表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/64

scene 31 魔王の記憶 act 2

 鉱山に着くと、坑道へ入る道を一つ見つける。悪魔が出てからは採掘作業をしている様子は無く、道具や運搬途中であった鉱物が野ざらしになっていた。


 セレーネとセラフィムは警戒しつつも坑道の中へと入っていった。明かりが消されており真っ暗だった為、セレーネが光の玉を手のひらから出し、周囲を照らす。一見何も変化が無く、争った様子も無い。


 妙な静けさの中、二人はさらに奥へと入っていった。

 動物はおろか、虫一匹すらいない坑道、二人が歩く足音しか聞こえない。所々採掘の途中だったのであろう壁が崩れている。


 ついに日の光は完全に入らなくなるほど奥までたどりついた時、セレーネはある異変に気づいた。


「ねえセラフィム様、足元に何か居ない……?」

「さあ……。照らして見てはどうでしょう?」

 周囲の壁と先の道を中心に照らしていたため、足元は薄暗く良く解らなかったのである。セレーネは光の玉で足元を照らす。その時二人は愕然とし、恐怖した。


「いやああああああ! なにこれ!」

「これは……!」

 二人が足元で見たもの、それは蠢く大量の虫。今まで生物らしき物が確認されなかったが、何故ここに来てこれほどの量がいるのか。


 セレーネはその気味悪い光景から避けるように、セラフィムはある可能性を考慮し、翼を広げ天井に頭をぶつけない程度に浮遊した。


「セレーネ、虫に刺されたりはしていませんか?」

 セラフィムはセレーネに近寄り、セレーネの足を何度も触り確認する。外傷が無い事を確認してほっとした。

「う、うん。刺されてないけど少し踏んじゃったよう……」

「やはり、ここにはベルゼブブがいるようです」

「どういう事なの?」

 セラフィムは確信にも近い予感をしていた。その確信はここに潜む大悪魔の特性に関連する事である。その事を聞いたセレーネも同じ結論を得る事になる。


「蝿の王、大悪魔の中でも指折りの実力者であり、知能はさほど高くありませんが、その実力はルシフェルに次ぐとも言われています。幾万の命を食し、幾億の虫を使役する、暴食の象徴と呼ばれ天界が多大な犠牲を払って封印した悪魔なのです。刺されればその毒により、最悪命を落とすかもしれません。先ほど確認して刺されていなかったですが……、先に言うべきでしたね」


 二人は恐怖した、そこまでの相手に到底敵う訳が無い事を瞬時に悟ったからである。セレーネもセラフィムも、次に考えた事は同じであった。


「ここから出よう、セラフィム様」

「その方がいいですね、人間には申し訳ないのですが私達ではとても……」

 諦め、一度通った坑道を逆に進み出口を目指す。出口へ近くなればなるほど地面に蠢いている虫の数は減っていき、そして日の光が見えてくるはずであった。



 しかし……、二人は一本道である坑道を逆に進んでいるが、一向に出口に着かない。




 歩みを進め、何とか早急にこの薄気味悪い場所から出ようとするが、何故か日の光差す場所へいかないのである。

 そして地面を這う虫の数もだんたんと増えて行き、やがて壁一面を虫で多い尽くされてしまうほどになる。


 セレーネは焦った。そして最悪の結末を想像し、それを恐る恐るセラフィムへと告げた。


「これって途中から私達はベルゼブブの元へ誘導されてしまったのかな……」

「ええ……」

 セラフィムはセレーネの回答に対して一言だけ言い返した、それは今から戦わなければならない敵に対する身構えからである事はセレーネも解っていた、そしてセラフィムもセレーネの考えと同じであった。


 進めば進むほど奥へと誘導されている様な不気味さを感じつつ、その場で止まるわけもいかない二人は奥へ行く道を逆の方向へと進めて行き、やがて開けた空間へとたどり着く。


「ようこそ俺様の胃袋へ!」


 そこにはセラフィムやセレーネの身長とは比べ物にならない程、山の様に巨大な蝿が鎮座しており、尻尾からは常に虫の幼虫らしき物体を排出し続け、それらは瞬時に成虫となり蠢く。常に忙しく擦られている六本の手はまるで二人の訪れを歓迎しているかのようだ。


 大悪魔は下品かつ、地鳴りのような振動を伴う声で喜ぶ。話す度に自身の触覚が震えている。


「む、片方は天使か……、天使はまずくて食えやしねえ」

 どうやら食料となる人間が目当てでここまで誘導してきた様だ。勿論、その人間とはセレーネの事である。


「セラフィム様……、ごめんなさい。全力で行きます」

「……仕方ありません。ですが今回だけです」

 二人とも絶大な力の持ち主に対峙した事を僅かな時間で察知した、とても手を抜いて勝てる相手ではない、全ての力と知恵をつくして挑まなければならない。


 最初に仕掛けたのはセレーネの方だった、銀の十字架を剣に変え、自身を光速に近い速度まで加速し一気に突こうとする。これが決まれば流石のベルゼブブもひとたまりもなかったであろう。


「全てを穿つ貫通の光、ピアシング……」

「なんだぁ~? 餌がこっちから来たぞ」

「ぐぐ……」

 十分に加速したはずだった、特有の皮膚が焼けるような擦れる痛みもあったがそれも我慢した。手を抜いたつもりは無い、だがセレーネはベルゼブブの六本の腕のうち二本に掴まれてしまった。


 セレーネは困惑した、サマエル様も捉えられなかった天空術が何故こうも容易く破られてしまうのか、ルシフェルやセラフィム様の様に分析眼や考える脳があるとも思えない。


 様々な考察を脳内でしている中、ベルゼブブが爪を立てた三本目の腕をセレーネの腹部へ突き刺した。拘束されびくりとも動かず、避ける事も守る事も出来ず、無残にも爪は深く体に突き刺さると何かが注入されて行く。


「ぐっ、熱い……、あああああ!」

 まるで熱湯を直接胃腸に注ぎ込まれているような、明らかに命の危険を感じる苦痛と感覚に声をあげた。意識が薄れていき、がくりと頭を下ろした時、自身の天空術が敗れた理由を悟った。


 眼下には捕食者の口と、どんな角度、速度をも見通す真っ赤な複眼があった。この複眼によって私の動きは読まれたのであろうと確信した時、セレーネの瞳から力強い光が消え、表情と意識は虚ろになっていく。妙な心地よさを感じるのは毒液の影響だろうか。


「ああ……キモチイイ……私、オカシくなっちゃッタかモ……」

「セレーネ!」

 毒液の与えた快楽はやがて淫楽へと変わり、その心地よさに全てを委ね様としていた時、セラフィムが救援へと駆けつける、残りの三本の腕がセラフィムを妨害しようと引っ掻いたり、叩きつけたり、毒液を霧状にして噴きつけたりするが、これを何とか回避し、セレーネを拘束、捕食しようとしてた三本の腕をサンクトゥスで切り落とした後、落下するセレーネを抱きかかえそのまま出口へと向かう。


「俺様の食事を返せ~!」

 ベルゼブブは雄叫びを上げながら羽根を羽ばたかせ、その巨体を持ち上げる。そしてセレーネを抱えるセラフィムに向かって口から突っ込んだ。

 しかし、出口の狭さではベルゼブブが通れる訳も無く、獲物は穴の奥へと逃げ、自身のその巨体で岩盤をぶち破りながら激突する。


 なんとか追撃を振り払ったセラフィムであったが、坑道はベルゼブブによって支配されており、このまま進んでも結果は同じである。


 セラフィムは最後の手段に出る、それは坑道毎自身の天空術で吹き飛ばすのである。地上に出れるかもしれない反面、岩盤で生き埋めになってしまう危険性もあった。


 だがしかし、セラフィムには考える余地は無かった。それはセレーネがベルゼブブの毒牙にかかってしまい非常に危険な状態だからである。毒液を注入された傷口からの出血は酷く、暖かいセレーネの生命が流れ落ちていっている事を肌に感じていた。


「持てる全ての力をこの一撃に、滅亡の破光、カタストロフィ!」

 セラフィムは大きく息を吸った後、自身に内臓している力の全てを解き放った。周囲は純白の世界となり、坑道を支配していた虫達は一瞬で消滅、分厚い岩盤はたちまち粉微塵になっていく。


 土煙はおさまり、周囲の景色は瓦礫のみと化した場所で、セラフィムと瀕死のセレーネがいた。


「お願い治って……、治療の聖光、ホーリーライトキュア!」

 優しい生命の光がセレーネを包む、しかし傷口は塞がらず出血はおさまらない。セレーネの周囲には自身から流れ出た鮮血が広がっていった。

 呼吸が荒く、脈は乱れ、瞳孔が開き切っている。セレーネの命はまさに風前の灯であった、セラフィムは何度も絶え間なく治療の天空術を使うが、効果はまるで見られない。


 セラフィムは焦っていた。そして酷く後悔していた、何故あんな安請け合いしてしまったのだろうか。私が受けたがばかりにセレーネが……。そう自分を責めつつも今の状況を打開する術を何とか考える。


 ふと、セレーネの首に輝く銀の十字架が目に入った。今は持ち主の大量の出血で赤く染まった十字架は、セラフィムに起死回生の一手を授ける。


「ラファエルならば……、リザレクションを使えば……!」


 セラフィムはすぐさま天界へのゲートを開き、ラファエルの下を尋ねる。天界へ入ればケルビムらに見つかってしまうかもしれないが、今はなりふり構っていられない、危険性は承知の上でこのまま手を拱いていてもセレーネは弱っていくだけだから。


 ラファエルのもとへ血相を変えたセラフィムが現れた。その表情で何か危機的な状況である事を判断し、抱えた血まみれのセレーネを見て何が起こったかを確信した。


「すぐにそちらへ寝かせてください、治療します」

 指示通りにセレーネをベッドに寝かせ、ラファエルは傷ついたセレーネに手の平をかざす。目を閉じ、強く祈ったと同時に膨大な生命の光がセレーネを包む。


 これでセレーネは治る。そうセラフィムが確信した時、ラファエルはセレーネの治療を止めた。


「何故……? 治療はもう終わったのです……?」


 セラフィムは愕然とした、セレーネを何故助けないか、何故みすみす殺すような真似を……!


「残念ですが、もう私の力をもってしても助かる見込みはないでしょう……。力になれず申し訳ございません……」


 目の前が一気に真っ暗になった。治療に関しては右に出るものはいないと言われたラファエルですら、セレーネを救う事が出来ないなんて……。


「ベルゼブブを封印する時、多く天使が死にました。そう、今のセレーネの様に……。あの大悪魔の毒はそれほど強力無比なのです」

 セラフィムはその場で崩れ、声をあげて泣いた。

 全て私のせいだ、私の行動と選択でセレーネは死んだ。私がセレーネを殺したんだ。泣き叫びながら自分を責めて、責め抜いた。



「……一つだけ、助かる方法があります」


 絶望の渦中にいたセラフィムを救う一本の細い糸。今なら悪魔にだって魂を売ってもいい、セレーネが助かるならば私は何でもするし、どうなってもいい!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ