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scene 2 始まりの記憶 act 2

 それから数日後。


「これより、審議会を開会します。」

 

 これから始まる天使審議会では、セラフィム他多数の上位天使が集まり、天界の方針や新しい法律の決定など、重要なことを審議して決定する。


 今回の主な議題は、人間であるセレーネの処遇…。

 私自身の今後をも左右する重要な事項である。


「今回は、人間であるセレーネの今後をどうするかを決めたいと思います。まずは、智天使ケルビム!」

 私は先ず、私の次に位の高い天使であり、私の補佐役でもあり、ツァドキエルと同様にセレーネ追放派の一人であるケルビムを呼んだ。

 すると座っていたケルビムがゆっくりと立ち上がり、発言し始める。


「人間であるセレーネを天界に住まわせることで、動揺している天使も少なくありません。セラフィム様の気持ちも解りますが、即刻追放するべきです。」

 その発言に野次を飛ばすもの、不平をもらすもの、同意するもの、さまざまであった、しかしあきらかに賛成派が多い印象を私は受ける。


 やはり、ここでセレーネと一緒に過ごす事は不可能なのだろうか……。


「静粛にしてください。ではこのことについて発言はありませんか?」

 一度、場の静寂を取り戻した後、今度はサマエルが立ち上がり挙手し、発言し始めた。

「たしかに疎ましく思う者はいるでしょう。ですがセレーネ自身は何も悪い事はしていない。人の子と言うだけで追放とは、短絡的な発想とは思わないか!」


 私はサマエルの言葉に感謝し、少しほっとしていた。

 全ての天使がセレーネを拒んでいる訳では無いと言う事を、公の場で明らかにしたのである。


 しかし、その発言に一人の高位天使が反応する。


「ですが、調査したところ、全体の七割の天使が追放を希望していますが……。精神論も良いですが、調査結果は絶対ですよサマエル様」

 この天使は大天使ガブリエル。一見は普通の人間の青年のような感じで他の高位天使と比べればさほど戦闘が得意と言うわけでもない。しかし、天界、地上、魔界の情報収集をする重要な任務についているほど、諜報活動においては右に出るものはいないと言われる天使。


 そんな彼の情報は、ほぼ間違いないと言って良いくらい信頼されている。


 私は厳しい現実を改めて確認せざるを得なかった。

 サマエルやラファエルの様に人間に対して好意的な天使もいるだろうが、全体的には疎ましく思う者が多数なのである。


「セラフィム様はどうお考えなのでしょうか?」

 今まで無言だったケルビムが私に問いただしてきた。


「私は……」

 私の答えを待つかのように会場にいる天使全員が私を注目している。


 それと同時に今まで野次をとばしていた天使も大人しくなり会場は再び静寂に包まれる。

 誰もがその結論に望む望まない限らず、結果を待っていた。


 私は、決断をしなければならない。

 しかし、迷ってはいなかった。あの約束を果たすと誓ったのだ。


 少し考え、深い溜め息を一つついた後、会場を見回してゆっくりと喋りはじめる。



「決断を下します。セレーネを……」



 言葉に詰まりそうになるが、何とか話し始める。




「セレーネを天界から追放します!」


 その場が一気にざわめく、喜ぶもの、悔しがるものさまざまだった。



 そんな周囲の発言が、今の私には聞こえなかった。遂に決断してしまった。宣言した瞬間、体から力が抜けていくような、何とも言えない脱力感に襲われる。



「……以上で審議会を閉会します。皆様解散してください。」

 会場のざわめきを無視して閉会を宣言した後、私はその場から静かに去った。


 気を抜いている場合では無い、これからが大変だから。

 セレーネと共にここを出る準備をしなければ。




「なぁに? せらふぃむさまぁー」

 セレーネが指をくわえて不思議そうな表情で私を見ている。

 天空術の特訓の後、私へ報告に行こうと広間へ向かう途中だったのだろう。


「……セレーネ、これを食べなさい」

 私は茶褐色の木の実のようなものをセレーネにそっと渡した。


 これは知恵の実と呼ばれる、生命の樹からなる実であり、食べたものには知恵と力を手にする事が出来る。

 かつて、人間の始祖たる存在が主の許しも無く食してしまい、結果地上へ追放された事実もある。

 セラフィムはそれと同じ事をセレーネにするのだ。



 何故ならば、私は、セレーネとは共に行けないから……。



 セレーネはその実を受け取り、首をかしげ、少し不思議がりながらも言われるがままに食べた。


 「ひー! おえ~、にがい~」

 セレーネの吐きそうになりながらもなんとか飲み込む、目を潤ませ泣きそうな表情で不味さを訴えた。

 

 私はセレーネが実を飲み込んだことを確認すると、ゆっくりと近寄る。

「じっとしていてね」

 そっと優しく言うとセレーネの額の前で手のひらをかざし、目を閉じた。

「ほえ~、あったかいー」

 セレーネは私の言いつけを守り、じっとしていた。

「私の中に宿りし光よ、今こそこの非力なる者に力を与えん、願わくば、一人で生きていく為に……」

 セラフィムは詠唱を続けながら、今後のセレーネの事を思う。

 

 セレーネに私の力を分け与えておけば、たとえ地上で何があったとしても切り抜けられるであろう。

 私が一緒に行けないなら、せめて、無事に……、人としての生を全うして欲しい。


 それはセラフィムの心からの願いだった。


「……ふぅ」

 儀式は終わった。自然とため息を一つついた後、手をおろし、セレーネをじっと見つめる。

 セレーネの瞳には、かつてない程の強い光が宿っていた。どうやら成功したようだ。

「なぁに? セラフィム様ぁ?」

 セレーネは、私が悲しそうにしていると思い、心配そうに声をかけてくれた。


 ……やはり駄目だ、この子を一人には出来ない。

 そうじゃない、私が側に居たいんだ。私の大切なセレーネ。


 セレーネをぎゅっと強く抱きしめるセラフィムの目からは、寂しく悲しい涙が零れ落ちた。


「ごめんなさい。私、何もできなくて」

 セラフィムは肩を震わせて泣いていた。

 この子を離したくない。離れたくないのに、何故それが叶わないのだろうか。あの時に誓った事すらも果たせないというの?


「泣かなくていいよ、セラフィム様ぁ」


 そう言うとセレーネは私の腕を解き、静かに自ら離れた。


 今まで子供のような振る舞いしかしなかったセレーネが、自ら私と別れるなんて、これも知恵の実の影響なの?


「私、解っていたんだ。本当は天界の住人じゃないって、ここには居られないんだって。だから、私のせいでこんなつらい思いさせて。ごめんなさい……」


 本当なら、私は喜ぶべきなのだろう。

 セレーネはこんなに成長した。もう、私がいなくても大丈夫なのだろう。それなのに、何故、こんなに悲しいのだろうか……。


「私、行くね。いままでありがとう。セラフィム様ぁ」

 セレーネはそっと笑い、目に涙を溜めつつ去って行く。



「ごめんなさい、セレーネ」


 何も出来なくってごめんなさい……。

 あなたを一人にしてしまいごめんなさい……。

 セレーネ、約束を守れなくってごめんなさい。


 セラフィムは何度も謝罪した、懺悔した、その程度で気持ちが治まるわけがなく、私はその場で泣き崩れてしまった。涙をたくさん流し、声をあげて泣き続けた。





 私がセレーネと共に行けなかった理由、それは審議会でセレーネの追放を決定した直後であった。


「ケルビム、どうかされましたか?」

 審議会の後、私の部屋に訪れたケルビムは思いがけない言葉を放つ。



「セラフィム様、あなたも行かれるつもりでしょうが、なりません。万が一、行かれるのであらば、セレーネとあなた様両方を処断せねばなりません。どうかその点をご留意いただきたく……」

 一方的に用件のみ伝えて部屋を去るケルビムだったが、私は反論が出来なかった。


 このまま事を実行すれば、天界を敵に回してしまうのだ。全ての天使を敵に回せばまず無事ではいられない、大事なセレーネを守りきれない。

 私は最高位天使になった、しかし、それでもまだ力は足らない。


 私は絶望し、落胆した。

 どのようにしても、セレーネと離れてしまう事に。自分の力の無さに……。



次回予告


セラフィムの下から離れ、地上へ墜ちたセレーネに落ち着く間も無く、災難が迫り来る。そこで魔王討伐を掲げる冒険者一行と出会うが……?

セレーネは今後どうなってしまうのか?


次回、scene 3 堕落の記憶

「おい! なんだ、ありゃ……」

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