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scene 33 明星の記憶 act 1

 これでここに入るのは三度目だろうか、セレーネは今までの過去を振り返る。


 一度目は幼い時にセラフィム様を助けるために突入し、力及ばず囚われの身となった。二度目はセラフィム様を助けるために潜入し、何とか救出した。


 そして今回、私やセラフィム様を苦しめ、天界から追放された天使ルシフェルを救出する。厳密に言えば、命はどうなってもいいが、彼が知りうる情報の全てを聞かなければならない。


「セラフィム様」

「はい、なんでしょう?」

「二人で、生きて帰ってこようね」

「ええ……」

 お互いに強い意志を秘め、二人は意を決して城へと入って行った。



 二人は城内を走り、王座の間へと進む。だが、かつてバーンと逸れた場所には、同じ様にバーンが対峙した漆黒の鎧を身に纏った騎士アシュタロトがいた。


 黒騎士アシュタロトやはり今回もここを通さない様子である。何も言わず、剣の切っ先をセレーネとセラフィムに向ける。その時にわずかに動いた鎧の間接部が擦れる金属音だけが冷たく部屋に響く。


 セレーネは十字架に祈りをこめて銀の十字架の剣を出し、セラフィムは目を閉じ右手に集中するとそこから燃える剣サンクトゥスが現れた。


 二人は騎士アシュタロトへ同時に向かいその手に持った剣で立ち向かう、黒く鈍く光る鎧に二つの斬撃の軌跡が反射する、だがしかし傷をつける事は出来なかった。重厚な鎧を纏った騎士は予想以上に素早い動きで二人の攻撃をかわしたのである。


 セレーネは再び体勢を整え、体のバネを生かして騎士を貫こうとした。しかしこれもかわされてしまう。騎士は銀の十字架の軌道を自身のガントレットにわずかに当てる事で矛先を逸らしたのである。


 人間の中では恐らく達人級の腕前を持つバーンですら、この騎士には手も出なかっただろう事をセレーネもセラフィムも確信せざるを得なかった。そして、二人の剣術では二人がかりでもこの騎士に対抗するには厳しいと悟ったのである。


「セレーネ、今のあなたならばあの術を使いこなせるはずです」

 セラフィムの言葉にはっと何か気がついた。その後、ルシフェルにかつて言われた言葉を思い出した。


「だがしかし、その天空術は人間が使うには移動時に生じる空気との摩擦に体が耐えれない、今はまだぎりぎり耐えれるようだが、これ以上速度を上げればお前は燃え尽きるであろう」


 そうだ、今の私は人ではない。


 それならば……!


 セレーネは自身を光の速さへと加速させていく、人間でいた時とは比べ物にならないほど速さが増して行き、そして苦痛を一切感じない。


 さらなる加速を続けた。そして一筋の光となって騎士アシュタロトに銀の十字架を突き立てる。


「全てを穿つ貫通の神光、ピアシングオブディバイニティ!」


 セレーネはアシュタロトの胸を鎧ごと一気に突ききるはずだった。しかし、黒騎士の剣術はかろうじて光の速度を捉える。


 胸に突き刺さる瞬間、初撃と同様にガントレットで矛先を逸らしたのである。受け止める事が出来ない絶大な威力をこの短い時間で見抜き、最も最適な方法かつ、ぎりぎりなタイミングで回避したのだ。


 勢い余ったセレーネの一撃はそのままアシュタロトの兜を突き壊す。大きくヒビが入り、たちまち粉々になった兜から、誰も見た事がない騎士の素顔が窺えた。


「我の鎧を一部でも破壊出来る者がいようとは、素晴らしい突撃だ」


 白銀のショートヘアーに真っ赤な瞳の少女の顔が、そこにはあった。少女は自身の顔に似つかわしくない口調でセレーネを賞賛する。


「お、女の子だったの……?」

「まさかあの大悪魔アシュタロトがこのような素顔だったとは……」


 セレーネもセラフィムももっとおどろおどろしい形相を予想していただけに、そのギャップで拍子抜けしてしまう。


「ううむ、あの攻撃を見切れぬとは、大悪魔と評され驕っていたか……。我は今一度修行へと出る。天使達よ、この場の勝利はお前らに預けよう。また、相手を頼む」


 セレーネの攻撃を看破しておきながらも回避できない自身を戒め、剣を収めて城から出ようとする。

 これ以上の戦いは無いと見たセレーネとセラフィムも武器をしまい、アシュタロトの後姿を見る。


「……私に立ち向かった人間の男は、既に地上へ放った。安心するが良い」

 バーンの無事を一言告げ、彼女は魔界の闇へと溶けるように消えてどこかへ行ってしまった。




「素晴らしい! 流石は我が妻を手にかけただけの事はある!」


 拍手と共に、アシュタロトが消えた闇からかつてセラフィムに倒され、サマエルを堕落させた大悪魔アスモデウスが現れる。


「黒騎士アシュタロトを負かすとは、実に素晴らしい」

 笑いながら喋るその声はいつもの音程より高く、まるで仲間であるアシュタロトを負かした事に対して祝福と敬意を表しているかのようにも見えた。


 不気味で思考の読めないセレーネとセラフィムは、しまいかけた武器を再び取り出し切っ先をアスモデウスに向ける。


「今ルシフェル様は取り込み中なのだ、実に申し訳ないがお引取り願いたい」

 深々とお辞儀をして丁重に帰りを促すが、それとなく馬鹿にした雰囲気が感じなくもない。そして、二人の目的はルシフェルに合う事である。当然帰るわけも無く、武器を持ったまま構えを崩さない。


「やれやれ、致し方ない。……これからお前らに地獄をあじあわせてやる! 覚悟しとけ!」


 今までの紳士な態度とはまるで間逆な、狂気さと残忍さを兼ねた鬼のような形相で二人に言い放った。それと同時にどす黒い瘴気が周囲を包み。セレーネとセラフィムの視界を奪ってしまう。


 二人は互いの背中を預け、死角を作らない様にする。視界を奪い、不意の一撃にて倒す事は明白であり、予想通りアスモデウスはセレーネとセラフィムの頭上から剣を突き立てて急降下してきた。


「鉄壁の聖光、ホーリーウォール!」

「反邪の神光、サークレッドプロテクション!」

 セレーネとセラフィムは光の障壁を築き、アスモデウスの攻撃に対抗しようとする。高位天使二人分の障壁とあっては大悪魔といえども突破は困難である。


 しかし、アスモデウスの狙いはまさに二人が防御する事にあった。


「かかったな! ダークグラビテーションッ! レベルシックスッ!」


 アスモデウスは二人が築いた障壁に手の平を当てる、すると巨大で重厚な何かに潰される様に二人は突っ伏し、障壁は粉々に砕かれてしまった。


「空間と自身の重さを超倍加させた、もはやお前らごとき愚図では指一本動かせまい……。楽にはさせんぞ、我が妻の仇、そして私が受けた屈辱の全てを万倍にして返してやる」

「うぐっ……、げほっげほっ」

 アスモデウスは押しつぶされそうになっているセレーネの腹部を何度か蹴り飛ばす、蹴られた事で呼吸停止と鈍痛が襲い掛かり、耐え切れず吐きそうにむせる。


 まるで汚物を見るかのように突っ伏し苦しんでいるセレーネを見下げた後、今度はセラフィムの頭を何度か踏みつける。

「この程度で済むなんで思わないでくれ、斬って突いて刺して千切って叩いて磨り潰して炙って砕いてありとあらゆる恥辱と苦痛を死ぬまで受け続けるのだからな、ハハハッ」


 アスモデウスは醜悪な言葉で突っ伏した天使達を罵倒しつづけた。セレーネもセラフィムもこのまま言葉通りの最後となってしまうのだろうか?


 否、セレーネには考えがあった。この状況を逆転出来る一手、しかしそれを満たすにはまだ条件が足らない。


「む、お前……」

「あなたなんかに、負けない……!」

 セレーネは何倍にもなった肉体を歯を食いしばり両足両手を震えさせながら、力の限りを尽くして立ち上がろうとする。


「このまま突っ伏していればいいものを……、愚かな! レベルエイトッ!」

「あうっ」

 アスモデウスが力をさらに解放した瞬間、先ほど以上の加重がセレーネの全身に襲い掛かる。再び地面へ叩きつけられるように突っ伏してしまう。


「抵抗するなぞ無駄なのだよ、このままカエルの様に無様に潰れて死ね!」

 凄まじい圧力で全身が酷くきしむ、圧迫される不快感はやがて激痛へと変わりセレーネとセラフィムは耐えかね悲痛な叫びを上げる。


「弱音を吐くにはまだ早いんだよ、ここからが素晴らしいのに。む、お前……!」

 それでもセレーネは顔を苦痛で歪ませながら立ち上がろうとする、セラフィムもセレーネの意図を掴んだらしく、同じ様に力の限りを尽くして立ち上がる。


「おのれおのれおのれええええ! 何故立ち上がる! そのまま寝ていれば良いものを!」


 どんな事をされても、どんな逆境であっても立ち向かい諦めない二人の強い意志にアスモデウスは酷い憤りと深い怒りを感じていた。

 そしてそれは焦りへと転化され、悪魔の力のさらなる強化へと繋がる。

「レベル……マックスッ!」

 アスモデウスの全力の圧力に再び地面へと叩きつけられてしまう。 

 もう指の一本すら動かせない、このまま時間が経てば二人は圧死してしまうであろう。だがしかし、この状況こそセレーネが待っていた状態であった。


 セレーネは持てる全ての力を自身の跳躍の為に使った、体は一時的にアスモデウスの圧迫から逃れ、高く舞い上がる。


「浮遊の光、レビテーションライト……」

 さらにセラフィムはセレーネに自身の体を浮遊させる天空術を施す、飛躍的に軽くなった体はより高みへと目指していく。


「ば、ばかな!?」

 悪魔の呪縛から逃れられた天使は天井に足を付き、剣を突き立て勢いよく蹴ってアスモデウスへと突っ込む。

 蹴って加速させたと同時にセラフィムはセレーネに施した術を解くと、アスモデウスの圧力と負荷が改めてセレーネにかかった。


 まさに一瞬、誰も目視出来ない瞬きすら遅い僅かな時。セレーネの剣はアスモデウスの急所を貫いていた。

「私の体重を何倍にもしてくれたから、より加速する事が出来た」

 大悪魔に最後の言葉を冷たく投げかけ、剣を抜くと何かを言おうとして前のめりになり倒れてしまう。サマエル様を堕落させ、不思議な力で私達を苦しめたアスモデウスの討伐に成功したのである。


 二人の呪縛が解ける。セラフィムはゆっくりと立ち上がった後、乱れた髪形を手ぐしで簡単に整える。

 セレーネとセラフィムは、ルシフェルの居る王座の間へと通じる通路の先を少し見つめ、無言のまま突き進んだ。言葉を交わさなくても、互いの目的も実力も思いも十分に理解出来ているはずだから。



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