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scene 3 堕落の記憶 act 1

「どこへ行こうかなぁ~」

 セレーネは今、たった一人で地上にいる。

 天界で天使に頼んで地上へ通ずる道を開いて貰った所までは覚えているが、それ以降、その道を進み地上へたどり着く間、記憶は途切れ意識が無かった。


 気がついた時は、地上のどこかであろう場所、草木の茂った自然がたくさんある場所にいた。


「静かな場所がいいなぁ~」

 立ち上がり、独り言をつぶやきながら歩き出す。あてのない旅の始まり、セレーネにとって物心がついてから初めての地上である。


 様々な不安もあった、期待もあった、けれどもそれ以上に寂しさがあった。それはいつも一緒だった大好きなセラフィムと一緒ではないと言う現実が、最大の要因である事を本人は痛感していた。


 過去のセレーネだったら、その場で泣きじゃくっていただろう。けれども今は何かが違う気がする。妙にすっきりしていると言うか、冴えていると言うか、一人で何とか頑張っていこうという前向きな思考が出来るのだ。

 それはきっと、セラフィム様と別れる時にくれた、あの苦い実のお陰なのだろうと少女は考えていた。


 様々な思いを胸に抱き、ぶらぶらと舗装された街道を歩いているとラフな格好をした、見ず知らずの中年男達数人がへらへらと笑いながらセレーネの周りを囲む。身長の低いセレーネはたちまち男達に囲まれてしまい、周りから見えなくなってしまった。


「お嬢ちゃん、お兄さん達に金目の物を渡してくれないかなー」

「お兄さん達はお腹が空いているんだよ~」

 ふざけながらもまるで小動物を狙うハイエナのようなぎらつく目でセレーネの全身を見る。

「ん~、ごめんねー。お金ないの」

 セレーネは多少の危機感を持ちつつもワンピースの裾ををぱたぱたさせて、何も持ってない事を証明した。


 なんか怖いおじさん達だなあ……。

 はやめに離れなきゃ。ううー。


「じゃあ、お兄さん達についてきてくれないかなー」

「楽しい場所だよー、さあおいでー」

 金目の物を所持していないと解った中年男達は、セレーネを逃がさぬ様にと小さな手を無理矢理つかもうとする。


「嫌! おじさん達やだぁ!」

 いきなり手を掴まれたセレーネは暴れて変な中年男達から逃げようとするが、今度は服をつかまれてしまう。


「いいじゃないか。お兄さん達と行こうよ」

「いやぁ! はなして~!」

 必死に逃げようと暴れるが、所詮は子供の力。どんなにじたばたしてもまったく振り解けない。


 地上は天使と悪魔の戦いにより荒んでいた。人間もまた、天使派と悪魔派に分かれ、各々が正義と信じ、互いを傷つけあっている。そしてその戦いに便乗するかの様に、略奪や暴行が絶えない、まさに暗黒の時代であった。


 セレーネを襲った中年男達もそんな時代を生きる略奪者の一団である事は疑いようも無い。



 そんな中年男達にセレーネがさらわれるその時だった。


「ぎゃあ!」

 一人の中年男が悲鳴をあげて倒れる。

「なんだ?」

 倒れた方向を他の中年男達がいっせいに見た。その方向には三人の人間が立っていた。


 一人は鉄製の鎧を身に付け、手には同じ素材の剣を持ち、腰には豪華な装飾が施された剣を下げた剣士。もう一人は短髪で片刃の斧をもった色黒でいかつい大男。三人目は黒いローブを身に纏いに先が尖がっている帽子をかぶった黒髪の魔法使いの少女だった。


「大丈夫かい? お嬢ちゃん!」

 剣士が危うく拉致されそうになったセレーネに笑顔で意気揚々と声をかけた。

「なんだ? てめーら!」

「邪魔しやがって! 何者だ!」


 こんな時に邪魔しやがって、なんだこいつらは?

 青臭いガキが粋がりやがって、タダじゃ済まさねえ……。


 眉間にしわを寄せて、不満と敵意をあらわに中年男が言い放つが、その問いに答える間もなく、剣士は街道の先まで聞こえる程の大声で牽制、威嚇した後に襲い掛かった。


「うおおお! 悪党ども! 覚悟しろ!」

 剣士の勇猛果敢な奇襲に他の二人も合わせて攻撃を開始する。その姿に圧倒され一瞬隙を出した中年男達は抵抗する間も無く次々とやられてしまった。


「てやああああーーーー!」

「な……なんだこいつ? う……うわぁあああ!」


「ほえー、すごい……」

 セレーネはそんな剣士の一喝と姿で唖然としてしまった時、剣士の仲間の一人と思われるいかつい大男がセレーネをじろじろと確認し、真っ白な格好と髪色、瞳の色を見た後、何か思い出すと突然驚きながら剣士に話しかける。


「おい! レイン、見ろ。この子娘、天使じゃないのか?」

「それはないと思うよゴード、格好だけはそんな感じがするけど」


 こんな場所に天使なんて居る訳じゃない……。仮にそうであったら、あんな追いはぎ一瞬で消滅させてるよ。本当脳みそ筋肉なんだから。


 魔法使いは大男の自信満々の発言をきっぱり否定した後、一つ気だるそうにため息をつく。そんな彼女の言動に大男は不満ありげな表情をして黙ってしまった。


「ねえ、お嬢ちゃん。大丈夫かい?」

 中年男の集団をすべて縛った剣士がセレーネのもとへと駆け寄る、どうやら私の事を心配してくれているようだ。


「ほぇ……」

 しかしセレーネは中年男の集団をたった一人で縛りあげた剣士に圧倒され呆然としている。


「あっ、自己紹介がまだだったね」

 剣士は呆然としているセレーネを無視して自己紹介を始めだす。

「俺はレイン。村の勇者の称号をもらって魔王討伐の旅にでているんだ。で、こっちの大男がゴードと魔法使いのレナ」

 簡単な自己紹介を済ませる頃に、我に返ったセレーネは話にあわせて自己紹介をはじめる。


 ええっと、自分の名前いわなきゃ。その前にお礼いわなきゃだ……。

 うーん、それにしても、すごいいそがしい人だなあ。


「ありがとうございます、私はセレーネです。どこか静かな場所を探しているんですが……」

「静かな場所、う~ん」

 レインは腕を組んで考え始めた。


 この時代にそんな場所があったっけかな……。しかし、それにしても全身真っ白な格好だ。ゴードが言ってた様に天使様なのかもしれない?


 そんなセレーネの回答に困っている最中、そこからともなく地響きがする。それはどんどん近づいて来た。

 「散って! 何か来る!」

 レナの叫ぶ声を聞いて大男ゴードはセレーネを担ぎ、三人はバラバラの方向に走りだした。

 すると、セレーネがいた場所の地面が隆起し、何かが勢いよく飛び出す。


「……気のせいか?たしかに天使の気配がしたのだが」

 黒い羽が生えている男が独り言をぼそぼそ言う。

 その男は瞳は赤く、全身は黒色の硬そうな皮膚に覆われており、手には鋭い爪が生えている。


「悪魔!」

「逃げてみんな! 私達のかなう相手じゃない!」

 レナは大声で必死になりながら言い放った。

 ゴードはセレーネをおろして斧をしっかり握り締めて構える。三人とも、目の前の強敵に恐れていた。


 なんでこんな時に悪魔と出会ってしまうの?この女の子が居なければ逃げる事も出来たけれど、守りながらは到底無理よ……。


「まあそんな事はどちらでもいい。とりあえずここで腹ごしらえをするか」

 レインら四人と見ながら独り言を終えると手の爪を伸ばし、一番容易で手ごろな獲物であろうセレーネに襲い掛かってきた。

「危ない!」

 レインはセレーネの向かって叫ぶ。危機的な状況にも関わらず先ほどとは違い、行動に移せなかったのは明らかに勝ち目が無いからである事は本人も十分承知の上だった。


 このままじゃあの女の子が……!やばい!でもどうしよう。悪魔相手なんて……、くそっ!どうすればいいんだ!


 レインとその仲間の迷いを無視し、悪魔の爪がセレーネをとらえようとしたその時、セレーネの体が強く光りだす。

 圧倒的な光の量に悪魔は怯み、攻撃を中断し三歩ほど後ろへ下がる。

「なんだ?」

 ゴードが光り輝くセレーネを見て言い放つ。その場全ての者の視界が真っ白になってしまう程、光はどんどん強くなり、周囲を包んでいく。



「……みんな大丈夫か?」

「光は収まったようね」


 光はしばらく経つと収まり、三人はようやくあたりを見回せるようになった。


「おい! なんだ、ありゃ……」

 ゴードが光を放っていた方向を見た後、指をさし顔をしかめて驚く。


 表情にあどけなさは無く、顔つきは厳しい。ゆっくりと開けた大きな碧眼にはこれまでに無い強い輝きを宿しており、全身からは眩い光を放ち続けている。背中には一対に翼が生えており、同様に光を放つ。

 神々しく気高い、聖なる光に満ちたまさに天使そのものだった。


 そしてその姿は今まで追いはぎにさらわれそうだった無力な少女、セレーネだった。

 

「ゴードの言うとおり、天使だったの?」

 そんな二人の驚きと発言を無視し、セレーネは手のひらを悪魔の方へ向け、ゆっくりと目を閉じる。

 

「炸裂の光、ディバイニティスパーク!」

 悪魔の居る場所に、少し前に練習した時とは比べ物にならないほどの粉塵と火花を撒き散らし、地鳴りと地響きがすると、地面が黒く焦げるほどの光の炸裂が発生した。


「やはり天使だったか、行くぞ!」

 炸裂がおさまり、姿が見えると、悪魔は腕をクロスさせガードしていた。しかし、腕の皮膚がえぐれて緑色の体液のような物質が滲みでている。


 自身の傷を確認した後、セレーネのいる方へ跳躍する。悪魔は爪を突き立てて刺し殺そうとしてきた。


「せっかく見つけた天使をみすみす殺させはしない!」

 金属と金属の触れる音がした。なんとレインは悪魔とセレーネの間に割って入り、自身の持つ剣で悪魔の爪を受け止めたのである。


 天使様を守るんだ!俺は……、勇者だ!

 くっ……、で、でも……、こいつ、強い……!


「人間が、邪魔をするな!」

「うわぁ!」

 じりじりと悪魔の爪がレインの体へと近寄る。剣を持ち、攻撃を受け止めるだけでレインは精一杯だった。悪魔は意地悪くも無力な少年の、無謀な防衛を邪な笑みで楽しんでいたが、それにも飽いたのか、腕を大きく振るってレインを剣ごと後ろへ吹き飛ばした。


「天使よ! 死ねぇ!」

 レインを吹き飛ばし、まるで力を誇示した様に腕を大きく振るい、再び悪魔はセレーネに襲い掛かった、その様子を目視したセレーネは再び目を閉じ僅かな時間集中した後、目を見開き、何も無い空間から白銀の弓と光り輝く矢を取り出す。


「射撃の光、ライトアロー!」


 光の矢をつがえ、狙いを定めて弓を引き絞る、かつてサマエルに教えて貰った弓矢の使い方を思い出し、願いを込めて矢を射った。

 光の矢はまるでセレーネの意思を表すかのようにまっすぐ悪魔の方へ飛んで行き、見事に悪魔の体を射抜く。

「ぐわぁーーー!」

 光の矢で急所を射抜かれた悪魔はもがき苦しみ、絶叫の後砕けて跡形も無く消えてしまった。


 悪魔を倒し、脅威が去った事を確認したセレーネはそのまま目を閉じて崩れるように倒れてしまった。

 セレーネを包む光も背中に生えた翼も光の粒となって消えて無くなっていた。


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