scene 26 死神の記憶 act 2
私は魔界へ向かう最中に、悪魔と天使に出会った。一人はかつてセラフィム様が倒したアズモデウス、もう一人が漆黒の翼と赤いドレスを身に纏った天使。
そしてその天使は、私の教育係であり天空術を教えてくれたサマエル様であった。
過去、セラフィム様奪還を手伝ってくれた。その奪還の最中、私を庇い負傷してしまった。そんなサマエル様が、まさかこのような状態になっていようとは想像すらつかなかった。
私の大切な天使に刃を向けなければならないのか、そして私はこの強大な力の持ち主に勝てるのだろうか。
明らかに自身の苦悩を感じていた。酷く混乱しててとても戦闘どころではない。しかし、敵としてセレーネを迎えたサマエルに情けや容赦は無い。
「来ないなら、こちらから行くよ! 連撃の光、ハンドレットブラスト!」
サマエルは槍を突き立て、セレーネへと猛進してきた。あまりの速度なのか天空術の力のせいなのか複数に見える。
圧倒的な速さで回避する事が不可能と察知したセレーネは何とか急所を守ろうと身を後退させたが、槍はセレーネの腹部を掠り、二の腕と太ももに突き刺さった。ぎりぎり急所は避けたが、じわりと服の下から血が滲んだ。
「何を迷っているんだい? 私は、セレーネを殺そうとしてるんだよ!」
確かにサマエル様の言う通りであった。避けなければ私はロンギヌスで串刺しにされていた。それでも、堕落したとはかつての教え子を殺すなんて……。
見た目通り、サマエル様は身も心も悪魔に売ってしまったのだろうか……。
セレーネの動揺と攻撃を受けた事による息づかいはより激しさを増す。
「次で仕留める……! 連尖の聖光、サウザンドピアシングレイン!」
サマエルは天高く飛翔し、先ほどと同様に無数の分身を携えセレーネ目掛けて急降下してきた。しかも速度も物量も先ほどの比ではない。
セレーネは力を欲した。
私はここで倒れるわけにはいかない。この死線を越えなければならないんだ!
目の前の脅威を退ける力を!
その願いに呼応するかのように、首にかけた銀の十字架が強く輝きだす。そして、銀の十字架は一本の光輝く白銀の剣になった。
すぐさま銀の十字架の剣で、サマエルの攻撃を受け返そうとした。
セレーネの頭上からまるでスコールの様に降り注ぐサマエルの突撃を、不慣れな銀の十字架の剣で振り払い攻撃を避けようとするが……。
しかし、セレーネの思いも無残にサマエルの圧倒的な攻撃が体を貫いていく。わき腹と肩、腕を貫き、貫かれた箇所からおびただしい血が流れ出る。それでも歯を食いしばりながら全力で攻撃を辛うじて凌ぎきった。
砂埃を巻き上げながら繰り出されたサマエルの攻撃を何とか耐え切ったセレーネは一命こそ取り留めたが、体は出血の影響で重く、意識は朦朧として、とても戦える状態ではなかった。
このまま、私はサマエル様に殺されてしまうのだろうか。
呼吸が乱れ、出血の影響か意識が細切れになってしまい、ついに立てなくなりその場に膝をついてしまった。攻撃を受けた箇所が酷く痛む、表情が歪み、苦しみで己の限界を感じていた。
「その程度でセラフィム様を助けられはしない。」
サマエルの放った冷徹な一言は、心の中のセレーネの迷いを一片も残さず吹き飛ばした。
そうだ、このままじゃセラフィム様を助ける事が出来ない。私が立ち上がらなければ、敵を、目の前の私を殺そうとしている堕天使サマエルを倒さねば……!
セレーネは苦痛に耐えながら、ふらふらになりながらも再び立ち上がり、銀の十字架の剣を持ち、構えた。
何とか立ち上がったが視界がぼやけ、動いていないはずなのにサマエル様が遠くに見えるような気がした。
「頑張りなセレーネ、あなたならきっと出来るから」
それは皮肉にも、かつて幼少の頃に励まされた言葉であった。
そしてその一言で全てを悟った。これはサマエル様が私に課した試練である事を、つまりは堕落したサマエル様自身を私に討って欲しいという事を。
そうだ、サマエル様は何も変わってなんかいない。昔も、そして今も私にとって良き先生、師匠なのだから。
サマエルの思いに答えなければいけなかった。そして、私自身の目的の為に立ち上がらなければならなかった。私にはその義務があった。
「このままではサマエル様に負けてしまう。サマエル様より速く! 鋭く! 強く!」
満を持して、ついにセレーネから攻撃を繰り出す。勢いよく地面を蹴って前進し、銀の十字架の剣をサマエルの体を切り裂かん勢い振り下ろすが、まるでサマエルには当たらない。
「今度こそ終わりにしようか」
セレーネの攻撃を軽々と避けると間合いを開け、腰を深く落として呼吸を整えた。異様な静寂は、まるで次に途方も無く大きい力が来る前触れであると、セレーネは予感し、腰を落としてこれから来るであろう攻撃に身構えていた。
「連破の神光、エンドオブミリオンストライク!」
セレーネの周りの空間が大きくぐにゃりと歪むと、目の前で構えていたサマエルが消失した。そして、セレーネが気づく間も無く、無数の連撃がセレーネを襲ってきた。
まさに一瞬、瞬きをする間もないごく僅かな時間であった。気がついた時には急所を突かれた、まるでボロ布の様に傷つき横たわるセレーネがそこにあるだけだった。
終わった、セレーネはもう二度と起き上がる事はないだろう……。
サマエルは無言で自身の弟子の最後を見届け、その場を去ろうとした。
その時、強烈な殺気がサマエルの背後を襲う。
妙な寒気と恐怖感に襲われたサマエルはとっさに後ろを振り向く。しかし、そこにあったセレーネの亡骸は無く、右手から凄まじい速度で襲い掛かる血だらけのセレーネが現れる。
サマエルは、セレーネの攻撃を回避していくと同時に恐れていた。
私の最大最高の天空術を受けて傷つき、体力はもう残ってないはず、それなのに全快だった時とは比べものにならない程、格段に動きのキレと速度が増している。
当のセレーネは無我夢中であった。素早いサマエルの動きに追いつこうすると自身の力をどんどん解放し加速していった。
力を解き放ち、速く動けば動くほど皮膚が擦れる様な、ひりひりとした痛みが強くなっていくがそんな事は今どうでもいい。
痛みならば耐えればいい。私ならば耐えられる。今ここでサマエル様に打ち勝たなければ、セラフィム様を救出するなんて到底叶わない……!
「もっと、もっと……!」
自分自身、やがて音が聞こえなくなっていき、周囲の景色が白く光り輝いていく。まるで周囲の景色に溶け込んでいくかのような感覚。これは、サマエル様が放ったあの攻撃と同じ感覚なの……?
サマエルはセレーネの攻撃を回避し、反撃を試みるがまるで当たらない。時間が経てば経つほどどんどん加速していっている。まずい、このままでは私の動きが……。
セレーネは、黙々とセラフィム救出の為に今迫り来る脅威を打ち払った。この状況の一転を強く思い続けた。
そしてついに捉えた。槍を振るい私の攻撃を退けようとするその姿は、未だかつて無いほど遅く感じる。
対峙した時は、まるで見えなかったついていけなかった死の天使の動きが今なら解る。
やるならば今だ!
全てを解き放ち、全力で敵を討つ!
「全てを穿つ貫通の神光、ピアシングオブディバイニティ!」
目の前が、周囲が、全てが真っ白だった。音も聞こえない、ただ体中が酷く痛かった。
気がつくと辺りはいつもの風景が戻っており、全身に酷い疲労感を苦痛が襲い掛かった。
そして顔を上げると、自身の持っていた銀の十字架の剣がサマエルの胸の刻印を大きくえぐり、貫通していた。確信した、目の前の大きな脅威、師匠からの最後の試練であるサマエルに打ち勝ったと……。
「強くなったね、この私を負かすなんて……」
力を使い果たし、急所への一撃を受けたサマエルの顔から血の気が引いていった。慌てて胸に突き刺さった銀の十字架の剣を抜き、倒れそうになるサマエルを抱きかかえる。
「これだけは言いたいんだ、セレーネ。私は堕落した事を後悔はしていない。天使であったのならば出来なかった事が、知らなかった事を知る事が出来た。それによって満たされている私がいた……。そして、セレーネが無事であったならば……」
サマエルの呼吸がしだいに乱れていき、喋ろうにも上手く話す事ができない。
「これを……、あなたに……」
震えながらも最後の力を振り絞り、セレーネに自身が持っていた槍、神槍ロンギヌスを渡す。
「サマエル様!」
セレーネは叫んだ瞬間、サマエルはまるで風化した土の様になり、粉々になってしまった。
風化した死の天使の亡骸はやがて風に飛ばされ、その場には戦いの爪あとだけが残っていた。
「私の悲しいって思い、もう無くなってたと思ったけど……、こんなに胸が痛いのは何故?」
彼女はその場でうずくまり、涙を流し声をあげて泣きだした。
次回予告
サマエルを打ち破り、自身最高の天空術を身につけたセレーネはセラフィム奪還の為、ルシフェルの居城へと向かう。セレーネとルシフェル、因縁の戦いが今、始まる。
次回、scene 27 復讐の記憶
「セラフィム様、あなたが目覚めるなら私なんてどうなってもいい」




