリアに抱かれて静かな眠りについていた。しかし、その穏やかな時を破る瞬間が訪れる。


 セフィリアは直感し、眠っているセレーネをベッドに移した後、自身が住んでいる小屋から出た。するとそこには、白金の髪色と琥珀の瞳を持つ天使二人が待ち構えていたのであった。


「……天界からの追っ手ですね、それにしてもあなた達は一体?」

「我々の間では、超越天使(アンリミテッドエンジェル)と言います。全ては主の為に、あなたを討伐しなければならない事を、そしてひと時であっても我が愛する主に刃を向ける事をお許しください」


「名前、ありますか?」


 セフィリアは昔、名も無き天使だった。彼らもまた、名前が無い多数の天使なのだろうか?

 見た目が他と違うから、その可能性は低いかもしれないけれど。


「我々には名前はありません。……ですが不便でしょう。それならば私をシェムハザ、こちらの天使をアザゼルとお呼び下さい」


「それではシェムハザ、アザゼル。早急にここから立ち去りなさい。あなた達が何を聞いているのか解りませんが……」

 セフィリアは今まで困り顔から厳しい表情へと変わった。平穏な生活を脅かす存在は誰と言えども敵である。神聖なる炎を宿した銀の長剣サンクトゥスからを取り出し、まるで自身の怒りを伝えるかのように剣から炎が噴き出した。

「……覚悟、我が主よ」

「参ります」

 二人の天使は自身の得物を出してセフィリアに襲い掛かる、シェムハザは右手には青白く光る剣、左手には銀色に煌く宝石で出来た剣を振り回す。アザゼルは自身の身長の三倍はあろう巨大なボウガンを出す、仕込まれ発射された太く鋭い矢はセフィリアを貫くどころかばらばらにせん勢いであった。


 しかし、二人の攻撃を意図も容易く避ける事に成功する。確かに並の中位、上位天使よりは強いだろう、だが主の力を宿し、幾多の試練を超えてきたセフィリアにとって余りにも非力であった。


「聖なる篝火よ、過ちを滅却し正義を照らせ、焼夷の神光セイクリッドブレイズ!」


 シェムハザが天空術を詠唱し終えると、シェムハザ自身の瞳の色と同様の琥珀色の火炎がセフィリアを取り囲む。セフィリアはあたりを見渡したが、まるで逃げ道が無い。

 シェムハザの天空術に併せてアザゼルも天空術を詠唱する。

「……万物を貫く聖なる一撃、貫穿の神光ペネトレートシュート」

 アザゼルのボウガンから巨大な光の矢が放たれると、シェムハザの火炎を取り込み、琥珀色の火矢となってセフィリアを焼き貫かんとしてきた。


「これが我々の合体天空術、虚空の終(ジエンド)わりを(オブ)告げる知らせ(アーカーシャ)だ」

「……これをかわせた者はおらぬ」


 何とか逃げる術や防ぐ術を考えるが、琥珀色の火矢の勢いは凄まじく被弾は免れないとセフィリアは諦め、受け止める構えを取る。


 今まさに、矢がセフィリアを射抜かんとしたその時だった。



「全てを穿つ貫通の神光、ピアシングオブディバイニティ!」



 天空術の詠唱と共に、一筋の光が琥珀色の火矢に真正面から激突し、一方的に砕いてしまったのだ。


「セフィリア様、ああ無事でよかったあ」

「私は大丈夫ですよ。そしてありがとうセレーネ」


 光が収束しおさまると、そこには今まで小屋で寝ていたはずのセレーネが銀の十字架の剣を持ち立っていた。まるでセフィリアの盾になるかの様に、セレーネが二人の天使とセフィリアの間に立ち、二人の天使の方向をぐっと強くにらみ付ける。


「……普通の天使じゃなさそうだけれども、誰だろう」


 セフィリアと同じ感情をセレーネも抱いていた。彼らは一体何者なのだろうか、何の目的でセフィリア様や私を狙おうとしているか。


 一方のシェムハザとアザゼルは、自身の最大最高の力をいとも容易く弾かれてしまい、敵に回した相手の圧倒的な実力の前にただ唖然としていた。

 もはや、命をかけたとしてもこの二人には敵わないだろう。そう悟った二人は、セフィリアに跪き頭を深々と下げて話し始める。


「我々の無礼をお許し下さい。主……いや、セフィリア様」

 そして二人は決断をした。


「実は天界では、現統治代行者であるラファエル様によりセフィリア様を討伐せよとの命令が出ております」

 セフィリアは口を開いたまま驚いた。そして、そうなる事もおぼろげだが予感していた。

「我々はこの力によってセフィリア様を討伐せんと赴きましたが、それも今は叶わぬ事……」

 天界はかつての戦いによって、多くの高位天使が居なくなってしまった。現存している主だった天使はラファエルくらいだろうと、天界の状況のおおよそはセフィリアは予想が出来たのである。


「ですがご安心なさらないで下さい。あなたを討伐しようと、ラファエル様は何やら謎めいた策をお持ちの様子」

「何故、そんな事を私に伝えるのです? このままでは天界に戻れなくなってしまうのに……」

「この作戦が失敗してしまった以上、私達の居場所はどこにもありません。そして、天界から離れたあなた方に今まで天界や天使達が身勝手にやってきた事の責任を問うわけにもいかないと、私は思うのです」

「頭を上げて下さい。私は誰かに崇められる存在ではないのですから……」

 事情は理解できた。セフィリアは二人に頭を上げる様伝えた後、その場を去ろうとしたが、再びシェムハザに呼び止められてしまう。


「お待ち下さい、このままではあなた方はラファエル様の策によって望まれぬ最後を迎えるでしょう!」

「それでは、私にどうしろと言うのです? 私はセレーネと共にこの世界で生きると決めました。ラファエルや天界の新たな追っ手が来ても、セレーネと共に立ち向かっていきます」

 セフィリアの目にはまるで太陽のような強いきらめきを宿していた。その光はどんな事象にも何者の手によっても揺らぐ事が無い、二人の天使にはその事を伝えるには十分であった。


「そこでお願いがあるのです。我々もあなた達と共に歩ませて欲しいのです! そしてその証としてラファエル様に負けない力をあなたにお渡ししたいのです」

 シェムハザやアザゼルも同様の強い光を宿していた。ただ圧倒的な力の前に自身の身の安全欲しさに旗色を変えた訳ではないようだ。……と言う事は戦いを挑んだ事も全ては予定されていた事?


 それでは最初から天界を裏切って私に力を貸すつもりでここへ来たのだろうか。


「これをどうかお受け取り下さい」

 シェムハザから渡されたのは一粒の知恵の実……のような物であった。本来知恵の実は茶褐色だがこの実は二人の天使の瞳と同様に透き通った琥珀色をしている。知恵の実と解らなければ琥珀の塊と言われも解らないであろう。


「我々はここを去ります。では……」

 目的を達成したであろうシェムハザとアザゼルは、一筋の風を残してその場から居なくなってしまった。


 自身の安寧を脅かす存在が居なくなった事を確認したセフィリアとセレーネは武器をおさめ、先ほどまで二人が居た場所をただ見つめながらふと一言漏らした。


「また、良くない事が起きるのでしょうか」

「嫌な予感がするかも……」



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