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scene 39 忌むべき過去の記憶

 二人はの交際は続けていき、互いに親睦を深めていった。やがてお互いがお互いに必要としあう関係になっていくのである。



 ある日の事。

 セフィリアはセレーネから貰ったドレスを着て地上の街にある噴水の前で待っていた。


 天界にいる時や、戦場へ行く時は流石にいつもの控えめな衣装を着ている、セレーネは大事な存在であったがやはり恥ずかしさと照れくささ、そしてセレーネと交際している事実を周囲になるべく広めたくないと思っていた。それは独占欲からなる物である事を当人は気づいていない。


「ごめんごめん、待ったかな?」

「いいえ、今来たところです」

 多少慌てながらセレーネが到着する。申し訳なさそうにするセレーネに対してセフィリアは笑顔で返答した。


 セレーネのほんの僅かな仕草や振る舞いすらも愛らしい、まるでひなたにいるような暖かさと心地よさを感じており、彼女といるだけで自然と表情が綻ぶ。


 そしてセレーネの後ろに人間の男性が一人居た。長身で見た目の派手さは無く、爽やかな印象をセフィリアに与える。セレーネとはどういう関係なのだろうか、月の女神がつれてきたと言う事は同様に地上に在らざる者なのだろうか。


「今日はね、会わせたい人がいるの」

「こんにちは、あなたがセフィリアさんだね」

 彼は笑顔でセフィリアに握手を求める、戸惑いながらもセフィリアは同じ様に握手して返して見た。


「いつも二人だけじゃ飽きるかなって思って私のお友達をつれてきたの」

「飽きるなんて滅相も無いです! 二人でも十分すぎるほどなのに……」

「じゃあ僕はいらないんですか……?」

「あ、いえ、そういう訳では……」

 セフィリアは慌てて取り繕おうとあたふたしだすが、彼が困っているのはあくまで振りであり、彼の意地悪さがもたらした言動であり、本性ではない事をセレーネは解っていた。冗談に半ば本気で対応するセフィリアの言動にセレーネと彼は新鮮さを感じていた。


「じゃあいこっか!」

 三人はいつも通り街の散策を始める、最初セフィリアは彼が加わった事で緊張をしていたが彼の人柄とセレーネの対応によりすぐに打ち解ける事が出来た。


 そして彼の存在が、セフィリアの内にあった人間に対する感情さえも変えてしまった。天界の書物を見ても、どの天使に聞いても、人間は下賎な生き物で天使たる自身が制さなければならない、自らは知恵と知識と感情を持っていると言うが、所詮野蛮な獣と同じであると全てが同じ答えを返すのである。唯一の例外がラファエルであったが、逆に言えばラファエルのみなのである。


 しかし、この人間はどうだろうか?

 いや、この人間だけではない。

 今まで街で出会った店員、何気なく挨拶をしてくれた老婆、元気よく遊ぶ子供……。


 多少違いはあれど、天使達となんら変わらないのではないのだろうか、野蛮で粗暴な存在とは到底思えない。


 そして、こんなにかけがえの無い存在が天使と悪魔の己が主張の犠牲になっているのだろうか。幾万の時を生きながら自身の主張で相手をねじ伏せる事しか出来ない我々こそ愚かしい。



 そこまで思考をめぐらせセフィリアは我に返った。そして全身に寒気を感じた、なんて恐ろしい考えなのだ。今はそんな事を考えるのはやめよう、主の教えに反するなんてありえない。

 三人は街の雑踏の中へと溶けて行く。




 そして日も沈み、辺りはすっかり夜になっていた。

 三人は別れと次回の再会を約束し、お互いの本来あるべき場所へと帰っていく。全員名残惜しいであろう、自身がそうであるからとセフィリアは思い、天界の自分の部屋に着くと早々にいつもの衣装へと着替えた。






 月の女神と地上の人間との交際が三十回の日没を繰り返したほど続いた時、彼より個人的にセフィリアに会って話がしたいとの連絡があった。

 セフィリアは地上へ行く時の衣装に着替えなおし、意気揚々と予め指定された場所へ向かう。


「君に見せたい物があるんだ、この場所まで来て欲しい。準備があるから僕は先に行って待っている」

 その言葉と待ち合わせの場所が書かれた手紙を握り締め、寄り道をせず真っ直ぐへと、そして彼が指定した事を頑なに守り一人で行く。


 今までも私に胸躍るような新しい体験を彼は何度もさせてくれた。今度は彼は何を私に見せてくれるのだろう。そう期待を胸に秘め、セフィリアは指定された場所へと到着した。


 そこには一軒の古びた小屋が建っているだけの人気の無い場所だった。余りにも静かな雰囲気だったのか、多少警戒しつつ小屋の中へとセフィリアは入っていく。


 中は薄暗く、大した広さではないが窓も締め切られており暗い。


「来てくれたんだね、ありがとう」

 暗闇の中から彼がいつもの笑顔と明かりと琥珀色の腕輪を手にセフィリアへ近寄る。

「まずはこれを両手首に付けて欲しいんだ、いいかな?」

「ええ」

 セフィリアは何の疑いも無く腕輪を付ける。腕輪はセフィリアの腕にぴったりだった。

「付けました。これから何が起こるのです?」

 いよいよ何かが起こる、それはまた私の知らない楽しい出来事であるのであろう。セフィリアは彼を信じ、期待の眼差しで彼を見る。




 しかし、次の瞬間セフィリアは困惑し絶望する。




 腕輪を付けた事を確認すると、死角から次々と見知らぬ男が現れセフィリアを取り囲んだ。




「これは、お友達ですか……?」

「いや、違うんだよ。君は売られるんだよ」


 売られる……?

 どういう事なのだろうか。何を売買するのだろうか。セフィリアは男の発言と行動に疑問を抱く。そんなセフィリアの言動を周りの男はへらへらと嘲笑する。


「天使は高く売れるんだ。その手の貴族にね、すごいだろう? 月の女神だって騙せたんだ、結構苦労したけど見返りは大きかったよ」


 セフィリアはこの段階でようやく事の真相を把握したが、既に遅かった。身を翻しその場から逃げようとしたが囲まれ腕を掴まれ拘束されてしまう。天空術を使い、この場の脱出を試みるがまるで力が出ない。


「その腕輪は拘束具の一種で、君の力を無くす事ができるんだ」

 天空術が使えないセフィリアは、近接戦闘に特化した天使では無かった為、力は人間の女性と同程度しかない、もはやどうしようも無い。


 しかもさらなる絶望がセフィリアに襲い掛かる。彼はセフィリアのあごを手で掴み、恐怖した顔を間近で見つめながら言い放った。


「そんな事より、君は綺麗だ。ずっとずっと、僕は我慢していた。そして君をどうぐしゃぐしゃにしようか考えていた!」

 彼の顔にはいつもの爽やかな笑顔ではない、狂気に満ちた奴隷商人としての冷酷な眼差し、己が欲望を満たそうとする野獣の微笑みがあった。


「本当は処女のまま渡したほうが高いけれど、それくらいの役得はあってもいいはずだろう?」


 セフィリアは裏切られたのである、自身がこの場から抜け出せない絶望、迫る失望、どんなに拒んでも襲い掛かる冷たい現実が広がりセフィリアを包み込んでいった。


「あはははは! さあ楽しい時間の始まりだ!」

「いや! やめて!」

「嫌がらなくてもいいんだよ! 僕を従順に受け入れればそれでいい!」

「ああ、駄目……」



 ……



 ……



 ……




 何かも終わった。






 残ったのは自身の欲望を解放した男達と、衣装が乱れ、虚ろな表情をしながら静かに涙を流すセフィリアであった。



 横たわるセフィリアの翼はまるで何も書かれていない無地の紙に黒いインクを足らしたかのようにみるみると黒く染まっていく。同様にセフィリアの心も目の前も真っ黒に塗りつぶされてしまった。


「ふう……、さて仕事に戻るかな。おい立て!」

 彼はセフィリアの頬を二度三度叩いたが、セフィリアはまるで反応が無い。

「面倒くせえ、このまま担いで行くか」

 彼の無言の合図で他の男達はセフィリアを担ぎ、小屋を出て行く。少し離れた場所には馬車が待機しており、これに運ばれていけば私は奴隷として新たな生を受けるのであろう。




 ……はずであった。




 突如、青天の霹靂の如く、稲妻が奴隷商人達に降り注ぎ馬車ごと吹き飛ばした。その反動でセフィリアも大きく吹き飛ばされ、壁を破り再び小屋の中へ戻されてしまう。


 衝撃によって我に返ったセフィリアは一体何が起こっているのだろうかと、事実を確かめるべく再び外へ出ようと立ち上がるが、上手く力が入らず何度もよろけて倒れてしまう。


 そしてセフィリアにとって最悪の状況が訪れた。




「くっ、おのれケルビムめ、裏切ったか……」




 小屋に新たな天使が入ってきた。その天使は髪色と瞳の色こそ違えどセフィリアと全く同じ容姿を持つ天使だった。恐らく先ほどの衝撃はこの天使が何らかの力によって弾き飛ばされた事によって生じたものであろう。


 セフィリアは愕然とした。

「な、なぜ熾天使様が……」

 その天使は主の片腕と言われる。最高位天使セラフィムであった。


 セフィリアは恐れた、私が罪を犯してしまった事が発覚しては私は処断されてしまう、神格も神性も何もかもを裏切られ失い、命までも失ってしまうのか!


 だが儚い願いはいとも容易く脆く崩れてしまうのである、セラフィムはセフィリアの黒い翼を目の当たりにしてしまった。

「お前……、その翼は! 主への愛を忘れし罪深き者よ、今この場で私が処断してくれる! 良いか! 絶対にそこを動くな!」

 神剣サンクトゥスから炎が噴き出し乱れる、まるで所有者の怒りを表現するかのようだ。疲労し傷ついてはいるが圧倒的な力と風格がセフィリアを終わらせようとする。

 一歩、また一歩とゆっくり近づく。間合いに入った時、私はサンクトゥスによって斬られてしまうのであろう。


 

 何故、私はこんな目に遭わなければならないの……?

 どうして、私はこんなに傷つかなければならないの……?



 セフィリアは抵抗しなかった、全てに絶望し失望の只中におり、そんな気力も湧かない。ただこんな境遇になってしまった事を恨み、呪った。



 私は、ただ安定した生活を送りたかっただけなのに!

 私は、セレーネと一緒に……?



 回避不能の無慈悲なる最後はセフィリアの心の中のどす黒い何かを爆発的に、加速的に増やしていく。



 そうだ、セレーネが悪いんだ。

 今の私がいるのは全てあの月の女神が地上に招かなかったら!



 そして人間!

 あんな下劣な生き物に少しでも心を許してしまった!

 人間が関わらなければ、そうだ、人間が悪いんだ。



 全てを憎み、恨み、自身をこんな境遇に追い込んだ全てを怨む。



 さらに天使!

 何故こんなタイミングでセラフィム様がいるの?

 ここで見つからなければ私は命まで奪われなかった。そうだ、天使が悪いんだ。



 全部悪いんだ、私は悪くない。

 何かも、自分以外全て悪いんだ……!


 絶望と失望はやがて同等の怨念と憎悪に転化されていく、セフィリアの心に自身でも感じた事がなかったどす黒いドロドロとした何かで満たされたその時、何者かの囁きが聞こえた。




 ’そんなに気に入らないなら、壊せばいいじゃない’


 ’さあ今の感情に身を委ねて……、私が壊してあげるから’





 恐ろしく心地が良い、今の自分を唯一理解してくれるであろう者の声が聞こえる。セフィリアは意図も容易くその声を信じて身を委ねた。








「な、なにこれは……?」

 セラフィムは恐怖した。目の前の自分に酷似している堕落した天使から凄まじいエネルギーが溢れ出ている事を、そのエネルギーは光でも闇でもない全く未知の力だった。


 所謂本能だろうか、セラフィムは無意識のうちにその場を離れようとしていた。最高位の天使として、堕落した者の処断は責任を持ってしなければならないという思いはあったが、それを凌駕するほど何か、自身の生命すら脅かされる死への恐怖なのだろうか。


 しかしその行動に迷いがあった、離れれば堕落した天使をみすみす見逃してしまう事になる、だが立ち向かって勝てる勝算が……?


 そんな迷いがセラフィムの命運を決めた。


「ぐぐ……、何をする……!」

 瞬く間よりも素早くセフィリアはセラフィムの首を鷲掴みにし、そのまま持ち上げた。非力だったセフィリアではありえない事象である。セラフィムは何とか振りほどこうともがくが外れる様子がまるでない。


「ゼンブ、コワシチャエバイイヨネ」


 セラフィムはセフィリアの表情を見た、そして死を予感した。その目に宿すのは天使としての強い光の意志ではない、全てを壊しつくす、そこには一切の情も入る余地が無い。ただ純粋なる破壊と破滅を求める者の危険な意思。


「や、やめろ……! こんな事をしても……ぐっ!」

 無駄と解りつつもセラフィムは命乞いにも近い説得を試みようとするが、やはり無駄であった。セラフィムがセフィリアに言葉をかけようとした時、いつの間にか奪われていたサンクトゥスによって急所を貫かれていた。


「アハハハ! シネシネシンデシマエ!」


 セフィリアはセラフィムから奪った神剣サンクトゥスでセラフィムを何度も刺し、斬り続けた。途中までは呻き声が聞こえ、暴れて抵抗していたがやがてセラフィムは動かなくなっていた。


「ツマンナイ」


 首を握っていた手に力を加える、すると鈍い音が鳴りセラフィムの頭はあらぬ方向へと傾く。そして光の粒となってゆっくりと跡形も無く消滅してしまった。


「モットコワシタイ……」


 セフィリアはゆっくりと小屋から出て行く。次に待つ光景を想像するのはあまりにも容易であった。





「アア……、サイコウノキブン……」


 恍惚とした表情のままセフィリアは殺戮と破壊を楽しみ続け、気が付けばそこの街にいた関係の無い人間も、セラフィムを落としいれようとしていた天使や悪魔達もいなくなり、街は崩れ廃墟と化していた。


 ほぼ全てセフィリアの手によって無残な最期を迎えたのである。


 セフィリアはただ生きている者の命を奪った、そこには何の目的も理由も無い。ただ壊したい、その一点だけしかない。









 幻は覚めた、セフィリアが隠していた真実が発覚した。

 黒いドレスのセラフィムは勝ち誇った表情を、白いドレスのセラフィムは頭を抱え目を見開き顔色も悪い、そしてセレーネとルシフェルはただ呆然としていた。


「あの中にセレーネの両親がいたわ。つまり、ルシフェルとセレーネの本当の敵は私だったの、フフ……」


 白いドレスのセラフィムはその言葉を聞いた瞬間、その場から逃げる様に去っていってしまった。


「絆とは脆いもの、一人におなりなさい、そして全てに死を……」


 黒いドレスのセラフィムは、まるで霧が晴れるように跡形も無くその場から消えてしまう。



 驚愕の事実と真実を見せられてしまったセレーネとルシフェルの思考は完全に止まっていた、余りにも唐突過ぎる出来事は、二人をただ唖然とさせるには十分すぎたのである。



 そして少し時間が経過した後、各々は何も言わず、無言のままその場を離れた。全員が物憂い表情をしていた。


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