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scene 41 可憐の記憶

 気持ちが落ち着いた二人とルシフェルはセレーネが今住んでいる屋敷内へと通される。

 そこで自室へと入り、他には誰も居ない事を確認すると、セラフィムは過去の出来事を黒い服のセラフィムと同じ様に映し始めた。

 それはかつて黒い服のセラフィムが見せた光景の続きであった。




「アア、サイコウノキブン……」

 恍惚とした表情のままセフィリアは殺戮と破壊を楽しみ続け、気が付けばそこの街にいた関係の無い人間も、セラフィムを落としいれようとしていた天使や悪魔達もいなくなり、街は崩れ廃墟と化していた。


 全てセフィリアの手によって無残な最期を迎えたのである。


 セフィリアはただ生きている者の命を奪った、そこには何の目的も理由も無い。ただ壊したい、その一点だけしかない。


「セフィリア! これは……」

 慌てて駆けつけたのであろう、多少息を切らしながらセレーネが現れた。


「ごめんね、全部私のせいだよね……」

 セレーネは酷く悲しい顔をしながら詫びた。自分が地上の人間に騙された事で取り返しのつかない事になってしまった、そんな罪悪感と返り血に染まったドレスを身にまとうセフィリアの姿を見たからである。


 しかしその思いは通じず、気がつくとセレーネの腹部をサンクトゥスが貫いていた。貫かれた瞬間、過去にセフィリアから親愛の証として貰った白いリボンが解けた。


「エエソウヨ……、アナタガゼンブワルイノ」


 お互いに好意を抱き、良好な関係だった。だが今のセフィリアにとってはただ壊すだけの存在となっている、残酷な行為はまるで呼吸をするかのように平然とさも当たり前に様に執行された。


 セレーネは直感した、自身の命が僅かである事とセフィリアをとめなければならない事を。

 強い使命感にも似た思いは月の女神の力をより強く昇華させて行く。彼女が放つ渾身の力、それはセフィリアの負の感情から生まれ、セフィリアを支配している恐ろしき存在を封じる物であった。

「今のあなたを放っておいてはいけない……! シールオブムーンライト、邪心封印の銀鏡光……」

 体はサンクトゥスに貫かれたまま、セレーネはもう一歩踏み込んでいく。さらに深く突き刺さり、酷い痛みが襲い掛かるが何とか我慢し、セフィリアの胸に手を当てるとまるで水面の波紋の様に体を伝わり広がっていく。


 すると今まで狂気に満ちていた表情から普段の穏やかな表情へと戻る、セレーネのお陰で自分を取り戻したセフィリアは、我に返った瞬間、今この現状を把握するが全ては何もかも遅かった。


「月の光を浴びてね、じゃないと私の封印が解けてしまうから……」


 セレーネは大きく咳き込む、顔からは血の気が引いていき青白く、そして土色へと変化していく。


「翼の色を戻しておいたけれど、黒くなったら封印が解ける合図だから気をつけてね……」


 限られた時間で泣きそうなセフィリアに構わず一方的に話を続ける。本当なら慰めてあげたいけれど、今はその時間すら惜しい。


「あとは……、えっと……」


 最後の言葉をいろいろと考える、限り少ない命で何を伝えればいいか模索するがなかなか上手い言葉がでないまま、意識だけが遠のいて行く。


 そして思いついた事、セレーネは刺さっているさらに深く突き刺さろうともセフィリアに身を寄せ強く抱きしめて告げる。




「ごめんね、大好きだよセフィリア」




 それは彼女が最後に出した言葉だった。自身の思いを伝えると銀色の瞳に宿る光が消え、セレーネは砂粒となって崩壊し消滅してしまった。


 最後の時もセレーネは笑顔だった……。


 セフィリアは何も伝える事が出来なかった。好きだったセレーネを手にかけてしまった、それだけではない、この街に居た人間も小競り合いをしていた天使や悪魔も手にかけた。


 翼は白さを取り戻したが彼女の心は未だ深く暗いところへあった。


 泣きもせず、叫びもしない、ただ無表情で静かに涙を流している。どんなに悔いてももうセレーネが戻る事はないのだから。何もかも無くしてしまったのだから。




「ふえ~ん!」

 その時、絶望の渦中にいるセフィリアの耳に少女の泣き声が聞こえた。

 街の住人は全て殺してしまったのに、まだ生きている人間がいる……?


 セフィリアは声の主を必死になって探した。途中雨が降ってきて、雨音で少女の声が聞こえなくなったが場所を見失う事は無く、瓦礫の影でうずくまる少女の姿を見つけた。

 少女はセフィリアの存在に気がついたのか、顔を見上げる。大きな瞳は泣いて真っ赤になっていた。


「……ごめんなさい、私のせいで、こんなに悲しい思いをさせてしまって」


 セフィリアはそっと少女を抱きしめた。そこで彼女は悟ったのである。


「この感覚……、まさかセレーネの力を……?」


 自身が手にかけた月の女神セレーネと同じ力をこの少女から感じた。セフィリアはいつの間にか眠っていた少女を雨があたらない建物の影へと寝かせ、胸に手を当て目を閉じる。


 するとセフィリアの脳内にこの少女は一度は命を奪われかけたが、セレーネの力によって瀕死の状態から復活した事、そしてその時に自身の最後を予感したセレーネから力を受け継いだ事、命と引き換えに過去の人間として過ごした僅かな日々の記憶をなくしてしまった事を悟った。


「泣いている場合じゃないよね……」


 セフィリアは目を擦り、溜まっていた涙を拭った。


「セレーネ、今度はあなたを守ってみせるから」


 強い決意を宿したセフィリアは少女を大好きだった月の女神と同じ名前であるセレーネと命名し、天界へ連れて行ったのであった。 




 ……幻が終わり、セフィリアは一つため息をついた後話し始める。


「それから直ぐにルシフェルによる反乱が起きたの。最高位天使が二人ともいなくなり、天界の主が命と引き換えにミカエルを創造した時、ケルビムが私を最高位天使として、天界の統治代行者として迎え入れたのだけれど……、今考えると、あの時はまだ影響力の小さかったケルビムが天界の混乱を阻止する為に、そしてセレーネを理由に私を堕落させ、自身の野望の邪魔者を排除するためだったのかなと思う」


 そしてセフィリアはあえてセレーネに問いかけて見る。


「ねえセレーネ、私はあなたの人生を狂わせ、あなたの両親を殺してしまった、それでも許してくれるの?」


 本来許されるべきではない事をした、あまりにも重い罪でこのままセレーネに復讐の為殺されてもおかしくない筈なのに……。


「……実はね、黒い服のセラフィム様の幻を見終わった後にルシフェルの力を借りて私に宿った月の女神の力から彼女の記憶を辿ったの」


 どんな結末をも受け入れようとしたセフィリアの予想とは裏腹に、セレーネの表情は軽いものであった。


「そこには、私のお父さんとお母さんはセラフィム様ではなく天使と悪魔の小競り合いに巻き込まれてしまった事、その小競り合いは昔のセラフィム様を謀殺する為にケルビムが仕組んだ罠である事、月の女神は天界の主にセラフィム様や他の不穏な動きをしていた天使達の監視の密旨を受けていた事を知ったの。だから、セラフィム様は悪くないよ。それに、天使と悪魔の争いに巻き込まれてあのまま一人生き延びても、人攫いにあってただろうしいいの」


 セレーネの気丈な笑顔と言葉にセラフィムは救われる思いであったし、セレーネもこれ以上セラフィムを自身の罪で苦しませたくないと考えていた。


「結局、ケルビムの野望によって私は踊らされていたという訳だ。最高位天使が情けない話だ」

 全ての真実を知ったルシフェルはうつむき首を二度ほど横に振った。自身の手で仇を取れなかった事、結局やられるだけだった事で何も報いる事が出来なかった事が残念だったのだろう。


「あとセレーネ、もう私はセラフィムではありません。名も無き天使なのです」


「じゃあ、セフィリア様って私は呼ぶね!」

「……はい」


 あの時と同じ様に、セフィリアはそっと微笑んだ。そしてあの時と同じ様にセフィリアは嬉しかった。


 真実を曝け出し、全てを理解した。もう心残りは無い、セフィリアとセレーネが向かう先はただ一つであり、二人ともその思いは同じであった。


「黒い服のセフィリア様、止めなきゃね」

「ええ……」


 あの破壊の化身である黒い服のセフィリアを止めなければ、彼女は世界の全てを破壊しつくであろう。セフィリアとセレーネの穏やかな生活の為、自身の気持ちに決着をつける為、いつかは超えなければならない。


「私も行こう、先代セラフィムの無念晴らさせて貰う。私は、先代セラフィムを愛していた。それは主の教えに背くものであろう……」

 ルシフェルの今まで冷徹で無機質だった表情に生きとし生ける者が宿す力が満ちていく。

「だがしかし、自らの正義を貫く為に誰かを犠牲にして何になるのだろうか? 他の天使は私の事を傲慢の堕天使と呼ぶ者もいるが、どちらが傲慢か火を見るより明らかでないか」

 拳を強く握り、堕落を決意した時の同様の、青い瞳に稲妻の閃光の如き強さと激しさを宿しルシフェルは立ち上がった。


「恐らくはかつてセフィリアが廃墟にした街、全ての始まりの場所へ行けば黒い服のセフィリアに出会えるはずだ」

「行きましょう、全ての決着をつける為に……」


 三人の天使は各々強い意志を秘め、全ての罪が始まったあの場所へと向かった。


第一章 最終回 予告


セフィリアは罪の果てにどのような最後を迎えるのだろうか?

セレーネとの親愛の結果に行き着く先は?


scene 42 天使の記憶(エンジェルメモリー)

「あなたがいて良かった、願わくは永久に共にあらんことを……」

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