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scene 35 明星の記憶 act 3

 なんと、かつて地上で知り合った仲間であるルミナがルシフェルと戦い、しかもルシフェルが追い詰められているのである。


「ルミナお姉ちゃん!」

「ルミナ、無事だったの……?」


 二人の驚きを隠せなかった、あのままリリスに殺されていただろうと予想していたからである。そして、次の一言でさらなる混乱を招く。


「そいつに……、近寄るな……、くっ」

「セフィリア様、セレちゃん! お願い助けて!」


 ルシフェルとルミナの言う事がまるで逆である。一体何が起こっているのか、何故こうなってしまったのか、そもそもどうして妨害を受けずにルシフェルを追い詰めたのだろうか?


 混乱を察したルミナは体の向きは変えずセラフィムとセレーネに話しかけた。


「何とかリリスを倒して牢獄から脱出出来たの、そうしたら弱ったルシフェルが居て今なら倒せると思った……」


 確かにルミナの言うとおり、かつて天界の主の片腕とも、明けの明星とも称されたほどの天使が手負いの状態である。リリスを倒せるほどの実力だったら今なら勝てるかもしれない。



 だが明らかに不自然である。今までの大悪魔の行動を考慮すると、ルシフェルを守っているのではなくルシフェルを討伐しようとしたルミナの邪魔が入らないようにしていると感じる。


 そもそも何故このタイミングで囚われていたルミナが都合よく脱出出来たのだろうか、このまま地上へ逃げればいいのにどうしてルシフェルの命を奪おうとしたのだろうか。


 目の前の少女は紛れもなくルミナである、昔から全く変わっていないからセレーネもセラフィムもすぐに認識出来た。

 




 やはりおかしい。





 ネフィリムとはいえ、人間である。人間は年月の経過で成長あるいは老化するはず、それなのにまるで昔と容姿が変わっていない。顔、身長、来ている服装、しぐさ、口調、全てが過去のままなのである。


 さらにセレーネは形容しがたい感覚に襲われていた。

「こんなに恐ろしい、酷く寒い」

 天使の体となってから自身でも驚くほど寒さと暑さに強くなっていたが、それら気候的なものとはまた違う。何か関わってはいけない、おぞましい、悪寒、恐怖……?

 よく解らないが非常に不快な感覚。


「……気づいたか、天使化は無駄ではなかったようだな」

 満身創痍のルシフェルはセレーネの不快感に気づいた。


「あなたは、誰……?」


 意を決して押さえていた言葉を解放した、聞いたら最後、もう戻れないそんな気がしてうかつに聞けなかった言葉。セラフィムも同様の感覚はあった。


 今までの考えと感覚を考慮し、セレーネはある結論に至る。


 今目の前に居るルミナはルミナではない。


 では何者か?と言われると、その回答が出来るわけもない。


 だがしかし、天使や悪魔や人間が決して触れてはいけない何か、立ち入ってはならない領域にある存在である事をこの場に居る天使は全員理解していた。


 その様子を察したルミナは、不敵に笑う。


「ふふふ……、少しだけ、お話してもいいかしら?」


 虚ろな光をたたえた赤目と青目のオッドアイを持つルミナが微笑んだまま語りだした。


「はるか昔、天界を追放された一人の人間がいた。彼の名はアダム」

「アダムは天使にのみ食す事を許されていた生命の樹の実を好奇心によって食してしまったの」

「その結果、地上へと追放されたアダムだったけれど、禁忌の実は彼に生きていく知恵と力を与えた」

「アダムは荒廃した地上を耕し、植物を採取し、動物を捕食する事でなんとか生き延びた」


「やがてアダムは一人である事に苦痛を感じた、そして天使や天界の主に願ったの。一人は寂しいから、パートナーが欲しいってね」

「その願いによって一人の人間が生成された、彼女の名前はリリス」

「リリスはアダムにとても献身的だった、けれどアダムは違ったの」

「アダムはリリスが地上の大地から創られた、自分より汚い存在でしかなかった。だからどんなに優しく親身にアダムの要求を答えていたリリスに対してとても酷い扱いをし続けた」

「アダムにとって、それが当然の考えだった。彼は元々天界の住人、彼女は地上の住人。天使ではないけれど神性と神格が彼にはあった」


「やがてアダムの仕打ちに耐えかねたリリスはアダムの下から去ったの、当然よね」

「天使達はそんなリリスを呼び戻そうとした、けれどリリスは天使の要求を拒み、頑なにアダムの下へは戻らかった」


「そしてリリスは祝福を受ける事になったわ」



「毎日百人の子供を生み続け、全て死んでいく祝福を天界の主から賜ったの」



「リリスは苦痛の中、天使達や天界の主、アダムを恨み、憎み続けた」


「……そして、今の私がいます」

「でも勘違いはしないで、私はリリスであり、ルミナでもあるから……」


 語られた驚愕の事実。

 リリスの何者よりも深い怨念の全てが明らかになった、セレーネやセラフィムが感じていた不快感はここから生じた副産物であった事に気づく。


「私はリリスの意志と力を受けて目覚めたのです、この地上に生きとし生ける人間と天界の住人全てに罪の清算をさせると誓ったのです」


 危険な発言と思想を、平然にかつ満足げにルミナは語った。そしてセレーネもセラフィムも、やがてルシフェルと同じ思考に終着する。


「ルミナお姉ちゃん、ごめんね」

「ルミナ、今のあなたは危険すぎます、だから何としてでも止めます」

 二人は手持ちの武器の切っ先をルミナに向けた。その行動に対してルミナはとても残念な表情をしつつ、まるで二人の行動を読んでいたかのように両手に力を集中させる。


「同じ苦痛を受けたあなた達だったら解ってくれると信じてたのに、残念です。苦痛の聖光、バニシングメルト」


 虚ろな光を湛える瞳を持つルミナは力を集中させた手をセレーネとセラフィムに向ける。すると、何の前触れも無く、そこにいた場所に紫色の煙を伴う爆発は発生し二人を吹き飛ばした。


 何が起こったのか理解する間も無く、ただ爆発に巻き込まれ大きく吹き飛ばされる。空中で体勢を整え着地するが、爆発の規模とは裏腹に驚くほど体力を消耗させられた様な感覚を二人とも感じた。


 ルミナは休む間も無く再度二人のいた場所を連続で爆発させていく、セレーネは自身を加速させ、ルミナの放つ攻撃をぎりぎり避けてた、セラフィムは天空術で結界を生成し爆風を防ぐ事に専念する。


「全てを穿つ貫通の神光、ピアシングオブディバイニティ!」

 守勢から攻勢へと転じ、一瞬で勝負をつけようとルミナの急所を貫こうとしたその時、思っていなかった制止が入る。


「セレーネ、リリスを倒すな!」


 ふらふらになりながらもルシフェルは叫んだ。

 その予想だにしない発言にセレーネは思わず動きを止める。リリスとなったルミナを止めなければ私やセラフィム様の穏やかな日々は戻ってこないと言うのに今更何を躊躇う必要があるのだろうか。


 セレーネの心中は不満と疑問で一杯だった、やはりルシフェルは私の敵なのだろうかとやがて不信感、そして疑いへと変化していく。


 しかし、その疑いは次の言葉で絶望へと変わる。


「ここでそのリリスを倒しても、セレーネかセラフィムのどちらかがリリス化してしまうだろう。リリスそのものを何とかしなければ、何も変わらない」


 言っている意味がよく解らない。私やセラフィム様もルミナお姉ちゃんと同様にリリスに取り込まれると思っているのだろうか。


 確かにリリスが受けた現実は非情で、私自身天使に対してもあまりいい印象はない。けれども今のルミナが目指しているのは良し悪し関係なしの絶滅を望んでいる。それが納得いかなかった。


「じゃあ、どうすればいいの……?」

 このまま辛うじて倒せる力は今のセレーネにはあったが、倒してはならない相手をどうすればよいのか、皆目見当がつかない。


「もう、誤魔化す必要もなさそうだね、この動きにくい格好するもの疲れたし」

 ルミナは自身の法衣を脱ぐと、濃い紫色のボンテージ姿となる。その姿は淫魔であるリリスそのものであった。


「全て終わったら、セレちゃんもセフィリア様も私が感じた素晴らしい世界へ導いてあげる。サマエル以上に素敵な気分になれるから……。ちょっと痛いけど、我慢してね」

 籠の中の鳥が籠から出た時に勢いよく飛び立つかのように、法衣を脱いだ瞬間おびただしい量の瘴気が周囲を包む。ルミナは両手を上げ、敵対する天使達を見下し天空術を詠唱した。


「混沌の力、聖なる翼と共に飛翔せよ。舞い散れ凛然たる闇、殺戮の魔光フェザーマジック!」


 詠唱が終わると瘴気はまるで天使の翼から抜け落ちた羽根のようにひらひらと舞い散りだす、その光景はあまりにも儚く美しい。


 だがそんな光景とは裏腹に、羽根に触れた瞬間想像を絶するような苦痛に襲われる。触れた箇所は紫色に変色し、痛みがおさまる事はなかった。

 ルシフェルを良く見ると、服で隠れており患部を手で押さえて見えにくかったが同様の傷がある。恐らくは同じ天空術でここまで追い込まれたのであろう事をようやく二人は理解した。


 天空術とは本来光の力を利用し森羅万象を引き起こす術、それなのにここまで禍々しい力を発揮させられるとは、さすがはネフィリムでありリリスの力であるというべきか。


 しかし、関心している場合ではない。無数に舞い散る羽根を避ける事は不可能である、次々と邪悪な羽根の力によって天使達は苦痛に侵食されていってしまう。

 天使達はルミナの力に屈し、ついに倒れてしまった。ルシフェルを追い込んだ力は生半可な物ではなく、セレーネやセラフィムでも太刀打ちが出来なかったのである。

 天使達は全員自分の最後を予感していた、冷たい残酷な時を受け入れざるを得ないのであった。リリスに飲み込まれたルミナの力がここまでとは予想以上であり、全員が自身の考えの甘さを反省するしかなかった。


「ごめんね、今すぐに気持ちよくさせてあげるからね……」

 ルミナは倒されたセレーネに口づけをしようとする。この儀式が完了したら私はルミナお姉ちゃんの快楽の奴隷となってしまうのだろう、抵抗する力はもうない、心の中で放った一言。


「ごめんなさい、セラフィム様……」


 お互いのくちびるが合わさろうとしたその時であった。

 ルミナは思わず体を引き、セレーネから一気に間合いを離すと同時に酷く咳き込む。口を押さえていた手は咳き込んだ時に吐いたと思われる血で真っ赤に染まっていた。


「くっ、この体もここまでか……。セレちゃん、あなたの体をちょうだい……」

 吐血して血まみれになったルミナはまるで操り人形の糸が切れたかのように倒れて動かなくなってしまう。同時に倒れたルミナから魔界の瘴気とはまた違う、灰紫色の霧状の何かが噴出し頭上を覆った。


「あれが……、リリスの本体?」

「セレーネ! お願い離れて!」

 セレーネはリリスの正体を目の当たりにする、恐らくあの煙みたいな気体が私の体の中へと入れば、私はリリスになってしまうのだろう。セラフィムの悲痛な叫びに答えたかったが、もう指一本動かす余力も無い。


 気体となったリリスは真っ先にセレーネ目掛けて襲い掛かる。


「甘かったなリリス、この時を待っていた」


 まさにセレーネがリリスに取り込まれる瞬間、ルシフェルは一本の剣をリリス目掛けて投げた。剣がリリスのいる場所へ到達すると剣は粉々に砕け、破片から植物の蔓のような物が無数に生えていきリリスを覆い閉じ込めてしまう。

 リリスを覆い尽くした蔓は地上へ落下し、鈍い金属音と共に結晶化されリリスの本体であった気体は灰紫色の巨大な水晶へと変わってしまった。


「なんとか封印は出来たようだ、やはり私の予想通りか」


 ルシフェルはゆっくりと起き上がり、服に付いた埃を払う。


「かつて人間達が持っていた終末の剣、それはリリスを研究していた地上の賢人の遺産。彼は最愛の妻がリリスになり、嘆いた後に悲劇を繰り返さぬように研究した。リリスを消滅させるのは不可能、強固な封印により閉じ込めておくしかない、その封印術をこの剣に宿す」


「あの剣を研究し、得た情報だ」

 どうやらリリスの脅威は去ったらしい、リリスの攻撃によって受けた傷の痛みも殆どなくなっており、セレーネとセラフィムも立ち上がる。

「……助けてくれた礼は言う。だが何をしにここへ来た?」

 リリスを退けた経緯とお礼を簡単にセレーネとセラフィムに伝えたと同時に、何故ここまで来たかを問いかける。散々苦しめてきた仇だったのではないのだろうか、何が狙いなのだろうか。


「まずはここを出る、長くなりそうなのだろう?」

 セレーネとセラフィムはルシフェルをつれて一度魔界から脱出する事にした、魔界側に天界からの内通者がいるのであらば、全員が弱っている隙をついてくる可能性があるからである。


次回予告


ルシフェルと合流し、天界のラファエルを目指そうとした一行に

これまでに無い程の脅威が迫る。

三人は天界最強の天使、ミカエルを果たして退ける事が出来るのか?


次回、scene 36 主の片腕(ミカエル)の記憶

「……全員を我が主の命により、抹殺する」


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